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新たな出会い

隣村におつかいに行った帰り道、近くを走っていた荷馬車の荷が崩れた。その大きな音に迦暢が乗っていた馬が驚いて、急に走り出す。迦暢は慌てて馬を宥めて手綱を引くが迦暢のひ弱な引きでは馬に伝わらないらしい。馬はどんどん速度を上げていく。


「たっ、たすけてぇぇ〜っ!!!」

「手綱を引け!」

「引いてる!引いてるけど無理〜っ!!」


後から飛んできた声に言い返しながら迦暢は懸命に馬から振り落とされない様に手綱を握った。背後から気配がして何かが隣に追いついてきたかと思うと、迦暢の手綱を横から引いてくれた。その力強さに迦暢の馬はやっと止まる。


「とっ、とまったぁ!!」

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございまひた・・・」


半泣きでお礼を言った迦暢に、男は少し驚いた顔をした。しかしすぐに穏やかに笑って、大きな手で迦暢の頭を撫でる。迦暢よりも少し年上っぽい精悍な顔つきの男だ。


「君はベルベロ村の者か?」

「いえ、私はヴァローナのカノンと言います」

「私は旅の途中のヴィーラだ。ここら辺は最近水が豊富でいいな」

「・・・他の町はもっと水がないのですか?私はベルベロ村しか行ったことがなくて」

「割とどこも水量が減ってきていて難儀している所も多いな。だからヴァローナのおまじないが凄い勢いで拡がっている」

「ヴァローナのおまじない?あぁ、水天様の事ですね」


水が噴き上がって泉が出来た話はヴァローナの奇跡として近隣の町にも拡がった事は迦暢も聞いている。

その真偽を確かめにヴァローナを訪れる人も増えているそうだ。もしかしたら彼もその一人なのかもしれない。


「貴方の町も水不足で困っているのですか?」

「俺は王都だからまだ大丈夫だが、仕事で外に出ることが多くてな。今も王都に帰る途中だ」

「ここから王都って遠いんですか?」

「最低でも3日はかかるな」

「案外近いのかな??地図は見せて貰ったことあるんですけど」

「王都に行ってみたいか?」

「王都だけじゃなくて、もう少し世界を見た方が良い気はしています」


並走しながら迦暢はその男とおしゃべりをしながら町に帰ってきた。

この世界に来てから迦暢はこの狭い世界しか知らない。だから彼の話す色々な町の話が迦暢には興味深かった。

世界を救えと言われたが、迦暢が今までしてきた事はこの町に水をもたらした事くらいだ。

砂漠にとって水が大事な事は迦暢にも分かる。だがヴァローナとベルベロ村以外が本当に水天様のご加護があったのかは噂でしかないのか、本当に効果があったのかは迦暢には分からない。

自分はもっと世界に興味をもつべきなのではないだろうか。

もしも本当に真言と祈りで他者でも加護を得られるのであれば、もっと出来る事があるのではないか。

彼と話しているとそんな事を迦暢は考え始めた。


「おかえりなさい、迦暢さん。そちらの方は?」

「あ、途中で助けて頂いたの。馬が止まらなくなって」

「気を付けてくださいよ。サルマが馬はダメだって言い出しかねない」

「本当だよねー」


顔見知りの門番に声を掛けられ、馬を引きながら門を潜る。一緒に帰ってきた彼は通行証のようなものを門番に見せて町に入った。住人以外が町に入る時にお金を払わないという事は騎士やババの様に国に属する仕事をしているという事だと聞いたことがある。

剣を腰に帯びているものの、彼は騎士と言う感じでもない。馬を引いてくれた逞しい腕や体の大きさからきっと強いとは思うのだが、彼からはサルマ達のような鋭さは感じられなかった。色々な町の話からもどちらかというと商人に近い感じがする。


「今日はこちらに泊まるんですよね?何かお礼をさせて頂きたいのですが」

「特に礼など必要ないが、そうだな。じゃあ噂の水源にでも案内してくれるか?」

「喜んで」


門のすぐ脇の馬小屋に馬を預け、2人はまたお喋りしながら水源を目指す。

途中の屋台でブリトーみたいな軽食やジュースをご馳走になったり、露天を冷やかしながら歩く。迦暢の方がお礼をする側なのに、彼のスマートな対応についエスコートされてしまった迦暢だった。

