街が目覚める前に
うっすらと空が朝焼けに滲む頃、3人は最終目的地であるリューデリッヒに到着した。
王都にも匹敵する大きな街だ。
まだ門も開かぬ早朝に、1人の男が我々をこっそりと迎え入れてくれた。
人々はまだ眠りについている時間だが、まばらにこの街を出る商隊が出発するための準備を始めている。
その中を遡る様にして城に向かう。
「ヴァルダマーナ様、主人を呼んでまいりますので今しばらくこちらでお待ち下さい」
街の中心にある大きな城は、ヴァルダマーナの離宮よりは少し小さいが今まで見た領主のどの屋敷よりも立派だ。
通された部屋の長椅子に座る様促され、迦暢はヴァルダマーナの隣に腰を下ろした。
ファラムンドは他の誰も居ない事を良い事に部屋の調度品を見て回っていたが、足音が聞こえるとすぐに2人の後ろに畏まった態度で立つ。
程なくして現れたのは如何にも強そうな大きな男と気の強そうな派手な顔の女が先程案内してくれた男を先導に部屋に入ってきた。
「ヴァルダマーナ殿下、よくいらっしゃって下さいました」
「辺境伯、姉上、ご無沙汰しております。この様な早朝に迎え入れて頂き申し訳ない」
「事情が事情だ、仕方ありますまい」
「これが例の儀式を行うイサだ。昨夜儀式をさせてすぐに移動となったので、話をするより先に休ませたいのだが宜しいだろうか」
「構わない。部屋に案内させよう」
自分だけ特別扱いするヴァルダマーナの袖をそっと引っ張るが、ヴァルダマーナは迦暢の手を上から握り込む様に掴んだ。
隣に座る迦暢の耳に唇を寄せ、そうではないのだ、と囁く。
「後で先見を頼む事になるだろう。相談が終わるまで休める内に休んでいてくれ。これからお前を酷使する事になるかもしれん」
迦暢はただその言葉に頷き、従者の求めに従って立ち上がると部屋を出る。
自分で自分の荷物を持とうとしたが、ファラムンドが迦暢の荷物持ちとして部屋までついてきた。
ヴァルダマーナの指示もないのに主人の側を離れても良いのか疑問に思ったが、見知らぬところだから居てくれた方が安心ではある。
「セベロ殿、ヴァルダマーナ様の部屋へ通してくれ」
「ヴァルダマーナ様の?」
「途中から騎士が1人偵察に出た関係で従者が私しか居ないのだ。纏まっている方が何かと都合が良くてな」
従者とは顔見知りらしく、角を曲がろうとした従者を止めてファラムンドが要求をした。
ファラムンドの説明をそのままの意味で信じたのかは分からないがセベロと呼ばれた従者はチラリと迦暢を見て行く方向を変える。
「すまないが、湯浴みの準備も頼めるか」
「ヴァルダマーナ様の?」
「いや、まずはイサ様のだ。神託を得る前に禊ぎをする必要がある」
「そういえば神官という話でしたね。神殿にも伝えておきましょう」
「助かる」
今まで宿代わりにしてきた神殿とは違いレンガの濃淡だけだが壁面に幾何学文様の装飾が美しい。
天蓋のついた広いベッドや、シルクで出来ているだろう布団も高価なのが見てとれた。
夫人の弟で、四男とは言えヴァルダマーナは王族だ。
一番良い客室を当てがわれているに違いない。
ファラムンドが迦暢の鞄を部屋の隅のバゲージベンチに置き、セベロに湯浴みの準備を促して追い払う。
「湯浴みの準備が出来るまで横になってはどうですか?」
「汚れたままお布団に入るのはちょっと」
「まぁ迦暢様ならそう言うと思ってましたけど、とりあえずそんな所に立ってないで座って下さい」
部屋の隅に立っていたらファラムンドが椅子を引いてくれた。
コートを脱いで椅子に座ろうとしたが、開け放たれた窓の外が気になって迦暢は窓辺に寄る。
街の中央の少し高くなっている所に建っているこの屋敷からは街が一望出来る。
「ファラムンド様はヴァルダマーナ様のところに戻らなくて良いんですか?」
「話は聞いてますから問題ないですよ」
そう言ってチラリと頭に巻いている布を捲ってその布に隠れている耳を示す。
耳にはインカムが付けられている。
