水の神に祈る
事件から3日程迦暢は寝込んだ。
毒やら怪我を負ったのに無理をしたせいではとサルマをやきもきさせたが、後処理に時間を取られてサルマは迦暢の傍にいる事が叶わなかった。しかし迦暢は託宣を受けすぎたせいだから寝ていれば治ると言い、実際3日後には元気になっていたらしい。
ババもお籠りから復帰し、町は夜襲の影も薄れ、いつも通りに戻っている。しかし危機を脱したとはいえ、根本的な解決とはなってはいないのだ。
数年の内に隣村の泉が枯れる。そうすれば人が流入してくることになるだろう。しかしその全てをこの町で担うというのも難しい。
神の下に国がある。国の下に領地がある。領地には夫々国王が配した領主がいる。領地の多くはその中にいくつもの町を持つ。それなりの大きさの町には国により、神殿が作られ、シャーマンと騎士団が配される。つまり、ババやサルマは国に属している。だが隣の町は違う。元々町がなかった場所に泉があり、町と町を繋ぐ拠点として発展した。人が住み着き、正式なシャーマンではない者が占いやまじないをするのだ。
シャーマンになるには2つの方法がある。
1つは代々シャーマンを輩出する様な血筋による先天的継承者が首都にある月神殿に認められてなる場合。ババの場合はこれにあたる。
そして次に月女神を信仰し、その信仰心から自ら神殿に奉公し、厳しい修行をして能力を開眼させ、月神殿に認められた者。しかし実際にシャーマンにまでなれる者は少ない。
シャーマンの血筋は国によって手厚く保護されるが、その血筋を守る為に半強制的に子孫を残す事を求められる。ババにも多く子供があり、今では全ての子供や孫がシャーマンとして他の領地で活躍しているそうだ。
後者の方法でシャーマンを目指したがなれなかった者はそのまま神殿でシャーマンの補佐をする神官として奉公し続けるか、他の道を探すことになる。そういった者が修行の中で学んだ占いやまじないの方法を用いて町と認められない小さな町(村)でシャーマンとして扱われているのである。その為、3年後に水源が枯れるというのが本当なのかの検証から必要となるのだ。
町では領主から信任を受けた町長が一番偉い。そしてその下に部族ごとに長老が居る。その長老会の中でも高位の者達を元老と呼んでいた。今日はその元老達と町長、騎士支団長であるサルマ、神殿の最高位であるババ、それから迦暢が神殿で集まって今後について話し合いをすることになっている。
ちなみに神殿と騎士団は国に属している為、町長とは対等な立場だ。
「まさかその様な経緯があったとは・・・あまりに鮮やかな撃退にどの様に情報がもたらされたのか話題になっておったところよ」
「迦暢殿、お怪我はもう宜しいのか」
「大丈夫です」
そこまで傷は深くなかったが、死んでもおかしくない毒だった。笑って流そうとする迦暢にサルマは半ば呆れる。迦暢が隣村で情報を聞いて斬られた話はしたが、やはりアブデルの話はしていない。神託で情報を得たのではなく、迦暢自身が隣村で作戦の全てを聞いてしまった事にし、撃退の作戦についても多くをサルマが考えた事にしてある。
自分の手柄を過小しようとする迦暢にサルマは憤りすら覚えるが、あまり迦暢の価値が上がり過ぎて自由を奪う事になるのも本意ではないのだ。
今まで通り、迦暢には外に買い物に行ったり散歩に出るくらいの自由は残してあげたいとサルマは考えている。ただ護衛はつけなくてはと思っているところだ。
「ババ、隣村の水源は本当に3年後に枯れるのか?」
「残念ながら、2年ともたないであろう」
「迦暢殿は如何か」
「同じです」
迦暢が頷くと、元老たちは低い唸り声をあげる。
問題は人の流入だけではない、隣村が無くなればその先の町に行く距離が広がる事になるのだ。それは危険が増すことになり、物流や商業の観点からも喜ばしい事ではない。
