第134話 化けた
一次職の時点から、イシュドは魔戦士に就いていたと知ったアドレアスたちは、その事実に驚きはしたものの……そこで本物の狂戦士の実力との差に折れることはなく、寧ろ向上心が燃え上がり、大噴火。
「っと、よっ! せいっ!!!!」
そんな中、二対二や三対三の試合が行われる中で……明らかに勝率が高い者がいた。
全戦全勝とはいかないが、その男がいるチームは明らかに勝率が上がっていた。
「お疲れさん、フィリップ」
「いやぁ~~~、マジでお疲れだぜ~~。このままぶっ倒れてぇよ」
「後四十分ぐらいは、我慢するんだな」
その男とは、アドレアスやガルフではなく……おそらく、彼らの中で一番やる気が低いフィリップだった。
「激闘祭の、決勝戦の時から、解ってたけど、本当に……強くなったね、フィリップ」
「おいおいアドレアス~、褒めったって何も出ねぇぜ~~」
「ふふ。純粋な、感想だよ」
イシュドと共に訓練や実戦を行うようになった初期の三人の中で、一番センスが光っていた。
当時からセンス、体の使い方などは頭一つ抜けていたが、ここにきて更に磨きがかかり始めた。
「フィリップは、良い意味で力を抜いたりするのが、上手いからな。真似しようと思って、中々真似出来るもんじゃ、ない」
連続で試合を行っていれば、休憩を挟んでいても、確実に体力が削られていく。
それに関して、体力が削れてからこそが本番だと解っているガルフたちは、一切文句を言わない。
だが、そんないつもより体が重く感じる戦いの中で、一番良い戦績を納めているのが、フィリップでもあり……ミシェラ辺りは、憎たらしい視線を向けていた。
「おいおい、ミシェラ。別に俺は反則なんてしてないぜ?」
「そんな事、言われなくても解っていますわ!!」
フィリップと特別相性が悪いというミシェラではないものの、レグラ家で試合を行うようになってから、徐々に勝率の差が開き始めていた。
(ん~~~、こん中でフィリップが一番向上心がないっちゃないけど、それでも訓練に参加してるから、強制的に上手くやらないといけない……ってのが、上手くフィリップの成長に当て嵌まってるのかもな)
ミシェラのイラつきに関して、イシュドは解らなくもないが、世の中平等ではなく、広く見ればミシェラも羨ましがられる側。
そこに関して、イシュドは慰めようとは欠片も思わない。
「んじゃ、もういっちょ頑張れ~~~」
筋トレをしながら試合再開を宣言するイシュド。
「化けた、でしょうか」
その隣で、今回の試合では余り枠のクリスティールがボソッと呟いた。
「フィリップの事か?」
「えぇ、そうです」
「なら、会長パイセンの言う通り、合ってると思うぜ」
「やはりそうですか……ふふ。彼が上を目指す気をなくしてしまった時は、本当に惜しいと……悲しいと思いました」
腐れ縁であるクリスティールであっても、その消えた蠟燭に再度火を灯すことは出来なかった。
「ですが、こういった形で化けるとは、正直予想外でした」
「こいつが同じ世代じゃなくて良かった、って思うぐらいか?」
「…………正直に言うと、そうですね」
「はっはっは! それを聞けば、割と照れるかもな」
元からセンスはトップクラスの猛者たちの中でも頭一つか二つ跳び抜けていた。
それが今、相手の手を一瞬で数手先を読むといった形に至った。
「それはそれで見てみたいですが……少し先日の話に戻ってしまいますが、彼と同世代の者たちを、ほんの少し不憫に思います」
「今戦ってる奴らは全くそう思ってねぇだろうけど、他の一年共は……戦れば、絶望するかもな」
一回の戦いの中で、一度だけ集中力を極限まで高めた結果、数手先まで読めるようになる……といった訳ではない。
ある程度集中していれば、何度でも一瞬で先を読み、制圧しようとする。
とはいえ、現在試合を行っている面子もトップクラスの者たちであるため、その読みを打ち破れる反応速度、技術、純粋な力などがあるものの……フィリップと対峙すれば、常に最善の判断を求められるプレッシャーに晒される。
「正直なところ、夏休みの訓練で一番伸びるのはガルフだと思ってたんだが、ちょっと予想外って感じだな」
「イシュド君が食らってみたいと、そう思うほどですか」
「ん~~~……そりゃな、そういう思いはあるぜ。けど、あいつはそういうの求めてないからな。ダチだし、無理に求めようとも思わねぇ」
「……あなたと出会えたことが、フィリップの人生で、一番の幸運かもしれませんね」
「まだ二十年も生きてねぇんだから、それを決めんのはちょっと早いんじゃねぇの?」
「いいえ、これに関しては断言出来ますよ」
この時クリスティールが浮かべていた表情は……まさに、弟の幸せを喜ぶ姉だった。
「…………」
「どうしました、ミシェラ。いつにも増して不機嫌そうですが」
訓練を終え、夕食を食べ終え……食後の訓練と入浴も終え……イブキたちはそのままベッドに入らず、赤髪ロングのデカ乳メイド、メディも交えて女子会を開いていた。
「フィリップに一杯食わされた回数が多かったから、かしら」
「っ……えぇ、その通りです、クリスティールお姉様」
シェフたちが作ったクッキーを摘まみながら、眉間に皺を寄せて悔しさを零す。
「ミシェラ様、眉間に皺が寄ってしまっていますよ」
「っ、ありがとうございますわ」
淑女として、ずっと眉間に皺を寄せてしまうのはナンセンス。
指摘さいてくれたメディに感謝するも、悔しさまでは消えなかった。
「どうやら、本日のフィリップ様は絶好調だった、もしくはこれまで積んで来た経験が形になってきた、と言ったところでしょうか」
「おそらく、後者かと」
激闘祭の準決勝で戦った時よりも、確実に差が開いている。
それを直に感じ取ってしまえば……気にするなと言うのは無理な話であった。
「……ミシェラ様にとって、フィリップ様は絶対に負けたくない、一番のライバルなのですね」
「ガルフもイシュドも倒したい相手ではあるますけど……そうですわね。今のところ、一番フィリップですわね……って、何ニヤニヤしてますの、メディさん」
「いえいえ、本当にそれだけなのかと思いまして」
メディが何を考えているのか……同じ女性として何となく察し、ここは一つ断言しておかなければと、紅茶を飲み干し、口を開く。