日本では寺の子という事でハメを外すという事もなく、結局彼氏が居たこともない。この世界では一部の人達には神の子として特別視されているものの、迦暢にとっては他人の目を気にしないでいられる今の状況の方が随分楽に感じている。


「ここが水源ですよ」

「あそこに何故剣が刺さっているのか知っているか?」

「あれは水天様・・・水の神様がここに剣を刺してお祈りしなさいって言ったからです」

「そんな神託があったのだな。あの像は?」

「あれは水天様の像です」

「あの像は水源を守る為に必要なのか?」

「いいえ。あれは水天様が元々この水源は100年後に枯れるものだから、今水量が増えたとしても100年後に枯れるのは変わりないとおっしゃって、じゃあどうすれば100年後も枯れずに済むのか、と尋ねたら、皆が水天様に祈り続ければ祈ってる間は水源を守ってくれるとお約束下さったんです。だから元老達が祈りを忘れない様に像を設置したいとなって」


実家から送ってもらった、とは言えない。そこまで喋ってしまってから迦暢はちらりと彼を見た。彼は感心したように迦暢を見下ろしている。


「随分詳しいんだな」

「実は今、神殿でお世話になっていて」

「シャーマンなのか?」

「いやいや、お世話になってるだけ」

「家族も神殿にいるのか?」

「いや・・砂漠で行き倒れているところをこの町の騎士支団長に拾われて、預けられているというか」


なるほど、と彼は納得してくれたみたいだ。

普段、この町の外に出る時は木の実で作った汁を顔や手に塗って肌の色を現地民に似せて変えて出る様に言われている。

しかし昨日の朝に急いで隣村の村長に手紙を届ける様に頼まれて、すぐ帰ってくるつもりで木の実の汁を持参していなかった。出かける時は塗って行ったのだが、時間がかかるから泊まっていきなさいと村長に言われて村長宅に泊めてもらい、帰り際に村の泉で水浴びをして色が全部落ちてしまったのでフードを深く被って帰ってきたのだ。

ヴィーラに助けられた際に少し驚いた顔をされたのはフードが落ちて見えてしまった肌の色が皆と違ったからだと今更ながらに迦暢は気が付いた。

ヴィーラは少し顎に手を当て考え込むと、もう一度像を指さす。


「水天様?の姿は想像か?」

「託宣の際に見えたお姿ですね」

「絵姿はどこかで売っているか?露天では見かけなかったが」

「注文殺到しているらしくて出回りませんね。欲しいんですか?」

「そうだな、あると嬉しい。だが先ほどの話からするとあの像がなくても水源は守られるという事だな?」

「そうですね。水天様が言ったのは祈れば良いって事だけなので」

「あの剣がまじないに必要かは分かるか?」

「うーん、それはどうでしょう?一応水天様の指示でしたけど」

「刺す場所も指定があったと言っていたな」

「そうですね」


となるとそこら辺に剣を刺してまじないをするだけじゃダメか・・・そう呟きながらヴィーラは考え込む。

だが他の町で真言を唱えるようになって水量が増えたというのは事実らしい。ただここまで水量が増えたのはこの町と、隣村だけだそうだ。

他にも水が枯れたり、枯れかけている町はある。

他の町でもこの町と同じように水量が増えれば良いのに、とヴィーラは言った。


「えーと、ヴィーラさんは明日までこの町に居るんですよね?」

「そのつもりだ」

「じゃあ、私ヴィーラさんの聞きたい事聞いてきますよ」

「聞きたいこと?」

「例えば剣が必要か、とか?」

「あぁ、明日自分で神殿に行って占いを依頼するつもりだ」


正攻法で依頼するとヴィーラは言うが、ヴィーラが例え国に属していたとしても、ヴィーラが依頼できるのはババだけだろう。町の上層部に守られている迦暢に依頼が回ってくることはない。