「うちから水を引くってのは無理なんですよね?」
「水を引く?水路を作ってこの町から隣の町へ供給するということかね?」
「そうです。石かなんかでパイプ・・・筒を作って」
「難しいね。隣村を全てカバーする程の水量もあるとは思えないし」
「じゃあ、この町の水量が増えてもあまり問題にはならないですかね?」
「迦暢、じゃあの意味が分からないよ」
迦暢は少し言い淀んで、眉尻を下げる。
しかし全員の先を促すような視線におずおずと言葉を紡ぐ。
「この町の水脈と隣村の水脈は繋がっているみたいなんです。つまり、うちの水の一部が地下で繋がって隣村に流れているってことです。隣村に今まで通り水を送れるように水脈を調整すると、この町に湧き出る水の量も増える事になります。そうすると今水が沸いているところとは違うところに池みたいなのが出来ちゃうんで、近くの家とかが沈む可能性が高いので事前に溢れない様に設備を整えるとかが必要になると思います。それでも隣村の水源が枯れるよりはマシですよね?」
迦暢の発言に皆がポカンとする。
隣村とこの町の水脈が繋がっている事など誰も知らない。しかも雨ごいならまだしも水脈の水量を調整するなど夢のまた夢だ。だが、迦暢の言い方だとそれが出来るような言い方である。
「迦暢はその水脈の調整の方法を知っているのか?」
「えーと、お祈りすれば出来ると思います。ただ、遠い未来、水が枯れる事を避けたいのなら、皆さんにも水の神様に感謝して祈って欲しいのです。お伝えする言葉を唱えながら」
「良いだろう。水量が増えた事を確認出来た際には後世にも伝わる様祈りを定着させよう」
迦暢は調整すると水が溢れる場所を示したが、どれくらい溢れるかを見ないと対応も難しいという事でいきなり水脈を調整することとなった。
迦暢の希望で皆が寝静まった夜に儀式を行う事となり、町長、元老、サルマが立ち会う。更に隣村の長にも儀式を行う事を伝え、派遣した騎士団副支団長と共に確認することとなっている。
「結構水浸しになると思うけど本当にやっちゃっていいのかな?」
「構わないさ。元老が決めたんだから」
「じゃあサルマ、ここに剣を刺してくれる?」
迦暢に事前に頼まれて用意していた大ぶりな剣を、迦暢によって地面に×を描れた場所にサルマが突き刺す。
迦暢はその剣の柄に触れると空を見上げてから目を閉じた。
「オン・バロダヤ・ソワカ」
迦暢の脳裏には左手に羂索、右手に剣を持った水色の神様が目の前に立っている姿が浮かぶ。既に数日前にも迦暢は水天様に会って約束を得ているので初めての対面ではない。
「水天様、先日お願いした通り、この水脈に豊かな水をお約束下さいませ」
「よかろう。ただし、元々100年後には枯れるハズであった水脈である。民の祈りなくば100年後に枯れる事になろう」
「民の祈りがあればその後もお守り頂けるでしょうか」
「祈りがある限り、その願い叶えよう」
「オン・バロダヤ・ソワカ」
迦暢が両手を合わせ、真言を唱えると水天様が剣を天に向ける。
すると静まり返った夜の町に元老達の驚きの声が上がった。
「水天様、ありがとうございます」
迦暢が礼をして目を開けると、夜の空に向かい水が地面から噴き出している。
気が付けば全員ずぶ濡れだ。
水天様が示した場所は神殿の脇の空き地だが、迦暢が視た未来だと割と大きな池になる。
事前の託宣で水に沈む部分にかかる家には既に神託だと家を移動してもらっているが、元老達もいきなり水がこれほど沸くとは期待していなかったのだろう。
地面に膝をつき、空に向かって両手を掲げる。
「オン・バロダヤ・ソワカ!」
「オン・バロダヤ・ソワカ!」
迦暢に教えられた言葉を空へ叫ぶ老人たちに噴き出した水がキラキラと月に照らされて星の様に降り注いだ。