偽りの宝剣
隣国の王子が帰国する前の最後の夜ということで晩餐会が開かれた。
出席したのは王、王妃、長男夫婦、それからパーサだけだ。
あとの兄弟はなんだかんだと理由をつけて不参加である。
レイナルドは貿易の話が纏まらなかった事を残念だと口では言っているが、その目の色とは異なる。ヴァルダマーナに言われていなければパーサもこの違和感に気づかなかっただろう。
なんて胡散臭いんだと思いながら、王もパーサも我が国としてはこの契約を何としてでも本当は結びたいフリをして今回は残念だが未来に向けて話し合いを続けましょうと取り成す。
晩餐会の中、レイナルドの側近が少し席を外し、戻ってきてレイナルドに耳打ちをする。
レイナルドの笑顔がより一層深まった。
そしてその日の深夜、小さな灯りが神殿を浮遊する。その灯りは誰もいない暗い神殿を真っ直ぐに王室礼拝堂へ向かう。
ステンドグラスから漏れる月の光が昼間とは違う神々しさを誇っている。
その光に照らされる様に神に捧げられた剣が月の光を反射して発光している様にも見えた。
3人の男の影がその月明かりの下に立ち、剣に手を伸ばす。
無事に剣を手にしてお互いやり遂げた様に頷き合った。
剣を持って祭壇を降り、来た道を戻る。
平民も訪れるという礼拝堂を抜け外に出ようとしたが、何故かドアが開かない。
自分達が王室礼拝堂にいる間に施錠されてしまったのだろうか。
こんな深夜に?
そもそも礼拝堂はいつでも開いているという話だったはずだ。
なるべく音を立てない様に何度も試すが扉が開く事はない。
他の者が焦れて後ろから手を出したが結果は同じだった。
腰に帯びていた剣を抜き、扉の隙間に差し込もうとした時、背後から灯りが3人を照らす。
「何をなさっておいでか?」
それは昨日レイナルドを案内した神官だった。灯りを高く掲げ、王室礼拝堂に続く扉からコチラを伺っている。剣を抜いていた男は慌ててその剣を鞘に戻した。それを誤魔化す様に一番後ろでドアが開くのを待っていた男が声を上げる。
「おぉ、これは神官殿。扉が閉まっており出られず困っていたのだ、開けていただきたい」
「何故こんな時間に礼拝堂におられるのです?」
「明日帰国するので、最後にもう一度素晴らしかった礼拝堂の夜の姿を見せて頂いたのですよ。礼拝堂は祈る者の為にいつでも開かれていると聞いたのでな」
「左様で御座いますか。我らが神は月の神ゆえ夜の方が祈りが届き易いのです。皆様の願いも叶ったことでしょう」
「あぁ、それは有難い事だ。では我々はそろそろ部屋に戻るので扉を」
「申し訳ございませんが、これからひとつ儀式をせねばなりません。それまで扉を開けることが叶わぬ為、少しお待ち頂けますでしょうか。どうぞこちらにお座り下さい」
神官が前の方の席へ促す。
その頃には他の神官達が次々に入ってきて祭壇に蝋燭や供物などを並べ始める。
3人は顔を見合わせて小さく頷くと、奪った剣はマントの中に隠す様に腰に挿し神官の指示に従って座った。
準備を終えた神官達も続々と席についていく。
レイナルドを案内した神官が祭壇の前に立ち、祈りを捧げる。
「神よ、貴方の慈悲に縋る愚かな罪人を裁き給え」
神官がそう声を上げると、縄で縛られた罪人が騎士によって連行されてきた。
その姿に3人は息を呑む。
数日前まで一緒に商隊の一人として王都までやってきたレイナルドの手の者だったからだ。
儀式の際、水天の像を持っていたと聞き、山奥の水源に置かれたままの像を取りに行かせた部下の一人だった。
水天の像は昨夜の内にレイナルドの元に届けられている。
神官の前に跪かされた罪人に神官が問う。
「貴方の罪は何か」
「ぬ、盗みを働いたことです!」
「何をお盗みなさった?」
「・・・像を」
「何の像を?」
「す、水天様の像です」
「何故?」
「お祈りしたかったのです。水がもっと豊かになります様にと!」
「神は窃盗をした罪人の願いを叶えるとお思いか?神は貴方達の行いを憂いておられる」
そう言って神官は3人の方に視線を向ける。
3人は腰に帯びた剣にそっと手をかけた。
多勢に無勢と言えど相手は1人の騎士以外神官だ。一国の王子とその護衛に選ばれる2人ならば押し通る事も出来なくはないだろう。
