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侍従たるもの

朝、いつも通りに目を覚ます。

見慣れた天井だが、違和感があった。

窓の外を見ようとして、視界の中に自分のではない腕が伸びているのに気づく。

一瞬ぎょっとするが、昨夜の出来事を思い出してそっと後ろを振り返る。

自分が枕にしていたものが恋人の腕だった事を知るのだ。

もう片方の手で迦暢の腰を抱き、眠っている顔に迦暢は感動すら覚える。なんて美しい寝顔だろう。カメラがあったら絶対撮るのに。

迦暢は少し頭をズラしてヴァルダマーナの上から頭を下ろすとゆっくりと反転してヴァルダマーナの寝顔と向き直った。

本当はもう少し腕枕を堪能していたい気はするが、前に腕枕など二の腕を圧迫し続けると麻痺する事があると何かで読んだ記憶がある。ヴァルダマーナの腕の心配が先に立ってこれ以上甘えるのは気が引けた。

まだ少し薄暗い中、ずっと寝顔を見ていても飽きそうもない。ただ、もう少し触れても良いだろうか。

迦暢はヴァルダマーナを起こさない様にそっと手を伸ばす。今ならばキスをしてもバレなさそうだが、迦暢の頭のテッペンがヴァルダマーナの顎よりも下にある状況から動けばきっと彼は気づいてしまうだろう。

そっと、そっと手を伸ばして、迦暢はヴァルダマーナの頬に触れる。綺麗な肌に見えるのに、髭が生えてきたのか少しザリザリとした。昨日何度もキスをした唇もあんなに柔らかかった筈なのに少しカサついている。

頬から唇に、それから首から肩を辿って胸まできたところでヴァルダマーナが身動いで、更に迦暢の腰を引き寄せた。

驚いて声が出そうになるのを迦暢は自分の手で口を塞いで堰き止める。

起きてしまったのかと思ったが、見上げたヴァルダマーナの目はまだ閉じられたままだった。

無意識なのか引き寄せられて迦暢とヴァルダマーナの体がピッタリとくっ付いてしまった。今はお互い裸なのもあって全身でヴァルダマーナの素肌を感じることができる。

昨夜もずっと抱き合っていた筈なのに、圧倒されたという記憶だけでどうも細かい事を思い出せない。

くっ付いている自分の身体を見下ろして、自分の胸に花びらの様にいくつも印が刻印されている事に気がついた。

夢じゃなかったのだ。

痛かったかと聞かれれば、圧迫感が凄かったとしか言いようがない。ただ、嬉しかったのだ。彼と一つになる事がこんなに嬉しい事なのだと思い知らされた。

視線を真っ直ぐに戻すとヴァルダマーナの逞しい胸が目の前にある。迦暢はそっと唇を寄せていつも彼がする様に一点を吸う。


「上手につけられたか?」


そう頭の上から言葉が降ってきて慌てて離れようとするが、腰を掴まれていてそれもままならない。見上げればヴァルダマーナが余裕の笑みで迦暢を見下ろしていた。


「お、おはようございます」

「おはよう、迦暢。悪戯は終わりか?それとももう少し寝たフリをしていた方が良かったか?」

「寝たフリ!?どこからですか?!」

「迦暢が腕から頭を下ろした少し前あたりか」

「全部じゃないですか・・・」


むぅと頬を膨らませる迦暢の頬を嬉しそうに撫でるヴァルダマーナに迦暢は恥ずかしさを隠す為にしがみついた。

こうなったらくっついてぎゅうぎゅうに抱きしめてやるのだ。そうすればヴァルダマーナのニヤケ顔も目に入らないし、自分の顔を見せなくて済む。恋人なのだから許される逃げ道だろう。


