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同じだけど、同じではない

迦暢が部屋を出ると廊下にはサルマが立っている。迦暢の顔を見て少し眉を顰めたが、優しくトイレか?と聞くだけで泣いた理由を聞いてはこない。


「顔洗いに行く」

「もうすぐ儀式の時間だからトイレも一緒に行っておきなさい」

「もう、サルマまで子供扱いする」


神殿は案外就寝が遅い。

月の神様だけあって夜に神託を戴くからだ。

神殿に人の気配はあるけれど、それでも街が寝静まっているからとても静かではある。

顔を洗い、トイレに行き廊下に出ると月が見えた。

迦暢はその光に導かれる様に神殿の奥に歩を進める。

サルマも別に止める事をしない。

突き当たりの礼拝堂のドアは開かれていた。

迦暢はそのまま中に入って、月の神の前で跪く。

ヴァローナではいつも月の神の前でもお釈迦様に祈っていた。だが今日はこちらの神様に祈りたくなったのだ。

ヴァローナでババがしていた様に両手を広げて月の光を全身に浴びる様に女神ベンディス像を仰ぎ見てから、手を心臓あたりに当ててそっと目を閉じた。


ヴァルダマーナ様を、サルマを、ファラムンド様を、私を助けてくれた人達を御守り下さい、と迦暢は祈る。


「まぁ、迦暢。私にまで祈りを捧げてくれるなんて嬉しいこと」


名前を呼ばれ迦暢は驚いて目を開ける。

先ほどまでの像ではなく、生身の女神ベンディスが迦暢の前に立っていた。


「ベンディス様!?」

「はじめまして、うふふ。初めてお祈りしてくれたのに自分の事は祈らないの?」

「私はお釈迦様に御加護を頂いていますから良いのです」

「まぁっなんて無欲なのかしら」


随分とふわふわした女神様だ。

天秤を持って凛々しいお顔をされていたのでもっと厳しい感じを想像していたのに。


「私以外の皆についてお願いしたのですからだいぶ強欲だと思いますが」

「貴方を助けた人なんてそう多くないわ」

「では護って頂けるとありがたいです」

「彼らは元々私の護るべき民よ。でもそうね、今よりもう少し注意深く彼らを見ることにしましょう」

「ありがとうございます」


つい掌を合わせてしまう。

しかし女神はまたうふふと笑った。


「今日ヴァルナにお願いしてくれるのでしょう?」

「はい、これから水天様(ヴァルナ)の御力を借りて水量を増やす予定です。よくご存じですね」

「だって私神様だもの。私も水は得意なのよ?でも私がやると雨露になってしまって水脈だけをコントロールするってのが上手くいかなくて困ってたの。だから貴方を呼んだのよ」

「それはこの街にと言う事ですか?それともこの世界に?」

「うーん、両方かしら・・・まぁ私が、という事でもないけれど」

「それはどういう」

「貴方の神とヴァルダマーナの神は違うけれどどちらも同じ神である事には変わりない、と言うことかしら。その前にヴァルダマーナが神を信じていたかは疑問だけれど」


笑って言っているが、それは神様として結構な爆弾発言ではないだろうかと迦暢はぎょっとする。

ヴァルダマーナは毎朝屋敷の礼拝堂で祈りを捧げて仕事に出て行く。

だから熱心な信徒だと思っていた。

迦暢も寺の子として毎朝手を合わせていたけれど、仏様の存在を信じていたかと言われると言葉に詰まる。今はこの世界にきてお釈迦様と話す機会があり存在を確信は出来たからいらっしゃると断言出来るに過ぎない。

ヴァルダマーナが神に縋る姿を想像出来ないのは確かだ。

そして迦暢の思う月天とベンディス様は同じ月の神ではあるが違う。先ほど迦暢もこの世界の神様と区別した。となると月の神は1人ではないことになる。


「例えばヴァローナに居られるベンディス様とここに居られるベンディス様は違うベンディス様なのでしょうか?」

「そうね、一緒ではないけど同じだわ」

「でも情報は共有されている?」

「私に願ったのですもの、知らないはずがないわ」


なるほど分からん。

ただ、迦暢も不思議に思っていたのだ。

仏陀は釈迦一人だけとされている。

例えば迦暢の家に祀られているのはお釈迦様だが、鎌倉にいる大仏様も博物館に保管されている仏陀の像も同じ仏陀ということになる。

仏像は人間が勝手に作った物だからお姿が違うのは仕方ない。だけどどの名前であろうと同じ釈迦に繋がっているのだろうか?と疑問だった。神無月に神様が居なくなると言うけれど、同じ神様を祀っているところはいっぱいある。寺や神社が神様に繋がる電話回線がある所だとすれば、そもそも神様は寺や神社に居られないのだから、神無月でも電話が繋がる様にしてくれれば良いのに!と子供ながらに思ったものだ。

