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跪き愛を乞う

話を元に戻す。

迦暢は隣国からの接触に関してその後すぐに神託という名の対策をもたらした。ただそれはあまり元の未来と変わらないのだと言う。

ヴァローナに市民を装った諜報員を配備する。情報収集に訪れた隣国の王子のみならず、町中に新しい噂を流すのだそうだ。

ヴァローナは主要都市ではないので試しに使われたに過ぎない。この成功を元に王都では新たなまじないが施され、ヴァローナ以上の結果を得たらしい、と。

そもそもヴァローナのシャーマンによる神託でもなく、王都のシャーマンから授かった方法だ、と言う事にしたいらしい。そして儀式に使われた宝剣が王都の神殿に奉納されていると匂わせる。


王都の水がヴァローナ以上にもたらされた事は王都から急速に噂として広まった。

ヴァローナ内でも時期はズレているものの、王都からヴァローナの奇跡への調査員が訪れていた事も相まって、噂は真実味を持って受け入れられたのである。

隣国の王子含む間者にもそれは例外ではない。

彼らもヴァローナでの諜報活動を終了したとみえ、王都には隣国王族からの貿易外交に関する書簡が届けられたのである。


「ふん、盗みに入るくせに外交とはよく言ったものだ」

「こちらに有利な外交を結べばなまくらな剣の一本や二本くれてやるのは問題ございますまい。今回は盗人を捕まえるのが目的では御座いますが」

「他国に盗みに入って捕まっては隣国の第二王子も立つ背があるまい。あそこは第一王子が阿呆だから、第二王子を失ってどうなるのか見ものよ」


王は書簡が届くとそう嬉しそうにヴァルダマーナを私室に呼んで大笑いした。

知っている未来がどんどん実現していく不自然さを王は愉しんでいる様だ。しかしヴァルダマーナは逆に恐ろしく感じてならない。

この計画が迦暢の言う通りになれば、迦暢は益々価値を高める。

今は王と自分だけの秘密だが、その秘密を暴こうとする者が現れるだろう。

それは迦暢の安全を脅かす事態を呼ぶに違いない。


ヴァルダマーナが迦暢の部屋に向かっていると、珍しく迦暢のはしゃぐ声が聞こえてきた。部屋に足を踏み入れると、ヴァルダマーナが運び込ませた王宮のミニチュア模型に付いている人形を手にして、サルマ相手に嬉しそうに人形遊びをしている。

ヴァルダマーナが入ってきたのに気づくと、迦暢は慌ててその人形をさっと背に隠してすました顔をしてみせた。


「ヴァルダマーナ様」

「気に入ったか?」

「急にこんな大きな模型が運び込まれていたのでびっくりしました。でもこんなオモチャで遊ぶ様な年でもないですよ」


先程まで遊んでいた癖に迦暢は少し気まずそうにそう口を尖らせる。

人形遊びに付き合わされていたサルマが少し笑いを堪えてドアの前に下がって立っていた。


「これは王宮を学んでもらう為に丁度良いので運ばせたのだ。確かに私が幼少期に使っていたものだが、なかなかよく出来ておろう」

「あ、そういう事だったんですね。確かに位置関係とか分かりやすいかも。でもこの宮はないのですね?」

「この離宮は王宮から歩いて15分程離れているからな。私が賜るまでは誰も普段は住んでいなかったので模型がないのだ」


そうですか、と迦暢は手にしていた人形を模型の中に戻す。残念そうな顔が可愛くて、ヴァルダマーナはこの離宮の模型と迦暢と自分の人形と共に作らせる事を決意する。シャクではあるが、サルマの人形もあればもっと喜ばれるだろう。

ヴァルダマーナは王と王妃の冠がついた人形を手にして、2人の部屋にそれぞれ置いてみせる。


「ここが王、その隣に王妃の部屋がある。此方の宮は長男夫婦、それから」


ヴァルダマーナが人形を置きながら説明をすると迦暢は真面目な顔でそれを聞いた。


「随分とご兄弟が居られるのですね。失礼ですが皆、お母様は一緒ですか?」

「7人兄弟だ。全て王妃である我が母の子だ」

「それはお母様頑張りましたね・・・」


この国では7人兄弟など珍しいものでもない。特に王族ともなれば後継者を残す為にそれが奨励されている。


「私の国では2人もいれば良い方なのですよ。うちは3人兄妹なので多い方ですね」

「それは少ないな。将来家を支える者が少なくて難儀しよう?」

「うちは家業がありますが普通の家はあまり家を支えるという概念がないかもしれませんね。医療も発達しているのでそうそう死ぬこともないですし」

「迦暢の家の家業とはなんだ?」

「うーん、神殿、みたいなものですかね?」

「神殿を3人で支えられるのか?」

「長男が継ぎますよ。私はこちらにいますし、弟は何をするんだか・・・。」


そう言った迦暢の瞳からポロリと涙がこぼれ落ちる。

ヴァルダマーナは驚いて迦暢の両肩を掴む。


「迦暢!?」

「あ、すみません。なんか急に家が恋しくなって・・・」


ヴァルダマーナは力無く笑って見せようとする迦暢をそのまま抱きしめる。

ヴァローナで聞いただけだが、迦暢は異世界から急に砂漠の真ん中に放り出されたと言っていたと聞く。何もかもが違う世界に1人放り出されたのなら不安で辛かっただろうに、迦暢は今まで取り乱した事がなかったそうだ。