どうやら2人はずっと電源をオンにしたまま情報共有をしていたらしい。
現代人ばりに手に入れたばかりの機械を使いこなしているヴァルダマーナとファラムンドには驚かされるばかりだ。
「ファラムンド様はここには何度も来た事があるんですか?」
「そうですね。やはり辺境は色々ありますから割とよく来ますよ」
「ここが一番に選ばれたのは水量が減ってるって事なんですよね?」
「まぁ減ってきているのは事実ですけど、ここはまだそこまでじゃあないですね」
「政治的な要素が大きくて選ばれたって事ですね」
「そう思ってもらって良いと思いますよ。何か気になる事が?」
迦暢は口を噤む。
門を入った時から気になっている事がある。
だがそれをちゃんと確かめもせずに話して不安だけ煽って良いのか迷うところだ。
そんな躊躇う迦暢に気づいたのか、ファラムンドは鞄の中からソーラーパネルを取り出して迦暢の立つ窓辺に近づいてそれらを並べながら迦暢の横に立つ。
「思い違いでも構いませんよ」
「辺境伯の領地はここから見える範囲だけでしょうか?」
「領地と言われると砂漠や山も含まれますから正確には違いますけど、街と言えばそうですね。城壁は裏山にも続いてますが」
「そういえば王都の水脈は山の中でしたね」
それでファラムンドは察しがついたらしい。
剣を刺して儀式をする場所は“水が沸いているところ”だ。今まで儀式を行ってきたところは街と街の間の平地だったが、ここは最西の山と海に囲まれた場所である。
水脈が街中にあるとは限らない。
王都も城から山を登った山中に水が湧き出ており、そこから水路を使って街に水を引き込んでいる。
他の街でも同じ様な所があってもおかしくない。
迦暢は門から城に歩く道中、いつもの様に水脈を気にかけて歩いてきた。
しかし水脈を示す光が複数あるにはあるが弱いのが気になっていたのだ。
街を一望出来る窓から見回すが、やはり光は弱い。
「今回は裏山かもしれません」
「後で城の者に確認しますが、山が見える場所から見れば確認出来ますか?」
「そうですね。一望出来る場所があれば分かると思います」
少し何かを考えてからファラムンドはじゃあ後で確認しましょうとにこりと笑った。
一瞬の間が気になったが、特に何も言われなかったので迦暢はそのままその話題を終える。
丁度セベロが戻ってきてお湯の用意はすぐ出来るので水場へと言いに戻ってきた。
顔見知りで特に警戒はされていない様で、あとは勝手にやりますと言うとセベロは戻って行く。
ファラムンドに案内されいつもの様に身体を洗えたが、結局また木ノ実の汁を塗って色を変えなくてはいけないのが残念だ。
ただ砂に汚れた感じが無くなっただけでもかなり違う。
見張りがてらドアの前に立っていてくれたらしいファラムンドと部屋に戻ると程なくヴァルダマーナも部屋に案内されてきて合流する。
「迦暢、休まなくても大丈夫か?問題ないなら神殿で神託を得て欲しい」
「大丈夫です」
迦暢が湯浴みしている間に書いてくれたメモとお釈迦様の像を抱えて神殿に向かう。
まだ早朝なのもあって神官達は眠っているようだ。やはりババの息子である神殿長が3人を迎えてくれたが、神殿は静まり返っていて人の気配がない。
これ幸いにベンディス様の像の前にお釈迦様の像を置き、前に座る。
「なーまく さーまんだ ぼだなんばく」
いつもの様にお釈迦様が姿を現す。
その変わらぬ姿に迦暢はどこか安堵を覚える。
「あぁ、迦暢か。浮かぬ顔をしておるな」
「お釈迦様、私はお役に立てているのでしょうか」
「お前が言う役に立つと言う事と合っているかは別として、迦暢が居なければ彼の国は果てるだけであったのだから良い方向に向いているのは間違いない」
「果てる…」
聞いていなかった事実がポロリと出てきて迦暢は目を見開いた。
いつもお釈迦様は変わらないが、そこには感情も現れない。
いつも穏やかな顔で迦暢を見下ろしているだけで、どんな残酷なことでもその変わらぬ表情で告げるのだと思い至る。
