表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/47

父と弟の企み

それから数日後、ヴァローナを通過して本物のレイナルド王子を乗せたトレアックス国の馬車が王都に到着した。表向きは貿易の話だ。

我がココロヴァ国から燐鉱石の輸出量を増やし、その見返りとして農作物の輸入量を増やしてくれというものだった。貿易の話としては悪くない内容ではある。

しかし事前になんの調整もなく、この時期にわざわざやって来たのはどう考えても不自然だ。


「随分と急なお話で面食らっております」

「急な訪問で申し訳ない。輸出量を増やすとなれば次の種蒔きに間に合う様にと気が逸ってしまいましてな。畑を拡げるとなると燐鉱石もそれだけ必要になりますから」

「ほぅ。まずは書面でのやり取りから始めるのが通例でしたので、何か外貨が急に必要になるような事がおありなのかと勘繰ってしまいました」

「なに、今後のために色々試してみたいと考えていましてな。農作物にしても工芸品にしてももっと新しいモノや方法がないか模索したいと考えているのです。その為に他国の生活を見て、他国の方法やモノも取り入れたいと考えているのですよ。その一歩として貴国を知る為に赴いたというのもあります」

「何か参考になる事はございましたかな?」

「我々の土地は近いのもあって似ている部分が多い。しかし王都は随分と聞いていた以上に活気に溢れておりますな」


レイナルド王子に対応したのはヴァルダマーナではなく第三王子であるパーサだ。しかもヴァルダマーナは兄に隣国の本当の狙いを伝えていない。

しかし何も知らないパーサですら、今回の隣国来訪は怪しいとしか思えないものであったのだろう。冷ややかな態度のパーサに対し、レイナルドは堂々と尤もらしい建前を続ける。


「祭りの後で少々浮ついているだけでしょう。ウチは特に変わりませんよ」

「星見祭の事ですな?失礼でなければ一度月神殿を見学させては頂けませんか」

「月神殿にこそ新しいモノなどありませんよ?それに貴国は太陽神を崇めていると聞きましたが」

「崇める神は違えど、世の平安を望む気持ちは変わりますまい」


パーサはレイナルドの屁理屈に辟易としながらも許可を出した。

崇める神さえ違う異国の者に自分達の聖域である月神殿に踏み入って欲しくはない。

しかし何かを察しているらしい王からとりあえずレイナルドを泳がせろと指示があったから仕方なく許可したのだ。

案内させる為に神官を呼ぶよう側近に伝えると、ほどなく男女2人の神官が部屋に入ってくる。


「レイナルド殿下が月神殿を見学したいそうだ。案内を頼む」

「畏まりました」


神官を先頭に会談場所から神殿に向かう。

王宮からは直接王族が神殿に行ける道があるが、外部の人間に王宮からの脱出ルートを知られる訳にもいかないので一度外へ出る大回りなルートだ。


王宮入口手前にある前庭には先日作られたばかりの大きな水路の水面に建物が映り美しさを増した。

ココロヴァ国の王都は離宮の裏山から土や岩を加工して城壁や建物を作っている。

それもあって土と同じく赤茶けた武骨で素朴な外観にしか城壁の外からは見えない。

しかし一歩城の敷地内に入れば、別世界の様なアラベスク模様で彩られた壁や精密に彫られた装飾や木組みの天井が訪れた者を驚かすのだ。

来た時も見ているはずだが、レイナルド王子はその景色に目を奪われながら深く感嘆の息を吐く。その姿がパーサの気持ちを少し落ち着かせた。


神殿の中に入ると、入り口から一番近い市民でも入る事が出来る大礼拝堂に進む。

先頭に立つ神官がレイナルド王子に説明を始める。


「こちらが大礼拝堂となります」

「王宮だけでなく、神殿も素晴らしく美しいのですね」

「こちらは市民も使用する礼拝堂ですが、これからご案内する王室礼拝堂は更に装飾が細やかで見どころがあると存じます」


正装でベールを被っているが神官が雰囲気で微笑んだのが伝わってきた。

だがレイナルド王子の後ろでパーサは一瞬目を見張る。パーサが内心驚いたのは、隣国の信用ならない王子を王室礼拝堂にまで入れる事だ。

案内をする彼が本当の神官だったらパーサはすぐに止めただろう。しかしそれをしなかったのはその神官が、神官に扮した弟ヴァルダマーナだったからだ。


「それは楽しみですな」

「ではそちらへご案内致しましょう」


夏場非常に暑いココロヴァ国の中でも比較的涼しいと言われる王都ではあるが、それでも暑いものは暑い。だが王宮や神殿内には細い水路が引かれ、空気が中央から上に抜ける仕組みになっている為適温が保たれている。


