護衛騎士
ヴァルダマーナは少なくとも1日に1度は迦暢の様子を見にきた。可能な限り一緒に食事をとってくれる。
ヴァローナで一緒に食べたブリトーより、美味しくて豪華なご飯が出てくるのに、迦暢にはあの日一緒に散策をした事ばかりを思い出す。
「何か困っている事はないか?」
「ヴァローナから一緒に来た2人はどうなりましたでしょうか?」
「ヴァローナに帰した。心配せずとも何も危害は加えておらぬ」
「ありがとうございます」
「だが、ヴァローナの騎士支団長がお前に会わせろと参っておる」
「サルマが?!」
「会いたいか?」
「会いたい!・・・です。サルマは私がこの国に来た時からずっと私を助けてくれました。せめて最後に今までのお礼を言いたいです」
優等生な返答にヴァルダマーナは、お前は聞き分けが良すぎる、と迦暢に言うでもなく小さく呟きため息をついた。
食事の最後に出されるお茶と共にヴァルダマーナには迦暢の託宣が書かれた紙が渡される。
水瓶の用意に時間がかかり、昨日この離宮の祈禱室でやっと占いが出来たのだ。
彼はそれを見て眉を顰めた。
「迦暢、この隣国のレイナルドというのが先日の赤髪の男か?」
「そういう事になりますね」
「トレアックス国の第二王子が何をしに来るのだ?」
「建前はよく分かりませんけど、最初の目的はヴァローナの奇跡の視察みたいです」
「とうとう隣国にまで目をつけられたか・・・」
「でも真言教えてあげるだけで済みますよね?」
ヴァルダマーナは額に手を当てて今度は深いため息をつく。
皆水が増えて良かったね、では済まない問題らしい。
ヴァローナの奇跡を確認しにこの国にやってきたものの、レイナルドは王都の月神殿に宝剣を盗みに入ったところで捕らえられるという結末だったので、それ以上迦暢は深く考えずに水利システムの方ばかり水天様と話に注力してしまったのだ。
「真言などもう伝わって検証済みだろう。問題はその神託をもたらしたシャーマンだ」
「シャーマンなんて隣国にもきっといますよね?」
「迦暢は未だに自分の価値を分かっていないようだな・・・お前の様に細かく神託を齎す者など居ないのだ」
水が枯れそうな原因から、水脈の場所や枯れる時期、対処方法・・・そんな事まで教えてくれる神託はない。それだけでなく普通は一方通行な神託にこちらの追加質問まで細かく回答をくれる親切な神託などありはしないのだ。
ババでさえ、迦暢が降臨する神託を下した際、概ねの方向を示しただけで、運良くサルマが見つけてくれたに過ぎないと聞いた事がある。
神の子が降臨したとして、その神の子の使命も分かっておらず、刻が教えてくれるだろうとババは言ったのを思い出す。
「でもレイナルドが探していたのは宝剣ですよ?」
「宝剣とは私の剣のことであろう」
「ヴァルダマーナ様の剣、ですか?宝剣なんですか?」
「お前が宝剣にしたのではないか。2度しか使えぬ事など我々以外知らぬ事だ」
「なるほど・・・水が沸く宝剣だと思われたという事ですね」
確かにレイナルドの最初の目的はヴァローナの奇跡だった。
しかし一国の王子がそれだけの為に入国できるわけもない。
なんだかんだ理由を付けて王都に向かい、経由地としてヴァローナを視察するつもりだったのだろう。しかし王都に来て、レイナルドの一行は更なる奇跡を目にすることになる。迦暢は初めて王都に訪れたから以前の事は知らないが、以前にも王都に訪れたことのあったレイナルドは慌てて水路を増設する王都の様子を不思議に思うに違いない。
理由を探った結果、ヴァルダマーナが剣を刺し真言を唱えた事で水量が増えたと知れれば、その剣を欲するのは当然の事だろう。
