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「ラヴィーネ」を見て

 最初から、騎士になりたかったわけではない。魔物相手に剣を振るう父の姿に、憧れを抱いたことなど一度もなかった。それでも私は剣を携えて生きる道を選んだ。今も昔も、きっとこれからもこの選択を後悔することはないだろう。


 私の父、モーリッツは家庭を顧みない人だった。厳しい人だった。物心ついた時には既に私は剣を握らされていた気がする。

「ガーチェの名を継ぐに相応しい人間となれ。弱さを見せることは許さん。」

口を開けばそればかり、家族にも部下にもニコリともしない。父が私を見てくれるのは剣を握っている時だけ。だから、剣を持っている限り私は愛されていると、父の理想の子になれば頭を撫でてくれる筈だと、いつしかそう思い込むようになった。

 不出来なゴミクズだと罵られても、父親との手合わせで半殺しにされても、それを母に見て見ぬふりをされても、無心で剣を振り続けた。

「ラヴィーネ、太刀筋が鈍くなっているぞ!…おい、聞いているのか!」

「(もっと強くなれば、お父様は喜んでくださるの。王国騎士団に入って、手柄を立てれば…たてればっ…きっと、きっと!私を、見てもらえる!)」

 家はまるで訓練場のような環境だったが、そんな私にも本当の意味で家族と呼べる人がいた。それはカルシュトという少年だ。彼は父と妾との子で、私とは異母姉弟にあたる。それが気に食わなかったのか、母からは特に冷遇されていた。その上剣技も上達の見込みがなかったため、血の繋がった父親からも見向きもされなかった。

 カルシュトは滅多に自室からでなかったから、大半は私の方から彼を訪ねていた。自分から喋る子ではなかったけれど、それでも会話はそれなりに楽しかった。

「姉さんはどうしてそんなに頑張るのですか?」

彼と話していると、毎回のようにそう聞かれた。そのたびに私は、

「お父様に認めてもらうためよ。貴方もそうでしょう?」

と返し、カルシュトはキョトンとした様子で首を傾げていた。今ならわかるが、彼は既に気がついていたのだろう。どれだけ努力しても、父にとって自分は道具に過ぎないのだと。当時の私には、どうしてもわからなかったことだ。


 父と同じ王国騎士団に入るには、騎士の適性を持っていなければならない。適性があるか否かは、15歳の信託の日までわからない。だから、いざ信託の日がやってくると生きた心地がしなかった。

 その日は屋敷の使用人が総出で私を見送るために集まっていた。いつもは皆忙しく動いている使用人たちが、一斉に私を見つめている。気味が悪くて、カルシュトの部屋に走って逃げ込んだ。彼は驚いた様子だったが、すぐに笑顔で私を迎えてくれた。

「姉さん、今日信託の日ですよね。」

「えぇ…これで私の人生が決まるわ。今までの苦労も、ようやく…ようやく。」

「…これ、あげます。」

カルシュトが渡してきたのは、過去に父が彼に渡した剣だった。私のものとは違い、使い込まれた痕もなく綺麗なままだ。

「え…でもこれは。」

「いいんですよ。私が使うより、姉さんが持っていたほうがきっと役に立ちます。」

「…ありがとう。私、もう行くわね。」

カルシュトからの贈り物を大事に抱え、部屋のドアを閉めた。彼に勇気をもらった、だから迷わない。父と馬車に乗り込み、胸を張って屋敷を後にした。

「それに…鳥かごで大人しくしているより、大空で自由に羽ばたいている方が、鳥はきれいなものですよ。」


 神殿内で自分の番を待っている時、後ろにいた男子がジロジロと私の方を見ていた。何のつもりだろうかと思っていると、図々しくも話しかけてきた。

「君、信託を受けに来たんだよね?名前は何ていうの?」

馬鹿馬鹿しい。何があって初対面の相手に名前を教えなくてはならない?