先ほどその姿に安堵したけれど、それは決して迦暢やその周りの人の安全が守られているという事ではないのだ。
「それは水が枯れて滅びるのでしょうか」
「それも可能性のひとつではあるが、それだけではない。隣国の王子を撃退したり、宝石や金を対価に知恵を与えたり、そして今、お前の関わる人間が動こうとしているのもそのひとつであろう」
軍資金を得る為であって対価という気持ちはなかったので少しひっかかったが、側から見ればそう映るのかと妙に納得する。
他はどれもお釈迦様の力な気がするが、迦暢が居なければこんなに具体的な神託を得る事もなかったろうから確かに動かしてはいるのだろう。
「隣国は攻めてくるのでしょうか」
「既に国内に入っている者もいる様だが攻めてくるというのは少し正しくないかもしれぬ」
「内乱に手を貸す程度ということですか」
「流れはまだ決まっていないと言う事だ。本来であれば国を割る内乱になっていたであろうが、お前やお前の周りの人間が動く事で事前に察知した。未来は関わる人間で大きく変わるのだ」
「お釈迦様でも未来が見えないという事ですか?」
「何万通りもの未来なら見えておる。しかしどれになるかはまだ分からぬ」
分からないと言われるのは想定外だが、確かに迦暢という因子が今まで未来を変えてきたのも間違いないのだろう。
自分が居なければサルマがこの旅に同行することも、謀反の情報を得る事もなかったはずだ。
自分が関わる事で良い方向に向かっているのなら自分は自分の出来ることをするしかない。
今までならもっと明確な未来を示してもらえていたけれど、ヴァルダマーナから預かった質問の半分以上が今は分からぬという答えだった。岐路に立っているから、と。
それでもヒントを多く貰えた事に感謝して、迦暢は最後に1番気になっていた事を聞く。
「サルマは今、どうしていますか」
「今はここに向けて馬で駆けている」
「サルマはここに、リューデリッヒに向かっているのですか?」
「そうだな」
「いつ着きますか?怪我などしていませんか」
「それも分からぬ。今は怪我などしていない、としか言えぬ」
とりあえず無事な事が確認出来て迦暢は胸を撫で下ろす。
サルマが無事に着くかさえハッキリと分からないくらい未来に混沌が差し迫っているのは不安だが、約束を守ろうと向かっているサルマを信じる事が出来る。
迦暢達が予定より早くリューデリッヒに着いた事をサルマが知るはずがないのだから、遅れたとしても仕方ない事だ。
迦暢はお釈迦様にお礼をして祈りを終えた。
その後、ベンディスにも祈ったが、前の様にお姿を現してくれはしない。
ただ、サルマの無事を祈る。
付き添ってくれていたファラムンドと部屋に戻るとヴァルダマーナはカウチで横になって眠っていた。
ベッドで眠れば良いのにと思うけれど、夜通し馬を走らせてたヴァルダマーナは彼の腕の中で眠っていた自分と違って一睡もしていないのだから起こす気にもなれない。
離れたテーブルでさっきお釈迦様に聞いた内容を忘れない様に紙に書きつけた。
それからお釈迦様の像を部屋の片隅に飾り、同時に書いた家族への手紙も送る。
「ファラムンド様は眠らなくて大丈夫なんですか?」
「さっきからちょこちょこ寝てますよ」
「え、いつ??」
「姫様が湯浴みしてる間とか、お祈りしてる間とか」
「入口でずっと立ってましたよね??」
「立ち寝得意なんです。この屋敷の中ならそこまで警戒も必要ないですしね」
迦暢が書いたヴァルダマーナへのQA表を見ていたファラムンドがその紙を机に置いてニコリと笑うと少し出てきます、と言って部屋を出て行ってしまった。
取り残された部屋で自分だけベッドで眠る気にもなれない。
とは言え疲れは抜けきっていないし、ヴァルダマーナに休める時に休んでおくように言われたのもあり、迦暢は机に突っ伏した。
窓の外では空が明るんできていたが、迦暢は窓とは反対を向いて目を閉じる。
眠りはすぐに降りてきて、迦暢はすぐに意識を失った。




