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停滞

ヴァルダマーナは隣町の宿でファラムンドと2人じっと時を待つ。

女将が食事や洗濯物などと共に仲間からの情報を何回か運んできた。

その日の夜ソヴェルミシュカンの領主邸が襲撃を受け陥落したが、騎士支団長であるイルデフォンソが兄の仇を討った、とヴァルダマーナに情報が回ってきたのは昼過ぎのことだ。

しかしその情報が嘘である事を2人は知っている。

フィディルは屋敷に戻っていない。

もし本当に殺されたのであれば、それは影武者をしていた腹心だろう。

イルデフォンソが腹心の顔を知らないはずはないが、領地が手に入ればどうでも良い事なのかもしれない。


「例の商隊、荷物を積んで街を出る準備をしているそうですが、何処に行くつもりでしょうね?」

「荷物が人でないなら街ではないのだろうな。とすると海だろう」

「そりゃ、随分と勇気のある行動ですねぇ」

「往復でなければそう難しい事もないだろう、水さえあればな」

「あぁ、なるほど、だからこの時期な訳ですね」

「とは言え、迦暢ほどの精度で天気を読める神官がいるとは思えん」


ヴァルダマーナは鼻で笑う。

ファラムンドもその笑いに同意する様にご愁傷様ですね、と肩をすくめてみせた。

ヴァルダマーナは迦暢に14日先までの天気を神託してもらっている。

この時期、ソヴェルミシュカン周辺では雨が降るからだ。

雨が降ると一斉に一年生植物が芽吹く。

海までピンクやオレンジの花で埋め尽くされ花畑となるのだ。

ヴァルダマーナにとっては旅程で雨に降られるのは厄介な事だが、海まで水場もなく移動する商隊にとっては恵の雨と考えられてもおかしくない。

しかしそれがただの雨ならば、だ。

迦暢がくれたメモには3日後、雨が降る事が記載されている。

そして、そこには注意書きが赤いペンで書かれていた。

《※絶対安全な屋内にいること!7年分の雨が降る》

7年分がどれほどの雨か予想もつかないが、この日だけは帰りが遅れることになっても外に出ないと迦暢に約束させられている。

テントでは心許ないから、神殿くらい頑丈な建物に居るようにと。

出来れば少し高台になっているところが良いらしい。

迦暢の国では大雨で家が流される事が稀にあるそうだ。

この雨の少ない我が国で家が流されるなど誰も想像できる事ではないが、迦暢が言う事にはヴァルダマーナも従わざるを得ない。

同様に言い含められているらしいファラムンドも楽しみですね、と当日は神殿に移る約束を取り付けてきている。

この街の神殿で天気を占ってもらった結果では2日後が雨と1日ズレており、特に大雨に関する注意は呼び掛けられていない。

ソヴェルミシュカンの神官も明日と神託を下せば、、商隊は2、3日中に動くだろう。

海までは早くて3日。

必ず道中、迦暢が警告した雨に遭う事になる。



「今日、行けるところまで行ったら宿をとりましょう」

「宿だと?お前は急いでいるのだろう?」

「雨が降るんです。強烈な雨が。野宿は危ないです」


いきなりの迦暢の主張にアドラシオンは面食らって言葉を失った。

この地にも確かに雨は降る。

しかし野営が危険な程の雨など聞いたこともない。

けれどもう迦暢の予言を疑うほどの余地は残っていない。


「しかしこの人数で宿となると…」

「神殿が1番安全です。本来であれば街の低い場所に暮らしている人も避難した方が良い」

「それはどれくらいの範囲で振るのだ?リューデリッヒや王都は?」

「ソヴェルミシュカンから海にかけてが1番酷くて、隣の街くらいまでの範囲です」

「ソヴェルミシュカンが孤立すると?」

「内陸側は大丈夫だと思いますけど、切り立った崖ですよね」

「道がないことはないが、細く険しいこともあって馬では行けない。だから滅多な事では使われないな。海側から迂回した方が安全だし」


つまり崖を登って主犯が逃げる可能性はゼロではないという事になる。

しかし主犯が逃げおせたところで、軍を山越えさせるのは難しそうだ。

迦暢も急ぎたいのは山々だが、ヴァローナの嵐でさえ怖かったのに、少し離れているとはいえ前代未聞の大雨が怖くないはずがない。

砂漠に大雨が降ったところで染み込むだけな気はするが、どうなるか未知すぎる。

日本だったら道路が川になるところだろうが、砂漠の場合はどうなるのだろう?

