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約束の地

何か情報を待っていたらしい。

次の日の朝、手紙を運ぶ鷹が戻るとヴァルダマーナとファラムンドは門が開く時間を少し前にリューデリッヒを出立した。

護衛という名の見張りなのか迦暢にはセベロが付くらしい。

部屋に篭っていれば良いかと思っていたが、何故かアドラシオンが迦暢を側に置きたがった。

あえて神官が着る様な飾り気のない服を持ってきていたのに、離宮でヴァルダマーナに与えられたのよりも良い生地で仕立てられた服を着ろという。

アドラシオンの侍女の真似事をさせられるのかと思いきや、食事や剣の稽古などを共にさせられた。

神官の割には筋が良いと満足そうなのは何よりだ。

どこか釈天兄を思い出させる対応に迦暢は懐かしさを感じる。

暇など感じている隙もなく構われながら3日が経ち、丁度剣の稽古を終えて玄関の見える庭を横切って部屋に戻ろうとしていた迦暢は取り次ぎを頼むボロボロになったサルマを見つけて駆け寄った。


「サルマ!」

「あぁ、迦暢。無事だったか」

「ボロボロじゃないの!怪我を良く見せて!」

「私は大丈夫だ。それよりヴァルダマーナ様は?」

「ファラムンド様と偵察に出てる」

「くそッ、私が遅かったばかりに!」


悔しそうに握るサルマの拳からぽたりぽたりと血が滴り落ちる。

迦暢は慌ててサルマの手を握り、きつく握りしめられた拳を開かせると、汗を拭くために持っていた手拭いをぐるぐると巻きつけた。


「サルマ、まずは汚れを落として。手当をしよう?」

「迦暢、すまない。私は領主様に情報を渡したらヴァルダマーナ様を追いかける」

「ヴァルダマーナ様がどこにいるかなんてわからないでしょう?!」


今にもまた飛び出していきそうなサルマを宥めていると、背後から先ほどまで一緒に稽古をしていたアドラシオンが出会った時の様な威厳を纏って迦暢とサルマの間に割って入る。


「何事か」

「アドラシオン様、途中から別動していたサルマです」

「あぁ、話は聞いている」


迦暢の口にした名前にサルマは急いで膝をつく。

オロオロする迦暢の肩をアドラシオンがぐっと引き寄せた。


「お初にお目にかかります。イサ様の護衛を仰せつかっております、サルマと申します」

「まずは身を清め手当せよ。話はそれから聞く」

「アドラシオン様、お待ちください!時間が御座いません。ソヴェルミシュカンの領主一族が裏切りを働いております!」


サルマを部下に任せて迦暢を連れ屋敷に戻ろうとしたアドラシオンが、サルマの言葉に足を止め振り返えった。

その表情はまるで信じられぬモノを見る様に険しく歪められている。


「お前は何を言っているのだ、ソヴェルミシュカンが裏切るわけなかろう?!」

「イルデフォンソが仲間を手引きし、領主邸を襲撃するとの情報がございます!」

「イルデフォンソ、とうとうやりおったか!!急ぎ王城に知らせを送れ!兵を集めよ!出撃する!旦那様を呼び戻せ!サルマ、其方は一旦身を清め手当てせよ。その後もう一度話を聞く」


