第394話 攫う?
「手紙、ねぇ」
「珍しい、よね」
「そうだね。珍しいっちゃ珍しい」
イシュドへ送られてきた手紙。
基本的に貴族やその他の組織と交友を持たないイシュド。
そんな彼に手紙を送る者となれば、存在が限られる。
今回は、そんな存在が限られた人物からの手紙だった。
(とりあえず読むか)
手紙を送ってきた組織は解かるものの、送り主は明記されていない手紙の封を開け、記された内容を確認。
「………………うへぇ……」
「?」
舌を出し、苦々しい表情を浮かべるイシュドを見て、何が記されているのか気になるガルフ。
「えっと……何が書かれてたのかな」
「…………とりま、差出人は俺の姉や妹、従姉妹からだ」
「お姉さんや妹さんに、従姉妹の人たちから?」
手紙の送り主は解っても、やはり手紙を送ってきた理由が読めない。
ただ、イシュドの表情を見る限り、あまり良い内容が記されていない事は解る。
「おぅ…………」
「? そ、そんなに良くないことが書かれてたの?」
イシュドが苦々しい表情を浮かべるほどの内容なのか……それとも、親友であるガルフにも言えないほど機密性が高い内容なのか。
自分に伝えられないような内容であれば、ガルフは無理に訊こうとはしない。
友人であっても、踏み入って欲しくない領域がある……という考えは理解している。
ただ……実際のところ、手紙に記されていた内容に関して、ガルフが全くの無関係ではなかった。
「良くない事っつーか…………姉さんたちの要望が書かれてんだよ」
「お姉さんたちの要望?」
「あぁ。うちの実家じゃあ、別に同じ貴族じゃないと結婚出来ねぇなんてルールはないから、平民出身の冒険者や騎士と結婚する人もいるんだが、普通に領地の外から引っ張ってくるつーか……攫ってくる? こともあんだよ」
「……じょ、冗談では、なく?」
「半分冗談、半分本当ってところじゃねぇの?」
これ以上踏み込まない方が良いと思い、それ以上は訊かない事にしたガルフ。
「それもあって、俺が領地を出て王都の学園に入学するってなった時、良い奴がいたら積極的に連れてきてくれって頼まれたんよ」
「そうだったんだね」
「ぶっちゃけた話、そんなに骨のある奴なんていないだろって思ってたら、割とそうでもなくてな~~~~」
ガルフも含めて、イシュドから視て骨のある男がそこそこいた。
そして、一度その骨のある男たちを実家に連れて行ったことがある。
彼女たちはレグラ家の例に漏れず、狂戦士ではあるものの、野性の獣ではない。
気に入ったからといって、いきなり逆夜這いをして既成事実を作るといった野蛮過ぎる行動を取ることはなかった。
ただ……それでも彼女たちにとって、イシュドの友人であるガルフやフィリップ、他校の二年生であるダスティン。
勝手に来て土下座をかましてイシュドを驚かせたアドレアスやディムナは良い男……雄であった。
だからこそ、攫うという形を取らないのであれば、なるべく交流した方が良いだろうという……比較的理性のある判断をしたからこそ、イシュドに手紙が送られてきた。
「んで、他にも骨がある奴がいたら、そいつも連れてこいって書かれてんだよ」
「…………エリヴェラさん、かな」
「まっ、そうなるな」
イシュドと関りがあり、骨のある若い男でまだ彼女たちが知らない人物となれば、彼しかいない。
本人が目指しているか否かという問題もあるが、二次職で聖騎士に到達した物はレグラ家の歴史の中でも……誰一人としていない。
「……黙っておくと、不味いのかな」
「バレた時に、なんで黙ってたのよこの野郎って感じで、大乱闘が始まるかもな」
イシュドとしては、姉や妹、従妹たちがちゃんと狂戦士であることは知っているため、それはそれで楽しいかなと思わなくもないが……一人対姉たち複数で戦うなとなると、流石のイシュドでも本気で戦らなければボコボコにされてしまう。
とはいえ、そうなればそうなったで、ただの試合や喧嘩では済まなくなる。
そんな理由で身内と命懸けの大乱闘を行うのは……さすがに虚しさを感じる。
「それは……お、恐ろし過ぎるね」
「まっ、それはさすがに面白そうだけど、俺も望まねぇところだな」
「でも、仮に伝えたらどうなる、のかな」
「………………………………国際問題発展不可避、ってところか」
じっくりと十秒ほど考え込み、とんでもない予測を口にした。
そこまで問題になるの!!!!???? と、今更驚き過ぎはしないガルフ。
おそらくそうなるだろうなと思っていたため、そうなってしまった時の光景を思い浮かべ……本気で震えた。
「っ!!! ……こう、本当に攫われちゃう、ってことかな」
「……なんでエリヴェラが二次職で聖騎士に至ったのか。この辺りのある意味深い部分っていうか、原点的な話をしてあいつらが全員理解してくれるなら良いんだけど…………何人が納得してくれることやら」
エリヴェラの原点は、聖騎士団に入団して、多くの民を守ること。
民という存在であれば、盗賊や悪人を除いで自国や他国関係無しに守りたいという気持ちはあるが……やはり、第一優先は自国の民。
それは至極当然の優先順位であり、エリヴェラも歴史の中で数えるほどしかいない逸材であったとしても……一人の人間。
国を跨いで全ての助けが必要な者たちのところへは向かえない。
イシュドにとっても将来が気になる同世代の一人ではあるが、それでも五年後が十年後にまた戦り合えれば良いといった程度にしか思っていない。
ただ、そんなイシュドにしては珍しく常識的な部分が……自身が気に入る、もしくは認められる様な人間を夫として求めるバーサーカー兼アマゾネスな女たちに通じるかは……イシュドにも解らない。
「そうなると、やっぱり……ぶ、物理的に止めるの?」
「そうなるかもな~~~。タイマンでの勝負なら…………姉さんたち以外は問題ねぇだろうからな」
「……………」
姉たちが相手であれば、問題あり。
イシュドの言葉から察したガルフは、再度体が震えた。
「……因みにさ、また今度……二年生の夏休みにも帰るんだっけ?」
「いや、そん時は大和の方に行こうと思っててな」
「大和って、イブキさんの故郷だよね」
「おぅ。前にそういう話をしてたからな。二年の夏は、向こうで過ごそうと思ってんだよ」
ガルフも大和には興味がある。
ただ……想像するだけで恐ろしさで震えるバーサーカー兼アマゾネスを放っておいても良いのかという問題だけが、不安で不安でしかたなかった。