東北で大地震が起こった時にニュースで見た大津波の映像が思い出された。

ヴァルダマーナが無事であります様に。

自然と祈る様に手を組んでいた迦暢の手の上に優しくアドラシオンの手が添えられる。


「ヴァルダマーナは雨が降る事を知っているのか?」

「はい。街の高い場所に留まるよう言ってあります。」

「であれば問題あるまい。あの子は用心深いから無茶などしないさ」


だと良いのだが。

迦暢はもう知っている。

自分の兄に剣を振り上げた事も、隣国の王子を捕まえる時に自ら変装して捕縛したことも、こうして今1番危ない地に先行して向かった事も。

彼はいつだって先頭に立ってこの国を守ろうとしている。

迦暢はただ、ヴァルダマーナの無事を祈った。

それは神にだったか、仏にだったか迦暢にもよく分からないのだが。



雨が降る前日にソヴェルミシュカンから商隊が門を出たと密偵から連絡が入った。

ヴァルダマーナとファラムンドはその知らせを聞いて神殿へ向かう。

神殿にはヴァルダマーナの指示に従って本物の領主であるフィディルが先に身を寄せていた。


「ヴァルダマーナ様、ようこそおいで下さいました」

「手筈は?」

「頂いた金銭で可能な限り準備はさせて頂いております」


そう言ってフィディルが示した祈りの場である聖堂に毛布と食料の箱が積み上げられている。

ヴァルダマーナは頷くと、フィディルの少し後ろに立つ神官に目を向けた。


「ソヴェルミシュカンの神殿は?」

「領主の奥方様やお子様が軟禁されている様です。又、天気は今日の夕方から雨との神託を出したとのこと」

「良いだろう」


実際、神官の占いでは今夜から雨との結果だったらしい。

しかしそれをヴァルダマーナの指示により少し前倒しさせていた。

商隊の体を取っているとはいえ、砂漠を越えるのに水を大量に運び出すのは難しい。

馬と違ってラクダならば水がなくても3日など問題にならないが人はそうはいかない。

夕方からの雨に期待してあまり水を持たずに出てくれれば、海に辿り着くまでに脱落する者も出るだろう。

迦暢の予言では雨が降り出すのは明日の昼過ぎからだ。


「しかし本当に雨など降るのですかね、こんなにクソ暑いと言うのに」

「大雨で街が流された記録はないことはないぞ」

「爺様の若い頃にあったと聞いた事はありますけどね。でもそれももっと西の方でしょう?そんな奇跡が今起きるなんて」


タイミングが良すぎる。

ファラムンドがそう思うのも不思議ではない。

しかし疑っているというより、どんな神の思し召しだ、と肩をすくめる姿に同意したくもなる。

迦暢が言う通り、分岐点なのは間違いないのだろう。

如何に自分が上手く立ち回るかで国の運命が決まるに違いない。


「神は我々を救おうとされているのだろう」

「言いたい事は分かりますが、神なんて信じてなかった人にそこまで言わせるこの状況も何だかなって思いますよ」

「信じてなかった訳じゃないさ。関係ないと思っていただけで」


自嘲気味に笑うヴァルダマーナにファラムンドも苦笑する。

自分達がこの国を左右する様な存在になると思っていなかった、そう言う事だ。

彼らが万全の対策を講じた次の日の昼過ぎ、迦暢の予言通り今まで見たことのない量の雨が一帯に降り出したのだった。



まさにバケツをひっくり返した様な豪雨が6時間程降り続いた。