「既存の水路を守る為に一般人含め多くの人間が関わったからな。特に口止めもしなかったのだ」
「ヴァルダマーナ様が狙われたりしないんですか?」
「私は神託に従ったまでだと言ってあるからな。狙われるのは神殿及びこの神託を下したシャーマンだろう」
「では私を探していると?」
「そうなるな。しかし迦暢があの神託を下した事を知るものは少ない。ヴァローナの元老達くらいであろう?」
「サルマも知ってます」
「サルマ?あぁ、先程言っていた騎士支団長だな・・・サルマは信用に値するか?」
「するに決まってます!」
迦暢が拳を握って力強く言うと、ヴァルダマーナは片手を肩あたりまであげる。背後に控えていた従者がすぐにヴァルダマーナの側に寄った。
ヴァルダマーナは従者に何かを言うと、すぐにその従者は部屋から出て行く。
「迦暢、すまないが少し占ってくれ」
「急ぎですか?量があるなら夜の方が有難いんですが」
「隣国の者が来るのが今日明日でないなら夜で構わん」
「王都に来るのは2週間後ですが、国自体にはもう入ってますよ?」
「なんだと?」
「ヴァローナに着くのが明後日かな?」
普通なら他国の王族が訪問してくるとなれば今から行くよという連絡が来るものらしい。しかしその連絡すらまだ王都に来ていないそうだ。許可もなく隣国の王子がおいそれと国に入る事はできない。と言う事は、商人に紛れて入ってきている事になる。
実はヴァルダマーナはヴァローナで迦暢から託宣を授かり別れた後、町長の元へ向かったのだ。そしてこの事態を予想して念の為、他国の者は取引のある商人以外当面入れるなと命じていた。
だが元々取引のある商人は別だ。商人の従者として王子が紛れていればヴァローナに入れてしまう。
「ヴァローナに入るのだな?」
「入ると思います」
「入って誰に接触するつもりか分かるか?」
「そこまでは視てません。でもヴァローナに入ったところで何か出来るわけじゃないですよね?」
「シャーマンを攫う事は出来る」
え?と迦暢は一瞬固まった。
先程ヴァルダマーナに言われたばかりなのに、日本人である迦暢にはあまり危険性が理解出来ていなかったのだ。
でも私ここにいるし、と思ったが、違う、とすぐに迦暢は思い直した。
ヴァローナでシャーマンと言えばババだ。
ババじゃないとバレたとしても、迦暢と常に一緒にいたイマネが間違われて攫われるかもしれない。
「私、占ってきます!」
「待て。まだ私の質問が終わっておらぬ。何を聞くつもりだ」
「ババとイマネの安否に決まってるじゃないですか!」
「イマネとは誰だ」
「一緒に王都に来ていた私のお世話をずっとしてくれていた人です!」
不作法に立ち上がった迦暢にヴァルダマーナも慌てて立ち上がり引き止める。
前に立ちはだかるヴァルダマーナに迦暢は焦りでイライラとして強い眼差しを向けた。
「落ち着け、迦暢。先程王子は王都に来ると行ったであろう?そうであればまだコトを起こすことはなかろう」
「商隊とは別行動をするかもしれないじゃないですか!」
「荷を検められぬのは王族の馬車だけだろう。商隊の馬車で人を攫うとは思えぬ。となれば今は情報収集だろう。まだ国に王族の馬車は入っておらぬのだから」
呑気に構えていた自分に腹立ちを感じながら、ヴァルダマーナの推測に少し安心して気持ちを落ち着かせる。
丸投げかもしれないが、考えるのはヴァルダマーナに任せた方が良さそうだ。
「じゃあ何を占えばいいのか紙に書いて下さい」
「夜の方が良いのであろう?」
「今でも出来ないわけじゃないです。夜より疲れるだけで」
「そうであれば夜で良い」
そこに先程出て行った従者が戻ってきて、2人して立ち上がっているのを何事かと一瞬身構えた。
