第151話 測りかねる
SIDE イブキ
「うん、良い経験を積んで来たみたいだな」
「……そんな涼しい表情で言われては、自分が本当に成長出来たのか、疑いたくなります」
レグラ家での訓練期間を終えたイブキは実家に帰省……するのは、残りの日数的に、絶対に不可能。
大和まで帰ろうとすれば……仮に海の上を走り続け、船よりも速く移動したとしても、学園が始まる時期に間に合わない。
なので、イブキは学園の寮に戻り、教員として働いている兄のシドウと模擬戦を繰り返しながら、残りの夏休みを過ごすと決めた。
「はっはっは! それは僕がイブキの兄だからだよ」
「理由になっていますか?」
「なってると思うよ。イシュド君なんか、絶対に妹や弟に負けないんじゃないかな?」
「……それはそうですね」
ずっと自分たちと共に訓練、実戦を行っていた双子、ヴァルツとリュネ。
二人もイシュドと戦う機会はあったものの、当然のことながら二人がかりで挑んでも、それなりのダメージすら与えられることが出来なかった。
勿論、その際二人はイシュドがロベルトに挑む時と同じく、殺す気で挑んでいた。
「でも、以前よりも強くなってるのは間違いないから安心しな。良い時間を過ごせたようだね」
「そうですね。本当に、貴重な時間を過ごすことが出来…………世界の広さを、知ることが出来ました」
「? もしかして、本当にがっつりイシュド君と戦ったのかい」
「戦いはしましたが、世界の広さを知ったというのは、その件ではありません」
あの……あのイシュドが本来の得物を使用し、狂戦士の真骨頂と言えるスキル、バーサーカーソウルを使用して尚、微々たるダメージしか与えられなかった話を兄に伝えたイブキ。
「そんな方が……いたんだね」
妹の性格を把握している兄は、大袈裟過ぎると……話を盛っているとは一切思わなかった。
「イシュドは、あの方を亜神と称していました」
「亜神、か………………大和にいる闘神や刀神と戦えば、どちらが勝つと思う」
シドウが口にした二つ名を持つ人物たちは、決して噂に尾ひれ背びれが付き過ぎた結果、そう呼ばれるようになったわけではない。
イブキも機会があって、その二名を直に見たことがある。
「…………そのお二人も、ロベルト様も私が測れる様な方ではありません。ただ…………底知れなさに関しては、ロベルト様の方が上かと」
「あのお二人よりも更に強い、か。ヤバい、なんて言葉で片付けられない人なんだね」
「まさに、生きる伝説でした」
イブキにとっては迂闊に言葉に出来ない。
あの本気になったイシュドであれば……闘神、刀神と呼ばれる二人と戦えば、勝てずとも戦いになると思えた。
だが、イブキは実際に見てしまった。
本気になったイシュドとロベルトの試合は…………どう見ても、戦いと呼べるものではなかった。
「……なんでそんな人物を抱えてる家に対して、蛮族だのなんだの評していたのか、っていうのは考えるだけ無駄なんだろうね~~~」
「まさにその通りかと」
避けたい現実から目を背けていたいという弱い心を捨てられなかった結果。
既に答えは出ており、話の種にすらならない。
「イシュドは確かに少々荒っぽいところ、デリカシーがないところなどはありますが、ブレず強い輝きを放つ芯があります」
「うんうん、そうだね」
「加えて、的確な指導だけではなく、なんと美味な料理も作れます」
「うんうん…………うん?」
予想外の内容が妹の口から飛び出し、思わず頭を捻る兄。
「イシュド君は、料理が出来るのかい?」
「出来るどころの話ではありません!!!!!」
イブキは初めてイシュドに夜食を作ってもらって以降、何度かイシュドが作った料理を堪能していた。
その美味さを忘れるわけがなく、つい兄への説明に熱が入ってしまった。
「わ、分かった。解かったよイブキ。イシュド君に驚きの特技があるのは良く解った。本当に解ったから少し落ち着こうか」
「っ、そうですね。少し熱くなり過ぎました」
恥ずかしさで頬を赤くしながら一旦落ち着いたイブキ。
シドウも妹が熱く語ってくれたこともあり、何となくイシュドがどこまで料理できるのかイメージが浮かんだ。
「それにしても、本当に予想外の特技だね。しかし、そうなると…………ん~~~~~~~~~~」
「どうかしましたか、シドウ兄さん」
「いや、そこまでイシュド君が凄腕料理人の側面もあると、イブキの嫁入りが難しくなるかな~と思ってさ」
「なっ!!!!!」
今、夏休み期間ということもあって、訓練場にはシドウとイブキしかいないので、この話は誰にも聞かれていない。
しかし、そんな事関係無しに、今は特に意識して話していなかったこともあって、イブキの頬が更に赤く染まる。
「そ、それに関しては……か、関係無いとは言えませんが」
大和では貴族令嬢と言える立場ではあるものの、ザ・武士の家系であり……武士として生きることを決めている。
そう決めているイブキにとって、嫁入りした際に嫁としての仕事が出来るか否かは、かなり重要な要素。
シドウが話を聞いた限り、妹よりも料理の腕が達者であるのが窺える・
「そういえば、イシュド君の実家に行ったんだ。そこで何か発展はあったのかい?」
既にアカツキ家では、イブキ対してそういった役割は求められてはおらず、基本的に相手が平民出身であっても結婚することは可能。
自由結婚が出来る妹には、是非とも良い相手と結婚してほしいというのが、シドウの兄心。
「い、今よりも強くなることが目的で向かったので、そういったつもりは……」
確かに、イブキはイシュドの事を認めっている。
男として、雄としての魅力も感じている。
ただ……まだ出会って知り合い、友人となって数か月も経っていない。
元々一目惚れしたということでもない為、未だに自分はイシュドに対してどういった気持ちを持っているのか測りかねていた。
(武家の女子にありがちな悩みを持っている、といったところか? まぁ……どういった選択を選ぶのか、それこそイブキの自由だ。ただ、親父殿の気持ちが変わらない内に、既成事実をつくった方が良い気がするんだが……まだ様子見で良いか)
その後、訓練には不必要な雑念を振り払い、イブキは日が暮れるまでシドウに稽古を付けてもらい……シドウは後になってまだ残っていた仕事を思い出し、残業に追われることとなった。