誇れるものがない
次の日、とりあえず子供用の剣を挿して遠乗りに出た。服装は神殿時代と同じ様に生成りのいつもより少し短いスカートに紐で結ぶ長ズボンを下に履いている。
ヴァルダマーナもヴァローナで出会った時と同じ格好だ。ファラムンドも同様だが、サルマはいつもの騎士の格好ではなく迦暢と似た格好をしている。とは言え、男性の格好も上着の裾が膝下まであるので違うのは上着がワンピースの袖があるかないかくらいの違いしかない。このクソ暑い中長袖二枚重ねなんてご苦労様としか迦暢には思えないのだが、あまり汗をかいている感じもないのが不思議だ。
途中の町で馬に水を飲ませている間に座って休んでいると、ファラムンドが市場でジュースを買ってきてくれた。
一緒に連れ立って消えたはずのヴァルダマーナはまだ姿が見えない。
サルマは迦暢の後ろに立って同じ様に受け取ったジュースを飲みながらそれでも周りをさり気なく警戒している。ファラムンドは迦暢の前に立ちながら馬に括り付けたままの荷物に目をやった。
「姫様の鞄良いですね。今度ゆっくり見せて頂いても?」
「それは良いですけど、ファラムンド様、なんで私のこと姫様って呼ぶんですか?」
「お似合いだと思うのですがダメでしたか?」
「ダメです。私、平民なので」
「真面目ですね。まぁどちらにせよ今日はイサ殿と呼ばねばですがね」
「ファラムンド様はなんでそのままの名前でいいんですか?」
「そりゃ私の名前なんか世の中に知られていないからですよ。知られて困る名前でもないですしね」
「ヴァ、ヴィーラ様といつも一緒にいるんですよね?」
「全然。私ほとんど外に出てますしね。普段はオラシオと言う奴が側にいますよ。会ったことありません?」
「まだないです。ウンベルトさんにはお世話になってますけど、あとはお父様と弟を紹介してもらっただけですよ。妹さんもちょっと会いましたけど」
「それはまた結構な囲いっぷりですね」
そう言って苦笑するファラムンドの背後にいつの間にやらヴァルダマーナが立っていた。
だが今は役人が神官2人を連れて行く案内兼護衛という設定なので馴れ馴れしくする訳にもいかずヴァルダマーナはジロリとファラムンドを睨むに止めた。
「そろそろ出発しますか?」
「そうしよう。急がねば日も暮れる」
ファラムンドが3人分のコップを返しに行き、その間にヴァルダマーナが馬を繋いでいた縄を解いてくれた。乗り込むのに時間がかかる迦暢は早々に馬に跨る。
しかし迦暢を補佐したヴァルダマーナも戻ってきたファラムンドが馬に跨るのもほぼ同時だった。
再び門を出てどんどん緑が少なくなっていく道を走る。
なんとか無事に日が暮れる前に目的地の町につくことが出来た。
「結構大きな町ですね」
「あぁ。だが残念ながら観光は明日までお預けだ。このまま神殿に向かう」
「この町の特産物とかあるんですか?」
「そうだな、王都にまだ近いからあまり違いはないが、葡萄の酒が有名だ」
「イサ殿は酒を飲まれないんでしたよね?であればトゥロンじゃないですか?」
「トゥロン?」
「白くて甘いオヤツですね。柔らかい飴みたいな感じで」
「イサはあまり好きではないのではないか。結構甘いからな。明日試してみればよい」
「そう言えばイサ殿はポテトチップスなる甘くないものをオヤツに食べるそうですね」
「甘いものも食べますよ。たまにしょっぱいものも食べたくなるだけで」
「父上もポテトチップスがお気に召した様で家で料理人に作らせていますが、イサ殿に頂いたのはもっと美味しかったと申しておりました。芋を薄く切るのに難儀する様で」
「ウーゴさんが?じゃあ芋を薄く切れる道具今度お渡ししますね!」
「それはきっと喜びます。イサ殿の国は面白いものが沢山ありそうですね。この町であのポテトチップス売れば結構良い商売になるかもしれません。今度商人の真似事をする時はアレ売ってもいいですか?」
「別に構いませんよ。その前に今度ファラムンド様にも本物ご馳走しますね」
それとなく周りを警戒しながら後ろを歩くサルマを除き、3人は迦暢を挟む様にしてお喋りをしながら神殿に向かう。
