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不敬だが忠実

迦暢が家庭教師である侍従長と歴史の勉強をしていると、にわかに廊下が騒つくのが分かった。

扉の近くに立っていたサルマが警戒する様に迦暢の側に寄る。


「少し私が見て参ります」


侍従長は一番近くの廊下側ドアの鍵をそっと掛けてからあえて続きの間へ抜けてから廊下に出て行った。


「サルマ、なんだろう?」

「招かれざる客が来たんだろう」

「それは敵襲ってこと?」

「いや、主人が居ないこの屋敷に入れるのなんて王族の誰かだとは思うが」

「ヴァルダマーナ様の家族って事だよね?それって招かれざる客になる?」


サルマには思い当たる節がある。

迦暢は授業の中で再三注意を促されていたと思うのだが、どうやら全く自分は対象外だと思っているようだ。

そういう所が可愛いのだが、警戒心が無さすぎるのは困ってしまう。


「カルリトス様!勝手に入られては困ります!」

「ヴァルダマーナが女を囲っているのだろう?挨拶をしようというだけではないか」

「ヴァルダマーナ様が不在の間に勝手をされては流石に問題になりますぞ!」

「殿下、なりません!!」

「私は兄だぞ?」


言い争う声がどんどん近づいてくるのに、サルマは迦暢を椅子から立ち上がらせるとドアから一番遠い部屋の角に追いやる。迦暢がいつも腰に巻いている日焼け避け用の布を解いて頭から被せた。

迦暢を背に守るようにして腰に刺した剣の柄を握りながら迦暢の前に立つ。

それと同時に続き間のドアが開けられ、ヴァルダマーナをかなり派手にした様な美しい男が姿を現した。


「カルリトス様!ここはヴァルダマーナ様の私室です!ご容赦下さい!!」

「アイツは部屋に入られたくらいで怒りはしないさ」

「なりません、殿下!!」

「ほら、やはり居るではないか、女が」


サルマを見つけてカルリトスが笑う。

サルマは王族と分かりながらも腰を折らず、剣に手をかけたままカルリトスの動向を見守る。

本来ならば不敬として処分を受けても仕方がない。だが、サルマの覚悟は決まっている。


「そなた、名はなんと申す?」

「サルマ、と申します」

「そなたはここで何をしておる?」

「警備や護衛を仰せ使っております」

「誰の?」

「時と場合によります」

「今、その後ろに庇っている者の名前を聞いておる」

「お答えしかねます」

「私が誰か知っての所業だな?」

「もちろんでございます、カルリトス第二王子殿下」


カルリトスが一歩一歩近づいてくる。

残り2メートルのところでサルマは剣を抜いた。


「見上げた根性だな、サルマ」

「これ以上お近づきになるのはご容赦下さい、殿下」

「お前がその剣を本当に振れるのか試してみようではないか」


カルリトスは笑ってサルマとの距離を詰める。

彼がそう言う様に何かされてもいない段階で剣も手にしていない王族に斬りかかるわけにもいかず手の届く距離まで接近を許す。

カルリトスは楽しそうに手を伸ばし、サルマの顎を掴んだ。


「お前もなかなか美人ではないか。後で可愛がってやるとしよう」

「やめてください!パワハラですよ!」


そう堪らず叫び、カルリトスの手をサルマの背後から払い除けたのは迦暢だ。

成り行きを見守っていた皆がその声に凍りつく。


「パワ、なんだ?」

「権力や立場を利用した嫌がらせです!」

「嫌がらせだと?可愛がってやると言っているではないか」

「こっちは嬉しくないんだから嫌がらせ以外の何ものでもないでしょう!」

「王族に可愛がられるのが嬉しくない?お前だってヴァルダマーナに可愛がられて喜んでいるくせに何を言っているのだ」

「私はヴァルダマーナ様が王族だなんて知らなかったし、ヴァルダマーナ様はあなたと違ってちゃんと道理を弁えてるから良いんです!」

「お前、不敬がすぎるぞ」

「王族に生まれたから偉いとか勘違いしてるんじゃないですか?何もしないで遊び歩いてる貴方は敬う対象じゃありませんから!」


小声で止めろと嗜めるサルマの声も、頭に血が上った迦暢には聞こえていないらしい。

カルリトスの背後でもヴァルダマーナの屋敷の人間やカルリトスの側近が青褪めてカルリトスを宥めようと何かを言っているがカルリトスも初めての暴言に迦暢の言葉以外入ってこないようだ。

