私の幸せだけでなく
さてはて。
最初に家族がやってきてから1か月経っていないわけだが、兄の釈迦はどうやってどこに話をつけてきたのか、異世界に外務省の人がやってきて話を詰めた後、外務大臣がやってきての条約の締結である。
まずは国際協力という名において異世界を研究する見返りにインフラ整備に関する技術協力を受けられる事になった。
まだ民間企業を入れるわけにはいかないので、自衛隊の方達である。申し訳ない限りだ。
宮殿の敷地内にある今は使われていないという修道院の建物が日本の拠点である。
荷物を送る要領で自衛隊の特殊車両やら移動用のバイクなんかがこちらに送られてきた。
日本から送る際には迦暢がやってるように釈迦如来の像を自衛隊基地に持っていって父か兄が祈祷していたそうだが、ミリヲタである覚如が手を挙げたので覚如の仕事となったらしい。
趣味が実益を兼ねた仕事になり覚如の父親も喜んでいるそうだ。
車やバイクの運転教習をヴァルダマーナやファラムンドらが受けている姿はなんだかシュールではある。
嬉々として取り組んだ面々はここで教習を受けたところで免許が交付されるわけでもなく、信号があるわけでもないのでたった数時間で免許皆伝となった。
その間、迦暢とアーロンが自衛隊の人達とドローンを飛ばして可能な範囲で調査を行っている。
「砂漠と聞いて色々覚悟して来ましたが、緑も結構あるんですね」
「王都はそうですね。裏が山ですし」
「迦暢さんは王都以外も行った事あるんですよね?」
「しょっぱなここから馬で3〜4日離れた砂漠の真ん中からのスタートでしたから・・・」
「ご無事で何よりです」
他に余計な電波がないせいでいつもより遠くまでドローンを飛ばせるらしい。
とは言え王城から飛ばしたドローンで王都全てを見ることは出来ない。
王家には大体の地図はあるのだが如何せんフリーハンドで作られたものなので航空写真で王都の地図を作ろうという話だ。
しかし今のところ王城を出てドローンを大っぴらに飛ばすのも騒動になりかねないのでまずは王城からというところである。
他国である日本に一番の機密である地形を知られるのはどうなんだという話もしたのだが、思いがけず依頼をしたのはヴァルダマーナの方だった。
そもそもゲートである迦暢に仇なす可能性のある者(物)はお釈迦様の意向で入れないらしい。
父が送ろうとした者(物)の中にもほんの一部送れなかったものがあるそうだ。
人の場合はそんな未知の世界への不安が大きいのでしょう、と父は防衛省に説明したらしいが、本当のところは行きたくないというその不満が迦暢に向かう可能性があるのでダメらしい。
海外の戦地に派遣される方が怖いと思うんだけど、そこはお釈迦様が弾いてくれるわけじゃないしね。
本当に自衛隊の皆さんご苦労様です!である。
「迦暢さんは馬に乗れるんですよね?」
「流鏑馬をやっていたので元々乗れはするんですけど、こっちの馬は日本より大きくてパワーもすごいので速く走るのは怖くて・・・急ぐ時はヴァルダマーナ様と相乗りですね」
「確かに大きいですね。同じ地球に感じますけど、微妙に違うところが異世界なんですよね」
「なんの話をしている?」
急に背後から引き寄せられてよろける様にしてヴァルダマーナの腕の中に絡め取られる。
自衛隊の小隊長さんは即座に姿勢を正して礼をしたが、ヴァルダマーナは軽く手をあげて止める。
「馬が日本と比べて大きいよねーって話だよ」
「そうなのか?」
「2倍くらいあるかも」
「小馬か?そんな大きさの馬では役に立つまい?」
「今の日本で馬で移動することないからね」
「確かにあの車やバイクがあれば必要ないのかもしれぬな」
ヴァルダマーナは運転をさっさと習得して、今日はバイクの乗り方を習っていたはずだ。
しかしここにいるという事はすぐに乗れる様になったということなのだろう。
本当に我が彼氏ながらびっくりするほど優秀なのである。
自衛隊の人達はこちらに来てもう2週間だ。
昨夜お釈迦様と話したところによると、そろそろ迦暢と縁が出来るものもいるだろうとのことである。
加護がつけば分かる、と言われていたが、急に内側から発光する様に小隊長さんが光の膜を纏った。
「あっ」
「どうした?」
「小林さんに加護が付いた、かも?」
「私にですか?」
「今日あたりから一部の人には付き始めるんじゃないかってお釈迦様には言われてたんですよ」
「本当にそうなら有難い限りです」
