王家の目線
「ヴァルダマーナさまっ?!」
「部屋に戻る。声を掛けるまで入る事は許さぬ」
「承知致しました」
不穏な発言で側近達を遠ざけ、迦暢をお姫様抱っこしたままヴァルダマーナの私室に運びこむ。自分で歩くと訴えたがヴァルダマーナは迦暢の訴えを聞く気はないらしい。
サルマですら扉の前に残し、ヴァルダマーナは迦暢を連れて自室に立て籠った。
迦暢を抱いたままカウチに腰をかける。
「ヴァルダマーナ様、いい加減下ろして下さい」
「しっかり迦暢が理解するまでダメだ」
「私が何を理解してないって言うんですか?ヴァルダマーナ様が私をあ、愛して下さっている事は理解してますよ」
「それだけではない。迦暢、私は多くを望まぬ。迦暢が一緒に居てくれるだけで良いのだ」
「私の力や知識を欲している訳ではないというお話も先程聞きましたから疑ってませんよ?」
「迦暢は王家の役割など担う必要はない。今は安全面で許可出来ていないが、本当は自由なのだ」
お釈迦様は最初に迦暢が日本に帰れるかは分からないと言った。出来ないとは言っていないのがネックでもある。
こちらの世界に来て既に3ヶ月以上が経っているが、迦暢にはどう世界を救えばいいのかの見当すらついていない状況だ。
世界を救う必要があるのかも不明だが、それらを知ったところで自分にできる事には限りがある。
コツコツ生活改善をしていこうとは思っているが、そんな簡単に世界を救うところまでたどり着けないだろう。
となると今までのペースを考えてもあと半年、下手をすれば数十年帰れないわけだ。
高校くらいは卒業したかったが、それはきっと叶わないだろう。何年も遅れてまた高校に通う気力もない。そうなると日本に帰るというメリットをあまり感じられなくなる。
大検を受けるなりで高卒の資格を得たところで、何年も出遅れれば就職もままならない。
ヴァルダマーナ様という素敵な彼氏がいるのに、日本で寺の手伝いをしながらお見合いをしたところでこれ以上好きな人に出会える気など全くするはずもなかった。
もちろん文明的には日本の方が快適にきまっている。でも日本に帰れば今感じている様な自由さや、充実感はきっと得る事はなくなるだろう。
「ヴァルダマーナ様、私は今を不自由だとは思っていないです。確かに物理的には不自由ですけど、心は自由ですよ」
「習ったと思うが世継ぎは父上がお決めになる。年功序列という事でもない。だが私は王になるつもりはない」
「何故ですか?」
「迦暢が望むなら考えなくもないが望むのか?」
「いえ、全然。やりたい人がやれば良いと思います。民の事をちゃんと考えられる人でなければダメですけど」
あっけらかんと否定する迦暢にヴァルダマーナは小さく笑った。
王家に嫁入りをしようと色目を使ってくる女達は出来れば次代の王妃の座を狙っているだけで個人に惚れて来る訳ではない。
そんな女達を見てきたヴァルダマーナにとってそんなことも思いもよらないだろう迦暢の反応は真っ直ぐで愛おしいものだ。
「だが、私は次代の王も含めてこの国の為に働きたいと考えている。だからその為に働くが、それは迦暢には関係のない事なのだ」
「関係、ないんでしょうか?私だって好きな人のお役に立ちたいです」
「私の役に立つことと、国の為に働くのは次元の違う事だろう?」
「その国の中には私やヴァルダマーナ様は含まれないのですか?私は国の為というより、自分が快適に暮らす為というのが一番と言うのが正直なところですけど」
ヴァルダマーナはまるで考えていなかった迦暢の発想に少し考えを巡らせる。
迦暢の自由を守りたいとヴァルダマーナはずっと思っていた。自分のエゴで印を与えはしたが、その意味をまだ迦暢には伝えていないし、王を含め周囲の人間にも印の意味を口止めしてある。迦暢がその意味に縛られず、自分を選んで欲しいと願っているからだ。印を結んでしまった影響は少なからずあるのでかなりヴァルダマーナに有利な状況であるのは否めない。それでも迦暢が純粋に自分を好きだと言い、大切にしてくれる事はヴァルダマーナにとってこの上なく嬉しい事なのだ。