迦暢がファラムンドと約束をすると、ヴァルダマーナはそっと迦暢の腕を引き寄せた。
「あまりファラムンドを屋敷に呼んではならぬ」
「あ、ダメなんですか?じゃあヴァ、ヴィーラ様にお預けしますね」
「ヴィーラ様、嫉妬ですか?少しくらい良いじゃないですか」
「お前も少しは後先のことも考えよ。何故今まで城から遠ざけていたと思うのだ」
ファラムンドがヴァルダマーナの側近として認知されていないのは普段あまり接触を持たない様にみせているかららしい。
だからここ数日ファラムンドを屋敷に招いたのも王様の命令をウーゴの代理で請け負った事にしてあるのだそうだ。
そんな話をしている内に最奥の神殿につき、ファラムンドが話をしに行くと奥から50歳過ぎくらいの男性が出てきた。
穏やかな雰囲気で4人を神殿の奥へと案内してくれる。どこか懐かしい感じがするのは久しぶりの神殿だからだろうか。
ヴァローナより立派な神殿だが、あまり作りは変わらないようだ。
応接間の様な所に通され、促されるままに迦暢はヴァルダマーナの隣に座る。
「御足労頂きありがとうございます、殿下」
「急な日程になってすまない。指示をした場所の準備は間に合ったか?」
「はい、問題ございません。水天様の御加護を得られるのでしたら協力など惜しむ事などありえましょうか」
「コレが神事を行うイサだ」
「イサ様、御足労頂きありがとうございます。兄よりお噂は聞いております」
「イサです。お兄様、ですか?」
「王都の神殿長が長兄となります」
「と言うことは貴方もババの息子さんという事ですね」
「御認識の通りで御座います。私は4番目になります」
「イサは夜まで休ませる。湯浴みをさせ寝所に案内してやってくれ」
「準備は整ってございます」
神殿長が手元のベルを鳴らすと神官が入ってきた。話は通っていたらしく迦暢は女官に案内されるままヴァルダマーナとファラムンドを置いて部屋を出される。
荷物を部屋に置くとすぐに水場に案内され、お湯をもらって体を洗うと早々にベッドに押し込まれた。
挨拶もそこそこに一番に湯浴みし、昼寝ならぬ夕寝をして良いものか戸惑うが、久しぶりの遠出で疲れていてお布団の威力に勝てるはずもない。ベッドに入れられてすぐに迦暢は眠りに落ちてしまったのだった。
次に目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっている。
枕元の大きな塊が目に入り、迦暢は半分寝ぼけた頭でその白い布の塊に手を伸ばした。
思いの外硬い感触を撫でると、その塊が動いて迦暢の手首を掴んだ。
「迦暢、起きたのか?」
「ヴァルダマーナさま?」
握られた手の先を見上げると、ヴァルダマーナが迦暢を見下ろしている。先ほど触ったのは枕元に座っていたヴァルダマーナの太ももだったらしい。
起きあがろうともぞもぞ動くと、ヴァルダマーナの手が伸びてきて迦暢の両脇を引き上げた。
「もう少し寝ていても良いぞ?それとも飯にするか?」
「ヴァルダマーナ様はたべたのですか?」
「あぁ。迦暢の分も運ばせようか?」
「今日のご飯なんでした?」
「干し塩ダラだったが、お前は何でも好きなものをたのめばよい」
「これから作るってことですか?」
「あぁ、飯の前に見に来たがぐっすり眠っていたのでな。あえて起こさなかったのだ」
「じゃあいいですよ。持ってきたの食べるので」
「あの鞄に食材まで入れていたのか?」
「携行食だけですよ」
迦暢はヴァルダマーナの腕の中から逃れるとベッドから降りて鞄を漁る。夜目に慣れてはきたが月明かりだけの部屋に充電しておいたランタンを点けるとヴァルダマーナの姿もよく見える様になった。
クッカーをセットしコッヘルに水差しから水を注いで火をつける。ヴァルダマーナが興味深そうに後ろから覗き込んできた。
「この黄色いのにはライターと同じ液体が入っているのか?」
「これはガスですね」
「理科の教科書で読んだ燃える気体だな。なるほどこういう風に使うのか」
いくつか持ってきたフリーズドライの中からお粥を選んで持ってきたチタンのマグカップに開ける。