こんなに乾燥した土地なのだから雨が染み込んでもおかしくないだろうと思うのに、普段全く水分のない大地はぎゅっと固まっていて水を通さないらしい。

あっという間に海のような濁流が街の門のギリギリまで飲み込んだ。

迦暢が念の為だと1番高い場所にある神殿にいる様に言ったので昼までに避難したが、水浸しになっただけで街の中はそれほど被害はない。

しかし街の外の様子を見に行こうとした者は、ぬかるんだ砂に足を取られ、すぐに動けなくなった。


「凄いですね」

「一応、ここいら一帯を行き交う者達の足は止めたが、被害が出ているかもしれないな。特にソヴェルミシュカンは1番降ると予想されていたし」

「しかしこれでは後を追えないですね」

「旧河道を歩いていれば追うまでもなくひとたまりもなかったはずだ。上手く逃れたところでぬかるみに足を取られて身動き出来ないだろう」


過去に洪水が起こって流れた時にできた平らな道を旧河道と呼んでいる。

歩きやすいので旅人が交通路として使用する例は多いが、普段枯れていても今回の大雨が降れば再び一気に水が流れ込むのでその上を気づかず歩いていれば濁流に飲み込まれる事になるだろう。

もう辺りも暗くなってきた。

なんとか生き延びていたとしても水に濡れた服が砂漠の夜の寒さに凍えることになる。

この国の王子であるヴァルダマーナですら、迦暢に言われてやっと子供の頃に教育係から教えられた大雨の弊害について思い出した程度だ。

隣の国の人間がそのことを知っているか怪しい。


「とりあえず3日はこの街の復旧に尽力するしかあるまい」

「そうですねぇ。足止めされるのは我々もですから」


ソヴェルミシュカンやイルデフォンソの動向が気にはなるが、すっかり晴れて綺麗な星空が瞬く空を見上げながらヴァルダマーナは小さく息を吐く。

迦暢は良い子にしているだろうか。

これだけ雨が降れば2、3日後には一気に花が咲くだろう。

ただただ隣にいない彼女のはにかむ姿をヴァルダマーナは恋しく思ったのだった。



ヴァルダマーナ達が復興に尽力している頃、迦暢らも1日分の距離を残して足止めをくらっていた。

1番雨が酷かった地域から離れてはいるが、ソヴェルミシュカン側から雨が降る直前くらいから通行止めのお達しが出ていた様で、流通が止まり、また引き返す人達で街道や途中の街では混乱が始まっているらしい。

迦暢自身は神殿に身を寄せていたが、アドラシオンの兵を全員入れるのも難しく、宿屋に分散している。

しかしここで出発してしまうとこの先で宿屋が取れるとも限らないし、鉄砲水が怖いので野宿も難しい。

アドラシオンが元王女として迦暢をババの元にいたヴァローナのイサだとこの街の神殿長にねじ込んでくれたお陰で祈りの場を借りる事も出来ている。

ただやはりヴァルダマーナの姿もソヴェルミシュカンの未来も見る事は出来ない。

3日後にソヴェルミシュカンの海側の砂漠が花畑になる事だけは分かった。

それは約束の地だ。


「王宮にもソヴェルミシュカンからは何も連絡がないらしいです。ヴァルダマーナ様からもないそうです」

「イルデフォンソらに動きを悟られる訳にもいかないからな、近くにいるのであればヴァルダマーナも鷹を飛ばすのは難しいだろう」

「アザゼルはヴァローナからの援軍で事なきを得た、と言うよりさっさと降伏したそうです。進軍して援軍が来るまで戦えば良いと言われていたからと。なんか意味があったんでしょうか?」

