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まじないとのろい

ヴァローナの奇跡を耳にしたのは割と偶然だった。

ヴァルダマーナが父親である国王の密命を受け、国境近くの町で隣国の動きを探った帰りの事だ。

国境近くでは聞こえなかった謎の呪文が水場で聞かれる様になったのはヴァローナまであと3日という村あたりからだったろうか。

村人に聞けば水量を増やすおまじないであると言う。そして実際に効果があったのだと誰もが興奮気味に教えてくれた。

領地の多くを砂漠とする我が国で水は貴重だ。

その量が生活を左右する。小さな町である程水源は小さく、熱心にまじないを唱えるのは当然の事だろう。

まじないの出処を聞けば必ずヴァローナの名が挙がる。

あまり特色のない町ではあるが、ヴァルダマーナにはその名に聞き覚えがあった。


本当は違う町で側近と落ち合う予定になっていたが、ヴァルダマーナは予定を変更してヴァローナに向かう事にする。

配送を専門にする機関に側近への予定変更の手紙を託し、少し予定より方向を逸れてヴァローナに向かう。

その道中でヴァルダマーナは奇跡の根源と出会う事になったのだ。


ヴァローナと共に水量が増えた事を聞いていた隣村を訪れたが、隣村の人間は口を揃えてヴァローナへの感謝を口にした。

本当は枯れる筈だった水源から溢れる水はヴァローナからもたらされたものだ。水天様への祈りと引き換えにこの豊かな水を与えられた。だから祈りを止めれば罰を受ける、と。

確かに小さな村にはあり得ない程水が溢れていた。これくらいの水量があれば町として認められ神殿があってもおかしくない。


隣村を出てヴァローナに向かう途中、少し前を走る馬がヴァルダマーナは何故か目に付いた。

馬は町と町を結ぶ業者が貸し出す様な普通の馬だし、乗り手が着ている服も普通の生成りの市民のモノだ。

しかしヴァルダマーナにはどこか彼女の纏う空気がそこだけ澄んでいる様に見えた。


馬が暴れた時、咄嗟に手を出していてヴァルダマーナ自身でさえ自分の行動に驚く。普段の自分なら決して手を出す事はなかっただろう。

フードが落ち現れたその白い肌の娘の顔に一瞬ヴァルダマーナは息を飲んだ。

美しい、と心を奪われたからだ。

しかし次の瞬間には王族としての矜持でその感情を押し込めた。自分の気持ちを悟られる訳にはいかない。


礼がしたいと言った彼女を受け入れた。普段ならヴァルダマーナはその身分からいくら変装をしていてもなるべく市民と関わらない様にしている。しかしヴァルダマーナはその娘を逃してはならない、と感じていた。それは王族としての勘だったかもしれない。


王族として、王位継承権を持つ者としてヴァルダマーナはそれなりの訓練を受けてきた。

相手が嘘をついているか、ついていないかは話をすれば基本的に分かる。しかし迦暢には驚く程嘘がなかった。こちらが心配になる程素直な迦暢は水源の情報をこちらの希望以上に教えてくれた。それに加え、明日こちらの質問にも答えてくれると言う。

だがヴァルダマーナはそれを疑う事はなかった。迦暢の言葉は何故か疑り深いヴァルダマーナの心にスッと入ってきたのだ。


ヴァルダマーナは迦暢と別れた後、一応他の民にも話を聞いたが、迦暢が話した内容以上を知る者は誰一人として居なかった。

神託が降り水を得た。祈りがなければいずれ水脈は枯れる。あの像はシャーマンが見たと言う水の神様のお姿だ。それ以外の情報が出てくる事はない。剣が何に使われたか、像が何故置かれたか知る者は居なかった。

それはいくら迦暢が神殿に世話になっていると言えど知り過ぎており、ヴァルダマーナには最後の可能性を想像させるには十分だったのだ。

そしてそれは次の日確信となった。


迦暢は絵姿さえ手に入らない水の神様の像を2体も持参し、水量を増やす方法をヴァルダマーナに与えたのだ。更に迦暢自身は目を瞑っていたから気がついていなかった様だが、ヴァルダマーナの剣やドッグタグがオリハルコンの様な見たこともない美しい輝きを放ったのには神の存在を感じざるをえなかった。

