旅に出る
「迦暢様、剣が間に合いましたので今回はこちらをお持ちください」
出発の日の朝、現れたファラムンドが特注のロングソードを差し出した。
黒に金色のフチがついた鞘に収まっていると重さは竹刀よりも重い。
しかし剣を抜くと注文通りの竹刀と同じ長さ、太さ、重さだ。
持ち手も竹刀と同じ長さになっており、柔らかい布が巻いてあるので握りやすい。
振り抜いてみたが前に振った剣よりは違和感がなかった。
「如何ですか」
「振る分には凄く良いです」
「振る機会がない事を願うばかりですがね」
ファラムンドが心配する様に迦暢にはこれを人に向ける勇気はない。
いざという時の為のものだが、いざという時に役に立つかが一番重要だと言うのに。
剣を腰に付けるベルトも渡され、剣を装着する。なんだか強くなった気がしてくるが、先日と同様に剣はマントの中に隠した。
邪魔だから歩く時は背負える様にした方が良いかも。
「先日とは違う鞄ですね。大きさが違うだけのようですが」
「そうですね。着替えなどの荷物が多いので大きい鞄にしました。」
まだ馬に括り付ける前の迦暢の鞄をファラムンドが興味深そうに見る。触っても良いかと聞かれたので、開けなければ良いと言うとファラムンドは迦暢のザックをさっそく背負う。迦暢はチェストベルトやショルダーベルトの長さを調整してやった。
兄に連れられて山は何度も登っているのでこれくらいはお手のものだ。
「なんだか軽く感じますね。背中にクッションが付いているせいでしょうか」
「腰にも力が分散するからかもしれませんね」
「迦暢様の国ではこの様な形の鞄が普段から使われているものなのですか?」
「これは本来、山に登る時の為の鞄ですね。普段はこの前の大きさの鞄を私は使ってましたけど、斜め掛けの鞄とか手持ちの鞄とか色々ありますよ」
「機会があれば見せてください」
「ファラムンド様は色々なものに興味があるのですね。クロスボウといい、ポテトチップスといい」
「異世界のモノに興味ないとかあります?見た事がない便利なものが出て来たら興味を持つのって普通のことだと思いますが」
言われて迦暢はそういえば自分はどうだったかなと思い返す。
不便だからもっとこうだったら良いのに、と思うことはあったが、あまり神様への祈り以外で興味を持ったものはなかった様に思う。
街で市場を見て回るのは楽しいが、アジア雑貨屋さんとか、中華街の食料品店を見て回るのとそんなに変わらない感覚でいた。
日本の方が何においても水準が高いから興味を持つほどではなかったのだ。
「私が興味を持ったのは神殿の事くらいかもしれません」
「まさかの神殿ですか」
「神殿というか、呪いとか神託とか神様と民が身近な存在である事です。私の国は占いはありますけど、統計学みたいなものなのですよ。呪いとか神託とかもない事はないですけど基本的に神に縋るしかない時の現実逃避でしかなくて、こんなに生活と密着してるものではないんです」
「神託なくしてどの様に生活するのです?天気すら分からなくては隣町にもいけないでしょう」
「雲の動きとかで天気は大体予測が出来るんです。隣町に行くのも動物に乗ったりするんじゃなくて、機械で動く乗り物があるので天気は関係なく移動出来るんです」
「“機械”というのがどういうものかよく分かりませんが、迦暢様の国が私の未知のもので溢れているのはよく分かりました。いつか見てみたいものです」
ヴァルダマーナが屋敷の中からウンベルトと何か話しながらこちらに向かってくるのが見えて、ファラムンドは早々に話を切り上げた。
背負っていた迦暢のザックを馬の背に括り付ける。
出発の準備は整った。
「準備は?」
「整っております」
「迦暢、何か気になることはあるか?」
「気になる事?・・・ないです」
天眼通を使って向かう領地までを見るが特に問題はなさそうだ。そもそも昨日、お釈迦様にも早くした方が良いとは言われたが、何かあるとは言われていない。
ヴァルダマーナは迦暢の言葉に頷き、迦暢のフードを被せてから馬に担ぎ乗せてくれる。
自らも自分の馬に乗ると、ファラムンドに行けと命じた。
ファラムンドを先頭にヴァルダマーナ、迦暢、最後にサルマが続く。
先日出掛けたのと同様に山側の隠された道を行き、密かに4人は王都から出発したのだった。
旅程は順調だ。
2つの儀式を終え、次が問題の領地を通り過ぎることになる。
迦暢の馬は既に今いる領主の協力を受け、次の領地へ先行して走らせてあった。
儀式をした次の日は迦暢が疲れて昼まで眠るので休息日となっており、出るのは次の日の早朝だ。しかしサルマは自ら願い出て次の区間は別行動となった為、迦暢が眠っている間に出発してしまっていた。
天眼通で見ても特にサルマに何か問題が起こる未来は見えていない。
「すまないが今日は外出はなしだ」
「何かありましたか?」