側近達に指示を出し、アドラシオンが素早く動き出す。

サルマもとりあえずはアドラシオンの指示に従う気があるようだ。

急な展開について行けず、迦暢は自分だけ取り残されそうになりアドラシオンに飛びついた。


「アドラシオン様、神殿に行ってきても良いですか?!許可を下さい!」

「神殿に何用だ?」

「薬を、あ、いや、サルマの傷がすぐに癒る様に祈りを」


祈りが何になるのだ、と言いたげな視線を一瞬迦暢に向けたが、アドラシオンは必死な形相の迦暢にセベロを付けて許可を出してくれた。祈れば少しは落ち着くだろう、と。

迦暢は頭を下げてお礼をすると、セベロに声を掛けて神殿に向けて駆け出した。

走るでない!と怒鳴るアドラシオンの声と、慌てて追いかけてきたセベロのお待ち下さい!と言う声が重なる。

申し訳ないと思いつつ、迦暢は振り返らず神殿まで駆け抜けた。

飛び込んできた迦暢に神官達も驚いたが、セベロが1つ頷くとすぐに祈祷室へ案内してくれる。

迦暢は手短に礼を言って、水瓶の前に陣取った。

用意された儀式用の枝葉で水面を叩き、祝詞を唱える。

望み通り、迦暢の目前にはお釈迦さまと薬師如来様が姿を現した。


「サルマの傷を癒す薬をお願いします!」

「授ける事は出来るが、サルマは望まないのではないか?」

「急いでるからですか?」

「サルマはそれを償いだと、罰だと思っているからだ」

「それ意味ありますか?!」

「それを決めるのはサルマ自身だ」


そう言うが薬師如来様は迦暢に薬を与えてくれた。

迦暢はお釈迦様にヴァルダマーナの動向や状況を尋ねるが、静かに首を左右に振る。


「未来はお前の動向に関わっている」

「どういう事ですか?」

「お前がこの世界を救うのだ。私が其方に今教えられる事はない」

「そんな!」

「ひとつだけ、ヴァルダマーナは其方との約束の地でお前を待っておろう」


それだけ言うと2人のお姿は消え、ベンディス様の像がいつも通りに穏やかな顔で迦暢を見下ろしていた。

迦暢はいつもの様に大切な人達をお守り下さいと祈り、立ち上がる。

ヴァルダマーナとの約束の地?