「あまり可愛い事をするな。私の理性を試しているのか?」

「理性ですか?」


理性がなんだ、と思ったが、迦暢の腹あたりに当たるものがムクリと動いた気がして迦暢はぎょっとする。

痛かった記憶もないし、昨夜は自分から強請った気がしないでもない。つまり悪くなかった筈だ。起き抜けと言うのもどうかと思うが、あまり記憶がないのでもう一回やって今度はちゃんと覚えていたいとも思う。


「何か物騒な事を考えているな?」

「理性がなんだ、と考えてましたけど、物騒ではないでしょう」

「十分物騒だ。さて、もう起きるか?」

「理性は?」

「湯浴みで洗い流すさ」


ヴァルダマーナは上半身を起こして、しがみ付いたままの迦暢を引き上げキスをした。

おはようの軽いキスになんだか少し寂しく感じてしまう。

そんな迦暢の表情にヴァルダマーナは困った様に息を吐いた。


「本当に理性を試すのは止めてくれ。このままでは一生寝室から出られなくなる」

「一生なんて無理に決まってるじゃないですか」


床に下りたヴァルダマーナを追って迦暢も立ち上がろうとするが、どうにも内股が笑っている。香油を塗られたせいでベタベタするし、内腿にもヴァルダマーナがつけた所有印が散っていた。その香油に血が混じっているのを見て振り向くとシーツに赤黒いシミが出来ている。

急激に恥ずかしさが込み上げて迦暢は掛けていた布団で慌ててそのシミを隠す。

羞恥心!羞恥心どこに落としてきたんだ、私!?

足元に丸まっていた服を拾い裸を隠す為に慌てて羽織った。

ガウンを羽織って水を飲んでいたヴァルダマーナが苦笑して迦暢にも水の入ったコップを差し出す。


「辛いところはないか?」

「よく、分かりません」

「少し声が枯れているが喉は痛くないか?」

「痛く、ない」

「朝食は何がいい?」

「なんでもいいです」


ヴァルダマーナは机の上のベルを鳴らして侍従を呼ぶ。すぐにノックと声掛けがあって少し扉が開いた。いつもなら入ってくるウンベルトは迦暢の部屋だからか入る事なくドアの側に寄ったヴァルダマーナと会話を始める。


「湯浴みをしてから食堂で朝食をとる」

「湯浴みの準備は直ぐに整います。朝食は何かリクエストはございますか」

「任せる」

「ご不在の間に清掃に入らせて頂いても宜しいでしょうか」

「頼む」

「承知致しました」


再びドアが閉じられ足音が遠ざかっていく。ヴァルダマーナはベッドまで戻ると迦暢が持っていたカップを取り上げてサイドテーブルに置く。

部屋をぐるりと見回してから迦暢を抱き上げた。


「ヴァルダマーナさま?!」

「触られて困るものはあるか?」

「特にはないですけど」

「では行くか」

「どこに?」

「聞いていたであろう、まずは湯浴みだ」

「おおおおお先にどうぞ!」

「立てもしないくせに何を言っておるのだ」

「立てますよ!立てます!」

「先程まであんなに積極的だったくせに何を焦っているのだ」

「理性拾ってきましたから!」


この国では本来毎日湯浴みなどしないらしい。水が豊富でなく、いちいち汲みに行かないといけないのもあって一般家庭ならば水もこんなに使えないし、お湯を沸かすのも贅沢だからだ。

王都周辺は山と言えど、木を切り過ぎればすぐに禿山になる。その為伐採については領主の許可が必要で厳しく管理されているらしい。水があっても湯を沸かすのも金がかかるのだ。

神殿でも水場の近くで桶に水を汲み、濡らした布で全身を拭くしかなかった。砂漠地帯と言えど夜は冷える。なるべく陽が落ち切る前に迦暢はそうしていたが、他の神官達は3日に一回体を拭けば良い方で、毎日洗う迦暢を不思議がっていたものだ。