「迦暢、思い出させてすまなかった。これからは私がお前の家族だ」

「ヴァルダマーナ様、ありがとうございます。ほんのちょっと不安になっただけですから大丈夫です」

「ほんのちょっとでも不安にさせたくない。お前には笑っていて欲しいのだ」


ヴァルダマーナは迦暢の頬に手を当て視線を上げさせ瞳を覗き込む。透き通るような瞳がヴァルダマーナを見返した。

長いまつ毛に引っ掛かった涙に唇を寄せヴァルダマーナはその涙を掬い上げる。

驚いて首を竦める迦暢が可愛くて、ヴァルダマーナは何度も目尻に、それから頬に、そして唇にキスをしていく。

驚きすぎて呆然としたまま抱きしめられていた迦暢が唇を離すとハッと目を瞬かせる。


「ヴァルダマーナさまっ?!」

「なんだ?」

「キ、キスしすぎです!」

「家族なのだから普通であろう?」

「いやいやいや、家族でこんなことしませんから!」

「お前の国ではしないのか?だが子供が生まれているという事は近しい事はしているのではないか?」

「え、家族って、えっ!?夫婦!?」

「当たり前ではないか。お前と私がなり得るとしたら夫婦しかあるまい。私では不満か?」

「不満?いや、不満とかは無いですけど、いきなり一足飛びに結婚とか・・・いや、オカシイでしょ?!」

「私の愛を疑うのか?」

「えっ!?ヴァルダマーナ様、私を愛してるんですか??初耳ですけど!?」


そう言われれば愛を囁いた事はない、とヴァルダマーナは思い至る。ヴァルダマーナは迦暢の知識が乏しい事を良い事に勝手に印を結んだのに、その意味を未だ伝えていない。

抱きしめる腕を離し、迦暢の右手を取ってヴァルダマーナは迦暢の前に跪いた。


「迦暢、ハッキリと伝えていなかった様ですまない。私はお前を愛している。お前を誰にも渡したくない。私の妻となってくれないだろうか」


迦暢は驚いてキョロキョロと視線を動かしながら、取られた反対の手で口元をおさえる。

ドアの前に立っているサルマに視線をやるが、サルマは迦暢の視線に顎をしゃくった。

迦暢は目の前のヴァルダマーナに視線を落とす。


「ちょっとまだ、結婚までは考えられないので、とりあえず、お付き合いからって事でも良いですか?」

「お付き合い?恋人から、という事で良いだろうか?」

「あ、はい。コイビト・・・」


そう言って迦暢は頬を赤く染める。

どうやら迦暢はだいぶウブらしい。これ以上迫ってそれすらも拒まれては大変だとヴァルダマーナは迦暢の最大限の譲歩らしいその提案を受け止める。


「ありがとう、迦暢」


ヴァルダマーナは握っていた指先にキスをして迦暢に笑いかけた。

その微笑みに迦暢はますます顔を赤らめる。

その反応がヴァルダマーナには可愛くて仕方がないのに、迦暢にはどうやら自覚がない様だ。


「迦暢、何かされて嫌な事はあるか?」

「嫌なこと、ですか?」

「恋人における禁止事項だ。迦暢の国と違うところがあると困るだろう?」


ヴァルダマーナは立ち上がり、迦暢を席につかせる。

迦暢はうーん、と唸りながら考えを巡らせポンと一つ手を打つ。


「浮気はダメですね」

「浮気はせぬ。私はお前だけだと既に決めている」


最愛の腕輪を使うと言うことはそういう事だ。そしてそれは迦暢にも求められる事でもある。

真面目に答えたヴァルダマーナに驚いたのは迦暢だけではない。後に立っていたサルマが息を飲んだのが分かった。


「殿下、まさか」

「サルマ、その件に関して発言を許可せぬ」

「失礼致しました」


ヴァルダマーナとサルマの問答に迦暢は少し視線を巡らせたが2人がすぐに会話をやめたので追求はしない。

そんな事よりヴァルダマーナが自分だけだと明言して事に驚いてそれどころではないのだろう。


「迦暢、他には?」

「えーと、そういうヴァルダマーナ様はないんですか?」

「この国から出てはならぬ」

「特に出る予定はないですね」

「あとは好きにして構わないが、あまり無理をして心配をさせてくれるな。不安があれば何でも話してほしい」

「無理をしてるつもりはないですけど、ヴァルダマーナ様から見て心配になる事があれば言って下さい」

「とりあえず神託を得た際は私に最初に話してくれるのが一番だ」

「あー無防備だからですね」

「そうだ」

「分かりました。可能な限り一番にお知らせしますね」

「それから迦暢、恋人に敬語はおかしいのではないか?」


にっこりと笑ってやったヴァルダマーナに迦暢は苦笑して、善処しますと頷いた。

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