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甘い罰

王都で行われる5年に一度の星見祭。ババは今まで必ず招待を受けてきた。

ところが今年はお篭りと重なり、またそうでなくても高齢であるが故に辞退せざるを得ない状況に誰かが迦暢を行かせてはどうかと言い出した。

確かに、祭りに招待されるシャーマンを持つことは大きな名誉であり、逆にシャーマンを一人も出せない町は不名誉であるとされる。シャーマンは国から派遣されているとはいえ、数は年々減っている。力の強いシャーマンは主要な都市から順に配置され、見所のない町の神殿には能力が低い者が配置された。この町はそこまで大きな町であるわけではないが、何年も前にババ自らの神託によりこの町への移動することになったのだそうだ。

だからこの町に他にシャーマンがいないこともないが、ババや迦暢ほどの力を持たない為にどうしたって見劣りするのは当然の事のように思えた。

しかし未だに迦暢を受け入れられない元老が居る事もまた確かな事実でもある。


砂漠に住む人々は余所者を受け付けない。

それは一族で泉を守り、他者から自らを守る為に長年の砂漠での暮らしで培われた知恵でもある。余所者を信じたばっかりに滅びた町はいくつもあるのだ。


透き通る様な白い肌を持つ迦暢は、褐色の肌を持つこの町の人とはどう見ても異族であることは明らかだ。ババの占いを信じ、迦暢を受け入れた町長やサルマのように迦暢と接しさえすれば迦暢が何者であるかなどすぐに知れようものなのに、それすら拒む元老は少なからず存在するのである。

そんな迦暢を町の代表として出す事に異議を唱える者がいないはずがない。

会議は揉めに揉めたが、結局のところシャーマンの正装は全身を多い尽くすのだから、迦暢で構わないだろうという事になった。

王の謁見が許されればかぶりの布を脱がねばならないが、ババならともかく代理として出向く迦暢が許されるはずもないのだから下のシャーマンを出して恥をかくより、迦暢を出そうという結論だ。


自らの立場をわきまえている迦暢は当然のように辞退したが、町長たちに説得されてしぶしぶ首を縦に振らざるを得なかった。

サルマがそれを知って供を買って出たが、騎士支団長であるサルマが不在となる事はもちろん了承されるはずもない。心配したサルマは一番腕の立つアミンという部下と、いつも迦暢を世話するイマネという神官を選びくれぐれも迦暢を守るように言い含め送り出した。

木の実から搾り出した汁を全身に塗り褐色の肌に仕立てても、決して肌を露出しなかったので誰も迦暢が異族であることには気づかれず城内に入る事ができた。


サルマに傍を離れるなと何度もきつく言い渡されていたが初めて見る祭りにすっかり心を奪われた2人を迦暢は一人ずつ祭へと送り出してくれたが、迦暢自身は祭事が行われる3日目まで与えられた宿から一歩も外に出なかった。

変装はしているものの、せっかくの王都だから約束通り迦暢は門番に腕輪を見せて宿を伝え取次ぎを依頼したからだ。しかしヴィーラは一度も姿を現さなかった。

また出会った時の様に仕事で王都から離れているのかもしれない。

残念に思ったが、きっとまた王都に来る事になることもあるだろう。


3日目の夜に月神殿で祭事は行われた。

ババが王都の神殿で働く息子宛に書いた自分の代理で迦暢を出す旨が記された書状のお陰で特に何事もなく迦暢も参加出来ている。

各領地から集まったシャーマンがそれぞれくじ引きで決められた星を読み上げていく。


「西にひとつ、南に2つ。この地を目指すものあり。南より来る赤き者、この地に災いをもたらすであろう」


いつもより控えめに他のシャーマンと同じようにボカシて迦暢は結果を告げる。

しかし迦暢の神託は誰よりも具体的で、誰よりも不吉なものであった。

月神殿は静まり返り、そして騒然となったのは言うまでもない。行事はそのまま続けられたが、どこからか現れた神官達に迦暢は別の場所へ連れ出された。


月神殿から半時。暗い地下道を歩くと、月光のさす庭に出た。細長い水路のような池と白い敷石にキラキラと月が反射し、夜なのに明るく見える池の周りは花と緑で溢れている。王都に近づくにつれ緑が増え、小高い丘の上にある要塞都市ではあるが、ほとんどが乾燥したこの国でこんなに美しい庭があるのが不思議に思えた。