神官は問う。
「貴方達の罪は何か?」
「我々を何か疑っておいでか?無礼ではないか」
「こんな深夜に神殿に忍び込み、何も罪は犯していないと断言なさるのですかな?」
「先程も言った様に神殿はいつでも開かれていると聞いたので参っただけだ。忍び込んだわけではない!」
「王宮を忍び出て来られたのでは?」
「確かに忍び出ては来たがそれは罪だろうか?無作法だったかもしれぬが、罪ではないはずだ」
わざわざ窃盗をするのに王子が出張って来たのは万が一の際にこの言い訳をする為だったのだろう。
身体検査をされないであろう、王子が剣を隠し持っている。
しかしそれをヴァルダマーナは既に知っているのだ。これからの結末も。
「それは儀式の為の剣だと申し上げたではないですか」
「どの剣だ?」
「貴方がマントの中に隠しておられる我が国の剣のことです」
「私が剣を隠しているだと?無礼にも程があるぞ!」
そう言って立ち上がると両脇の2人と共に剣を抜く。
彼らの背後に座っていた神官達もそれに呼応して立ち上がった。
「ここは神の御前です。罪を重ねる行為はなさらない方が宜しい」
「無実の客に在らぬ疑いを掛ける其方こそ罪を改めるべきでは?!」
「他国で先に剣を抜いたのはあなた方だということをお忘れなきよう」
そう言ってヴァルダマーナが片手を上げる。
神官達が一斉に隠し持っていた剣を抜き3人を取り囲む。
今夜3人がこの神殿に盗みに入る事など当人達しか知らないことのはずだった。
彼らが部屋を抜け出したのに気付いていたとしても、この人数の騎士を集め、神官の服を着せ、追い詰める為の手順を事前に承知させるなど不可能に近い。
当人達でさえ行き当たりばったりなこの事態を予め知っていたかのような行動にレイナルドは言葉を失う。
この人数比ではいくらなんでも逃げ延びる事は出来ないと悟った。
「殺すのか、私を?」
「いいえ、殺しなどしません。殿下には契約書にサインをして頂かなくてはなりませんから」
「契約書だと?」
「建前の来訪理由をお忘れですかな?」
王室礼拝堂に繋がる前方のドアからパーサが姿を現す。パーサの手にはレイナルドが却下した契約書が掲げられている。
「悪あがきしますか?契約して頂けるのなら剣を置いて下さい。五体満足で帰りたいでしょう?」
「私は罠にハマったのか・・・どこから・・・?」
自問自答するレイナルドは諦めて剣を床に置く。それに倣って2人の側近も剣を床に置いた。
神官の格好をした騎士達が近付き側近達を縛り上げる。
「さぁ、こちらに来て神の前で署名を」
数十人に取り囲まれた状態でレイナルドは諦めて一人前に出る。
手際よく用意された台の上でパーサに差し出された契約書にレイナルドはサインするしかなかった。
「貴方がマントの中に隠した剣は差し上げましょう。貴方の罪を炙り出す儀式の為だけの剣ですから」
「なんだと?!」
「残念ながらその剣では水は発生しない。万が一奪われてもこちらは痛くも痒くもないのですよ」
「いつから、どうやって我々の計画を知ったのだ?」
「我々はあなた方の計画など知りません。全ては神の導きがあってこそ。あなた方がヴァローナに商隊として入られた時からこの結末は決まっていたのでしょう」
ヴァルダマーナの言葉にレイナルドだけでなく、後ろで捕縛されている2人も大きく目を見開いた。
レイナルドは月の神を仰ぎ見る。
自分達は何故あんなに楽観視していたのだろうか。
何処かでこの国を馬鹿にしていた自分をレイナルドは恥じる。
金を握らせれば儀式の事を簡単に話した平民も、山奥とは言え見張りも立てずに儀式に必要らしい水天の像を無造作に置き去りにし容易に盗み出す事が出来たのも、大切な宝剣が置いてあるにも関わらず王室礼拝堂という私的な部分を曝け出し、殆ど警備も置かない王室も何もかもを嘲笑っていた。
全て上手くいくと根拠のない自信で高を括っていたのだ。
まさか全てが罠だったとは疑いもしなかった。
神に愛されたこの国に挑むなど無謀な事だったのだ。
レイナルドは完膚なきまでに打ちのめされ肩を落とす。
「私をこれからどうなさるおつもりか」
「予定通りお帰り頂きますよ、この契約書を持って」
