第318話 割と為になる
「…………」
「まだ納得のいかねぇって感じの顔だな、ヨセフ」
「い、いや、そうは思っていない。イシュドの考えにも一理あると思えた。ただ、とはいえだな……遊ぶ、というのは、やはり良い印象を持たれない」
ヨセフの言葉に、パオロだけではなくクルト、フィリップにアドレアスも同意するように頷いた。
「まっ、それが普通の貴族ってやつなんだろうな。けどよ、そんながっつり変装して店にでもいけば良いだろ」
「そういうので、良いのか」
「そういうので良いんだよ。別にまだ婚約とかが決まってない令嬢とか平民、女の冒険者とかをナンパして宿に連れ込めって言ってる訳じゃねぇ」
ただ、適度に発散して食らっていれば良い。
ヨセフとパオロも実家がそれなりに良い家であるため、定期的に通えるだけの小遣いは持っている。
「……なぁ、イシュド。性欲が大事ってのは俺も解ってるけど、ギャンブルとかそういう欲はどうでも良いのか?」
「あぁ~~~、忘れてたな。確かに、それも欲っちゃ欲か。つっても、ギャンブルわなぁ~~~~……ぶっちゃけ、そこに関してどうこう言うのは専門外過ぎるつーか……」
イシュドは実家の領地の歓楽街にあるカジノで偶に楽しんでいたが……時折、賭けに負けて本気で絶望する者を見てきた。
「……お前らほど誰かを助ける為にって感じで前を向いてたら、また話は別なのかもなぁ」
「申し訳ないが、ギャンブルに関しては性交以上に忌避感があるのだが」
ヨセフの言葉に、パオロは直ぐに同意を示し、エリヴェラも苦笑いを浮かべながらも頷いた。
「ん~~~、ギャンブルに関してはそのスタンスで良いんじゃねぇの。賭け欲? に関しては、別に人間の中にあるクソデカい欲求って訳でもねぇしな……あっ、でもポーカーは割と為になるかもな」
この世界では紙の技術はそれなりに発展しており、イシュドが生まれる前からトランプというカードは存在していた。
紙の中でも一応高級品ではあるが、カジノには大抵トランプを使ったゲームが用意されている。
「ポーカー……役を揃えて競うゲーム、といった認識で合っているか?」
「大体そんな感じで合ってる。やったことがなかったら、そのゲームがどんな為になるか解らねぇと思うが、あれはブラフや読みの感覚が養われる」
「ブラフや読みの……」
戦闘者である彼らは、それらの要素が実戦においてどれほど重要なのか重々理解している。
だからこそ、賭け事の際に行われるゲームであったとしても、あのイシュドが言う事ならばと、本気で耳を傾ける。
「場に展開される計五枚のカード、自分が持ってるチップの数。それらの要素によって、役が揃ってなくとも相手にプレッシャーを与えて勝負から降ろすことが出来る」
「……確か、降ろせばそれまでに場に支払われたチップは、降ろした者の物になるのだったな」
「そうだな。後、割と良い手札なのに、ヤバいと思って降りた結果、それが最善の結果だって可能性もあるからな」
イシュドは運良く回避したこともあれば、読み切れずごっそりチップを取られてしまった経験もある。
そんな中で、完璧にとはいかずとも、ふとしたタイミングで「悪くない手札だけど……降りた方が良さそうだな」と思い、ナイス過ぎる降りを行うこともある。
「危機察知の強化に繋がるかもしれないってことだね」
「個人的な感想ではあるけどな」
「いやいや、俺はなんとなく解るよ~。言われてみれば、実戦にも通ずるところがあるね」
クルトは生徒たちがいるまで、堂々と自分はギャンブルをしてる発言をした。
だが、クルトは今更と諦めているため、その発言に関して特にやらかしたとも思っていなかった。
「とはいえ、生徒たちの中で流行らせるのは、ねぇ……」
自分がやるのは良いが、生徒たちがやるのは駄目……っといった身勝手な事を言っているわけではなく、基本的に賭け事に対する反応はヨセフたちの感覚が一般的。
だからこそ、金を欠けてやるなど以ての外。
「あれだろ、金を欠けるのが駄目なんだろ。なら、何回勝負するかを決めて、最後に一番多いチップを持ってる奴の分の飯を他の奴らが奢るか、一番最初にチップがゼロになった奴が、他のメンバー全員の飯を奢るか。そんな感じでやれば忌避感的なものはあんまり湧かねぇんじゃねぇの?」
「……どうなんだ?」
クルトとしては良い案だと感じたが、実行するとして主に行うのは生徒たち。
「……それで、あれば」
「うむ、そうだな」
「そうですね……それなら、良いんじゃない、かな?」
実際に金を賭けるわけではないが、負けたら負けたで飯を奢らなければならないというペナルティーが発生する。
であれば、自然と緊張感も発生するというもの。
「とりま、本当にやるなら、ルールを覚えたりディーラーの役割が出来る奴も必要だし……後はあれだな。先にイカサマの方法を覚えてた方が良いだろうな」
「イカサマの方法を?」
これまでイシュドと接してきた経験から、ヨセフはいきなり怒りを爆発させることはなかった。
それでも、何故イカサマを? という大きな大きな疑問が湧き上がった。
「安心しろ。別に困ったらイカサマをしろとか、そういう事を言ってるわけじゃねぇ。ただ、やってれば多分どっかでやる奴が出てくるんだよ。んで、そういう時にイカサマのやり方を知ってれば、どういうやり方でイカサマをしたのか指摘出来る」
「つまり、下手に喧嘩に発展せず、正論を武装して思いっきりぶん殴れるってことだな」
「そういう事だ」
ぶん殴るかどうかに関してはさておき、何故イシュドがイカサマの方法を知っておいた方が良いのかという理由について納得出来たヨセフたち。
顔から緊張の色が消え、少し冷めて来た紅茶に手を伸ばす。
「そういえば、お前らステラたちの中だったら、誰がお気に入りなんだ? あっ、うちの女性面子を入れても良いぞ」
「「「っ!!!???」」」
この時、三人はまだカップの取っ手に手を付けたタイミングで良かったと、心の底から思うのだった。