乳白色の石を細やかに彫られた美しい柱が何本も立つ回廊を進むと月神殿から見えた王宮よりは小ぶりだが、それでも立派な建物にたどり着く。


神官は一番手前の幾何学模様のアラベスクが美しい部屋に迦暢を導き、部屋の中央あたりで迦暢を膝まづかせた。

ほどなくして神官に殿下が来られたので頭を下げる様にと指示をされ、迦暢は頭を下げる。

衣擦れと幾人かの足音がすると、空気がピンと張り詰めた。


「面を上げよ」


迦暢がベールを上げぬまま少し顔を上げたので、神官の一人が注意しようとそっと歩み寄ろうとしたが、迦暢の前に立つ男がすっと手をあげそれを止める。


「名はなんと申す」

「イサ、と申します」


元老達に言われた通り、迦暢は登録された偽りの名を告げた。

王族に嘘を付く事は死罪に値すると迦暢ももちろん理解している。

それでもその名を名乗って月神殿に入った以上、本来の名をのうのうと答えるわけにはいかない。

町の代表として出してくれた人達の信頼を裏切るより恐ろしいことなど迦暢にはなかった。


「イサ、星見の席で大層不吉な予言をしたとか」

「恐れ多きことながら申し上げます。わたくしは星が語る言葉をそのまま写し取ったにすぎません。これは神託ではなく、星からの警告にございます」

「いかにも。イサの申すとおりだ。だがあの場に居たほとんどのシャーマンには理解できまい」

「星は耳を傾ける者にならば同じ言葉を申します。確かに私の様に否定的な言葉を述べる者は多くはないでしょう。それは理解できないわけではなく、祭りの雰囲気を壊したくない故に違いありません。ですがどうかわたくしが祭りの雰囲気を壊したくてあの様な事を言ったのだと誤解なさらないで下さい。わたくしはただ、他のものより言葉を多く知らないだけなのです」


迦暢は決して許しを乞おうとしているのではなかった。

それは堂々と臆する事なく発言する姿からも知れる。ただ自分の言葉は星の言葉であると主張し、王族にも分かっているレベルの低い偽物シャーマン達の存在を弁護した。否、本当に迦暢には偽者を疑うという事を知らないのかもしれない。


「私はおまえの行動を憂いてはおらん。言葉の内容は重く受け止めなくてはならないと思ってはいるが」

「有難う存じます」

「そもそもこの祭は星を正しく読む事に意味が有る。全ての言葉が良きもののハズがないのだ」


星を読めるシャーマンがどんどん減ってしまっている事を王族は知っている。あいまいな言葉で神託を偽造する偽者を仕立ててまで町の名誉を守ろうとする国民を悲しいと思いながらも、王は罰せずにいるのだ。


「場所を移す。イサはついて参れ。神官は戻って良い」


そう言って迦暢の横をすり抜ける殿下に慌てて迦暢は立ち上がりその背中を追う。

その声と背丈にもしやと思う所はあるが、迦暢の位置からは顔が見えず、確信が持てない。

王族となれば迦暢から声を掛ける訳にもいかず、ただ黙って後ろに続いた。

先ほどの部屋とはまた趣の違う食堂の様な長い机がある部屋にたどり着く。

長テーブルのはす向かいに座ると顔が良く見える。


「元気にしていたか?ベールを取ってくれ。この場に居る者は問題ない」


迦暢はベールを脱ぐ。

肌の色を変えているものの、迦暢の顔を見て殿下は満足げにニコリと笑う。

迦暢もどこか安心してニヘラと笑い返した。


「ヴィーラさ・・・殿下もお元気そうで何よりです」

「すまない、本当の名前はヴァルダマーナだ。星見にお前が来ればよいとは思っていたが、来てくれて嬉しく思うぞ」

「結構揉めました。私も断りましたし。でも私みたいな代理の若造が王族と拝謁することはないだろうからと送り出されました。だからさっき連れ出された時は何でバレたんだろうと戦々恐々でしたよ・・・バレたと言えばバレたんでしょうが」

「お前が約束通り門番に腕輪を見せイサと言う名のシャーマンが星見の為に門を通った事は聞いていたのだ。ただ少し祭りの期間は時間が取れなくてな。どうせ神殿に来るのならその時会えばよいと思ったのだ」