カルリトスが迦暢を引き摺り出そうと手を伸ばす。

王族の体に直接触れるのに躊躇したサルマが咄嗟に迦暢を庇う様に抱えこんだ。

その瞬間、カルリトスが後ろに引き摺り倒された。


「何をする!」

「それはこちらのセリフですよ、兄上」

「ヴァルダマーナ!」

「私の屋敷で勝手に何をされているのです」

「その女どもが私に不敬を働いたのだ!処分してくれる!」

「先に勝手をしたのは兄上じゃありませんか。彼女達は私の命に忠実なだけだ」

「私に剣を向け、私の手を払い、暴言を吐いたのだぞ、そのチンチクリンが!!」

「ほぅ、どんな暴言を?」

「権力を傘にきた嫌がらせだとか、敬う対象じゃないとか!お前が甘やかしているからそんなブスに不敬を許すのだぞ!」


尻餅をついて喚くカルリトスにヴァルダマーナは見下ろしたまま鼻で笑う。

今まで見た事のない冷たいヴァルダマーナの目にどこか不気味さを感じながら、いつも笑って折れてくれる弟の姿をカルリトスは信じているようだ。しかしいつもの優しい弟の姿はどこにもない。


「全て本当の事ではありませんか。どこが不敬なのです」

「なんだと?」

「ここまで兄上が阿呆だとは思いませんでした。何故私がわざわざこの離宮を賜ったのかも理解せず、堂々と不法侵入の挙句に暴挙に出るとは随分と命が惜しくないとみえる」


ヴァルダマーナが剣を抜き、カルリトスの喉元に突き付ける。

双方の側近達が騒めいた。


「何をする、ヴァルダマーナ!」

「父上から許可は得ております、兄上。そもそも他人の離宮に勝手に押し入るなど敵対行動以外のなにものでもありますまい」


ヴァルダマーナが剣を振り上げる。

弟の本気にカルリトスはやっと気がついた。


「ヴァルダマーナ!分かった!私が悪かった!許してくれ!」

「何を?」

「勝手に屋敷に入ったことだ!」

「それだけですか?」

「お前の女に手を出そうとした事もだ!2度としない!」

「それから?」

「お前を侮辱した事も謝る!」

「肝心な事が分かっていない様ですね」

「な、なにがだ!」


剣を持つ手に力が込められて、今にも振り下ろされようとした瞬間、ヴァルダマーナの腰に柔らかな衝撃が加わる。

迦暢がヴァルダマーナを止める為に、ダメだと言って腰にしがみついたのだ。


「殺しちゃダメだよ!」

「迦暢」

「何もされてないから!もうしないって約束してくれたから大丈夫だよ!」

「兄上は口先だけなのだ、いつも」

「次やったらでいいでしょ?今日は不法侵入と嫌がらせ以外は何もしてないから!」

「次が来た時では遅いのだ。しかもまだ一番肝心な事を謝らせていない」

「肝心な事?」


ヴァルダマーナはため息を吐いて剣を下ろし、腰の鞘に戻す。

腰に纏わりついていた迦暢を抱きしめ返して、迦暢の頬に手を添えると反対側のこめかみあたりにキスをする。


「私の恋人は誰よりも可愛いのですよ、兄上。私の慈悲深い恋人に謝罪を」

「も、申し訳なかった。貴方の慈悲に感謝する。二度と近づかないと誓う」

「兄上がお帰りだ。ウーゴ、兄上を父上の元にお連れしろ」

「心得ております。さ、お立ちなさいませ、カルリトス殿下」

「兄上、今度何かしたら私は貴方を躊躇なく斬りますよ」


王の側近に促され、カルリトスはショボショボと離宮を後にした。カルリトスの側近も深々と頭を下げ去って行く。

残された離宮の者達はその場に残って膝をついた。


「殿下、不甲斐ない私めに罰をお与え下さい」

「ウンベルト、もう良い。下がれ」

「迦暢様を危険に晒したのです。罰を」

「これ以上迦暢の意に沿わぬ事を言うな、ウンベルト。私は迦暢の怒りをかいたくはない」


腕に迦暢を抱いたまま、ヴァルダマーナはため息をつく。すっかりいつものヴァルダマーナだ。ウンベルトが顔を上げ、腕の中の迦暢がむぅと頬を膨らませて頷くのにウンベルトも息を吐く。