「これだけで手打ちにすると?」
「争いは我々の望むところでは御座いません。今日は部屋に戻りお休みください。側近のお二人は念の為一晩お預かりさせて頂きますが」
あんなに開いてくれと願った後方のドアが開かれた。
騎士に囲まれ、部屋に戻される。
レイナルドは誰もいない部屋で一人椅子に座ってマントの中に隠したままだった剣を鞘から抜いてみた。
それは抜いたとしても人を斬る事も出来ない木剣が収められていてレイナルドを再び絶望の淵に追いやり完全に心を折ったのである。
その後、約束通り手柄は全てパーサの物となった。
パーサの配下である第二騎士団が神殿で罠を仕掛けレイナルドを追い詰めた事は周知の事実となったが、その計画を練ったり、神官のフリで騎士団を率いたのがヴァルダマーナである事は最後まで明かされなかったのだ。
「ヴァルダマーナ、ひと時の平穏は得られているのか」
「お陰様で。また何かあれば御力をお貸しください」
「当分はゴメンだな。私もいい加減良い相手を見つけねばならん」
本来ならば既に結婚していてもおかしくない年頃だ。しかしパーサはカルリトスの横恋慕に邪魔されてばかりで恋愛を諦めてしまっていた。
だがカルリトスが廃嫡となった今、障害はなくなっている。
カルリトス自身に魅力が無いわけではないが、仕事もせず遊び歩いてきた金も地位もない元王族になど負ける要素はない。それでもパーサの恋人を横取りしようものなら今度こそカルリトスの命はないだろう。
「そうですね。兄上でしたら相手に困る事はないでしょう」
「その、ヴァルダマーナ。お前の相手はいつ紹介してくれるのだ?」
恐る恐る聞いたパーサにヴァルダマーナは意味深な笑みを浮かべる。
パーサはどこか恐ろしさを感じてギクリと肩を揺らす。
「さて、月の神が良きタイミングをお示し下さるでしょう」
その後、カルリトスは正式に廃嫡された。
誰も否を唱える者はいなかったのが、カルリトスの人望のなさを物語っていたのは言うまでもない。
ただしカルリトスはそのまま王宮に住む事を許された。許されたと言えば聞こえはいいが、実際はカルリトスの行動を監視、制限する為に他ならない。
「ヴァルダマーナ!」
「どうされました、兄上」
「あぁ、ヴァルダマーナ!まだ兄と呼んでくれるか!」
「我々が兄弟である事は変わりようのない事実ですから」
正式に廃嫡される会議に向かう途中、カルリトスはヴァルダマーナを呼び止めた。
カルリトスの側近が何度も咎めたが、カルリトスはなんだかんだと言い訳をしてヴァルダマーナが現れるまで部屋に入らず待ち伏せしていたようだ。
王に何と言われようと、まだヴァルダマーナに縋れば今まで通り取りなしてもらえると思ったのだろう。
呼び止めたカルリトスにヴァルダマーナは嫌な顔もせず普段通りの穏やかな顔で応えた事にカルリトスは歓喜する。
「そうだ、私がお前の兄である事は覆しようのない事実だ。だからヴァルダマーナ、仲直りしようではないか!」
「仲直り?」
「お前がただの兄弟喧嘩だったと言えばこんな茶番は終わるはずだ!」
「話になりませんね。残念ながら兄上、私が貴方を許す事はない。それほど貴方はやってはならぬ事をしたのです」
そうして今までカルリトスの側近として仕えていた者達は全員が配置換えされ、少数の侍従を残して一番小さくて暑い南側の部屋へとカルリトスは移された。
首にかけていたドッグタグも王によって回収され、彼が王族だった事を示すのは瞳の色だけだ。
しかしその瞳の色も日に日に色を変えてきている。
他の王族と変わらぬ食事と少しの予算を与えられるのだから平民の暮らしよりずっと良い。
カルリトスは剣も扱えなければ、政治にも疎い。今まで何もしてこなかったのだから、王宮を追い出されていれば金も稼ぐ事も出来ずすぐに死んでいただろう。
断罪の場で流刑相当と他の兄弟達が叫ぶ中、この提案をしたのは結局ヴァルダマーナの慈悲だったのだ。
「私がカルリトス兄上を許す事はありません。しかし母上のお気持ちを思うと目の届く所に置いておかれるのが良いでしょう」
カルリトスはやっと自分の罪を顧みた。
そしてその罰を粛々と受け入れたのである。




