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笑顔がもたらす変化

 窓から差し込む朝日が眩しく、思わず目を閉じた。今日は週に一度の休日。窓の朝露がキラキラと輝くこの頃、私は劇の台本を読み返している。最初の方は皆登場人物の感情を上手く引き出せずにいたが、最近では観客を感動させるとまではいかずとも、人物が何を思っているのかが分かりやすくなってきた。また、各自自分の分の衣装製作も順調に進んでいる。私の衣装はあと少しで仕上がりそうだ。

「ラヴィーネちゃん?小麦の種まき手伝ってくれるかしら?」

「はい、すぐ行きますね。」

 アメラ家の所有する畑は主に三箇所に分割されている。一つは春に種をまいて夏の終わり頃に収穫する。二つ目は秋に種まきをして夏の終わり頃に収穫、そして三つ目は暫くの間土地を休ませておくのだ。ロゼット曰くこれが農家の一般的なやり方なのだそうだ。

 髪が邪魔にならないように頭巾を被り、汚れた革靴を履いて外に出た。するとロゼットとシャルロットは既に作業していた。

「あ、ラヴィじゃん。畝つくるからちょっと待ってね。」

ロゼットが何か魔法を詠唱すると、畑の土が宙に浮き、その後等間隔に畝ができるように土が次々と積もっていった。私とシャルロットはその畝に小麦の種を埋めていく。

「ねぇお兄ちゃーん。この面倒くさい作業も魔法で出来ないの?」

「流石にそこまでの精密動作は無理だよ。種を埋める穴をつくるのだって大変なんだぞ?」

じゃあ別の作業があるから、と彼はアメラさん(ロゼットの母)の所へ行ってしまった。畝に沿って屈みながら移動するので、段々と腰が痛くなってくる。気を紛らわせようとシャルロットに話を振った。

「私達が今練習している劇、先生は来年入学する人に見せると言っていたのよ。シャルも見に来るの?」

「いてて…ん?あぁ劇ですか。勿論見に行きますよ!お兄ちゃんがちゃんとやれるのか気になりますし。」

口ではそう言っているが、シャルロットは意外と楽しみにしている様子だ。彼女は内心ではロゼットのことを信頼しきっている。本人の前では絶対に言わないが、自分の兄はやるべき時は誰にも負けない人だと、よく私に言っている。ロゼットも良い妹を持ったものだ。

「そう…それならさっさと種まきを終わらせましょうか。」

「はい!さっさと休憩にしましょう!」


 四日後、私達はいつも通り学校の広場に集まった。これが劇の練習ができる最後の一時間。この限られた時間をどう使うかに全てかかっている。

「まず確認だけれど、皆衣装は作り終わったかしら?」

「うん、終わってるよ。」

「俺も。結構ギリギリだったけどな。」

「あの、言いにくいんだけど…ぼくまだ終わってない。」

一瞬その場の時が止まったかのように感じた。劇の本番はもう二日後に迫っている。今日の授業終わりにグループごとに衣装を学校で保管する予定なのだ。それなのに、終わっていない?本気で言っているのか。

「いやぁ、昨日の夜縫い終わって実際に着てみたんだけど…一部縫い漏れがあったみたいでさ。結構大きい綻びが出来ちゃったんだよね。それを直せば終わりかな。」

「まぁ…それぐらいなら今日中に終わるか。仕方がない、レイニーは本番に自分で衣装持ってこい。」

「ありがとう。フォルズは心が広いね!」

 レイニーの衣装の件はアッサリと解決し、私達は最後の演技練習を始めた。本番が近いので四人とも台本は見ずに台詞を言うのだ。

「じゃあ、あたしからね。『…様、魔王様…あら?お目覚めになりましたか。』」

「『う…ん。え、アンタ誰?』」

「『…?覚えていらっしゃらないのですか。貴方の下僕の、ヴィオレンテでございますよ。』」

「『え…ちょちょ、ちょっと待てぇい!はぁ、俺何者!?誰なの!?』」

「『…どうやら記憶を失っておられるようですね。貴方は魔王サタナキア様、この城の主です。皆心配しております、一先ず玉座へ行きましょう。』」

「『えっちょっと、離せよ!俺これから何されるんだよー!?』」

 十分程掛けて劇の内容を全て復習し終わり、私達は互いに感想を伝えあった。フォルズは自慢げな顔で皆を見た。

「どうだ、俺も少しは成長しただろ?」

「えぇそうね。特に冒頭のあの間抜けな声が良かったわ。」

「…それ褒めてるのか?それとも馬鹿にしてるのか?」

するとレイニーが突然ケタケタと笑いだし、すかさずこう言い放った。

「もちろん両方だよ。普段のフォルズからは想像もつかないね!プププ。」

この一言に皆笑いを堪えきれなくなり、フォルズ以外の三人とも声を出して笑い始めた。フォルズは少し顔を赤らめ、皆が大笑いしている様子をただジッと見ている。

「お、お前らー…後で覚えとけよ。」

「アハハハ…でも本当に上手になってる。最初の頃はかなりの大根役者だったもん。」

「シトラ、それ今言ってもフォローにならないぞ…」

 フォルズがシトラに台本の作成を頼んで以降、少しずつだが彼女もグループの和に入るようになっていった。相変わらず口数は少ないが、シトラの方から話をすることも今は時々ある。グループ間で物理的な距離を置いていた頃とは大きな違いだ。

「でも、これなら本番でも問題なさそうだね☆良かった良かった。」

レイニーがふと笑みを浮かべると、フォルズは彼の肩にポンと手を乗せた。レイニーが不思議そうにフォルズの顔を覗き込むと、彼は独り言をボソッと呟いた。

「レイニーが衣装をちゃんと作っていれば、安心だったんだけどなぁ…」

「…知ってるかい?過去の失敗を引きずるとね、先が見えなくなってより大きな失態を犯すようになるんだよ?」

レイニーは笑顔を一切崩さずにフォルズを牽制している。水面下の圧力に圧倒され、何故かフォルズ本人より私の方が冷や汗をかいてきた。私はこの時初めて怒らせてはいけない人種を目の当たりにした。

「なーんてね。冗談だよ、冗談!あまり真面目に受け取らないでね、フォルズ〜?」

私とシトラは偶然にも顔を見合わせた。恐らくシトラも同じことを思っているのだろう。表情が心なしか引きつっていた。


 授業が終わり、偶然行き先が同じ方向だったので教室に戻る途中でフォルズと話した。

「貴方、よく今までレイニーと普通に友達でいられたわね。」

「ん、そんなに凄いことか?レイニーはいつもああいう感じだからな、もう慣れたよ。」

そこまで言うとフォルズは一旦間を置き、私の顔をじっと見つめた。

「それに…ラヴィーネと一年間も同居してるロゼットの方が、よっぽど凄いと思うぞ。」

「それどういう意味よ?」

「だってプライド高いし、庶民だとか言って見下してくるし、少し我儘だし。俺がロゼットだったら絶対に堪えられないと思う。」

 そうこうしている内に、私の教室のすぐ近くまで来ていた。フォルズとは行き先が違うため、ここで話は終わりだ。フォルズは去り際にこう言い残した。

「あんな良い彼氏、きっとこの先見つからないぞ。ロゼットのこと大事にしろよ。じゃあなー。」

「…そもそも彼氏じゃないわよ。」

私の言うことには一切耳を貸さず、フォルズは誤解したまま行ってしまった。というか何故勝手に私がロゼットと交際している事になっているのだろう。理解不能だ。

「はぁー…何かどっと疲れた気がする。早く家に帰りたいわね。」

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