本当は今すぐにでも彼女を連れ去りたい。だがまだ自分には他の使命があり、今ではないと感じていた。

だからヴァルダマーナは自分の持つ印を与えたのだ。


紫色は王族にのみ許された色である。

その意味を知らぬ者はこの国にはいない。

しかし迦暢がその色に反応する事はなかった。それは迦暢がこの国の者ではない事を示していた。

紫の腕輪は王族に伝わる特殊な(まじな)いが掛けられた糸を使って編まれる。王族自らが結べば他の誰にも断ち切る事が出来ない。

王族の中でも王位継承権を持つ者にだけ、その印は1人につき5本のみ与えられる。

その5本は其々別の意味を持つ。

だがこの辺鄙な地でその意味を知る者は多くないだろう。おとぎ話の様な話だ。

結ばれた者はその印が持つ意味に縛られる。

ヴァルダマーナは迦暢がその意味を知らぬのを良い事にその縁を繋いだのだった。


生涯その印を使わぬ王族も居る。

それくらい慎重に使うべき印だ。それは(のろ)いと言っても良い。

与えるべき相手を間違えば、不幸になるのは相手だけではなく与えた者にも及ぶのだ。

だが、ヴァルダマーナはそれを使う事に躊躇はなかった。

一生使う事がないだろうと思っていた1番強いまじないの腕輪を使ったのだ。

そのまじないの意味は最愛、そして運命。

迦暢がその意味を知った時、彼女はヴァルダマーナを拒むかもしれない。

しかし迦暢はもう自分のものだ。

ヴァルダマーナはそう自分を安心させようとした。

しかし、その呪いが及ぶのはこの国内だけの事なのである。迦暢がこの国を出れば、否、現状を考えれば連れ去られる可能性の方が高いかもしれない。どちらにせよまじないの効力はなくなってしまうのだ。

国内にさえ居れば、運命がいつか迦暢をヴァルダマーナの元へ運ぶだろう。


ヴァルダマーナは自分の近くに迦暢を置ける様になるまで、なるべく出来ることをしようと考えた。

町長を訪ね町への出入りを規制させ、神殿にババを訪ねてから後ろ髪引かれる想いでヴァローナを後にしたのである。


本来の仕事を終え、城に戻ると王に本来の仕事の報告をした。ヴァローナの奇跡については既に王都にも届いており、視察団を派遣して報告を得た後らしいので、ヴァルダマーナは何処らへんの町までその呪いが広がり、使われているのかだけを報告するに留めた。

迦暢の存在は誰にも知られておらず、町長の言った通りババが神託をもたらしたと城内では信じられているようだ。

ヴァルダマーナのもの言いたげな視線に気づいたのか、王である父親から今日は夕食を共にし旅の話を聞かせてくれと言い出してくれたのは有り難かった。


とは言え夕食にもまだ部外者が多い。

夕食では当たり障りのない旅での出来事を話して聞かせ、夕食後に父親の部屋で酒を飲む約束を取り付ける。

ヴァルダマーナが旅で手に入れた珍しい酒を手に部屋を訪れ、毒味にその酒を確認させると父親は側近達を排してくれた。

流石、王と言うべきか。

察しが良いのは大変助かる。


「お前が内緒話とは珍しいな」

「他の兄弟達とはそんなに内緒話をされているのですか」

「中身の無い戯言ばかりで困っておる」

「残念ながら私の内緒話も戯言になる可能性は多少御座います」

「ほう?確度の高い情報しかもたらさないお前が珍しい事もあるものよ」


ヴァルダマーナには兄弟が沢山いる。

剣や勉学に優れた者もいれば、色恋にばかりうつつを抜かす者もいた。

その中でもヴァルダマーナはどれかに特化している訳ではないが、オールマイティに全てをこなし慎重で思慮深いので王に重宝されている部分がある。派手な兄や姉に隠れ、特に自ら前に出る性格でも無いので諜報要員として外に出ることも多い。