「私達も迦暢様の慈悲に感謝せねばなりませんね」

「感謝とかいりませんから!当然の事ですから!悪いのは次男だけ!」

「おやおや。では、ヴァルダマーナ様もお戻りになりましたからおやつに致しましょう、迦暢様」

「今日はミルクティーでお願いします!」

「畏まりました」


ウンベルトらが準備に出て行き、サルマがドア側へ下がった部屋でさっきまで吊り上がっていた迦暢の眉が下がる。

不安そうにヴァルダマーナを見上げた。


「ヴァルダマーナ様、サルマは処分されないですよね?」

「全くお前は、何よりそこの心配か?」

「だって流石に王族に剣を向けたらダメなのくらい私だって分かります」

「今回は問題ない。兄上もこれ以上こちらを逆撫でする様な事はなさらないだろう。だからと言って次に安全な保証はない」

「他にも分からず屋な兄弟がいるんですか?」

「あそこまでの馬鹿はアレだけであって欲しいが、迦暢の力を知られれば何かと利用しようとする輩も出てくるだろう。だから無茶はしないでくれ」

「努力はします・・・」


そう言って目を逸らした迦暢の顔をグイと引き戻すと、ヴァルダマーナはため息をつく。

どうやら頑固者なのか正直なのか微妙な所だが、迦暢は嘘をつく可能性があるような約束はする気がないらしい。

ただ申し訳ないとは思っているらしい微妙な顔がヴァルダマーナには可愛らしく思える。

結局その顔に負けて叱ることも出来ずにヴァルダマーナは頬にキスを落とす。

最初はヴァルダマーナのキスにいちいちビックリして首を竦めていた迦暢も最近は慣れたのか、ちょっと顔を赤めるだけだ。

だいぶ忍耐力を試されていると思うが、ヴァルダマーナは無理強いをするつもりはない。

奥手な迦暢にとって自分が初めての恋人らしい事は分かるし、それをゆっくりと解き、自分の手で開花させていくのは喜びでもある。

ただ今日の様に横から突然掻っ攫われる様な事態が起きないかだけが心配だ。


「ヴァルダマーナ様」

「なんだ?」

「本当はカルリトス様を斬るつもりなんてなかったんですよね?」

「どうだったかな」

「助けてくれてありがとうございました。でも私の為に家族を剣で脅すとかもうしなくて良いですからね!」


確かにヴァルダマーナにカルリトスを斬るつもりはなかった。しかしそれは迦暢が手を出されていなかったからだ。もしもカルリトスによって迦暢が穢される様な事が起こっていたなら、自分はカルリトスを斬っていただろう。


「迦暢が無事ならば努力しよう」

「むぅ」


腕の中の恋人が不満そうに頬を膨らませたのが分かったが、ヴァルダマーナは更に迦暢を強く抱きしめる。

ヴァルダマーナにとって恋人など今まで大して重要な存在ではなかった。今考えればどれも本当に恋人だったのかすら怪しい。

こんなにも愛おしい、大事なものが世の中にはあるのだと初めて気付かされた気分だ。

ヴァルダマーナは迦暢の白い首筋に唇を寄せると1箇所を強く吸い上げる。久しぶりに迦暢は体を強ばらせたが、所有印が紅く色を染めてヴァルダマーナを少し安心させた。


「ヴァルダマーナ様?!」

「迦暢も私につけるか?」

「えっ遠慮しておきます!!」


丁度ウンベルトがお茶の用意をして戻ってきたらしくドアが叩かれ、真っ赤になった迦暢がヴァルダマーナの腕の中から逃げ出す。

これ以上構うと怒り出しそうなので、ヴァルダマーナは黙って席に着いた。おやつは迦暢が以前リクエストしたポテトチップスという薄く切った芋を揚げて塩を振ったものだ。これはオヤツではないのでは?と最初の頃は皆首を傾げていたが、すっかりこの屋敷ではオヤツとして定着してしまった。ただ毎日食べると太るからダメとの迦暢の主張によりここぞという時のオヤツと位置付けられている。つまり今日はここぞという日と屋敷の者達に判断されたのだろう。

迦暢は屋敷の者達にとっても既に大切な存在となっているのだった。

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