だからヴァルダマーナはこれ以上背負おうとする迦暢に自由なのだと理解して欲しかった。
だがそれはヴァルダマーナの勘違いで、自分の生活向上の為なのだと迦暢は言っているのだ。
「自分の為に面倒ごとを背負い込むと言うのだな?」
「あの、ヴァルダマーナ様のお母様とか王家の女性がどの様な生活をされているのか分かりませんが、私の国では、というか我が家では家族で家業を手伝うのが当たり前だったのですよ。前に家業は神殿の様なものと言いましたけど、神殿のお掃除とか、神殿に来られたお客様へのお茶出しとか、忙しい家族に代わって自分達のご飯を作ったりだとかですね。なので本来の王家が担う役割が私に務まるかは分からないですけど、私がしたい事はヴァルダマーナ様がおうちで寛げるお手伝いをしたいと思ってるだけなのですよ」
どうやら迦暢に余計な役割を与えようとしていたのはヴァルダマーナの方なのだと気付く。迦暢はこんなにも自分の事を労わり、慈しんでくれているのに王家の目線で型に嵌めようとしていた自分にヴァルダマーナは気づいた。
隠して大事に守る事だけが幸せとは限らないのだ。
ヴァルダマーナは迦暢の体をぎゅっと抱き寄せ、自分の頬を迦暢の頬に擦り寄せた。
「すまない、迦暢。お前の真意も理解せず憤っていた自分が恥ずかしい。私はこんなにも愛されていたのだな」
「分かって貰えたなら何よりですけど、ヴァルダマーナ様は何をそんなに怒っていたのですか?」
「私が求婚したせいで迦暢が望まぬ負担を仕方ないと飲み込もうとしているのだと思ったのだ」
申し訳なさそうにヴァルダマーナが白状すると、迦暢はふふふと少しくすぐったそうに笑う。
手を伸ばしヴァルダマーナの頭を撫でた。
「ヴァルダマーナ様も大概私のこと好きですね」
「最初からそう言っている」
「私は平民ですから王家としての本来の仕事はお役に立てる自信はあまりないんですけど、ご飯を食べる為に働くのは当たり前の事だと思ってます。なるべくヴァルダマーナ様のお役に立てれば良いとは思いますけどあまり期待しすぎないで下さいね」
「側に居てくれれば良い」
そう言ってヴァルダマーナは迦暢に口づける。甘く、優しい口づけはまた先日の様に激しいものへと変わっていく。迦暢は必死についていこうとぎゅっとヴァルダマーナの腕を掴んで受け入れた。与えられる甘い痺れに酔うしか出来ないが、いつかはちゃんと応えられるようになりたいと迦暢は翻弄されながらもそう思う。
ヴァルダマーナの大きな手が耳の後ろを探るのにゾクゾクと震えがきて、迦暢は堪らず身動いだ。
「私に触れられるのはまだ嫌か?」
「キスも触られるのも好きです。ただその先はちょっとまだ想像が追いつかないというか」
「無理する必要はない。嫌なものは嫌だと言えば良いのだ」
「だから嫌な訳ではないですってば」
ヴァルダマーナは迦暢の頭を撫で、額にキスを落とす。
そこに隣の部屋からドスンと物が落ちた様な音がして、ヴァルダマーナがハッと厳しい視線をドアへと向け腰の剣に手を乗せる。
隣の部屋は迦暢の部屋だ。
「迦暢、私の後から離れるな」
そう迦暢の耳元で囁いて迦暢を下ろして静かに立ち上がろうとするヴァルダマーナの手を迦暢は引く。
「多分、荷物が届いただけですよ」
「荷物?」
「実家に頼んでいた本などです」
続け様にドスドスと音がして迦暢は確信する。図鑑なんかを頼んでいたから買い求めたものが送られてきたのだろう。
迦暢の言葉を信じきれないヴァルダマーナが迦暢を背に庇うように手をひきながらそっと続き間のドアを開ける。
迦暢の予想通り、段ボールが急に現れては床にドスドスと積まれているところだった。