しかし神がネットワークの様な巨大な個の複合体であれば同じだけど同じではない、という言葉に納得がいく。


「質問に答えて頂きありがとうございました」

「いいのよ、私が呼んだのだから」

「ベンディス様は何か私にご用でしたか?」

「そうねぇ、なんだか迦暢が随分と悩んでるみたいだったから何をそんなに悩む必要があるの?と聞きたかったのよ。貴方、ヴァルダマーナが好きなんじゃないの?」

「好きです」

「結婚は嫌なの?」

「嫌じゃないです」

「何にそんなに自信がないの?」

「・・・ぜんぶ」


役に立てないこと、

足手纏いでしかないこと、

この世界の知識がないこと、

自分の力がチートでしかないこと、

その力がいつまで使えるかわからないこと、

世界を救うという使命があること、

その使命の結末がよく分からないこと、

何より、自分がこの世界の人間ではないこと。


「貴方は元の世界に帰りたいの?」

「帰りたくない訳ではないです。ただ、家族にもこのまま会えないのは寂しいし、繋がっていたいです」

「心配しなくても貴方に与えられた加護は死ぬまで使えるわよ」

「そうなんですか!?」

「今更取り上げたりはしないはずよ」


それは少し安心だ。

水脈を増やすと豪語して、途中で出来なくなるのは困る。

家族との連絡も出来るなら、会えはしないけれど手紙のやり取りや写真のやり取りが出来るなら海外に嫁いだと思えばそう寂しくもないかもしれない。


「会う方法もないわけではないみたい。それについてはきっともうすぐ分かるわ」

「もうすぐ?」

「あと何か悩むことある?ヴァルダマーナは特に貴方に求めていないはずだわ」


彼はそばにいて欲しいと言った。

それ以外は望まないと。

だがその状況に甘える自分が許せないのだ。


「それでも足手纏いにしかならない自分が許せないのです」

「足手纏いかどうか決めるのは貴方ではないわ。ヴァルダマーナでしょ?」

「ヴァルダマーナ様がどう思っているかなんて分かりませんから」

「じゃあ聞けば良いのではなくて?彼は王都に帰ったら話をしようと言ったのでしょう?その時に聞いてみなさいな。でも貴方に必要なのは自分を信じる事かもしれないわね」


ベンディス様は優しく笑い、跪いたままの迦暢の頭にそっと手を置いた。

そこから何だか温かい気配がして心が慰められ、恐怖心の様なものが少し軽くなった気がする。

ベンディス様、と顔を上げるとそこには月明かりに照らされた月の女神ベンディス様の像が迦暢をいつもの凛々しいお顔で見下ろしていた。現実に戻ってきた様だ。


「ベンディス様、儀式を行なって参ります」


立ち上がり振り返るとそこにはサルマだけではなく、ヴァルダマーナとファラムンドも迦暢の祈りが終わるのを待っていたらしい。

3人ともどこか神妙な顔をしていたが、迦暢が近づくとヴァルダマーナがふわりと笑った。


「随分と長い間祈っていたな」

「すみません、お待たせしちゃいましたか?」

「大丈夫だ、まだ約束の時間には間に合う」


迦暢の腰を抱くようにエスコートされ、礼拝堂を出るとサルマが迦暢にマントを着せかける。王都で星見をした時の様なベールも被らされ迦暢の顔は見えなくなった。


「今日は領主が立ち会うが会話はしないように」

「分かりました」


そのまま外に出て水脈ポイントまで向かう。

初めて来た土地ではあるが、迦暢は事前準備してもらう為に先に天眼通で視ているので大体の位置関係は把握している。

それに迦暢の眼には意識すれば刺すべきポイントが地面から光を発するように光の柱を立てているのだ。

真っ暗な中、ランプの光が数人の姿を照らす。

領主がヴァルダマーナに膝を折って挨拶した。


「ヴァルダマーナ様、わざわざお越し頂きありがとうございます」

「急な話になってしまってすまない」

「いいえ。水が少なくなってきている今、こんなに嬉しい知らせはございませんでした」


ヴァルダマーナとファラムンドは迦暢を寝かせた後、神殿長と共に事前にこの場所の確認に来たらしい。

少し木が生える少し涼しい場所ではあるのだが、大雨が降った後などは泥濘みが出来るのであまり人が立ち入る場所ではないそうだ。お陰でヴァローナの様に人を退かす手間がなかったのが幸いだった。


「それでは早々に済ませることとしよう」


そう言ってヴァルダマーナがファラムンドに頷くと、ファラムンドが迦暢に剣を手渡した。迦暢は受け取った剣で光を発する真ん中の部分に×を描いて再び剣をファラムンドに戻す。ファラムンドは打ち合わせ通りにその印目掛けて剣を突き刺した。

ヴァローナの時と同じ様に剣の柄を握り、月を仰ぎ見て真言を唱える。


「オン・バロダヤ・ソワカ」


水天様が再び祈りを聞き届け、水が頭から降る感覚に迦暢は閉じていた目を開く。

喜びと驚愕し領主は膝をつき、神殿長は祈りを捧げた。初めて立ち会ったファラムンドもあんぐりと口を開けて噴き出る水を見上げている。初めてではないとは言え、ヴァルダマーナもサルマも少し強張った表情で迦暢を見守っていた。

迦暢は終わった事を告げる為にヴァルダマーナに小さく頷く。

ヴァルダマーナはすぐに迦暢の側に寄り、これ以上濡れない様に迦暢を自分のマントの中に包み込んだ。


「神殿に戻る。後の事は頼んだぞ、サドハン」

「心得て御座います」


すっかり過保護なヴァルダマーナが迦暢を抱き上げる。領主の前で声を出すなと言われていたので迦暢は小さく大丈夫だと主張したが、ヴァルダマーナは口元に指を立て迦暢を黙らせる。

一緒にいる所を見られないよう領主を水源に残し、神殿長を先頭に再び4人は神殿に戻る背後で領主が噴き出る水に向かって真言を叫ぶ声が聞こえた。


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