「王国軍をそちらに惹きつけるのが目的だったのだろう。まさかヴァローナからの援軍が待ち構えているとはイルデフォンソも思いもよらかなったろうよ」


アドラシオンの鷹が持ち帰った手紙を迦暢が読んで聞かせると、先手を打てたことに気を良くしてアドラシオンが高笑いをする。

確かに鷹が最速の手段であれば、急襲を受けたアザゼルが王国に助けを求めたとして援軍が来るのは最速で3日後が良いところだろう。

人質を取られて動いていたハイメにとっても僥倖だったに違いない。

約束は違えず、戦わずに済んだのだがら。


「イルデフォンソは王都を攻めるトリスタンの為に王国軍を王都から引き離す目的でアザゼルを攻めたって事ですよね?」

「そうであろうな」

「でもそうするとソヴェルミシュカンの兵がへっちゃいますよね?自分はどうやって防衛するつもりなのかな」

「イルデフォンソの言う事を聞かない人間を置いておいても邪魔なだけだろう」

「アザゼルに向かったんですからちゃんと言う事聞いてるじゃないですか?」

「それは・・・」


迦暢にとっては単なる疑問だ。

言い返そうとしたがアドラシオンは口元に拳を置き、瞳を床に向けたまま左右に巡らせる。

言う事を聞かない人間を自分の目の届かない場所に送り出した所で本当に約束を守る保証がないのにイルデフォンソはハイメをソヴェルミシュカンから出した。まぁ何人かは見張りを付けたかもしれないが、それだって兵の数には及ばないだろう。となるとハイメが裏切って王都に連絡したり逃げ出す事も出来たはずだ。


「イルデフォンソの真の狙いはなんだ?イルデフォンソはもうソヴェルミシュカンにいないのではないか?」


アドラシオンが独り言のように呟く。

向かい合う机に綺麗に整えられた爪をカツカツと一定のリズムで叩いている。

迦暢にはイルデフォンソという人が何をしたいのかも理解出来ないし、そもそも戦争が理解出来ないのだから。


「家を継げない事を逆恨みしてお兄さん殺したところで次の領主になれるものなんですか?町長みたいに聖典に名前を書けばなれるんですかね?」

「領主は王の認証を得て王都の神殿で儀式を受けなければなれるものではない・・・が、迦暢の言う通りソヴェルミシュカンを含む領主にはなれぬが、ソヴェルミシュカンの町長になる事は出来るな」

「あんまり旨味がないですねぇ」

「そもそも復讐が目的なのだから旨味もクソもないだろう」

「周りとか王家とか敵に回して良い未来が想像出来ないですよね。それこそ隣国が攻めてきてこの国を牛耳るとか、国家転覆を狙う裏切り者がいるとかじゃないと結局一時だけのお山の大将になりそうです」

「お山の大将・・・お前は面白い事を言うな」

「私の国ではイルデフォンソさんみたいな小者ののクセに偉ぶる人をそう言うのですよ」

「ヴァローナで?聞いたことがないがな」

「・・・我が家だけかもしれません」


言ってしまってからまだアドラシオンには素性を明かしていない事に気づいて慌てて誤魔化した。

隣でサルマが気づかれぬ程度に苦笑する。

アドラシオンはお前は肌も白いし先祖は異国の者が混じっているのかもしれんな、と勝手に誤解してくれたようだ。

もはやすっかり神殿から出ておらず、アドラシオンの周辺にしか会うこともないので肌の色を変えていない。

ただ毎日の旅で日差しを浴びて少し焼けたので神殿が暗いのもありそこまで悪目立ちもしていなかった。


「何か新しい情報はあるか」

「いいえ。ただ、私は3日後には花畑に行かねばなりません」

「ツァツプラオットが3日後どうなっているかなど分からないぞ」

「いいえ、3日後に花は満開になるはずです」

「そこに何があるというのか」

「分かりません。私の運命がそこにはあるそうですが」


自分でも自分の運命など知らない。

私は神ではないのだから。


「アドラシオン様、ババがヴァローナに導かれたのも迦暢に出会う為だったのです。これは全て神のご意志なのでしょう」

「ババ以上にここ数日、私は迦暢の巫女としての実力を嫌と言うほど思い知らされた。しかしどうにも花畑ごときにこだわる部分だけは理解出来ぬ」

「神が意思を告げるのに相応しい美しい舞台ではありませんか」


サルマはそうニコリと笑ってみせた。

アドラシオンも呆れたのか、頑固さに諦めたのかそうだなと言って皮肉げに笑う。

こうして迦暢は2日後の夜にソベルミシュカンに向かうアドラシオンと途中で別れ、サルマとセベロの3人でツァツプラオットに向かう事が決まったのだった。

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