バタフライエフェクト
まだ薄暗い空の下を走る。
周囲を他の馬に囲まれて、フリースの上に山用のレインジャケットも着ているが風を切るととにかく寒い。
迦暢よりも確実に薄着そうな兵士達が顔色も変えずに走っているのに感心するばかりだ。
何回か休憩を挟んで走ってるうちに昨日飛ばした鷹がアドラシオンの元に戻って来た。
「迦暢、読んでくれ」
アドラシオンが迦暢の元に手紙を持って来たのは日本語で書かれていたからだ。
アーロンが渡しておいたレポート用紙を小さく切って返事を書いたのだろう。
「アザゼルの領主に防衛力を上げるよう王様が指示を出した様です。それより前にエロンソ様?」
「ヴァローナの騎士支団長だ」
「あぁ、エロンソ様から夜中のうちに領主に連絡が入っていたみたいで、もうアザゼルには兵が向かってるそうです」
「騎士の誓いが上手くいったようだな」
「凄いですね。今度アフデルにお礼を言わないと」
直接お礼は言いたいけれど、とりあえず昨夜習った騎士の誓いで感謝を伝える。
また手の甲が温かくなったから感謝は届いたと信じておく。
一方通行なのが不便だ。
ただ電話もメールもないこの国で遠く離れた仲間に言葉が伝えられる手段は貴重ではある。
「サルマは誰かに騎士の誓いしてるの?」
「していないが、して欲しいか?迦暢が望むならしても構わないが」
「私がサルマにするってのは?」
「・・・急に何を言い出すんだ」
「離れてても意志が通じるのって便利かなって」
サルマのギョッとした様な反応から、ありえないのは良く理解した。
隣でそれを見ていたアドラシオンも呆れた様に肩を竦める。
「騎士の誓いは自分の命をその者に捧げるという意味だぞ」
「それは可能な限り護りますって事ですよね?」
「そんな簡単なものではない。主人が死ねと言えば死ぬ事になる。元々は奴隷を隷属させる為のまじないだからな。例えばお前がヴァローナの騎士に単にハイメを討てと命じていたなら、その騎士は1人でもハイメに向かう事になっただろう」
「そういうのは先に言ってもらえます!?」
伝言をお願いしただけで良かったと胸を撫で下ろす。
そしてそんな重い誓いを迦暢が望むのならしてもよいと言ったサルマに目を向ける。
命を顧みず王城に迦暢に会わせろと押しかけたり、王族であるカルリトスから守ろうとしたりサルマは何度も迦暢を助けてくれてきた。
誓いがなくても迦暢を優先するサルマにこれ以上の重荷を背負わせる気はない。
そんな迦暢の決意を見抜いてサルマは肩を竦める。
「迦暢が意味を知る前にさっさと誓っておくんだったな」
「させないからね?!」
「大体、騎士の誓いなど今では余程の事がないと使われぬものだぞ。王族でもない其方がよく騎士を従属させていたものだ」
「お断りしたのに一方的に誓われちゃったんですよ」
昨日と同様に何度か休みを入れながら馬を走らせ、夜が近づくとまた街の外で野営をする。
ダメ元で持ってきている阿弥陀如来の像の前で祈るが、仏様は応えてくれない。
迦暢は焦れながらも冷静にと努めて天眼通を使う。
もはや使い過ぎて頭が痛くなってきた。
それでも視たいヴァルダマーナの姿は視えない。
集中したいからと少し離れて1人で神通力を使っていたはずが、頭が割れそうな痛さに頭を抱えていた迦暢の肩をそっとサルマが抱きしめる。
「迦暢、無理をするな」
「サルマ、どうしてイルデフォンソという人はソヴェルミシュカンを選んだの?」
こめかみあたりをぐりぐりと揉みながら、迦暢は疑問を口にした。
王都で歴史などは多少教わったが、ここいら一帯で重要なものがあったとは聞いていない。
せいぜい年に一度だけ花畑が出来ると聞いただけだ。
しかも国境からは離れているし、王都からも離れている。
花畑の先に海はあるが、街までは3日以上かかるので港町という訳でもない。
奪うにしても価値があるとは思えない場所だ。