しかし今だに迦暢を腕の中に置くヴァルダマーナは少し不満そうだ。
いや、ほんの僅か。
きっと小隊長さんや後ろに控えるサルマにも気付かない程度に外面はめちゃめちゃ良いのだが、迦暢には分かる。
ヴァルダマーナは迦暢が日本の人、特に男の人と親しくするのが嫌なのだ。
「縁の基準って曖昧ですよね。ヴァルダマーナ様にもお釈迦様の加護が付いたりしないのかな」
「迦暢さんとの縁で言えば私なんかと比べものにならない程深くて濃いでしょうからね」
「迦暢が気付かないのであればゲートを潜っていないこの国の者にはないのであろう」
「うーん、今度お釈迦様に聞いてみるね!」
「神は迦暢を私に与えたのだ、これ以上を望む必要もあるまい」
甘く囁き迦暢の頭を引き寄せて髪にキスをする。
慣れたけど慣れないこの王子様ぶりにふるふるしながら、ヴァルダマーナを振り返った。
神々しいまでの笑顔が眩しい。
その夜、お釈迦様に聞いてみたところ、ヴァルダマーナには既に弱い加護が付いているとの事を知った。
それは迦暢がヴァローナで出会った際にヴァルダマーナの身に付けているペンダントトップに帝釈天の守りを付与し、ベンディス様に護りをお願いしたからだそうな。
先のツァツプラオットでの戦いでヴァルダマーナもファラムンドもなんとか無事だったのはその加護のお陰だと言われれば再び感謝を祈らずにはいられなかった。
あの頃より力を得ている今だったらもっと強力な守護のまじないを掛けられたのに、何故送り出す前に2人に祈らなかったのかと後悔しかない。
あの時はお釈迦様に分岐点だからと情報を与えられず、神仏に頼れないのであれば物資でと携行食や小道具に注力してしまったせいだろう。
結局自分がここに居るという事を鑑みても、神仏の力が人知に及ばないチートでしかないのだ。
次の日迦暢は朝から身近な人達を祈って回ったのだった。
迦暢自身も何かと外務省からのヒアリングを受けて、帰れないなら仕方ないね!という結論になったらしい。正確には帰ろうと思えば帰れるのだが、兄が(迦暢の決断に委ねるという)仏の意志であるのでどうしようもない、と通したとか。
正直、国も1人の少女になど構ってる場合ではないのだろう。
まだ異世界が国家としての扱いが微妙なので国際結婚の手続きが日本では出来ないのだが、異世界の地で結婚する事は預かり知らん事なのでどうでもいいらしい。
未知の世界過ぎて色々追いついていないのはお互い様だ。
許可が出た途端に、というかどうもその前から用意されていたフシはあるが、ヴァルダマーナの強い希望で外務大臣が最初に来てから1ヶ月後には結婚式が行われた。
お互い親族だけの結婚式は異世界の風習で行われたが、相変わらず父は袈裟、母は着物である。弟は何故か異世界側の衣装を用意してもらっていた。
花嫁の衣装も所謂ウェディングドレスではない。
絶対前から用意していたでしょうと言わんばかりの見事な刺繍が入った民族衣装とベールだ。
もう乗りませんと言いたい位に大きな花の冠も付いている。
夜の神殿のベンディス様の前でヴァルダマーナとお互いの右手を重ね、小指を白い糸で結ばれた。
一晩月桂樹の葉を浸した水をかけ、神官が祝福の歌を唄う。
神殿の天窓から月光が2人を結んだ糸に真っ直ぐと伸びた。
温かさを感じたと思うと眩しいくらいに光を発して糸が金色に染まる。
どういう仕掛け?!と内心驚きながら横にいるヴァルダマーナに視線を向けたけど、いつも通りの顔で微笑んだので、特に驚くべき事でもないのだろうと迦暢は思い直した。
今更この世界のびっくりは驚く事じゃないのだ。
末永く幸せに、と声が聞こえて迦暢はベンディス様を見上げる。
前に聞いたベンディス様の声だったから。
恙無く式を終えて、離宮の庭で食事となる。
ヴァルダマーナの希望でこちらでは日本から取り寄せたカラードレス着用だ。
「これは・・・」
「え、やっぱり変?!」
「いや、可愛すぎて皆に見せたくないな・・・」
そう真面目な顔で考え込むヴァルダマーナもグレーのタキシードがカッコ良すぎる。
難なく着こなしているヴァルダマーナが恨めしい。
「行きましょう」
「いや・・・本当にその格好で行くのか?」
「なに馬鹿な事言ってるの」
「割と本気で困っているのだが」
「私はヴァルダマーナがカッコ良すぎて困ってる!」
力強く言うとやっと顔を緩めて笑う。
いつもよりガッチリと腰を抱く様にエスコートされるが、スカートが長いのでとても歩き難い。
