招かれざる客
早速次の日から日本語の勉強とレシピやら調味料を使った料理の試作品を作る日々が始まる。
料理は料理人の力も借りてヴァルダマーナやアーロンも含めて屋敷の人皆に食べて貰っているが、やはり人によって好みは分かれる。
ヴァローナは基本甘辛スパイスの料理が主流だったが、王都ではどちらかというと肉の煮込みや炭火焼きなど素材の味を生かした料理が多い。モツのニンニクトマト煮込みは迦暢のお気に入りだ。
ヴァローナのパンはだいたいナンみたいなパンばかりだが王都では外側が固くて中は柔らかいパンも主流だ。ただヴァローナの時同様、迦暢は日本のものより大粒でモッサリした米を食べている。
ヴァローナで迦暢がスパイスを駆使して作り出したカレーもだが、日本から送られてきたカレールーを使ったカレーもこの国の人には好評だ。
焼肉のタレやホイコウロウ、ステーキソースなど味の濃いものは結構好きらしい。
勉強の方はと言うと迦暢が思っていた以上に2人は優秀だった。
1週間で子供用の絵本を一人で読めるようになり、2週間目には小学二年生の教科書までを全て読破してしまったのだ。
算数はこの国とも変わらない、というよりむしろこの国の方が2桁の掛け算まで暗算するらしいので進んでおり勉強する必要がなかったのは大きい。
三年生分からは理科が追加されたが、乾電池やら方位磁針、なんなら糸電話に使う紙コップがこっちの世界にないのでなかなか難儀させられる事になるとは思わなかった。
日本から取り寄せたり、こちらの世界で作ったりと試行錯誤しながら勉強は進んでいっている。
そんな勉強生活を過ごしていたら突然また招かれざる客がやってきたのだ。
侵入を許してしまったのは、ヴァルダマーナとアーロンは部屋で勉強をしている間に迦暢が台所で調理をしていて離れていたのと、それがヴァルダマーナの兄弟の中でも末っ子王女がまだ6歳だったからに他ならない。
「貴方がヴァルダマーナ兄様の恋人なの?」
「えーと、貴方は・・・あ、お兄様と言う事はフランキスカ様でしょうか?」
「そうよ。だけど貴方こそ名乗りなさいな」
いかにも生意気そうだけれども気位の高い雰囲気で迦暢と横に立つサルマの前に仁王立ちする。2人は顔を見合わせてると、サルマが軽く頭を振ってみせた。迦暢も同じように思うので小さく頷く。腰を折って少女の目線と合わせた。
「フランキスカ様、ここに来ることは兄上様のお許しは頂いておりますか?」
「頂いてないわ」
「カルリトス様が何故廃嫡されたのかご存知でしょうか?」
「日頃の行いが悪いからでしょう」
「それもありますが、決定打はこの屋敷に許可なく踏み込んだせいです。来てはいけないと言われませんでしたか?」
少女の瞳が動揺に揺れる。
きっと軽く考えていたのだろう。
ぐっと息を呑んだが、無駄な言い訳や泣き出さなかったのは流石王女と言うべきだろうか。
だがカルリトスという前例がある中、バレれば何かしらの罰は免れない。
迦暢は自分のせいでこれ以上の被害を出したくはなかった。
「ここまでどなたかにお会いになりましたか?」
「会ってないわ」
「では急いでお戻り下さい。私達は何も見ていない事に致しますので」
「でも」
「お早く」
そう言って迦暢は手に持っていた今日作ったクッキーの袋をフランキスカの手に持たせ、フランキスカが現れた方の裏口にその背中を追いやった。
フランキスカは何かを言いたそうに迦暢を見上げたが、ふぃとクッキーの袋を持ったまま駆け出していく。
迦暢はサルマと目を合わせて安堵の息を吐いた。
「まだ小さいし、ダメと言われても来たくなるものだよね」
「しかし王女なのだからいい加減分別がつかれていないのはマズい。そもそも誰もお付きがいないのも、子供相手とは言え警備がザルなのもヴァルダマーナ様には進言したいところだ」
「でも見なかった事にすると言ったからには今日の事は秘密だよ、サルマ」
「分かっている」
「さて、アーロン様のおやつを作り直さないと」
迦暢とサルマは気を取り直して再びクッキーの作り直しに取り掛かる。
そうして2人はそれですっかりその時の事を忘れたのだった。
しかし2日後に迦暢はヴァルダマーナに怒られ、アーロンには深いため息を吐かれる事となった。もちろんサルマもだ。
ヴァルダマーナの執務室にフランキスカが訪れ自首したのである。
「迦暢、私に秘密にしている事があるな?」
「秘密、ですか?」
「心当たりはないか?」
「うーん、あるようなないような?ないと思いますけど、何かありました?」
「今日、フランキスカが私の執務室に言い付けを守らなかったと謝りに来た」
にっこりと笑顔を向けられ迦暢は凍りつく。
この顔は結構怒っている顔だ。
すっかり忘れていた事実に迦暢はドアの前に立つ共犯者をチラリと視線を向ける。
サルマも表情を堅くして瞬きを返す。
「すみません、すっかり忘れていました」
「忘れていただと?」
「台所でお菓子を作っていたら忍び込んで来られたんです。ヴァルダマーナ様の恋人か?と聞かれたので、また関わって面倒な事になるのは嫌だなって思って見なかった事にするから帰ってくれって言ってすぐ帰ってもらったんです」
正直に話した迦暢にヴァルダマーナは唖然とする。深くため息をついて、サルマを振り向いた。
「サルマ、今の話は本当か」