王宮よりは質素だが、中庭を囲む回廊は柱上部のアーチに漆喰装飾が施され、以前より豊富な水に花や木が元気を取り戻し、大理石の白に彩りを添えており王宮とは違った美しさだ。

突き当たった王室礼拝堂の扉を開けると、一歩踏み入ったレイナルド王子とその臣下達が息を呑んだのがわかった。

大理石の白さの先に黄金に輝くドーム状の天井や祭壇飾りの真ん中に月の女神の像も黄金に輝き鎮座している一面の金色だ。そこに上部のステンドグラスから指す光にその金色に下品な感じはなく、ただただ神の存在を感じざるを得ない神秘さがある。

その荘厳で神聖な空気に当てられ、立ち止まってポカンと女神像を見上げていたレイナルド王子の口から言葉が漏れた。


「なんと美しい・・・」


更に奥へと近づくと、祭壇に供えられた少し良い装飾が施された剣が目に入る。

いつもはない剣が置かれている事にパーサさえも不思議に思ったが、質問したのはレイナルド王子だった。


「あの剣は何故、捧げられているのですか?」

「あの剣は先日、儀式に使用したので清めているところです」

「清める?」

「ここで女神様のお力をまた込めて頂き、次に使用するのです。また数日後に使用する予定ですので」

「月の女神は戦いの神ではないと聞いた事があるが?」

「よくご存知で。月の女神ベンディス様は世界の苦しみから知恵をもって救ってくださる神です。剣はあくまで儀式で女神様のお力をお借りする為に使用するもので、戦いに使用する為のものではありません」

「剣は昔から伝わっているものなのか?」

「いいえ。神託があった際にたまたま居合わせた王族の護衛の方の剣だと伺っております」

「ほう、それは面白い話だな。他の剣で儀式を行ったら儀式は失敗するのだろうか?」

「さて、試した事が御座いませんので何とも・・・」

「その神託は儀式をする者の指定はあったのか?」

「いいえ。ただあの剣を使用して行えとの事だった様です。これ以上は私も存じ上げませんのでご容赦下さい」

「なかなか興味深い話であった」


レイナルド王子は満足気に頷いて神官を解放する。後ろで聞いていたパーサですら聞いたことのない話だが、パーサはあくまで口を挟まない。

ヴァルダマーナが神託により剣を使って水脈の水を増やした話は王都では有名な話だ。その本人がそう語るのだからそうなのだろう。

ただ気になるのは儀式が何かを明かしてはいないものの、あの剣の重要性をレイナルド王子に結構話してしまっている事だ。慎重なヴァルダマーナがウッカリ話してしまうというのも思えない。何かしら王の指示を受けての事だろうとパーサは理解した。