彼との約束はそう多くない。

この世界で非力な自分が成し遂げられることなど何もないと感じているから、未来の約束をするのが怖かった。

結婚どころか恋人になる事さえ躊躇したのだから。

だが砂漠の花畑だけは、いつか行けたら良いね、くらいの希望的観測として同意した。

それが約束であったかは分からない。

でも彼と何処かに行こうと話をしたのはそこだけだ。

迦暢は自分がすべき事を考えながら屋敷に戻ると、湯浴みをして小綺麗にはなったが傷だらけのサルマとアドラシオンが対話する部屋へ通される。

アドラシオンの隣に座る様に視線で促されたが、迦暢はアドラシオンと対面する様に座るサルマの隣に腰を下ろす。

2人の会話そっちのけで迦暢はサルマの全身を注意深く見た。

お釈迦様から与えられた能力の内、未来を予知する為に天眼通しか使ってきていない。

しかし与えられたのは天眼通が突出しているとはいえ、六神道である。

宿命通を使えば過去を見ることも出来るのだ。

あまり人の過去など勝手に見るのは気が引けるが、迦暢はサルマの過去を垣間見る。


色々な闇が見えた。

泣き叫ぶ女の人や、それに抱かれる小さな子供。

助けを求めて伸ばされた手を取れなかったことの後悔の念。

だけど、サルマには約束があった。

迦暢の元に帰るという約束。

左肩と右脇に剣を受けても諦めずに帰ってきてくれたのだ。

そう、サルマはその二箇所の特に重大な怪我を負いながらただ布を厚く当てただけでここにいるのだ。


「サルマ、手当をさせて」


サルマとアドラシオンの会話を無視して横からそう訴えた迦暢にサルマは困った顔をする。

サルマの腕をひく迦暢の手を上から握るようにして、アドラシオン様の前だぞ、と小さく叱った。

だが迦暢は引く気がない。


「左肩と右脇だけでいいから」


迦暢の言葉に一瞬、サルマの瞳が揺れたのを見逃さなかったのは迦暢だけではなかったようだ。

怒りもせずに黙って成り行きを見守っていたアドラシオンが確認するようにサルマの足下から頭へ視線を動かす。


「サルマ、上着を脱げ」

「アドラシオン様、」

「命令だ」


本来であれば既に王族ではないアドラシオンの命令を聞く義理はない。

しかしここで揉めるわけにもいかず、サルマは上着を脱ぐ。

布を厚く当てただけの指摘箇所は既にかなり血で滲んでいる。

アドラシオンはその様子に目を細めた。


「ほう、イサの言う通りその2箇所か」

「どうぞ私のことなどお捨て置き下さい」

「勘違いするな、お前のことを気にしているのではない。巫女としての力量を測っているのだ」

「イサ様はババが認めた巫女です。力は確かなものです」

「しかし神は事細かくこちらな有利な様には取り計らってはくれぬだろう」


アドラシオンの言葉に一番ドキリとさせられたのは迦暢かもしれない。

この世界を救うのはお前の行動次第だとお釈迦様に突き放されたばかりなのだから。


「サルマ、手当てをして私と一緒に花畑に行って欲しい」

「花畑?ツァツプラオットのことか?」

「うん」

「確かにもうすぐ花畑になる頃だが、今年は諦めろ。ヴァルダマーナの居ぬ間にお前を外に出す訳には行かぬ。だいたい今はそれどころじゃないのはお前にも分かるだろう」

「違いますっ観光に行きたい訳じゃなくて!ヴァルダマーナ様がそこに居るはずなんです!」

「ヴァルダマーナが?ヴァルダマーナが向かったのはもっと内側のソヴェルミシュカンという街だぞ。そんな所に居るはずがあるまい」

「いいえ、ヴァルダマーナ様と約束したのはそこだけなんです。だから居ます。私はそこに行かなきゃダメなんです」


必死に訴える迦暢の姿にサルマは自分にしがみつく迦暢の手を上から握り頷いた。


「アドラシオン様、申し訳ございませんが私はイサ様とツァツプラオットに向かいます」

「馬鹿を申せ!お前までイサの妄言を信じると言うのか」

「私はイサ様を信じております」

「アドラシオン様、私は私の使命の為にここに居るのです」

「其方の使命は水量を増やす事であろう」

「違います。水量を増やす事自体は使命ではないんです。とにかく今は花畑で待ってるヴァルダマーナ様のもとに行くことが私の使命です」


迦暢がそう言って立ち上がるとサルマも隣に立ち上がる。

2人の決意の強い眼差しにアドラシオンは困惑して額に手を当てながら反対の手で制する様に手を伸ばす。

何を言ったところで2人が翻意を翻すことはないと伝わったのだろう。


「待て、分かった、分かったから少し待て。サルマからまだ全て聞けておらぬし、どうせ途中までは同じ道だ。我らの兵に同行せよ」

「ありがとうございます、アドラシオン様!荷造りをして参ります!」


迦暢は頭を下げてサルマの手を掴むと急いで部屋を出た。

迦暢の従者が居ない代わりに付けられていたセベロもその後をついてくる。

もうサルマがいるのだから必要ないのでは?とも思うが、彼はこの家に仕えているのだからアドラシオンがもう良いと言うまで勝手に離れることは出来ないのだろう。

部屋に戻るとサルマを椅子に座らせ、薬を握らせる。


「サルマ、傷にこの薬を塗って。そんな傷は償いにも罰にもならないよ。償いならちゃんとサルマが助けたい人達を救いに行こう」

「迦暢、わたしは」

「一緒に行ってくれるんでしょう?サルマは私を信じてくれるんだよね?」


迦暢に詰め寄られ、サルマは諦めた様に服を脱ぐ。

適当に巻かれた包帯を解いて迦暢に渡された薄いエメラルドに光るゲル状の薬を塗りつける。

迦暢が斬られた時に塗ったものとほぼ同じだ。

どうせすぐに傷が治るものでもないし、見たこともない怪しい薬が効くとも思えないとサルマは気休めだと思いながら塗ったが、塗った端からズキズキと傷んでいた痛みがスッと消えていく。


「迦暢、これは」

「塗れた?届かないところあるなら塗るよ?」

「大丈夫だ」


迦暢はサルマが言う事を聞いて薬を塗り始めたのを横目に見ながら、コチラに来てから取り寄せたダンボールを開けて荷造りを始める。

ザックから不要な着替えなどを省き、食料や水、武器なども備えていく。

屋敷を出るのでいつもの様に木ノ実の汁で肌も浅黒く変えた。

薬を塗り終えたサルマにトランシーバーなどの使い方も説明しておく。


「ヴァルダマーナ様等とお話しする事は出来ないのか?」

「多分、遠過ぎて無理だと思う」


サルマの疑問に言われてみればと試してみるが通じる気配はない。

一通り準備を終えるのを待っていた様にドアがノックされた。

アドラシオンからそろそろ出立するので前庭に出る様にと伝令が伝えられる。

2人は迦暢が詰め込んだザックを持って部屋を出た。

背負う荷物にセベロの視線を感じて、迦暢は余計なツッコミを受ける前に話かける。


「随分早く出立出来るもんなんですね」

「辺境ですから、いつでも出られる様に備えてはいます。大した人数じゃありませんし、今回は特にヴァルダマーナ様から出立前にご指示がありましたから」

「ヴァルダマーナ様はそこまで予想していたって事ですか?」

「サルマ殿の暗号や、イサ殿の神託からの予測の様ですので、アドラシオン様は話半分といったところだった様ですが」


この早さで集まった兵など数人だろうという迦暢の予想に反し、訓練場には100人程の兵士が集まって馬に荷を積み込んでいる。

準備されていた馬にサルマが手早く荷物を積み込んで行く。

迦暢は充電用のソーラーパネルも頼んで括り付けてもらった。


「イサ、準備は良いか」

「大丈夫です」

「それでは出立するぞ!」


アドラシオンが手を挙げて合図を送ると、隊長らしき男が号令をかける。

ゆるりと隊列が動き出した。

いつの間に準備をしたのか、セベロがサルマと反対隣に馬を並べ隊列に加わっている。

少し前にはアドラシオンの姿もあった。

まだと言うべきか。防具などは付けていないのだが、あからさまに馬が違うので軍隊というのはバレバレだ。

それでもこの隊列のまま他領に入って争いのもとにならないのだろうか。

迦暢は多くの兵に囲まれてリューデリッヒの街を出た。

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