そうすればヴィーラが知りたい事へ正確に回答を得られる事はないだろう。


「えーと、それだと1個しか依頼出来ないでしょう?お金もかかるし」

「まぁだがどうせ正確な回答など神託で得られないし、大した値段でもないから」

「お礼がしたいんです!お願いします、お礼させてください!!」


迦暢は焦りながらヴィーラに懇願する。

正直、迦暢は嘘が苦手だ。不妄語戒。仏教では戒で嘘が禁じられている。寺の子というのもあるが、嘘をつくと何故嘘がいけないのかを兄にとくとくと説かれるのであまり嘘はつかない。ただ嘘も方便。誰かが救われる嘘をつくのは問題ないとも兄は言っていた。

今回は町の上層部を守るための嘘だ、と迦暢は自分に言い聞かせる。


迦暢の勢いにヴィーラは苦笑して、提案を受け入れてくれた。

迦暢はヴィーラが何を知りたいのかを細かく聞き出し、紙に書いてもらう。明日の昼前にまた水源の泉で会う約束をして二人は別れた。


次の日、迦暢は水天様の像2体を布に包んで抱えて待ち合わせ場所に向かう。

昨晩お釈迦様と水天様との協議の結果、迦暢が儀式を行う以外水天様の力を水脈に通す媒体が必要だとなったからだ。迦暢は仏教がある国の異世界人であり、画文帯仏獣鏡を身に宿している為、水天様の力が通りやすいらしい。しかし仏教のない国の者が、今あるものを維持するだけではなく、大きくしようとするには力が足りないのだそうだ。

そこで異世界のモノである、しかも水天様のお姿を形どった仏像に、迦暢が力を籠める事で水脈を増幅させる作用が出来る様にしてもらったのである。


「すまない、待たせたか?」

「いえ、今来たところです」


時間通りに現れたヴィーラと挨拶をして、迦暢は木陰で座れる場所を探した。

神殿の外壁でせり出している部分が少し高いがよじ登れば座れそうだ。

あそこで座って説明をしたいと言うと、ヴィーラはひょいと迦暢を石段の上に上げてくれ、自分は身軽に飛び乗った。

迦暢は2人の間に持ってきた水天様の像を置く。


「元々水脈がないところに水脈を作るのは難しいみたいです。それから、水脈が例え分かっても、ただ剣を刺して祈っても他の町みたいに皆で祈る程度しか水量は増えないそうです」

「そうか。それは残念だ」

「ヴィーラさん、その剣はいつも持っているものですか?」

「あぁ、常に携帯しているな」

「少しお借りしても良いですか?」

「ここで持つ分には構わぬが」


そう言ってヴィーラは腰から剣を外し、迦暢に持たせてくれる。

この町の水脈に刺した剣よりは細いが、装飾の綺麗なそれなりに大きな剣だ。

迦暢は立ち上がり、その剣を立てると柄を両手で握って目を閉じる。


「ノウマク・サマンダ・ボダナン・バロダヤ・ソワカ」


手の中の剣がにわかに熱を帯びた様な気がしたが、すぐに冷たく重い感覚に戻った。

迦暢は目を開けて、その剣をヴィーラに返す。


「先ほど少し光った気がしたが何をしたのだ?」

「えーと、水脈の水量を増やす方法はゼロではなかったので、方法を教えて貰ってきました。ただこれはこの剣で2回しか出来ないという制約があります」

「この剣で?今のまじないのせいか?」

「そうです。これは昨日命を助けていただいたお礼なので、他の人には使えない方法です。勝手に剣を使ってしまってすみません」

「剣として今まで通り使えるのであれば問題なかろう」


勝手に剣に加護を付与した事に若干呆れたようだが、ヴィーラはそれ以上突っ込まずにいてくれた。

迦暢は手順を書いた紙を示しながら、その剣の使い方を教える。


「現在水が湧いている地点に剣を刺し、この像を片手に持って、反対の手は剣の柄を握り、このまじないの言葉で祈ればよいのだな?」

「そうです。そうしたら水量増えるらしいです。おまじないの際に使った水天様の像はその水場に3日間は祀るようにしてください。1体につき1回しか使えません。なので2回分の像をお渡ししますね。荷物になって申し訳ないのですが」