届いたばかりの手前にあった段ボールを迦暢が開けると、原像をお願いしていた写真が入っている。かなりのブレブレ写真が何枚か混じっているものの、庭の写真などは迦暢が撮ったからか綺麗に撮れていた。
「ほら、見てください!この間撮った写真が出来てきましたよ」
「・・・この絵はどうなっているのだ。こんなに精巧な絵は見たことがない。美しい光沢が出る程つるつるに表面が磨かれているが何が塗られているのだ?」
「うーん、ビニール・・・なのかな?」
「びにーるとは?」
「ビニールは・・・樹脂?すみません、よく分からないや」
迦暢は今までいちいち考えた事がない質問をされ、自分が如何に何も疑問に思わず生きてきたかを突き付けられた気分だ。子供のなんで?に付き合う親達の苦労が偲ばれる。
有難い事に写真の他にはドリルから子供向けの化学の不思議やらサバイバルの本まで入っていた。
早々に日本語を覚えて貰って不思議に思うことは自分で調べて理解してもらうしかないと思い至る。
「日本語の勉強いつからしますか?」
「迦暢の準備が出来てからで構わない」
「とりあえずこれがあればスタート出来そうなのでヴァルダマーナ様とアーロン様の都合が良い日程で組んでください」
「承知した」
なんだか少し残念そうにヴァルダマーナが迦暢の頭を撫でる。
だが何が残念なのか迦暢には思い当たる節はない。そもそもヴァルダマーナが日本語から学びたいと言ったのだから勉強したくないという事はないはずだ。
「何かご不満ですか?」
素直に聞いた迦暢にヴァルダマーナは小さく笑って頭を撫でていた手を頬に下ろした。
迦暢の頬を愛おしそうに撫でる仕草に迦暢はドキリとさせられる。
「せっかくいい雰囲気だったのを思い出しただけだ」
「なっ、何を言い出すんですか」
「キスも触られるのも好きなのであろう?」
「そっ、それはそうですけど・・・改めて言われると恥ずかしいです」
「そう可愛い顔をされると歯止めが効かなくなる。今日はこれくらいにしておこう」
そう言って迦暢の口の端にキスをすると迦暢の頭を二度ぽんぽんとたたいて離れる。気持ちを切り替えたようにヴァルダマーナは段ボールの中を覗き込んだ。
迦暢は一瞬ヴァルダマーナにもう少しと言ってしまいそうな自分がいる事に気付いて動けずにいた。自分がこんなにはしたない人間だったなんて迦暢は思ってもいなかったのだ。この世界も、ヴァルダマーナも本当の自分を暴いていく気がして怖い。
迦暢は気を紛らわす様に写真と一緒に入っていた手紙を開いた。
前回送付した宝石は家族会議の末、紬の親のツテで鑑定をしてもらったそうだ。
アレキサンドライトとタンザナイトという宝石だったらしい。大きさと色、品質どれをとっても高品質で希少性が高いのでかなりの値段で買い取って貰えたそうだ。どちらも王家にのみ許された色で一般人に売れない事を理由にこの2つの鉱山はハズレ山として放置されているらしい。それで軍資金を得られるなら願ってもない事だ。金も勿論売れた。
「ヴァルダマーナ様、宝石高値で売れたそうです」
「そうか。他の宝石も送ってみるか?」
「いいえ、宝石はこの国で需要のないあの2つで今後も資金を作っていきましょう」
「あれでこの様に叡智を得られるのであれば我々としては願ってもない事だ」
まだ開けていなかった段ボールを開けていく。魔法が使えない姉でも出来るチート箱と弟からの手紙が入った段ボールには、料理とお菓子のレシピ本と共にマヨネーズやら中華だしのチューブ、マッチ、胡椒など異世界転生系でありがちなモノが詰められていた。そしてまたインスタントカメラ。
写真は異世界が見たかった弟だけでなく、迦暢の元気な姿が見せられて大人達がとても喜んだようだ。
写真の裏に書かれた番号を伝えれば焼き増ししてくれるらしい。人の写ってるものはどういう相手なのか聞きたいとも書かれていた。




