第399話 一度持ち帰って
「……また、面白そうな依頼っすね~~~~~」
「………………」
カラティール神聖国から戻って来てから約二か月後。
後一か月も経てば、新入生たちが入学、もしくは進級してくる。
そんな時期に、一つの依頼がフラベルト学園に送られて来た。
その手紙は……是非とも、イシュドたちにと記された依頼。
依頼書を見るイシュドの表情は……確かに、笑っていた。
だが、貴族の世界で二十年以上生きてきたイシュドの担任、バイロンは解っていた。
その笑みは……面白そうだからと、楽しそうな戦いが出来るからと、本当にそれらの言葉通りの笑みではないということに、気付いていた。
(間違いなく、何かを感じ取っただろうな…………はっきり言って、学生が受ける依頼内容ではない)
これまでも、複数の冒険者が犠牲となっている正体不明のモンスターの調査依頼や、Bランクモンスターであるミノタウロスやアラクネの討伐依頼など、基本的に学生が受ける依頼ではない内容のものをイシュド達は受けてきた。
ミノタウロスの討伐依頼に関しては、その討伐隊の中にイシュドはおらず、ガルフとフィリップ、イブキとアドレアスの四人だけで受けた。
結果としてイシュドが裏でシドウに金を渡して色々と頼んでいたため、大事に至ることはなかったものの、色々と危うかったのは事実。
「バイロン先生、ちょっと一服良いっすか」
「……あぁ、構わないぞ」
「あざっす」
本当はよろしくないが、それだけの内容が記された依頼書を見せてしまったという自覚はあるバイロン。
イシュドはアイテムリングの中からマジックアイテムの煙管を取り出し、一服。
「すぅーーーー……ふぅーーーーーー………………此処は、ぶっちゃけ俺も気になってたとこではあるっすよ。チラッと話には聞いてて、領地内から出てどこに遊びに行くかってなると、此処だな~とは思ってたっすよ」
「そうか」
「けど、あれっすよね。ここ……普通に考えて、学生が探索するような場所じゃないんじゃないっすか」
「…………あぁ、イシュドの言う通りだ」
依頼書に記されている内容は、討伐依頼ではなく、調査依頼。
鬼竜・尖の時の様にほんの少しだけ目撃情報はあるが、正体不明のモンスターの調査
というわけではない。
ただ……その土地を調査するとなれば、鬼竜・尖レベルのモンスターとは遭遇せずとも、ミノタウロスやアラクネレベルのモンスターと遭遇することは珍しくない。
「紅鱗の地……確か、バグザン帝国との境界線辺りにあるバカデカい未開拓の土地っすよね」
「その通りだ」
未開拓地の調査。
普段であれば、イシュドとしては心が躍る調査ではある。
しかし、それはイシュドが一人で調査する場合の話。
「……今度こそ、ぶっ殺したいって話っすかね」
「……なんとも言えないな」
「つってもねぇ~~~~……俺か、ガルフをぶっ殺したい連中からすれば、ピッタリの場所じゃないっすか?」
危険度で言うならば、モンスターの数以外はレグラ家が治める領地とそこまで差はない。
未開拓地ということもあり、調査しようにも出来ないと言われてしまう可能性もある。
「あと、俺の記憶が間違ってなかったら、ここって先住民族? 的な奴らもいるっすよね」
「よく覚えているな」
「なんか、授業でもチラッと聞いたことがある気がするんすよね」
バイロンとしては、授業内容を覚えてる様でなにより……と言いたいところだが、その依頼を勧めなければならない立場としては、非常に複雑であった。
「……仮に、受けるとしたら面子はどうなるんすか」
「クリスティールを除く、普段からお前と共に行動しているメンバーに加え、サンバル学園のダスティンとディムナが加わる」
「あの二人が、ねぇ………………」
イシュドとしては、面白くはある。
だが、場所が場所であることを考えれば、何かが起こった際……自分一人だけで守り切れるか否か、自信がない。
ハッキリと断言する。
イシュドは、まだ実際に紅鱗の地を探索したことはないが、話を聞いた通りの場所であれば、絶対にガルフたちを守るとは誓えない。
「………………バイロン先生。まだ、受けるか否かは答えられないっす」
「あぁ、そうだろうな。私としても……この依頼に関しては…………受けた方が良いとは、言えない」
言葉の間、表情からバイロンが板挟みに合っている事が解る。
だからこそ、一先ず言葉ではそう言ってくれるバイロンの優しさが、イシュドは嬉しかった。
「ただ、仮に受けるとなった時の為に、聞いておきたいことがあるっす」
「私に答えられることであれば答えよう」
「紅鱗の地を調査するってことは、もしかしたらバグザン帝国の連中と鉢合わせる可能性もあるってことっすよね」
一応、紅鱗の地から離れれば境界線はあるものの、今のところ紅鱗の地には明確な境界線と呼べる壁などが設置できず、両国の所有地ではない。
そのため、バグザン帝国の者も調査に訪れていてもおかしくない。
「そん時、向こうがアホみたいに自分勝手な理由で襲い掛かってきたら、その場でぶっ殺しても良いんすかね」
「……私としては、この場でそうしても構わないと言いたいが、一度持ち帰らせてくれ」
「うっす。んで、似た様な内容なんすけど、先住民……原住民? たちに対しても、似た様な対応を取っても良いんすかね。勿論会話で解決出来るならそれに越したことはねぇっすけど、中には俺らが紅鱗の地に入って来ただけでブチ殺さなければならない!!!! って感じの思考を持ってる奴もいそうじゃないっすか」
そんなバーサーカー過ぎる者がいるわけないだろう……と、バイロンがツッコむことはなかった。
何故なら、過去にそういった理由でバトレア王国やバグザン帝国の調査員が殺されたケースがあるから。
「その件に関しても、一度も持ち帰らせてもらっても良いか」
「了解っス。あっ、この話はあいつらにしても良いんすか?」
「あぁ。だが、他の関わりのない生徒には零さないでくれ」
「うっす」
イシュドが部屋から出て行った後、バイロンは大きな大きな溜息を吐きながら……胃痛の原因である依頼書を睨みつけるのだった。