「サルマが居ないからな。ファラムンドも少し調査に出ているので護衛が居ないのだ」
「分かりました」
果たして自分に護衛が必要なのかは不明だが、出るなと言われれば敢えて出ようとは思わない。
旅も5日目でずっと暑い中の移動で疲れも溜まってきていた。
どうせ帰りにも同じ道を通るのだからどうしても見たければ帰りに見れば良いだけのことだ。
「礼拝堂は良いですか?」
「夕食の後であれば良い。日中は市民が来るからな」
「この部屋から出ちゃダメって事ですね」
「私と2人でいるのは不満か?」
頭を撫でられふんわりとヴァルダマーナが笑う。迦暢の胸がドキリと跳ねた。
警護の都合上、一緒に寝るのが一番面倒が無くて良いと言うので毎日一緒のベッドで眠っているが、王都を出る前に抱き合ったきり、そういう事は致していない。
毎日慣れない乗馬で疲れてヘトヘトでそれどころではなかったし、休息日は今のところ神殿の客間なのでそういう事をするのも気が引ける。
ヴァルダマーナがどう思っているかは分からないが、迦暢を抱きしめて眠る以外手を出す気はなさそうだ。彼らにとってこれは王命での旅なのだから、迦暢が考えているより重要なミッションなのかもしれない。しかし迦暢には旅に慣れてきた今、肉体的には疲れもあるが気持ち的には少し物足りなくも感じてしまう。
「ヴァルダマーナ様は何をして過ごすのですか?」
「そうだな、王都に報告書を出さねばならないからその報告書作りからかな」
「じゃあ、私も家族に手紙でも書いてますね」
なんだかつれないと思いながら、仕事を始めたヴァルダマーナの邪魔にならない様、その横で迦暢も手紙を書き始める。
王都を出た前日に覚如に話を聞いてみて欲しいと家族には手紙を送ってはいるが、迦暢が旅の途中の為、返事を受け取っていなかった。迦暢は送ってもらったルーズリーフにボールペンで旅の途中だが、今日中ならば手紙は受け取れるとだけ書いて定番の手紙型に折る。鞄からお釈迦様の像を出して、ヴァルダマーナの邪魔にならない様部屋の隅でお釈迦様に祈りさっさと手紙を送りつけた。
すると手紙自体は用意されていたのか案外すぐに返事が返ってくる。
手厚く保護して下さっている王族の方への一宿一飯の恩義を仇で返す様な事はしないように。
その為、望み望まれているのであれば結婚も婚約も反対はする気はない。
ただしまだお釈迦様の勤めが果たせていないのだから、結婚はその後にした方が良いのではないか。
覚如君からもそちらの話は聞けたので、迦暢が旅から帰ったタイミングで迦南本人の希望もありまずは迦南を向かわせたいと思っている。
問題なければお父さんとお母さんも一度相手のご両親に挨拶に伺いたい。
ただし釈天が帰省したタイミングとなるので少し先になると思われる。
何はともあれ、今は自らの使命を果たし、無事に旅から帰れる事だけを考え尽力しなさい。
・・・と言った事が書かれた手紙だった。
もはや自分が儀式を行うとは言え、水脈バンバンの旅をどこか他人事に考えていた自分に後ろめたさを感じる。
これはヴァルダマーナ様等の使命ではない。
迦暢自身に与えられた役割なのだ。
世界を救わなければ恋愛に現を抜かしている場合ではない。
迦暢はパンっと両手で頬を叩いて自ら気合を入れ直し、再び新しいルーズリーフに手紙を書く。
婚約については相手と相談して決める。
まずは自分が出来る範囲でこの旅を成功出来る様に力を尽くす。
この世界を豊かにする為にアイデアがあれば教えてほしい。
再び会える日を楽しみにしている。
そう手紙に書いて再び送る。
少しして、ラップに包まれたおにぎり2つと頑張りなさい、とだけ書かれたメモが送られてきた。
まだ温かいおにぎりの1つをヴァルダマーナが書類仕事をする前にそっと置き、迦暢はもう一つのラップを剥いてかぶりつく。
迦暢が好きなツナと塩昆布の組み合わせだ。
「まだ温かいな」
仕事に集中しているのかと思っていたが、ちゃんと置かれたおにぎりに気づいていたらしい。迦暢と同じようにラップを剥き、ヴァルダマーナもおにぎりにかぶりついた。
ヴァルダマーナのおにぎりはとうもろこしとチーズの焼きおにぎりだ。
「なんでこの米は丸まって三角なのだ」
「形は三角だけじゃなくて球状とか俵型とか他にもあるんですけど、基本的には携行しやすい様に丸めるんですよ」
「こちらの米ではこの様に丸まらないだろうから難しいな。迦暢の国の米は粘り気があって甘い」
「そうですね。こっちのお米はパラパラですもんね」
ちなみにこちらのお米は白いまま炊くと不味い。リゾットとかパエリアみたいにして食べるとパラっとして、中はアルデンテな感じで美味しく食べられると言った代物なのだ。
ヴァローナで米を中心に食べていたけど、基本的にはサフランライスみたいなもので、おかずを一緒に食べないと単品では美味しくないものばかりだった。