「イルデフォンソはソヴェルミシュカンの騎士支団長だ」
「えぇっ?!騎士団が裏切ったってこと?!」
「そもそもイルデフォンソは領主だったフィデル様の腹違いの弟なのだ。騎士としての実力はあるがどうにも捻くれた男でな、王都で少々揉め事を起こしたのだが、兄であるフィデル様の働きかけでソヴェルミシュカンに左遷される事で罪を赦されたのだ」
「じゃあ、領主様は弟に殺されたってこと?自分を助けてくれたお兄さんなのに??」
「フィデル様は大変な人格者で、イルデフォンソのことをずっと気に掛けていたが、フィデルの方はずっと自分の出自からか兄を妬んでいてな」
「出自って?」
「まぁ、妾の子だ。家族は決して差別などしていなかったと聞くがな」
「妾の子ではないぞ」
そう言ったのはいつの間にか側に立っていたアドラシオンだ。
急に話に入ってこられて2人は身を起こす様にして振り返る。
「実の兄弟ってことですか?」
「いいや、血の繋がりはない。イルデフォンソはただの孤児だ。フィデルが子供の頃に街で捨てられていた赤ん坊のイルデフォンソを拾ったのだ」
「えぇっ!?自分を救ってくれた人を殺したのですか?酷い裏切りじゃないですか!」
「しかし本人はそれを知らないのだ。妾の子だから相続権がないと思ってフィデルを目の敵にしている」
「アドラシオン様が知っているくらいなのに?」
「私はこれでも元王族だからな。隠しがっていたフィデルが死んだのであれば、もう秘密にしておく事もあるまい」
ふん、と鼻を鳴らしてアドラシオンは近くの椅子にドカリと座る。
迦暢とサルマもアドラシオンが座った方に向き直って座り直した。
つまりは自分の恩人だと知らずに勝手に拗らせて、それでも見捨てない義兄を殺して領地で隣の街を襲わせたり、義兄の家族にひどい事をしているということになる。
さっさと自分がどれだけ不義理な事をしたのか分からせて、張り倒すしかないんじゃない?!
「領主様を殺したのなら、復讐は済んでいるのですよね?他領を攻撃させたり何をしたいんでしょう」
「自分を受け入れなかったソヴェルミシュカンへの逆恨みもあるだろうが、同盟、だろうな」
「同盟?誰とですか?」
「トリスタン、であろうな」
「トリスタン、とは?」
アドラシオンが言いにくそうな顔をして名を口にするとその場が一瞬凍りついた。
雰囲気で厄介な男だというのは分かるが、迦暢にはもちろん聞き覚えのない名だ。
答えを求めて横に座るサルマを見やるが、サルマは眉間に皺を寄せて耐える様に手を握りしめている。
「私の、縁談の相手だった男の父親だ」
王都近くの有力貴族であるサルマの父親が普通に縁談を断れないほどの実力者か、それだけの後ろ盾を持つ相手だ。
仕事に忠実なサルマが迦暢と離れてまで迂回をした街の領主である。
王都と国境の丁度真ん中らへん。
迦暢も街には入っていないから違いが分からないが、街の外にもグネグネした松みたいな木や草が多少生えていて、全くの砂だけの場所と違って夜もそこまで寒くなかった。
そこら辺が領地としてのアドバンテージなのかもしれない。
「トリスタンという人は何故同盟を?」
「トリスタンの一族は元々この地に根付いていた一族でな、王族に臣従と貢納金の支払い戦禍を逃れたのだ。しかし戦争を知らぬ今の長はそれが気に入らないのだ。この地は元々自分達の土地だ、とな」
「反対勢力と組んで反乱を起こすって事ですね?」
「そうだ。トレアックス国も手を貸しているかもしれん」
「それって王都は大丈夫なんですか?」
「何か起きている可能性はあるが兄上らを信じるしかあるまい」
アドラシオンは第三子のはずなので、兄上とは長男の事だろう。武力に秀でていると聞いた記憶がある。
お釈迦様が答えてくれない今、迦暢に出来ることは少ない。
だが未来は変わり始めていると信じて向かうしかないのだ。
最愛の人の元へ。
蝶の羽ばたきとなれるように。