慣れぬドレスに苦戦していると、ヴァルダマーナはひょいと迦暢を横抱きにする。
急に持ち上げられて迦暢は小さく悲鳴をあげてヴァルダマーナにしがみついた。
何故かヴァルダマーナはそれに満足した様に歩き出す。
「このまま行くんですか?!」
「あの歩みでは転ぶのも時間の問題だが?」
「そうですけど、重いでしょう」
「迦暢程度どうと言うことはない」
「ド、レ、ス、が!」
「そうだな、ドレスの重みはあるが、中身が軽くて落としそうだからしっかり掴まっていてくれ」
そのまま庭へ降りると、自衛隊の広報カメラマンが写真を撮ってくれる。
実は教会の儀式もお釈迦様経由でベンディス様の許可を得て撮影をしてもらっていた。
日本国にとって未知すぎるので参考資料として異世界の結婚式の写真も保管しておきたいらしく、こちらにも写真を提供してもらう交換条件で今日一日ウェディングフォトを撮ってくれる事になったのだ。
日本でのドレス購入の為の金の売買など、政府にかなり融通してもらっている。
ファラムンドが採取してきた黒い沼の液体がやはり原油だと分かったのは大きいかもしれない。今後共同開発する事になっているのだ。
庭のテーブルには両家の家族だけでなく、離宮の従者達や自衛隊の人達も勢揃いしている。
ヴァルダマーナの発声で乾杯だけすると、すぐに和気藹々とした食事がスタートした。
とくに時間制限がなく、深夜、翌朝まで飲んで踊って歌って語り合って自然解散が普通なんだそうな。
おかげで花嫁でもしっかりご飯を食べられるのは嬉しい。
何より日本から届けられたお寿司が最高。
海があるとは言え、王都からは遠く今回の旅ではそれどころじゃなかったので王都に来てから魚はほとんど食べられていなかったのだ。生魚なんて異世界来て以来初である。
大人達は樽で届いた日本酒で大盛り上がりだが、異世界とは言え迦暢はまだお酒を飲むつもりはない。
夜も更けて来て、侍女がかけてくれたストールだけでは肌寒くなる頃、ヴァルダマーナに目配せされたウンベルトに促されて迦暢は席を立った。
単に冷えるから着替えてこいという事だと思ったのに、そのまま風呂場に放り込まれると旅館宿の部屋付きお風呂みたいな丸型の陶器浴槽にお湯が張られて鎮座しているではないか。
迦暢は急いで体を洗って、陶器風呂に突入した。
「天国か!!!」
冷えた体に風呂は沁みる。
よくよく見れば浴槽に二箇所穴が空いており、そこから出た管が壁に開けられた穴から外に繋がってお湯が循環しているらしい。
混ぜないと熱い部分はあるが、今まで風呂なしだった生活に比べれば雲泥の差だ。
「どうだ、気に入ったか?」
急に入ってきたヴァルダマーナにも警戒せずに迦暢は最高と答える。
前に一緒に大きめの桶に浸かったことはあるが、2人で入るのはちょっと狭かったし、量も少なく、保温性もないのですぐに冷めてしまって長居は出来なかったのだ。
ちゃんと体を洗ったヴァルダマーナも浴槽に入ってきて、結局迦暢を引き寄せて自分の前に座らせたのでくっついて入る事になったが、それでも足が伸ばせるし、ゆったり入れるので嬉しさしかない。
ヴァルダマーナは抱き込んだ迦暢の顔を後ろか少し覗き込むようにして頬にキスをする。
「ありがとうございます、ヴァルダマーナ様っ」
「残念ながら考えたのは私ではないぞ。後で礼を言わねばならんな、私も」
「えっ!?誰ですか!?え、待って・・・ウンベルトさん?」
「正解だ」
確実に迦暢の好みを言わなくても突いてくるところが凄い。
薪でも灯油でも沸かせるらしいが、基本的には離宮の裏は山とは言え、木は貴重なので日本国から灯油を買って今後も沸かしてくれるつもりで購入済みだそうだ。
迦暢は度々災害派遣時によく派遣されている自衛隊の駐在地にある野外入浴セット2型にいそいそと出かけていたのだが、3回目あたりの訪問で既に購入させて欲しいとウンベルトは相談に行っていたらしい。
迦暢にはそんな事一言も言わなかったし、お首にも出さないこの家の人達はプロフェッショナルというか、恐ろしいというべきか。
「でもやっぱりヴァルダマーナ様もありがとうございますっ」
「他にも望みがあれば可能な限り叶えよう」
「あまり甘やかさないで下さい」
こんなに至れり尽くせりだと本当にダメ人間になりそうだ。
この上は是非に及ばず。
やり返せば良いのだ。
それを超えるくらい、人の為になることを。
この世界で灯を灯せば、それは自分の生活が豊かになるということなのだから。