今は送ってもらった米を食べているので安定の日本米だ。
「手紙のやりとりは終わりか?」
「そうですね。とりあえず。ヴァルダマーナ様は報告書出来ましたか?」
「あぁ」
「手紙はどうやって送るんです?」
「預かってくれる業者がいる。あとは鷹だな」
「鷹?」
ヴァルダマーナは荷物から分厚い皮の手袋を取り出してはめると迦暢を伴って窓辺に寄る。
首に下げていたペンダントのトップを口で咥えてピッと吹いた。
何処からともなく一羽の大きな鷹が飛んできてヴァルダマーナの差し出した手袋に慣れた様子で停まる。
思った以上の迫力に迦暢はつい一歩後ずさった。
「怖いか?」
「思ったより大きいです」
ヴァルダマーナがスイと窓辺に手を寄せると鷹は窓枠の方へひょいと飛び移る。机の上の小さな紙を丸めて鷹の脚に付く筒の中にそれを入れた。再び手袋を寄せて自分の手に鷹を乗り移させると、反対の指の背で鷹の喉元を2回撫で、頼むぞ、と小さく囁いて外に放り投げる様に腕を振ると鷹は空に飛び立って行く。
「どこへ向かったのですか?」
「ウンベルトのところだ」
「手紙も出すのですよね?」
「そちらは4、5日かかるからな。迦暢の国では鷹は使わぬのか?」
「そうですね。今は電話や電子メールが主流ですから手書きの手紙はなかなかないですね」
「羨ましい限りだ。早く電気というものを実用化したいものだ」
糸電話の実験で電話やメールについては一旦説しているのもあり、ヴァルダマーナはすんなりと理解する。ヴァルダマーナとアーロン、最近では少しずつヴァルダマーナの他の側近達にも教科書が貸し出され、其々が気になるテーマについて勉強していっているらしい。
科学や兵法、武器などが中心だが、すっかり日本語をマスターした2人は日本語で手紙を書いて覚如や迦南に教えを乞うこともある。軍事ヲタクな覚如はまだしも、ただの厨二病男子である迦南はネットで調べているだけだが、お陰で理科の成績が上がったそうなので嬉しい誤算だと母が喜んでいた。
その情熱を他の勉強にも充ててほしいものである。
そんな事を考えていたらコトリと音がして荷物が届く。迦南からヴァルダマーナ宛だ。
「ヴァルダマーナ様、迦南から荷物が届きました。荷物は送らないでって言っておいたのに」
「私が旅の途中でも送れそうなタイミングだったら送って欲しいと頼んでおいたのだ」
一応迦南なりに箱なんかは邪魔になるのを見越して風呂敷に包んで送ってきていた。
風呂敷を解くとチェストバッグ型のホルダーにトランシーバーが格納された状態のものが4つ入っている。
習字をやらされていたせいで字だけは綺麗な迦南からの手紙には充電はソーラーパネルから出来る様にしてくれたらしい。
これなら馬に乗っている間に十分充電出来そうだ。何せ太陽だけは嫌と言うほど感じることが出来る状況なのだから。
「迦暢、使い方を教えてくれ」
「ここで電源を入れて、ここを押しながら話すと他の3台の電源を入れておけば声が届くみたいですよ」
迦暢は全部のトランシーバーの電源を入れ、一つを持って部屋の端に寄る。ボタンを押しながら「聞こえますか?」と話しかけると、ヴァルダマーナが一瞬ピクリと体を動かしたが、机の上の一台を取って不思議そうに眺めた。
「迦暢の声がこの中からしたぞ」
『ヴァルダマーナ様もボタンを押しながら話しかけてみて下さい』
『どうだ?聞こえるか?』
部屋の端と端でトランシーバーの性能を試す姿はまるで新しいオモチャを手に入れた子供の様だ。
ヴァルダマーナは取扱説明書をじっくり読み込んで全ての機能を頭に入れたらしい。
一通り試し終わる頃にはファラムンドが情報収集から帰ってきて、ヴァルダマーナと再び検証を行う。
「姫様、これはどのくらい離れても使えるものなのですか」
「隣街には届かないですね。街の端と端なら届くと思いますけど」
「姫様の国にはもっと遠い距離でも会話出来る機械があるのですよね?」
「携帯ですか?あれは国中にアンテナが立ってるから使えるものなのでこちらに持ってきても使えないんですよ」
「それは迦南殿からも聞いています。これだけでも十分凄いのにこれ以上のものがあるなどやはり姫様の国は興味深いです。あぁ、そうだコレ、お国に送っておいて頂けますか」
そう言ってファラムンドは自分の鞄の中から麻袋を出してゴトリと机の上に置く。
今回の旅では各領主からの謝礼を一部を金で支払わせているらしい。
水量アップする度に同じ様な袋を渡されるので迦暢は有難く受け取ってすぐに日本に送ることにしている。
結構色々送ってもらっているし、ヴァルダマーナからのリクエストでこうしてこれからも物資を送って貰うのならば軍資金が必要だろう。
しかし日本程の価値はこちらではないとは言え手元に置くのもどうにも怖いので、迦暢はさっさと手紙を添えてお釈迦様に祈り送ったのだった。