「貴方のような平民に名乗る名はないわ。それに、他人に名を聞くならまず自分から名乗ったらどうなの?」

「あー、僕はロゼット・アメラ。ほら、名乗ったよ。君の名前は?」

適当にあしらうような態度を取れば引き下がると思ったのに、また話しかけてくる。そこまでして私と仲良くしたいのだろうか。面倒くさいことこの上ない。

「…私は騎士にならなくてはならないの。貴方に構ってる暇なんてないわ。」

こういう奴は関わらないほうが吉だ。ちょうど私の番がやってきたことだ。さっさと信託を済ませてしまおう。大丈夫、私には騎士以外の選択肢はないのだから…


 神殿の奥へと進むと、神官にある小部屋へと案内された。文字通りこぢんまりとした部屋だったが、中央の台の上には透き通るような色の水晶玉が置かれていた。父曰く、騎士の適性がある場合はこれが鼠色に光るらしい。

「ラヴィーネ・フォン・ガーチェさんで宜しいですか?この水晶玉に手をかざしてください。」

手の震えが、止まらない。絶対騎士になれると思っているのに、きっと大丈夫なのに、怖くて仕方がない。心臓の鼓動が耳のすぐ近くで聞こえる。変に体が熱くなり、指先からは雫が滴る。恐る恐る手をかざすと、水晶玉は緑に光った。違う鼠色じゃない。

「貴方には」

嫌だ、聞きたくない。言葉にするな喋るな。騎士じゃないなら何もいらないんだ。父は私に期待していて、跡継ぎが欲しくて、王国騎士団に入れば認められて、手柄を立てれば褒めてくるはずで、それで、それで私はー

「僧侶の適性があり」

「違う違う違う違う違う違う違う!」

 その時のことはよく覚えていない。気がついたら私はカルシュトからもらった剣を持ってどこかに走り去っていた。追いかけようとする父の姿には目もくれずに。でももう限界だった。うまく言葉にできないが、何かが切れた感じがしたのだ。


「あら、貴方どうしたの?そんなに息を切らして…」

ハッとして顔を上げると、見知らぬ中年女性が私に話しかけていた。近くの建物やその人の格好からして、宿屋の女将さんなのだろうか。冷静になって考えると、今の私は酷い状態だった。綺麗にまとめた筈の髪は乱れ、涙袋がパンパンに腫れていた。

「ねぇ、もしよかったら私の宿に…」

「(クスクス…)」

なにか聞こえた。周りを見渡すと、途轍もない形相で走ってきた私に野次馬が集まってきていた。

「(クスクス…可哀想。)」

「(クスクス…クスクス…)」

また聞こえた、誰かの笑い声が。あぁ沢山聞こえる。皆私を嘲笑っているのか?私が騎士になれなかったから。きっと私を笑いものにしに来たんだ。誰から聞いた?あの神官からか。

「(きっと友達いないのね…クスクス…)」

やめろ、ヤメロ…こっちを見るな。

「(騎士になりたーいって、あんなに言ってたのに。恥ずかしいわねぇ。)」

「(クスクス…)」

どうして止まらない?どうして私のもとに集まってくる?消えろ、消えろ、全員いなくなれ。笑うな、私をこれ以上惨めにするな。

「さっきからどうしたの?本当に大丈夫?」

「…っうあぁぁぁ!」

ザシュッ。ちょうど手元にあった剣を抜き、目の前の女将を斬った。腹部から血が流れ、動かない。少し静かになった。私を嘲笑う声が小さくなった。

「何をしてるんだ!…おい、アイツを取り押さえろ!」

あぁまた騒がしくなった。また私のところに群がってくる。静かにしてくれ、私の前からいなくなれ。

「グァ…ゲホッゲホッ。くっそ、何なんだよこのガキ!」

「見るな、私を見るなぁ!」

 溜まっていた感情が爆発し、私は無我夢中で剣を振るった。泣いているのか怒っているのか、それすらもわからずに沢山の人を斬った。ものの十数分で私は大勢の大人に押さえつけられ、傷害事件の犯人として連行された。

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