第299話 本気か、否か
「深い根、か…………そっちはそっちで大変だな」
やべぇ洗脳状態じゃん、とはギリギリ言わずに済んだイシュド。
無礼な態度、遠慮ない物言いをしても、イシュドであればという感覚を持ちつつあるヨセフたちだが、それでも先程イシュドが心の内で思ったことを口に出してしまうと……さすがにバトル待ったなしに発展してしまう。
「いっちゃん良い方法はあるだろうけど、多分無理だろうからな~~~」
「……教師として一応訊くんだけど、それってどういう方法だい?」
「神の祈るだけじゃ、どうしようも出来ないって状況を与えれば良いんですよ。正確には、そうなってしまった別の人物の最後? を見せれば色々と気付きそうだと思ったんすよ」
「な、なるほど……確かに、一番効きそうだけど実行に移せない方法だね」
「でしょ~~~~。それに、そういう奴らの心理状況とか解らないっすけど、そうなったらそうなったらで、この世に神はいないなんて言い出して、マジもんの背神者? になりそうじゃないっすか」
「痛いところ突くね~~」
苦笑いを浮かべながら、クルトはイシュドのもしもの話を、一切否定しなかった。
何故なら……クルトは、実際にそういった人物がいるのを知っているからである。
「要は、そいつの性根次第って感じだな。自分が不幸で、上手くいってない状況をどう思うのか…………少なくとも、普通に貴族の令息や令嬢として、こういう学園に通えて、入学当初のガルフみたいな状況になってないなら、単純にそいつの努力不足か、そいつが本気じゃないのどっちかだろうな」
「本気じゃない、とはどういう事だ?」
「簡単な話だ。そいつにとって、聖騎士になりたい、あるいは聖女に聖拳家になりたいのか……そういう立てた目標自体に対し、本気じゃなければ叶う目標も叶わねぇって話だ」
パオロの問いに、イシュドはつまらなさそうな顔をしながら答えた。
(? なんか…………イシュドにしちゃあ、珍しい顔だな)
そういう口先だけの連中に対する表情……ではなく、フィリップはイシュドの表情に自虐が含まれている様に感じた。
実際には……フィリップが感じた違和感通り、イシュドは前世の自分を思い出していた。
前世では子供らしい夢を持っていた。
ただ、イシュドの両親はイシュドに……迅にその夢を追える環境をつくろとした。
しかし、自分がつくった夢は本当に夢なんだと悟り、自ら投げ出してしまった。
そんな迅を両親は「何故諦めてしまうんだ!!!!!」と、毒親の様に怒鳴り散らすことはなく、迅が本心から辞めたいと思っていることを見抜き、下手に説得することなくその判断を優しく受け入れた。
「先生がそういうのを気にすんのは職業病みたいなもんだって解っけど、結局はそいつの意志次第ってもんだ。それに、マジで誰かを守りたい、誰かの役に立てぇみたいな精神を持たずにセンスと才能だけで聖騎士になったとしても、碌でもねぇ屑騎士が誕生することだってあるだろ」
「……ふふ。学生にそういう部分を突き付けられちまうと、本当に良い逃れなんて出来ないね」
「「…………」」
碌でもない屑騎士。
実家の権力が高いからこそ、イシュドの言うセンスと才能だけで聖騎士になり……聖騎士としての心など欠片も持っていない人物がいることを知っているステラとレオナ。
ステータス、職業といったシステムは本人が可能性のある転職先を提示するだけ。
聖騎士や聖と名の付く職業に就こうとするものの信仰心までは考慮していない。
だからこそ、暗黒騎士やネクロマンサーなど……世間一般的にはあまりイメージが
よろしくない職業が転職先に表示されたとしても、その人物が悪人であると……将来悪人になるという可能性を示すわけではない。
「まっ、何が言いたいかっつーと、あんま考え過ぎんのも良くないってことっすよ。そいつの技術実力……後根性精神? とかはともかく、人格なんてもんはその人物の幼少期の環境がつくるもんなんすから」
「幼少期の環境かぁ……………………そうなると、貴族の家に生まれた時点で……その辺りは、ちょっと難しいところがあるな」
「ですね~~~」
クルトの言葉に、同じく貴族出身の教師であるアリンダも同意。
貴族である自分たちは特別だと……代々近衛騎士や宮廷魔術師を輩出している家系であれば「お前も当然その道に進むのだ」というプレッシャーに常に晒されることになる。
基本的に貴族の家系で一人っ子ということはなく、必ず兄弟姉妹がいる。
そして、同じ血を持って生まれた兄弟姉妹だとしても、才能に差があり……同じ性格で生まれてくるとは限らない。
その差を思い知り、性格が油断結果……血統証付きのクソカスが誕生する。
ゴミが生まれたとしても、よっぽどぶっ飛んだ家でなければ事故死に見せかけて始末するようなことはなく、一定のラインまでは目を瞑る。
「そういった問題は、私たちの国も同じですね……」
以前、似た様な話をイシュドとしたことがあるクリスティール。
その際に……そこに関しては、基本的にどうすることも出来ないという結論に至った。
「…………おいおい、いきなり暗くなんなっての。そりゃ根本からどうこうすることは無理だと思うぜ? 貴族の特権、特別意識なんざ、もはや洗脳みたいな形になってんだからな」
ついに洗脳という言葉を口にしたイシュド。
だが、貴族のそういった部分の話に関しては、ヨセフやローザもどうこう文句を口にすることはなく、重苦しい表情を浮かべながらも受け入れていた。
「でも、そういうのは、それは駄目だよなって……改善しようと考えて、行動に移せる奴らがいれば、それで良いんじゃねぇの」
「イシュド……それは、その人の目標が達成出来なくても?」
「それでもだ、ステラ。俺たちよりも、お前たちの方が良く解ってるだろ……俺たちは、神じゃないんだ」
俺たちは、神ではない。
その言葉に……上手く言葉では言い表せない感情が内から溢れ出す。
「だからこそ、せめてお前らの手が届く範囲の奴らだけは、幸せに……自分の人生に満足出来る様に、環境を整えてやれば良いんじゃねぇの」
「私たちの、手が届く範囲で…………」
まだ上手くビジョンは見えない。
それでも、ぼんやりと……薄っすらとではあるが、自身が進むべき道が見えてきた。
それは……ステラだけではなく、他の面々も同じく何かしらの形が、道がぼんやりと感じ取れた。




