第68話 特別扱いは、出来ない
「では、卒業後はお前の実家で引き取るのか」
「…………さぁ、どうでしょうね」
グラスの中のワインを揺らし、悩ましい顔を浮かべるイシュド。
「……珍しいと言うか、私はてっきりそうするのだとばかり思っていたが」
「今さっき言ったじゃないですか。俺は教えはすれど、あいつの意志を尊重するって。それに、あいつが騎士としてうちに来たのであれば……あいつだけを贔屓する訳にはいかない」
レグラ家の人間は、化け物が多い。
そしてレグラ家に仕える人間たちも化け物が多く、新人が入団しても……徐々に化け物になっていく。
ただ、全員が化け物になれることはなく、その過程でモンスターに殺されることは珍しくない。
イシュドは前世の知識を活かし、正体を隠して裏であれこれし……戦果を上げた騎士、戦士にはこれからも生き残れる物を……等々、ただ稼いで懐に貯めるのではなく存分に放出しているが、それでも人は…………死ぬときは死ぬ。
「卒業して戦闘職に就けば、どのみち死ぬ可能性はある。けど……うちに来ても、その可能性はそれなりに高い」
「卒業までイシュドが鍛え続ければ、早々に死ぬことはないんじゃないか?」
「俺も……あそこで戦ってた時は、死にかけたことあるんですよ。三次職に転職してからも」
「ッ!! 話しだけは聞いていたが……本当に恐ろしい場所なのだな」
「一番面倒なのが、一つの戦闘が終わった瞬間、また直ぐ戦闘が始まることが超多いんで、本当に休まる暇がないっつーか……まっ、途中で乱入してきてモンスター同士で争ってくれれば、運良く危機を乗り切れるってパターンもあるっすけど」
どんな状況でも死ぬ気で戦うスタイルを捨てないイシュドだが、それなりに強くなってからは自分以外の面子組んで戦場に向かうことが増えた。
というより、当たり前だがレグラ家の周辺の森にソロで入るのは基本的に自殺行為である。
故に、時には死ぬ気で戦うスタイルを貫くよりも、共に戦う仲間を守ることを最優先にしなければならない時があった。
それはレグラと共に戦うと決めた者たちは望んでいない?
それを覚悟で、レグラと共に戦うことを決めた?
イシュドにとっては「黙って回復に専念してろ」と無視案件。
確かにイシュドはレグラ家に染まっていたが……それでも、彼はただ青年ではなく別の世界の魂を持つ転生者。
矜持などといった立派な気持ちではない。
ただ……共に戦う者は、誰一人と死なせない。
何があろうと、その気持ちは捨てない。
捨てなかったからこそ、今のイシュドの強さがあるとも言える。
「教職に就くまで、多少は戦う道を選んだ平民を見てきたが、ガルフはその中でも別格に入るだろう。であれば、お前の部隊? に入れて戦うことに反対する者はいないのではないか」
「…………そりゃうちの家には、嫉妬のあれこれで家の中で血を見ることはないっすけど……はぁ~~~~~。クソ難しいっすね」
「既に中身も所々成熟しているお前に言うのもおかしいかもしれないが、学園に居る間は存分に悩め。学生時代は悩んでなんぼというものだろう」
「そいつは……そうかもしんないっすね」
学園に来なければ、悩まなかったかもしれない。
しかし、フラベルト学園に来なければ……ガルフという存在には出会えなかった。
(あんな逸材がただ虐められて、もしくは自殺していたと思うと、俺がこの学園に来た意味はあったと言えるかもな)
小さな笑みを零し、再びワインを仰ぐ。
「教えることしか出来ないのであれば、夏休みの間にお前の実家を案内したらどうだ」
「……職場訪問、職場体験ってやつっすね」
「そんなところだ」
悪くないと思い、イシュドは亜空間の中から一本のワインを取り出した。
「次は、こいつを呑みましょう」
「二人でワインボトルを二本、か」
「どうせ明日は休みでしょう。多少二日酔いが残ってても大丈夫でしょう」
一目で高級だと解るワインボトル。
何故学生であるイシュドがこんな物を持っているのかとツッコミたいところではあるが、今日は普段より気分が良かったバイロンは何も言わず……まずは自分が用意したワインボトルを飲み干した。
「あ、あの、少しよろしいでしょうか」
「ん?」
激闘祭を終えた後、全員怪我は完治しており、最後に腹一杯飲み食いすれば血肉も元通りになる為、翌日から普段通りに動いていた。
そしてイシュドたちも相変わらず三人で行動していると、同じく三人の令嬢がやって来た。
「もしよろしければ、私たちとお茶会など、どうでしょうか」
(……あぁーーー、はいはいなるほどね)
自分たちに声を掛けた令嬢の視線はイシュド、フィリップではなく……主にガルフに集まっていた。
勿論、こういった事に疎すぎる本人は全く状況を理解していなかった。
「悪いな。予定がまた定まっていない。ただ、顔は覚えた。話が纏まったら、後で声を掛ける」
「わ、分かりました」
顔を覚えた……イシュドの雰囲気、顔などでそう言われると少々恐ろしいが、適当に断っられたわけではないと思った令嬢たちはほっと一安心し、その場から離れた。
「……な、なんだったんだろうね」
「何って、お茶会の誘いだろ」
「そうだぜ、ガルフ。特に……お前を狙っての、な」
「?????? フィリップ、それどういう意味???」
やはり全く理解していなかったガルフ。
二人はある程度この反応に予想はしていたが、予想通り過ぎてため息を零す。
「あの令嬢たちは、主にお前と繋がりを持てないかと思って声を掛けて来たんだよ」
「…………ごめん、イシュド。やっぱり意味が解らないんだけど」
「「…………」」
再度ため息を吐きたくなる二人。
だが、ガルフの立場になってみると、解らなくもない。
ガルフは将来、騎士になるためにフラベルト学園に入学した。
恋愛云々は……殆ど頭になく、キャッキャウフフな未来など、そもそも期待出来るものではないと思い込んでいた。
「あのな、ガルフ」
この場で一応そういったあれこれに関して一番慣れており、知識があるフィリップが一生懸命説明を始めた。
ガルフはその説明を聞き流すことなく、ちゃんと聞き取っていたが……最終的に百パーセントは理解出来なかった。




