第348話 一部のみ
「酒は呑める方っすか?」
「多少はな」
夕食を食べ終わり、大浴場での入浴なども全て終わり、ミシェラたちが既に就寝した後……イシュドはフランガルの部屋に訪れ、亜空間の中からワインを一つ取り出した。
「んじゃ、呑みながら喋りましょうか」
「……度数は?」
「ドワーフたちが好んで呑むような度数ではないっすよ」
答えになっていないが、それでもフランガルはグラスに注がれたワインを零さず受け取った。
「それで、何が聞きたい」
「察しが良くて助かるっすよ……ぶっちゃけ、フランガルさん以外の面子は、どれぐらいの戦力に対抗できるんすか」
「なるほど、そういう事か…………私も、おおよそしか知らされていない。そこの事情は、理解してくれるか」
「勿論っすよ」
今回、ガルフたちを陰から守る存在太刀は……基本的に、その存在自体が影。
それもあって、表の護衛者であるフランガルたちも正確な戦力までは把握していない。
「DランクやCランクモンスターが複数現れても問題無い。Bランクモンスターが……十以上現れても、奴らはなんとかするだろう」
「へぇ~~~~、それはそれは……結構な戦力が揃ってるんすね」
「今回の護衛任務などであれば、惜しみなく道具を使うであろうからな。そして、Aランクのモンスターであれば…………相手のレベルにもよるが、複数体……五体までであれば、なんとか出来るであろう」
「良いっすね良いっすね。やっぱ、ロブスト学園長もエリヴェラを失う様な真似はしたくないってことっすね」
「……であろうな」
二次職で聖騎士に就く……もうその時点で、エリヴェラは歴史に名を刻むことが確定した。
放っておいてもエリヴェラの性格上、勝手に成長していくのは間違いない。
だが、成長の場を用意しなければ……イレギュラーと遭遇した際に、壁を乗り越えられずに若くして戦死してしまう可能性は決してゼロではない。
ヨセフたち以外の一年生たちと共に討伐依頼を受けた時に、ジャイアントリザードと遭遇してしまったのがその例。
当時、エリヴェラはなんとか一人でジャイアントリザードを討伐する快挙を成し遂げたが、それでも一年生の中に回復魔法を使える者がいなければ、そこで戦死していてもおかしくない程ギリギリまで追い詰められた。
その話を聞いた者の中には「何故エリヴェラは他の一年生たちと協力しなかったんだ?」と首を傾げる者がいるが……エリヴェラと他の一年生たちの戦力を差を明確に知っている教師たちであれば、断言出来る。
その戦いに他の一年生たちが参戦していれば……間違いなく、邪魔にしかならない。
「つか、俺らとかフランガルさんたちが護衛者としているとしても、今回の依頼には反対派もいたんじゃないっすかね」
「話を聞いた限り、少なからずいたようだが、中にはさすがに過保護が過ぎると意見した者もいたようだ」
「ほ~~~ん…………まっ、それはそれで間違ってはいないっすね」
標的にBランクモンスターがいる。
それだけでも十分学生だけで達成するのは困難な依頼。
だが、今回生徒の中にAランクモンスターをソロで討伐出来る学生が含まれており、万が一の事を考えて多くの護衛が用意された。
それを聞いて、過保護が過ぎると考える者がいてもおかしくないが……アンジェーロ学園の学園長であるロブストにはロブストの考えがあった。
「しかし、ロブスト学園長は一言でその者たちを黙らせたらしいぞ」
「へぇ~~~、なんて言ったんすか?」
「レグラ家の人間と戦争をしたいのかと、そう伝えたらしい」
「ふっ、あっはっは!!!!!! な~~~るほど。そりゃ良い黙らせ方っすね」
普通であれば、自分の実家をなんだと思っているのだと怒る者がいてもおかしくないのだが、イシュドはその通りだと爆笑し、呑み干してカラになったグラスにワインを注ぐ。
「自然的なイレギュラーならともかく、人為的なイレギュラーであれが死ねば……動いてもおかしくないでしょうね。まぁ、ガルフたちの誰かが亡くなれば、それはそれで俺一人でも動くっすけどね」
「…………ここで、君のその言葉に対して恐ろしいと感じるのは、何もおかしなことではないのだろうな」
イシュドは、学生でありながら現時点で三次職に転職している異次元の存在。
加えて、三次職に就いた職業が通常のものではないため、身体能力なども同レベル者たちよりも高い。
だが……それでも一人だけであれば、当然国で対応出来る。
「なっはっは!!! 俺の事を評価してくれるのは嬉しいっすけど、褒めてくれてもなんも出ないっすよ」
「ふふ、そんなつもりは一切ない。ただ……戦う者として、私の本能がそう感じただけだよ」
フランガルは聖騎士になりたてのルーキーではなく聖騎士として活動を始めて既に十年以上が経過しているベテラン聖騎士。
当然、レベルもイシュドより上。
(恥ずかしい戦い方ではあるが、三次職の者たちが総出で挑めば、倒せるだろう……しかし、一切の犠牲が出ないで済むことはないだろう)
ベテラン聖騎士としての本能が告げる。
目の前の狂戦士の小僧からは……底知れない強さを持っていると。
「しかし、君の実家が黙ったとしても、イシュド君を慕う者が動くと考えると……うむ。やはりそれだけで恐ろしいな」
フランガルは実際にレグラ家の領地にいる戦闘者たちの強さを知らない。
それでも、目の前のレグラ家の人間であるイシュドという人間が、貴族の令息としては正確に難ありに思えるが……本当の意味で慕われるタイプの人間であると感じた。
(学生や、部下たちにはこういった人間に育ってほしい……勿論、全てを真似されては困るが)
イシュドの言動や態度は、彼がレグラ家の人間であり、狂戦士だからこそ許されているところがあるため、聖騎士などを目指す者が全てを真似して目指そうとすると……それはそれで困ってしまう。
「して、イシュド君から見て、実際のところ……どれほど事前に伝えられた情報と異なっていると思う」
「……飯食ってる時に色々と話したっすけど、まぁAランクに進化してるってのは多分ないと思うっすね」
「やはりそうか。可能性としては、一割以下といったところか」
「そっすね。逆に、Bランクモンスターか、Bランククラスの実力を持つCランクモンスターが増えた可能性は、割とあると思うっすね」
本当の予想を語りながら、二人は徐々に徐々にワインを消費していった。