「いや、助かる。もしも他の剣でこれを試すとどうなるのだ?」

「何も起きないです。もしかすると1回分ダメになるので試さない方が良いかと」

「万が一、手順と像を奪われた場合の心配だから試しはしない。私の剣でしか起きないのであれば問題ない」


ヴィーラは手順書を懐の中に入れた。

その際にヴィーラの首飾りがチャラと微かな音を立て目に入る。


「その首飾りはいつも身に着けているものですか?」

「そうだな。身分証のようなものだ」

「もうこの際せっかくなので守護のまじないを掛けてもいいですか?」

「頼もう」


そう言ってヴィーラは服の中から首飾りを引き出した。

大切なものなのか外しはせずに、首にかけたままヘッドの部分を差し出す。

金色の丸い円に複雑な透かし彫りがされ、真ん中に小さな彼の瞳と同じ薄い紫の石がはめ込まれている。

迦暢はそのヘッド部分を両手で挟み込み、帝釈天の真言を唱えた。


「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ。帝釈天様、かの者を御守り下さいませ」


祈りは通じたらしく、先ほどと同じ様に小さく熱を帯びてすぐにその熱は引く。

迦暢は目を開けて、そっと手からそのヘッド部分を下した。

ヴィーラは再びそのヘッドをそっと服の中にしまう。

彼は少し迦暢を見つめていたが、小さくため息をついた。


「お前は無防備すぎる」

「無防備?あーまぁ言わんとしてる事はなんとなく分りますが、ヴィーラさんが昨日私を助けてくれたからですよ。誰にでもするわけじゃありません」

「お前は昨日、自分はシャーマンではないと言ったな」

「シャーマンではないですね。ちょっとまじないが得意な一般人です」

「もしお前が言った通りに水が湧けばそれで済む問題ではない。お前の力を知る者はどれだけいる?」

「5人くらいしかいませんよ。言いふらしますか?」

「言わぬ。だからカノン、約束してくれ。今知っている人間以外の前でその力を使わぬと」


ヴィーラの真剣な目に迦暢は躊躇う。

確かにヴィーラに対して自分の正体がバレる事をしでかしているのは分かっている。

きっとヴィーラには神託は迦暢がもたらしたものだと分かっただろう。

だが、何故かそこは後悔していない。

今もこうして迦暢を心配し、親身にアドバイスをくれる。

彼にならば裏切られても良いとすら思えるのだ。

だが、同じ様に思える人間が現れた時、又は自分が力を使わねばならなくなった時、この力を使わないと約束出来る自信はない。


「約束は、出来ません。もしも必要に迫られたら使ってしまうと思うから」

「カノン・・・」

「誰にでもって訳じゃないですよ?ここぞと言う時だけです」

「ではこれは約束してくれ。もしも王都に来る時があれば私を訪ねて欲しい」

「王都に行く機会があればでいいなら・・・」


だが世界を救うという使命を持った迦暢はきっと王都に行くことになるだろうと自分でも感じている。

ヴィーラは頷き、その腕に結んでいたミサンガを解いた。

迦暢の手を引き、その手首にそのミサンガを結ぶ。


「王都に着いたら、この腕輪を門番に見せてくれ」

「それで連絡が取れるんですか?」

「門番に連絡をくれるように伝えておく。また元気な顔を見せてくれ」

「分かりました。行く時があればそうしますね。まじないが上手くいったかも知りたいですし」


紫を基調にした太めのミサンガには小さなビーズが付いているが、特に高そうなものではない。これくらいならば預かっても問題ないだろうと迦暢はヴィーラと約束をする。

どうせ王都に行くのなら誰か知っている人が居た方が安心だろうし、願ってもない申し出だ。

昼を知らせる鐘が鳴って、ヴィーラは迦暢を神殿の前まで送ってくれた。


「ではカノン、また会おう。楽しみにしている」

「はい。気を付けてお帰り下さい」


迦暢がそう言って笑うと、ヴィーラは迦暢の頭を撫でる。

そして迦暢の前髪を上げると額にキスをした。


「ひゃっ」

「カノン、絶対だぞ。絶対に私を訪ねてくれ」

「分かりましたってば!約束します」


おでこにキスなんて初めてで、動揺する迦暢に、彼は約束を迫った時の様に真剣な瞳でそう念を押した。

迦暢が何度も頷くと、頭をぽんぽんと叩いて笑い迦暢に神殿に戻るように促す。

迦暢が神殿の入り口で最後に振り向くと、ヴィーラの姿はもう見えなくなっていたのだった。


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