「これは?」
「これはお湯をかけるとリゾットみたいなご飯になるんですよ」
「これが飯?」
沸いたお湯をマグカップの中に注ぐとフリーズドライが解けてふわっと嵩を増す。
スプーンでまぜるとすぐにどろっとした貝柱雑炊の出来上がりだ。
「ヴァルダマーナ様も食べますか?」
「迦暢の飯だろう」
「足りなかったら他にも食べますから一口どうぞ」
スプーンですくってふーふーしてからヴァルダマーナの口元に差し出す。一瞬躊躇したが好奇心に負けたのかヴァルダマーナは口をつけた。
「飯になっているな。味もいい」
「でしょう?」
「あの小さな塊はどのように作られているのだ」
「普通にご飯を作って、それを凍らせて、水分を飛ばすとあぁなるらしいですよ」
「お前の国の者は本当に不思議なものばかり作るのだな」
この世界に来て確かに不便さや不快さは感じるが、特に困ることはない。日本だって昔はこういう生活をしていたのだろう。現代の便利さが初めからあった私たちは本当に恵まれていたのだと痛感する毎日だ。
スタート地点では多少の痛い目を見たけれど、神の子として大事にされ衣食住に困ることもなく、今では家族と連絡だけでなく物資まで送り合うことが出来る。ここでもやはり自分は恵まれているのだ。
だから少しでも役に立てればとは思うが、自分の出来る事は余りにも少ない。
「どうかしたか?」
「あ、いえ」
「言いなさい」
「何か役に立てることはないかなと思っただけです」
大きな手が伸びてきて迦暢の頭を撫でる。
どこか寂しそうなヴァルダマーナの表情に迦暢はどこか不安になった。
「こうして役に立っているではないか」
「水脈のことですか?」
「それだけではない。ガスやランタン、携行食。我々の思いも寄らない物事を教えてくれる」
「でも作り方が分からないと意味がないですよね?」
「そこは我々が学習するのがまだ追いついていないだけだ。しかしそのキッカケや発想をもたらした事は大きい」
だがそれは迦暢が意図的にもたらしたものではない。弟のチート対策が効いていると言えばそうなのかもしれないが、努力をしているのはヴァルダマーナやアーロン達だ。すっかり甘えてばかりの生活で寺の子というプレッシャーからも解放され、自分はこの3か月ですっかり怠惰になってしまった。
ヴァルダマーナやサルマという大切な人達が出来たとは言え、あまり帰りたいと思わない薄情な自分になんだかガッカリする。
迦暢の晴れない表情にヴァルダマーナは立ち上がり、迦暢を抱きしめた。
「それに私にはお前が必要だ」
「役に立たなくても?」
「何度でも言うがお前の力がなくても私はお前を愛している」
その温かさに迦暢は振り向いてしがみつく。勝手に涙が溢れてヴァルダマーナの肩口を濡らした。
努力をしよう、この人達の為に。
後悔がないように、この人達の想いに応えれる様に。
そう迦暢は心に誓う。
「迦暢」
「ヴァルダマーナ様、私に印をつけてください」
「印?」
涙でぐちゃぐちゃな顔のまま離れたかと思うとヴァルダマーナの目の前に手首を差し出す迦暢にヴァルダマーナは戸惑う。迦暢の差し出された手首には既にヴァルダマーナが与えた印が結ばれている。
それに迦暢はそれがまだ印という事を知らないはずだ。
「背中じゃなくて私にも見えるところに付けて下さい。そうしたらもうちょっと頑張れる気がするから!」
「お前はよくやっている。これ以上気負う必要はない」
それでもヴァルダマーナは迦暢の求めを理解して迦暢の腕をとり、唇を押し付けた。
ぎゅっと吸われた感じがして音を立てて唇が離れると迦暢の白い肌に赤く痕が残る。
それを見た迦暢の目が先ほどまでの切羽詰まった感じから和らいだのにヴァルダマーナはそっと息を吐いた。
迦暢の涙を手のひらで拭い、唇に口付ける。
「今晩の予定がなければこのまま抱いていたのだがな」
「予定があるとダメなのですか?」
「初めてなのであろう?疲れて眠られては困る」
泣いたせいかどこか頭があまり回っていなさそうな迦暢の素直さにヴァルダマーナは理性を保つ様に腕の中に迦暢を抱き込んで息を吐く。