どうやらバレたのは自爆らしいと聞いて迦暢は苦笑するしかない。初めて会った時に無防備過ぎると注意されたのに、イサという名前の証明書を出しながら門番に腕輪を見せただけで取り次がれる場所を考えていなかった。


「それより先ほどの占いの結果はなんだ?『南より来る赤き者』というのは?」

「赤い髪の男性ですね。殿下より少し年上でしょうか。他にも後ろに何人もいましたけど」

「南側から来た赤い髪の者という事はトレアックス国の者だろう。災いをもたらすというのは?」

「 争っている姿が視えました」

「この国で?」

「そうですね。王都のどこかです。神殿みたいなところだったと思いますけど」

「誰と戦っていたのだ?」

「すみません。申し訳ないですけどもう一度ちゃんと視てもいいですか?あまり真面目に占っていないのですよね・・・あ、いや時間がなくて。もう少しちゃんと視ればもっと詳しくお伝えできると思います」


色々なシャーマンが集まる中、いつもの様にお釈迦様の真言を唱える訳にもいかず、迦暢は天眼通を使って自分の見える範囲で視たに過ぎない。

近い未来、南側から来た赤い髪の人達が、王都のどこかで暴れててんやわんやになっているのが視えただけだ。

王都で近く起きる災いを視ようと思って視えた出来事だった。時期なども定かではない。


「何か必要なものはあるか?」

「占い用の水瓶と月桂樹の枝葉があると有難いです」

「神殿である必要はあるか?」

「あまり人が居ない静かなところだったら大丈夫です」

「用意させよう」


その後は食事が出てきてご飯を食べながら二人は水天様のおまじないの話をした。

王都の水脈は6㎞先にしかなく、そこから水路を掘って水を引いている。

ヴァルダマーナは王都に戻ってすぐに王の許可を得て、水源からこの離宮までの間にいくつか水路から水を逃がす為の貯水槽を念のため作らせたらしい。

貯水槽への水路は閉じてまじないをしたところ、今までの2倍どころではない水が沸き出たのだそうだ。既存の水路が壊れない様に水量を調整すべく、作っておいた貯水槽に水を順次逃がしている状況だとヴァルダマーナは語る。

王宮と神殿内には元々常に水が流れる様に水利システムが構築されていたが、一般人が住むエリアは違う。ヴァローナと同様に近くの水場まで水を汲みに出ていたが、今は水が豊富な為総出で町中にも水路を作っているところなのだそうだ。

先ほど迦暢が横を通って不思議に思えた庭の池も増設された溜め池らしい。


「王宮の水利システムって何で水を汲み上げてるんですか?水車は見当たりませんでしたけど」

「高低差で流れてくる水の勢いで流れているに過ぎない。水車とはなんだ?」

「車輪を流水の力で回すんです。そこにバケツがついてて・・・後で紙にでもかいて説明しますね。私も実物は見たことないのでよくは知らないんですけど」


最後のお茶も飲み干して無事再会の報告会を終えて迦暢が気になるのはひとつだけだ。

迦暢が星見の儀式場から連れ出されて結構な時間が経っている。


「あの、神殿の祭事はそろそろ終わっていますか?」

「一時程前に既に終わっている。お前の従者ならば既に宿に帰したぞ」

「えーと、それはやっぱり」

「カノン、残念だがお前をヴァローナに返す事は出来ない」

「何故でしょう」


結論は見えていたが、迦暢は一応確認する。

迦暢自身が帰れないのはちゃんと別れを告げてこれなかった人達がいる事を思えば残念だ。だが迦暢には使命があり、その為にヴァローナだけに留まる事が良い事だとは思っていない。しかし、迦暢の為にヴァローナが悪い立場に立たされることだけは避けなければならないと思っている。

どこの誰とも分からぬ迦暢を手厚く保護してくれた町だ。


「星見に出たシャーマンは皆、国のものだからだ。お前が自分をシャーマンではないと言うのなら、ヴァローナを罰せねばならなくなる」

「ヴァローナに何の罪もありません。罰するのなら、皆様を欺いた私を罰して下さい」

「ではここに留め置く事をお前の罰としよう」


罰と言うにはあまりにも甘い罰だ。

ヴァローナにいた時よりも綺麗な服を着せられ、柔らかなベッドに、美味しい食事も出る。きっとここに留め置かれる事が迦暢の運命なのだろう。

世界を救う。

使命を果たすにはきっとこの場所が相応しいに違いない。

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