この離宮でも同様にしようと侍女に体を洗う場所はないかと尋ねたところヴァルダマーナが体を清める為に使っている場所を使わせてもらえることになった。そこはシャワーとまでは言えないが、かなり高いところから水が打たせ湯の様に落ちて、汚水は外に流れる様になっているらしい。しかも湯船の様な人が入れるほど大きな盤が置いてあり、頼めばそこにお湯を少し貯めておいてくれる。

しかし今日は明らかにお湯の量が違う。

わなわなする足でなんとか立ったものの、危ないと却下されて結局全身をヴァルダマーナに洗われてしまった。貯められたお湯を桶ですくってざばざばと石鹸の泡を落とすと、ヴァルダマーナは迦暢を抱えてその大きな盤の中に入りこむ。

お湯は少しぬるいくらいの温度まで冷めているがお湯に入る感覚に懐かしさを覚える。


「はぁ〜っ久しぶりのお風呂ぉ」

「湯に浸かるというのも気持ちの良いものだな」

「血行が良くなって、体にも良いのですよ」

「迦暢のやりたい事の中にも入っていたものな」


迦暢が前に紙に書いておいたSDGs的やりたい事を上下水道整備をプレゼンした際に全部見せろと言われて見せただけなのだがちゃんと覚えていてくれたらしい。

お風呂については説明しただけで、入りたいと言ったわけではないのだが、バレバレだったようだ。

しかしヴァルダマーナは湯浴みとしか言っていないのに、このタイミングでお風呂の準備が出来ているのは昨日自分達が何をしていたかバレバレなのだろう。


「何をそんなに百面相をしているのだ」

「なんで私たちの事バレてるんですか?」

「侍従とはそういうものだ」


風呂を出て食堂に行くと今度は焼き魚と米と味噌汁が出てきた。米は実家から送ってきてもらった日本米。味噌汁は預けてあるお湯を注ぐだけのインスタントだ。

ヴァルダマーナにはいつも通りのニンニクとトマトペーストを塗って焼いたガーリックトーストの様なパンにハモンセラーノとチーズを挟んだものと豆のスープが出されている。

いつも通りの顔で特におくびにも出さずに給仕するウンベルトを迦暢はつい視線で追ってしまう。

この男、どこまで自分を甘やかすつもりなのだろうか。

食材を預けてはあるが特にリクエストしなければいつもはヴァルダマーナと同じメニューが出てくるはずだ。


「迦暢、私以外の男をそんなに見つめるのはやめてくれないか」

「恥ずかしいから甘やかすの止めて下さいっ」

「だそうだ、ウンベルト」

「これくらいで音を上げられるとは困りましたね。考慮させて頂きます」


ヴァルダマーナの背後で顎に手を当てて本気で考え込むウンベルトに迦暢は大きくため息を吐く。初潮を迎えた時に晩御飯にお赤飯が出てきて、大人達がおめでとうと言った時の居た堪れなさを思い出す。

弟になにがおめでとうなの?と言われて恥ずかしさしかなかった時の様な気分だ。

そもそも初エッチしておめでとう的な雰囲気ってなんなの!?どこがお祝いに値するところなのだろうか。

ヴァルダマーナはさっさとご飯を食べ終えてしれっとした顔でいつも通りにカフェオレを飲みながら書類に目を通していく。

ウンベルトに指示を出して早々に下がらせた。


「アレは私に忠実なだけだ、赦してやれ」

「ヴァルダマーナ様もですよ」

「恋人を甘やかして何が悪いのだ?」

「だから恥ずかしいんですってば!慣れてないんだからお手柔らかにお願いしますっ」

「早く慣れることだな」


そう言ってヴァルダマーナは笑って肩をすくめて見せる。

本当に慣れてしまって良いのだろうか。

慣れてしまったら、ただの役立たずになってしまうだろう。

それを当たり前と思えば我儘な役立たずの出来上がりだ。

悪役令嬢バッドエンドそのもの。

慢心だけはすまい、と迦暢は心に誓った。

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