夢、まぼろし
「迦暢は殿下と結婚は嫌なのか?」
ヴァルダマーナが去り、2人きりに戻った部屋でサルマがそう言った。
「うーん、正直まだよく分からない」
「分からない?」
「だってまだ出会ってそんな経ってないよ?優しいとは思うけど王子だし」
「王子だと問題があるのか?」
「王子はいつか王様になるじゃない。色んな意味で・・・」
「ヴァルダマーナ殿下が王になるかはまだ分からないぞ?ご兄弟も多いし」
「あーリアルな話じゃなくて、揶揄。王子様ってキラキラして見えるけど、傅かれるのが当たり前の身分じゃない?今は良いけどそのまま歳をとって王様みたいな自分より偉い人はいない!って不遜な態度になったら大変だなって思うの。本当に王様になられちゃうと私が王妃になる訳だけど、私に王妃なんて務まると思えないし。どちらかというと側近みたいな人の方が結婚には向いてる気がするんだよね」
迦暢の言い分にサルマは一瞬ポカンとしたが、すぐに声を上げて笑う。
ヴァルダマーナが最愛の印を使っていると推測できているサルマにしてみれば、迦暢は物凄く大切にされているのが分かる。
価値を知らない迦暢に無理矢理印をつけた事を憤っていたが、迦暢にはまるで伝わっていないし、まだ伝える気がない様だ。王族なのだから望めば迦暢を手に入れるなど容易い。
それなのになるべく迦暢の意志を尊重しようとするヴァルダマーナはきっと誠意の塊だとサルマは思う。下手をすれば生涯一人で過ごす事になるのはヴァルダマーナの方なのだから。
「ヴァルダマーナ殿下は王子ではあるが、どちらかと言うと側近タイプだと私は思うぞ」
「なんでそう思うの?」
「殿下は王子の中でも優秀であるにも関わらず目立とうとせず、単独で隠密活動をされるような方なのだ。迦暢を想いヴァローナの守りを固めて下さったり、迦暢を王都に留めたのも迦暢を守る為だと今なら分かる」
「すごく大切にして頂いてるのは分かるよ。でも結婚はまた別問題じゃない?」
「迦暢が殿下をどの様に思っているかは分からないが、殿下が迦暢を生涯愛する事に決めておられるのは嘘ではないと思うよ。それを前提にすれば結婚もおかしくはないだろう。何より結婚してしまった方が迦暢を守りやすいというのもあるのだろう」
迦暢にとって結婚はまだ先の未来だと思っていた話だ。
高校生になっても真面目が祟って彼氏の一人もいなかった。
大学生になったら自然と出逢いもあるだろうか、それとも檀家さんの持ち込むお見合いで嫁に行く事になるんじゃないかと漠然と考えていたのだ。
高校生ではあるが、既にお見合いの話を頂いた事は何度もある。
仏教にある程度詳しく真面目なのも横の繋がりで知られていて、是非うちの息子の嫁に欲しいという同業者はそれなりにいるのだ。
特に親同士が仲の良い近所の歴史ある大きなお寺さんには迦暢より一つ年上の息子がいて、迦暢が小学校に入学する頃に許嫁にしてはという話まであったらしい。
だから迦暢はあまり結婚に夢を抱いてもいなかった。
ここでヴァルダマーナに政略的結婚だと言われた方がすんなりと受け入れられたかもしれない。むしろ愛していると熱烈に言われた事が迦暢を動揺させたのだ。
「本当は恋人だって私にはハードル高いのに」
「迦暢は今まで恋人はいなかったのか?」
「いないよ!愛してるなんて初めて言われたよ?!」
頬を赤らめる迦暢に、サルマは笑って頭を撫でた。
迦暢は何処か人を惹きつけるのだ。
ヴァルダマーナが迦暢の能力を別にしても愛した事は理解出来る。
「迦暢は自分のしたい様にすれば良いさ」
心のままに。
自分にも印があれば迦暢に最愛を贈っていたかもしれない、と思うサルマだった。
以前から迦暢は街に出てみたいとお願いしていたが、星見祭や隣国のせいでヴァルダマーナが忙しく後回しになっていた。
しかし隣国の王族の馬車がまだヴァローナにも達していない今ならば却って危険は少ないだろうとヴァルダマーナは迦暢をサルマと共に連れ出してくれている。
もちろん迦暢は肌に木ノ実の汁を塗り付けて色を変え、フードを深く被っての外出だ。
ヴァルダマーナは目の色を隠す様にサングラスの様なものをしているが、案外この国では陽射しが強い事もありしている人が多く街に馴染んでいる。
「ヴァルダマーナ様はよく来られるんですか?」
「イサ、外ではヴィーラだ」
「あっ、そうでした。すみません」
「そうだな、市井を見て回るのも仕事の内だ。何か欲しいものはあるか?」
「うーん、別にこれと言って・・・あ、味噌とか醤油って知ってますか?」
「それはなんだ?」
「私の国の食べ物なんですけど」
「我が国では聞いたことがないな。では他国の物が手に入りそうな所を中心に回ってみるとしよう」
ヴァルダマーナに手を引かれ、白いテントが並ぶ市場へ入る。
後にサルマがいるものの、ヴァルダマーナに出会った日にヴァローナの町を案内したのを思い出させた。
あの時感じたトキメキを今でも感じている。
「あぁっパスタ!!」
「トゥリアが欲しいのか?」
「トゥリア?はい、これ欲しいです!」
「こちらのリング状のはいいのか?」
「じゃあ、マカロニもお願いします」
シチューが出来たのだから、マカロニグラタンも出来るはずだ。
今の離宮にはオーブンもある様なのでお願いすれば焼いて貰えるだろう。
少し歩くと今度はソーセージを見つけたので買ってもらった。
やはり王都の市場の方が色々な物が揃っている。しかしやはり味噌や醤油はなさそうだ。
前回兄に送ってもらった味噌など日持ちしないものは使ってしまった。缶詰などはヴァローナに置いてきたのだが、先日サルマがヴァローナに手紙を出してサルマ自身の荷物と一緒に送ってくれるように手配してくれたらしいのでそろそろ着くだろう。
「覚如くん?」
人混みの中、知った顔が目の前を通り過ぎた気がした。
迦暢は慌てて少し駆け出すが、その姿はもう人混みの中に消えた後だ。
まさかこんな所に幼馴染が?
いいや、ここは異世界だ。彼がいるはずない、と迦暢は思い直す。
ふと見上げると目の前にいつの間にかヴァルダマーナが立ちふさがり、心配そうに見下ろしていた。
急に駆け出した迦暢に慌ててヴァルダマーナは迦暢の手首を掴んでいたらしい。
後ろには迦暢を囲む様にサルマが立っている。
「イサ、急にどうしたんだ。一人になると危ないぞ」
「ごめんなさい。知り合いが居た気がしたの」
「ヴァローナの?」
「うんん、元の世界の・・・」
迦暢の少し困った様な表情に、ヴァルダマーナは迦暢をそっと抱き寄せる。
「探させるか?」
「居るはずない。だから探さなくていいよ。大丈夫」
そう否定してみるが、本当にそうだろうか?とも迦暢は思うのだ。覚如の家も寺であり、大日如来を祀っている。
迦暢の様にこの世界を救う様に送り込まれていてもおかしくはないのではないか?
でもババが占ったのは迦暢の事だけだ。
王族にもきっと他に神の子がいるという情報は上がっている様子はない。
きっと気のせいだ。
迦暢はそう自分に言い聞かせた。