しかしそんなヴァルダマーナの気持ちなど知る由もない迦暢はヴァルダマーナに応えるようにぎゅっと抱きしめ返す。
小さな迦暢はヴァルダマーナの鍛えられた腕の中にすっぽりと収まってしまう。
子供をあやす様にヴァルダマーナは迦暢の背中を叩き続ける。
「迦暢、屋敷に戻ったら一度ゆっくりと話をしよう」
「はなし?」
「先日父上にも指摘されたのにちゃんと話をしなかった事でやはり私はまだ迦暢の本音が聞けていないのではないかと思う。不安に思っている事や内緒にしていることがあるなら話して欲しい」
「たとえば?」
「そうだな、成人する前に私と結婚するのは嫌か、とか」
ヴァルダマーナは国に帰れるなら帰りたいか、と本当は聞きたいと思っている。しかし今、これ以上迦暢の心を乱す訳にはいかないと敢えて言葉を濁した。
「嫌じゃないです。自分の立場をハッキリしちゃった方がきっと皆楽なんだろうなって思うし、自分で結婚は早いって言っておいてなんですが、私もその方が安心できる気がしてます。でも、ヴァルダマーナ様の奥さんとして私が力不足なのは否めないので、ヴァルダマーナ様のご家族に認めていただけるのか不安です」
「前にも言ったと思うが家族を気にする必要はない。王族の地位も嫌ならば捨てる。ただカルリトス兄上の事があったばかりなのですぐにとはいかないのは許してほしい」
ヴァルダマーナの言葉に迦暢は慌てて首を振る。王族に嫁ぐ者として学ばねばならない事は多いだろうが、それ自体は特に迦暢は気にしていない。王族にいた方が迦暢が望む改革もし易いだろう事は容易に想像がつくからだ。ただその場に日本では一般市民に過ぎない自分が相応しいのかが疑問なだけで。
「王族の地位を捨てる必要はありません。ただ自分に自信がないだけです」
「私は元々王位を欲してはいない。だからそう気負う必要は最初からないのだ。私も、多分父上も次王はパーサ兄上が相応しいと思っている。だから兄上のお相手は厳しく見定められる事になるかもしれないが、迦暢は既に父上に許されているのだから他に否を唱える者など居るはずがないのだ」
「次王は長兄ではないのですか?」
「長兄は1番武力に秀でておいでだが、政治に疎い部分がある。先日隣国の相手をされたのがパーサ兄上だったのもそういう理由だ。時代が戦乱の世であれば長兄が立つのが妥当だったかもしれぬが、今は知略を廻らせ如何に国を豊かにするかという時だ。それならばパーサ兄上の方が適任であろう」
時代によって求められるリーダーシップのあり方が違うという理由は迦暢にも理解できる。だがそうであればヴァルダマーナの方が更に優れているのではないか、という疑問が浮かんだ。しかしそれもヴァルダマーナにはお見通しだったらしい。
「何度も言うが私は王になる気はない。せいぜい裏でコソコソ動き回っているのが性に合っているのだ」
「コソコソする必要あるんですか?」
迦暢はヴァルダマーナの言葉に小さく笑った。迦暢の髪を撫でながらヴァルダマーナも笑う。迦暢が落ち着いたのを感じて、ヴァルダマーナは迦暢の顔を覗き込んだ。
涙は既に止まっているが、グチャグチャなままだ。
ヴァルダマーナは腰に下げた袋から手拭いを取り出して迦暢の顔を拭いてやる。綺麗にはなったが目が赤く泣いたのはすぐ分かってしまうだろう。
「残りの話は帰ってからだ。飯が途中だったな」
机の上の食べ掛けのご飯に手を伸ばすが既に冷たくなってしまっていた。
それでもヴァルダマーナはスプーンでそれを掬い迦暢の口元に運ぶ。
「冷めてしまっているが、食べるか?」
「食べますけど、自分で食べられますよ」
「そう私の楽しみを奪うのではない」
子供の様に抱っこしながらご飯を口に運ばれ、迦暢は恥ずかしそうにそれを口にする。
微笑ましく思いながらヴァルダマーナはカップが空になるまで食べさせた。
「全部食べられたな」
「もうっ子供じゃないですよ!」
「アーロンやフランキスカも少し前まではこうしていたのに時が経つのは早いものだ」
むぅと頬を膨らませてみせる迦暢の頬を突いてヴァルダマーナは笑う。
迦暢を下ろして顔を洗ってくる様に促した。




