第165話 彼はそういうタイプ
「イシュド、少し良いか」
「? なんすか、バイロン先生」
学食で夕食を食べ終えた後、担任の教師であるバイロンに呼ばれたイシュド。
「早速依頼を受けることになったと聞いた」
「えぇ、そうっすね……もしかして、まだ時期尚早みたいなことを言いたいんすか?」
「侮るな。既にお前たちの実力は認めている。ガルフたちも、お前の実家で夏を過ごしてから、一段と強さが身に付いていた……あのフィリップをどうやってレグラ家で行われた鍛錬に参加させることが出来たのか、疑問を感じるところはあるが」
イシュドの実力は元々認めていたバイロン。
加えて、ガルフたちの実力も激闘祭を通して成長を感じ……夏休みを終えた後の戦闘授業の際に行われた模擬戦などを見て、更に高みへと進んでいるのを把握済み。
イブキに関しても、元々高等部一年の中ではトップクラスの実力を有しているのは解っていた。
「あいつはあれですよ、割と友達想いなだけっすよ」
「友達想い、か………………ふふ、なるほど。であれば、納得は出来るな……さて、話を戻すが……お前、あの依頼を選んだらしいな」
当然の事ながら、イシュドたちが受けると決めた依頼の内容は、既に担任教師であるバイロンに伝えられていた。
「知ってるんすね」
「俺はお前たちの担任教師だ知らない訳がないだろう。余談だが……イシュド、夏休みの間、何かしらの面倒があっただろ」
「あったっすね~~~。もう、それはそれはこう…………思いっ切り苦虫を嚙み潰したよう顔になっちゃう面倒事があったっす」
言葉に表さなければ問題無いと思い、イシュドはあっさりと夏休み中に面倒な件が起こったと認めた。
「やはり、か」
バイロンは密偵を雇った訳ではない。
ただ、夏休みの半ば頃から高等部一年のアドレアスが王都から完全に離れたという情報を耳にした。
そこでもしかしたら……と思いはしたものの、予想出来たからといって、バイロンに出来ることは何もなかった。
「……それで、お前は本当にあの依頼を受けるつもりなのか」
「俺だけじゃなく、俺たちっすけどね」
「それが余計に心配だ」
「??? 俺らの実力を認めてくれてるのに、心配なんすか? でも、もう既に生徒会の方で受理してもらってるんで、今更っすよ」
「あぁ、そうだな。今更だとは思うが……」
「もしかして、バイロン先生も俺達があの依頼を受けることには反対してたんすか?」
イシュドの問いに、バイロンは小さく頷いた。
「勘の様なものが働いたと言うべきか。嫌な予感がした」
「ふ~~~~ん…………会長パイセンだけじゃなくて、バイロン先生までそう思うってことは、結構本気で危ない可能性があるって訳だ……ふっふっふ、丁度良いぜ」
「……一応聞くが、何が丁度良いのだ?」
「他の依頼だと、達成しても俺が一緒に行動してたからって思われて、あいつらの功績がしっかりと反映されないかもしれないじゃないっすか」
イシュドという怪物と共に行動してたから依頼を達成出来たのではないか。
他四人の実力を知っているバイロンはそういった評価をするつもりはないが……依頼を達成した者たちに評価を下すのは、バイロンや会長パイセンだけではない。
「後、他の依頼はなんだかつまらなさそうなんで」
「…………それが、本音か」
「嫌だな~~~。そんな顔しないでくださいよ~~。別にそれが全てって訳じゃないっすよ。まぁ…………三割ぐらい?」
「意外と多いぞ。全く」
「いやぁ~~、だってオーガとリザードマンの特徴を併せ持つモンスターとか、無茶苦茶気にならないっすか」
「……気になるか否かと問われれば、気になる」
しかめっ面を浮かべながらも、バイロンは生徒の前だからといって見栄を張らず、素直に答えた。
その答えが嬉しかったのか、イシュドは良い笑みを浮かべた。
「でしょでしょ!! ぶっちゃけ、そんな個体がどうやって生まれたとか普通に気になるし、本当にそういうモンスターがいるなら、是非とも戦ってみたいじゃないっすか」
「……やはり、疑問に思ってしまうな」
「? 何がっすか」
「フィリップの奴は、めんどくさがらなかったのか」
バイロンの知るフィリップであれば、その様な依頼を気軽に受けるタイプではない。
「変わったのか、元々そうだったのかは知らないっすけど、フィリップは「ったく、仕方ねぇな~~~」って言いながら笑って一緒に受けてくれるタイプっすよ」
「……お前やガルフが友人だから、か」
フィリップが学園に入学してから、バイロンは中等部の様子を全ては知らないが、それでも友人と思わしき人物がいるという話は聞いたことがなく、お節介な姉貴分が一人いただけ。
「解った。何かあればお前が無理矢理解決するだろう」
「へっへっへ、信用してくれてるんすね」
「…………そうだな。一応そういう事になる」
教師陣や生徒会のメンバーたちが選んだ依頼ではなく、一部の者たちが危険だと判断した依頼を受けようとしたあたり……信用出来るとは言い難いものの、確かにイシュド・レグラという生徒の戦闘力は信用に値する。
「期限は最大二十日間だ。それ以上を過ぎれば、授業は欠席扱いになる。それを忘れるのではないぞ」
「うっす!!!!」
元気よく返事を返し、イシュドはガルフたちが待つ訓練場へと向かう。
「………………」
「バイロン先生、そんなところでボーっとしてどうしたんですか?」
「シドウ先生か。少し前まで、イシュドと例の依頼に関して話していまして」
「もしかして……姿が奇怪なモンスターの調査依頼、ですか?」
「えぇ、その依頼です」
イシュドたちが受けても良い依頼を先行する会には、当然副担任でもあるシドウも参加しており、バイロンと同じく嫌な予感がしたので候補から外した。
「…………もしかして、自分たちが選んだ依頼では、イシュド君の興味をそそる依頼がなかった感じですか?」
「えぇ、他にも理由はあるようですが、それも理由の一つなようで……本当に、困った生徒ですよ」
「確かに予想外ではありますけど……彼は、どこか信用出来るところがありますよね。だからこそ、バイロン先生も叱りはしなかったのでしょう」
生徒と教師が一対一で向き合うとなれば……授業で解らなかったところの解説か、それとも説教かの二択。
しかし、今のバイロンからは……説教した後に漂う独特の空気を感じなかった。
「……まぁ、そうですね」
「ふふ、どうですか、この後一杯」
「……では、少し付き合って頂こうか」
叱りはしなかったものの、疲れが溜まっているのを察したシドウは息抜きに一杯どうかと誘い……バイロンは有難くその誘いを受けた。