城内にいる兄弟に比べればこうして内緒話が少ないのは当然の事だろう。


「ヴァローナの奇跡を確認しに寄り道をした際に1人の娘に印を付けて参りました」

「なんだと?お前が?どの印をだ?」

「運命」

「最愛だと!?」


王は目を剥く。

そう言う王の腕にも既に最愛の腕輪はない。

王の最愛の腕輪は、今はヴァルダマーナの母親である王妃の手首にあるからだ。

しかし王妃にその腕輪が贈られたのは案外最近の事である。

それくらい慎重に贈られるべき腕輪なのだ。


「ヴァローナへの道中、何故か目を引く娘に出逢いました。結論から言うとその娘はババの神託によりヴァローナの神殿に保護されていた神の子だったのです」

「神の子?」

「ババはまだその娘の役割は分からないと言っていました。ですが、ヴァローナの奇跡を起こしたのはババではなく実はその娘だったのです」

「何だと!?」

「この事実はまだヴァローナの5人と我々しか知りません」


王は承知した様にゆっくりと頷いた。

王には説明せずともその重要性が理解出来たのだろう。


「その娘にお前は印を授けたのだな」

「そうです。偶然その娘を助けた事もあり、私はその秘密を知りました。そしてもう2か所程奇跡をもたらす方法をその娘から授かったのです」

「方法とは?」

「私にしか使えないまじないとの事なのでここでは控えます。ただその方法を施す許可を頂きたい。そのまじないが成功すれば彼女の価値は確かなものとなるでしょう」


確かにヴァルダマーナの言う通り、奇跡を2か所も故意に起こせるのであれば神の子の価値は計り知れないものとなるだろう。

しかし今まで印を使おうなどと考えても居なかったであろうヴァルダマーナがこんなにもアッサリと1番強い呪いを選んだ事が王には不思議だった。


「何故そのまじないを試しもしない内に印を授けたのだ?その価値が確定した後で良かったのでは無いか?」

「父上、私はどうしても彼女を他の者に奪われたくないのです。その価値に関わらず」


王は真顔でそう答えたヴァルダマーナに一瞬目を丸くして、すぐに声を上げて笑う。

その余りの大笑いぶりにヴァルダマーナは憮然とする。


「まさかお前が一番に最愛の印を使うとは思わなんだ。良かろう、その価値を私にも見せれば光の離宮をお前にやろう」

「まじないを施す前に水路を整備させて頂きます。ヴァローナの様に水量が増えればもしかすると王都では支障が出るかもしれません」

「お前がそこまで言うのであれば好きにせよ」


欲しかった許可以上の権限を得てヴァルダマーナは王の部屋を出てすぐに動き出す。

王の名の下に人手を集め、水路を整備し、まじないを行った。成功は誰の目にも明らかとなった。ただ、迦暢の存在を知る者は王都には王と自分しかいない。

王には再び私室に呼ばれ、すぐに神の子を呼び寄せる様に言われたが断った。

ヴァルダマーナには迦暢の存在を広く知らしめる気はない。危険が増すのは目に見えているし、他の誰かに迦暢を見つけられるのが嫌だとさえ思う。出来る事なら隠しておきたい。


王から賜った離宮を整備させ、自分はそちらに移り住んだ。信頼できる者だけを置き、責任者となった星見祭の準備を進める。

迦暢の事は気になっていながらも忙しさに何も出来ない日々を過ごしていたら、その吉報は届けられた。


「殿下、殿下の印を持つイサという者が星見祭のシャーマンとして王都に入ったそうで御座います」

「来たか。どこにいる?」

「下町の宿にいるそうです」

「密かに護衛を付けよ」

「密かに、で御座いますか」

「本人にも気付かれぬ様にだ」

「畏まりました」

「それから星見祭の後、この屋敷に招く。部屋の準備と着替えなどの身の回りの物も準備しておけ」


本当は今すぐにでも迎えに行きたかった。

しかしヴァルダマーナが動けば、誰かが迦暢の価値に気づいてしまうかもしれない。

ヴァルダマーナの印である事は分かっても、5本の内のどの印なのか分かるのはヴァルダマーナだけだ。きっと最愛を使ったとは誰も思うまい。平民に与えられるのは基本、一番関係の弱い保護の印だ。

だから、ヴァルダマーナは時が来るのを待った。


星見祭の管理者としてヴァルダマーナは星見の結果を確認していた。

名前を確認せずともその不吉な結果を聞いただけで迦暢の結果だという事は分かる。

上位のシャーマンにのみ招待状を送っているが、主要都市以外のシャーマンの質は明らかに落ちる。

ババの代理とは言え、正式なシャーマンではなく、主要都市の神殿所属でもない迦暢が参加するのは集められたシャーマンの中でも下位に近いシャーマンが集まるグループだった。

下位のシャーマンともなれば見習いの様な者ばかりで偽りの結果を述べる者の方が多い。高位のグループでさえ祭という性質上、当たり障りのない結果ばかりの中で不吉な予言は異質だった。


「この予言をした者は何処の神殿の者だ?」

「ヴァローナのイサと申す者で御座います」

「話が聞きたい。騒ぎ立てず他の者に気付かれぬよう密かに私の宮に連れてくるように」

「殿下が直接お聞きになるのですか?」

「責任者として確認したいことがあるのだ」

「承知致しました」


普段の思慮深いヴァルダマーナの行いから、その言葉を疑う者はいなかっただろう。

それ程に迦暢の予言が異質であったというのもある。命じられた王都月神殿の神官によって迦暢は密かにヴァルダマーナの離宮へと連れ出された。


こうべを垂れ、迦暢は全身で緊張と恐怖で微かに体を震わせている様に見える。

しかしその凛とした声は記憶通りの美しさで、スッとヴァルダマーナの耳には入ってきた。イサが迦暢である事を更に確信し、ヴァルダマーナは神官を追い払う。神官はきっと、迦暢はその不吉な予言の為に消されると思った事だろう。それはヴァルダマーナにとって都合の良い事だ。


何を塗っているのか迦暢の肌は我々と同じ様な浅黒さを見せた。

あの白い輝く様な肌を見れなかったのは残念だが、色を抜きにしてもやはりヴァルダマーナは迦暢を美しいと思う。

この国特有の情熱的な暑苦しさはなく、迦暢と居ると気持ちが凪ぐ。平穏を与える存在はヴァルダマーナにとって初めての存在だった。

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