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陰徳

お釈迦様の像を抱いて祈祷室に下りた。

ベンディス様の像は置いていないが、月が出る方向に天窓が開けられている。

迦暢がリクエストした水瓶と枝葉が迦暢が来てから常に置かれる様になった。

水瓶の前に腰に巻いていた日除け用の布を敷き、お釈迦様の像を置く。

普段はお釈迦様の像なしで祈るのだが、まだ昼間なのもあってなるべく通じやすくする為に持参したのだ。

水瓶の前に置かれた絨毯の上に靴を脱いで座り、枝葉を持って水瓶に打ち付ける。


「なーまく さーまんだ ぼだなんばく」


目を閉じて唱えると、いつの間にかその暗闇の中にお釈迦様が姿を現す。

最近はなるべく加護をつかう様にしていたのもあって、なんだか久しぶりに感じた。

その穏やかな見慣れた姿に迦暢はほっと胸を撫で下ろす。


「お釈迦様、こんにちは」

「あぁ、迦暢か。どうした」

「今日は色々お聞きしたい事があります。お時間頂けますでしょうか」

「構わない」

「先日、日本の知人がこちらに来ました。大日如来様を通じて来た様なのですが、ご存じですか?」

「その様だな」

「彼は私が日本と異世界を繋ぐゲートの様なものと言っていました。本当ですか?」

「確かにゲートと言えなくもない」


画文帯仏獣鏡を宿す事に意味があるらしい。

無くしたりするリスクしかないので迦暢はもはや体から出す事はないが、そのせいで日本との扉が開きっぱなしの状態になっているのだそうだ。ただ、日本から荷物が時間指定なく届く様になった今、ゲートが開いていないと荷物がお釈迦様がいらっしゃる空間に留まってしまう。それはそれで迷惑だと思うのでこのままでいる事に決めた。

ゲートである迦暢が今は何も意識していなかった為に迦暢に縁がある仏教従事者であればこちらに来られる状態らしい。


「お前の母親と弟は単独では来ることは出来ない。残念ながらお前の弟は少々信心が足りない様だ。母親もだが」

「母もですか?!」

「お前の母は手伝ってはおるが、我の前に坐して真言を唱える事はない。その為に入れられぬ」

「単独では、という事は父や兄と一緒ならば来れるという事ですか?」

「自力では、と言った方が良かったな。荷物同様、送って貰えば誰でも来る事はできる。ただしその場合は送る人間は一緒に転移する事は出来ない。」

「つまり父が母と弟を送る際、父は一緒に来ることは出来ないということですね。人間でも安全に送れるのですね?!」

「覚如が証明したであろう」

「覚如君はあぁ見えて跡取りですし、信心は疑いようがないです」


荷物と言い、人と言い、もっと早く教えて欲しかったと苦言を呈した迦暢に、お釈迦様は今だから可能になったのだ、と言った。

初めから出来たわけではない。迦暢がなすべき事をして徳を積んだから可能になったのだ、と。つまりはヴァローナの防衛や水天様の儀式などの善行を重ねた結果なのだそうだ。迦暢が初めにお釈迦様に会った時、お釈迦様は迦暢の出来次第だと言った。その言葉通りになっているという事は、お釈迦様が迦暢に求めていた世界を救う事に近づいているという証拠でもあるのだろう。

世界を救うという大それた事が迦暢にも出来ているならば嬉しい限りである。

それから迦暢はこれからの旅程での安否を教えてもらい、お釈迦様との面談を終わりにしたのだった。



王様との会談を済ませて戻ってきたヴァルダマーナは少しいつもより不機嫌だった。

あまり表情などに感情を露わにすることがない彼にしては珍しい。

戻って早々に迦暢を抱きしめ、離そうとしないのだから相当嫌な事があったのだろう。


「手紙は書き終わったのか?」

「送りました。神託も得ましたが、なるべく出立は急いだ方が良いそうです」

「はぁ、神までそう仰るのであれば仕方のない事なのであろうな」


どうやら王にも早く出立する様にと急かされたらしい。神託でもそう言うのであれば従うしかない、と言いながらヴァルダマーナは膝に乗せ抱きしめた迦暢の肩口に顔を埋める。

甘えるヴァルダマーナが新鮮で迦暢はじゃれつく大きな黒豹の様な男の頭を撫でた。

なんだか可愛い。

そう思ったのがバレたのか、ヴァルダマーナは顔を上げて迦暢の顔を覗き込むと抱き合った時の雄の表情を見せて迦暢はどきりと胸を鳴らす。

唇が近づいて優しいキスを繰り返すと、抱きしめていたはずの男の腕の中にドロドロに溶かされて結局抱きしめられている事に気づく。迦暢の頬をするりと撫でるとヴァルダマーナは満足げに笑っていつもの男らしい精悍な顔つきに戻り、明日の朝には辺境へ向かう事にすると告げた。

急な予定変更に屋敷内もにわかにバタバタとした雰囲気に変わる。

迦暢もヴァルダマーナの膝から下ろされて、荷造りや再び家族に手紙を送るなど準備に取り掛かった。

ヴァルダマーナとのまったりとした休日が半日で終わってしまったのは残念だが、徳を積む事が世界を救う手段になるならば致し方ない事だろう。迦暢がこの世界に来たのは恋愛をする為ではないのだから。

それでも迦暢は念の為、避妊具の大きなサイズを旅行カバンに追加した自分にやっぱりどこか浮かれているなと自分自身に苦笑したのだった。


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