「さて、何か新しい発見はありましたかな」

「大変貴重な時間となりました。我が国との違いに圧倒される事ばかりでしたが、きっと後々閃きに繋がってきましょう」


神官とは神殿の入り口で別れ、再び王宮に戻る。王宮のエントランスでパーサは侍従に任せレイナルド王子一行が貴賓室に戻るのを見送った。


「王に謁見の許可を得よ」


残った侍従を使いに出し、一旦自室に戻る。

王もレイナルド王子の動向が気になっていたのか、すぐに来いとの事だったので、休む間もなくパーサは王の自室に向かう。

王の部屋には既にヴァルダマーナも席に着いていた。


「何を2人で企んでいるのです?」

「父上は知りませんが、私は何も」

「お前が持ち込んだ案件ではないか。私のせいにするな」

「だそうですので、企んでおられるのはあちらの方だけの様です、兄上」


そう煙に巻こうとするヴァルダマーナにパーサはため息をついてみせる。

ヴァルダマーナは一番真っ当な兄弟と言えるが、無駄な仕事もしない男だ。何の利害もなく神官の真似事などする訳がない事をパーサは知っている。


「ではあちらは何を企んでいると言うのだ?」

「儀式用の剣の窃盗でしょうね」

「そう思うのであれば何故あんな無防備に晒したのだ?」

「我が国に優位な契約を結ぶ為に他なりません」


そう言ってヴァルダマーナが差し出したのは優位どころでは無い条件が書かれた契約書だ。こんなものをレイナルド王子がヨシとするわけがない。

だがヴァルダマーナはにこりと笑って計画の詳細を語った。

こちらが勝手に作り上げたあくまで予測の相手側の行動に沿った計画だ。この通りに行くとは到底思えない。しかし同席している王は機嫌が良さそうな顔で黙って聞いている。


「こんな絵空事、上手く行くはずないではないか」

「協力頂けるのでしたら手柄は兄上のもので構いません。失敗した際の責任は私が負います」

「何を根拠に」

「私が神官の格好をしていたのが根拠にはなりませんか。今日、レイナルドが神殿に行きたがるなんて情報はどこにもなかった。しかし兄上は神官を呼んだ」

「たまたま居合わせただけであろう?」

「お前の手柄になるのだから良いではないか、パーサ」


これ以上グダグダ言うな、と言う王の圧力を感じとってパーサは仕方なく引き受けた。

計画書には場所や時間が事細かに書かれている。特にパーサ自身が危険に晒される事もなさそうな計画だ。この通りに動いて上手くいかなければヴァルダマーナが責任を取ると言っているのだから失敗しても構わないだろう。


「お前はこの計画で何を得るのだ?」

「一時の平穏な日々とお二人からの信頼を」


そうヴァルダマーナが笑ったところに、急を知らせるヴァルダマーナの側近が飛び込んできた。


「会談中に申し訳御座いません。ヴァルダマーナ様、今、カルリトス様が離宮へ向かったと」

「なんだと?」

「どうやらイサ様をどこかで見かけた様で」

「すぐに戻る。父上!」

「よい、早く行け」


呆れた様に手を振って許可してくれた王に礼もそこそこにヴァルダマーナは部屋を駆け出していく。

カルリトスは次男だ。色恋ばかりにかまけ、政治にも武芸にも興味がない。芸術に才はあるが、王族としての役割を果たしもせず遊んでばかりいる。そのくせ耳は早くて、何処からともなく女性に関する情報は掻き集めてくるのだ。他の兄弟に恋心を寄せる女性を見れば横恋慕して口説き落とし、しかし次の女性を見付ければすぐに口説き落とした恋人に興味を失くす。

それでも刺されもせずに次々に恋人が出来るのは王族だからだろう。

パーサは何度もカルリトスの被害に遭ってきた。パーサが恋仲になろうとすると横から掻っ攫われ、とうとう恋人を作る気も失せてきた。そんな被害を受ける兄弟達の中、ヴァルダマーナだけはその状況を傍観していたのだ。恋人を奪われても怒りもせず、代わりに怒る兄弟達を本当に困った人ですよね、と苦笑しながら逆に宥めるくらいだった。

それなのに、ヴァルダマーナが怒りに満ちた瞳で挨拶もせず飛び出して行ったのにパーサは驚きを隠せない。


「父上、ヴァルダマーナがあんな反応をするなんていったいどこの令嬢を囲っているのです?」

「ヴァルダマーナの望む平穏そのものだ。カルリトスも今回ばかりは命がないかもしれんな」


笑いもせず、王は少し考え込むと自分の側近にヴァルダマーナを追うように指示をする。


「死なせない程度のところでカルリトスを引き取ってこい」

「父上、なんて物騒な事を」

「手を出してはいけないものかどうかも判断出来ずに手を出していたならカルリトスもそこまでということよ」


どうやらいつも穏やかな弟ヴァルダマーナの触れてはいけない部分に触れようとしてしまった兄を救う気は父上にはないようだ。

パーサも兄の方につく気があるはずもない。

それよりも今まで冷めていたヴァルダマーナの心を奪った存在がパーサにも気になる。しかし先ほどの殺気に満ちたヴァルダマーナの瞳を思い出し、小さくかぶりを振って否定した。今触れて良いものではない。彼の平穏の為に自分がなすべき事は渡された役割を全うする事だと理解したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