しかしヴァルダマーナが視線で合図するとドアの外に居た人を招き入れる。
「サルマ!」
入ってきたのはサルマだった。
迦暢は嬉しさにサルマに駆け寄って抱きつく。
「迦暢、ヴァルダマーナ殿下の御前だぞ」
「構わぬ。今まで良い子にしていたのだ、褒めてやれ」
呆れた様にヴァルダマーナは手を振ると、自分は再び席に座った。従者に紙とペンを持ってこさせて占いの一覧を書き始める。
「迦暢、無事で良かった」
「サルマも無事で良かった!また会えて嬉しい!皆、お咎めは受けてないって聞いてるけど大丈夫だよね?」
「あぁ。受けるとすれば私だけだろう」
「なんで?なんでサルマが罰を受けるの?」
「こうして任務を放り出し王都に乗り込んで来ているのだから当然だろう」
迦暢に聞こえるくらいの小さな声でサルマは言う。こうして再び会うのを許されるとも思っていなかったが、来ずにはいられなかったのだと言った。
だが先程の会話からしてヴァルダマーナがサルマを罰するとは思えない。
「罰なんて受けさせないから!」
「私のことはいい。迦暢が無事ならそれで良いんだ」
「私は大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
サルマは抱きついたままの迦暢の頭を何度も優しく撫でた。
離すのを躊躇う様に、最後の時を慈しむ様にサルマの寂しそうな眼差しが迦暢を見下ろしている。
サルマの柔らかな胸の感触に初めて出会った時の事を思い出す。
サルマもまた、迦暢にとっては恩人なのだ。
「再会は堪能したか?」
ペンを置いたヴァルダマーナが再び席を立って2人に寄ると書いた紙を迦暢に差し出した。迦暢はサルマにくっついたまま、その紙を受け取る。
「サルマを罰しないと約束して下さい」
「なんの罰だ?任務放棄か?」
「任務放棄とかしてませんから!サルマは休暇で王都に遊びに来ただけですから!」
「酷い言い訳だ。サルマ、迦暢はこう申しておるが休暇中か?」
ヴァルダマーナに呼ばれ、サルマは迦暢を引き剥がすとその場に跪いてこうべを垂れた。
「確かに休暇を申請して参ってはおりますが、神殿に乗り込み、殿下のお手を煩わせた事深くお詫び致します。どうぞ御処分下さいませ」
「ではサルマのヴァローナ騎士支団長の任を解く」
「ヴァルダマーナ様!」
「又、本日この時より迦暢の警護を命ずる」
サルマは信じられぬものを見た様に目を見開いてヴァルダマーナを見上げる。
迦暢も団長の任を解いたことに反論しようとしていたのに、自分の側にサルマを付けてくれた事に驚きを隠せない。
「ありがとうございます!」
「喜ぶのはまだ早いぞ。何せ隣国が迦暢を狙ってやってくるのだからな。せいぜい迦暢を奪われぬ様、死に物狂いで守り抜け」
「はっ。このサルマ、身命を賭して迦暢をお守り致します」
「身命を賭したりしなくていいから!平和的解決を探りましょうよ!」
必死に平和的解決を訴える迦暢に、ヴァルダマーナはならば解決策をお前が探してみよ、と突き放す。ヴァルダマーナはそんな事は出来るはずがない、と思っているのだろう。
しかしサルマは穏やかに笑って、そもそも何故ヴァローナで水脈を弄る羽目になったのかを語って聞かせた。隣村の襲撃を無傷で防いだ話をだ。
ヴァルダマーナはその話を聞いて呆れた様にかぶりを振りため息をつく。
「迦暢、とにかく無茶はするな。お前の命を最優先にするのだぞ?」
「私は占うだけですから、それ以外は何もお役に立てませんよ」
「それで十分だ。くれぐれも大人しくしているように」
そう言って彼は従者を連れて部屋を出て行った。




