第87話 過去一の衝撃
「イシュド兄さ~~~~~ん!!!!!!」
「やっぱり来やがった」
一人の……まだ少年と呼べるあどけなさを持つ人物がダッシュで、良い笑顔でイシュドに向かい……そのまま拳を繰り出した。
「「「「「「ッ!!!???」」」」」」
いきなりの展開に困惑するガルフたちだが、イシュドはこうなることを予想しており、そのまま一分ほど素手で少年の猛撃をやり過ごし、最後に手刀を首筋に添えた。
「っ! あっはっは!!! やっぱり無理か~~~~」
「魔力もスキルも使ってない、ただのじゃれ合いだろ、ヴァルツ」
「それでもあわよくばって思ってたんだけどね~~~~。あっ、もしかして後ろの人たちがイシュド兄さんの友達っ!!??」
「あぁ、そうだ。事前に手紙で知らせてただろ」
確かにイシュドが当主に送った手紙には、長期休暇に友人たちを連れて行くと記されていた。
しかしイシュドの弟……レグラ家の五男にあたる少年、ヴァルツも失礼ないが「もしや退学したのでは?」と考えていた者の一人である。
驚くのも無理はなく、友人たちの中に女子生徒がいるのも、大きな要因であった。
「ねぇねぇイシュド兄さん!!!!!! 三人のうち、誰がお嫁さんこうぼっ!!!!????」
「ヴァルツ、お客さんに失礼よ」
「い、いきなり何すんだよリュネっ!!!!!!!」
後ろからヴァイツの頭部に杖を振り下ろし、強打した人物は……レグラ家の四女、リュネ。
「言った通りよ。いきなりお客さんにそんな事を訊くなんて失礼でしょ」
「うぐっ……けどさ、リュネだって気になるでしょ!!」
「それとこれとは話は別よ」
リュネは他の者たちとは違い、イシュドが帰省する理由がまさかまさかの退学!? とは一ミリも思っていなかった。
しかし、友人たちの中に女子生徒が入っているとは思わず、もしや三人の中に……と考えてしまったのは事実。
「お前らなぁ……こいつらはただのダチだっての。あんま変な事考えんなよ。そういえば、スアラの奴はどうした?」
「スアラ? スアラならいつも通り研究室に籠ってるよ」
レグラ家の六男、スアラ。
次男のダンテや四女のリュネの様に接近戦職ではなく魔法職の道に進む者は、レグラ家の中でも非常に珍しいが、スアラはその中でも更に珍しく、錬金術の道に進んでいる。
「そうか。まっ、飯時になったら出てくるか。んじゃお前ら、客室に案内するから付いて来い」
イシュドはガルフたちをそのまま客室に案内……とは言っても、野郎たちは元々イシュドの部屋と決めていた為、女性陣だけ掃除の行届いた客室へと案内された。
「んじゃ、夕食になったら呼びに来るから、それまでのんびりしててくれ」
それだけ行って自室へ戻るイシュド。
彼がいなくなった後……ミシェラは完全に力が抜け、ベッドに倒れ込む。
「はぁ~~~~~………………いったい、どこが辺境の蛮族なのですの?」
イシュドの弟、ヴァルツが帰って来た兄にいきなり殴りかかったことには驚いたものの、街中にある全て……レグラ家の屋敷など、どれもこれも噂と全く違い過ぎる。
「ミシェラの言う通りですね。噂は所詮、噂に過ぎない。そう思って構えていても、本当に驚かされました」
「……その噂に関して、私も少しだけ聞いていました。ですが、そんなに酷いものなのですか?」
まだ出会って半年も経っていないが、イブキから見て…………確かに、イシュドという青年は貴族の令息という言葉に当てはまる紳士ではない。
ややデリカシーがない面もあり、歳上への敬意を全くもっていないようにも感じる。
ただ……それでも確かな芯がある。
そして膨大な訓練と実戦によって積み重ねられてきた力がある。
加えて、歳不相応な戦闘力を有しているからといって無条件に他者を見下すようなことはなく、時折知的な面も見せる。
紳士ではないが、それでも蛮族と呼ばれるほど常識がない人物とは、到底思えない。
「そうですね。イシュドというレグラ家の人物を直に知った私たちからすれば、まさに天地がひっくり返るほどの衝撃、とでも言うべきでしょうか」
「大袈裟、とは言えませんわ。クリスティール姉さまの言う通り、これまで生きてきた人生の中で、一番の衝撃と言っても過言ではありません。それほどまでに……噂とこの地、この地を統べる人物たちの実態には大きな差がありますわ」
だが、二人は……ある種の部分だけは理解出来ていた。
多くの貴族たちが、レグラ家を忌み嫌う……その戦闘力の強大さ。
門の前で出会った門兵の強さに加えて、弟の身体能力と妹が持つ魔力の保有量。
そしてわざわざイシュドを出迎えてきた非番の騎士や魔法使い……そして従者たち。
全員が、明確な強さを有していた。
(情けない…………本当に情けない話ですわ。ですけど……それしか出来ない。そう思ってしまうほどの戦力が、レグラ家にはある)
事前にイシュドが自分はレグラ家の四男であり、上には兄と姉が三人いると聞いていた。
そしてイシュドから見て祖父、曾祖父までもが現役で活動している。
そんな中でも、曾祖父のロベルトはイシュド本人が、全力で殺しにいっても絶対に殺せないと語る……亜神。
「……クリスティール姉さま。もし……もしもですが、レグラ家が現状に不満を抱いた場合……どうなると、思いますか」
「………………」
クリスティールは頭の中に思い浮かべる。
これまで自分が出会って来た猛者と呼べる人物たちの顔を。
(これからが楽しみな人材はカウント出来ませんね。時間が経てば成長するのはレグラ家側も同じ)
現時点での総合的な戦力を考慮した場合の結果が…………数十秒後、ようやく出た。
「負けるでしょう。王家、レグラ家以外の貴族たちが束になったとしても……なにより。これまでとは事情が違います。激闘祭の特別試合で、イシュド君はその強さを、レグラ家の強さを多くの者たちに魅せました」
「っ、つまり……レグラ家の強さに怯え、戦う前から白旗を上げる家が出ると」
「本当にただの過程ではありますけど、そうなってもおかしくはありません」
そもそもレグラ家を嫌う貴族は多くとも、状況として敵対はしていない。
そのため、仮にレグラ家との全面戦争が起こったとしても、わざわざ敵対戦力として戦う理由もない。
(……っ!!!! 今更ながら、私たちはそういった場所に来ましたのね)
まさに魔境。
そう思える場所に来たことに……二人は後悔など、微塵もなかった。