「はい。カルリトス様の例があるので了承を得ていないのであれば帰るように、と迦暢様が説得されました」
「何故お前は報告しなかった」
「申し訳御座いません。警備の甘さについては折を見て進言するつもりでしたが、フランキスカ様については迦暢様が見なかった事にするとお約束されたのでその言葉に従わせて頂きました」
本来であればサルマの上司はヴァルダマーナだ。迦暢の安全について報告の義務がある。それなのに迦暢が決めた事に従い、義務を放棄したのであれば罰せられるのは当然のことだろう。だがサルマは罰を覚悟で迦暢に従っていた。その事実に気がついて迦暢は慌ててヴァルダマーナの腕にしがみついた。
「ヴァルダマーナ様、違うんです!私が悪いのでサルマは悪くないんです!」
「悪いのはフランキスカだ」
「や、あのっ、フランキスカ様も別に何もしてないですよ?ちょっと冒険したかっただけじゃないですか」
「本人はお前をやっつけるつもりだったそうだが?」
「やっつける!?フランキスカ様がそう言ったのですか?」
「あぁ、そうだ」
「カルリトス様の件のせいですか?でもあまりカルリトス様のこと好きそうでもなかったんですけど・・・」
「確かにフランキスカは兄上の事をあまり良くは思っていないな」
「じゃあ、他に私が恨みをかうような事なにかしました?」
まるで分からなくて混乱する迦暢にヴァルダマーナは小さく笑う。ヴァルダマーナの腕を掴む迦暢の手の上に自らの手をそっと重ねた。
「私やアーロンが構ってやる時間が減ったからだそうだ」
「何故私の存在を知っていたんでしょう?」
「父上がポテトチップスを王宮でも作らせるようになってな。それをフランキスカも母上と一緒に食べたらしい。母上が私の恋人が作ったものだと漏らした様だ」
「ポテトチップスは別に私が作った訳じゃないですよ?!」
「作り方を示して指示したのだからお前が作った様なものだ。フランキスカはそのまま受け取ってお前が台所に居る料理人だと勘違いしていたようだが」
フランキスカが直接台所に来なければ、迦暢は会う事はなかっただろう。しかし部屋に忍び込み、勉強をしていたヴァルダマーナやアーロンと遭遇していれば騒ぎは大きくなったに違いない。
結局こうしてバレたのでどちらが良かったのか分からないが、フランキスカが寂しい想いをした挙句に酷い目に遭っていない事を願う。
「それでフランキスカ様をどうされるのですか?」
「勿論再教育だ。今は部屋で謹慎させている。自首した理由が余りにもくだらなさすぎた」
「自首した理由とは?」
「言いつけを守らなかった自分も悪いが、お菓子を独り占めする為に自分を蔑ろにするのは酷い、と」
「ん?」
「迦暢がクッキーを持たせたのであろう?ポテトチップスもだが、迦暢のお菓子がもう一度食べたいばっかりに自首をしたのだ」
食いしん坊さんか!
子供の可愛いエピソードではあるが、王族となれば笑って済ます訳にもいかないのだろう。ヴァルダマーナはまったく、とかなり呆れた様子でため息を吐く。
迦暢は励ます様に自分の手を握るヴァルダマーナの手を握り返した。
「お菓子気に入ってくれたのであれば嬉しいです。今度はフランキスカ様の分も作りますね」
「迦暢、私はお前の危機感の無さも憂いているのだぞ?」
「そうでした。ちゃんと怒られますので手加減して下さい」
「私の機嫌を上手く取れたら考えよう」
にこりと笑うヴァルダマーナに迦暢は立ち上がる。ヴァルダマーナの前に立つと肩に手を置いてえいっと頬に口付けた。最近せがまれて毎朝ヴァルダマーナが屋敷を出る時のいってらっしゃいのチューだ。
迦暢にとってはこれも精一杯恥ずかしいのだが、ヴァルダマーナの要求は本当はもっと上の所にある事は理解している。
ヴァルダマーナの太い腕が迦暢の腰を巻き込み、ぐっと引き寄せた。
驚いてヴァルダマーナの肩に手を置いて見下ろすと、ヴァルダマーナの紫色の瞳が悪戯っ子の様にキラキラと輝いている。
いつ見ても美しい瞳だ。
「私はそんなに安い男ではないぞ?」
「私としてはこれでもかなり頑張っている方なんですよ。そこは理解して欲しいな」
「理解はしているが、どんどん欲深くなっていってしまうのだ」
迦暢が周囲を気にしてサルマをチラリと見ると、ヴァルダマーナが片手をすいと上げてサルマを部屋から退出させる。
付き合ってもう2ヶ月程だ。
そろそろそういう事を致しても良いと思うのだが、どうも迦暢にはタイミングが掴めない。ヴァルダマーナはもはや諦めてくれているのか、本当にちょっとずつスキンシップを慣らす程度に進めてくれているのですっかり任せきりだ。もはやこちらから誘うというのは難易度が高い。
腕の中でじっとヴァルダマーナを見下ろして動かなくなった迦暢にヴァルダマーナは怪訝そうな顔をする。
迦暢はその顔を両手で挟み込むと唇目がけて顔を近づけた。勢い余って鼻がぶつかったが、ヴァルダマーナは嬉しそうに頬を挟み込むと迦暢の手を上から包み込んで笑った。
「難しい顔をするから心配したではないか」
「難しい事に難しい顔をするのは仕方ないでしょう」
「慣れれば難しくなくなるさ」
そう言ってヴァルダマーナは迦暢を引き寄せキスをする。
膝に抱き込まれて、すっかり安心してしまう自分がいるのだ。
これは紛れも無く恋であり、もう離れる事は考えられないと迦暢は思った。




