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ハンゼの港から  作者: tanja
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カフィの香りの中で会いましょう

またも、「いいね」をいただきました!読んでくださって、レスポンスまでいただけるなんて幸せです!ありがとうございました。

焙煎されたカフィの良い香りに身を委ねる。


ここハンゼでは、カフィハウスというと、社交の場と言う趣が強く、良くも悪くも人が多く、華やかな雰囲気の場所が多い。

メイヤー氏の行きつけだと言うから、てっきりその手の場所に連れて行かれるのだと思っていた。しかし、その予想は良い意味で裏切られたのだった。


さすが、良い男は本当に良いものを知っているのだなぁ。


メイヤー氏に対する評価を心の中でまた一段あげる。

メイヤー氏が連れてきてくれたのは、知らなければ見過ごしてしまいそうな、秘密めいた一室だった。広過ぎないからこそ、店内はカフィの匂いで充満し、とても居心地の良い空間になっていた。

手狭な一室の中には、元はバーだったのだろう、カウンターにスツールが4脚並んでいる。カウンターはブラックフォールナットのようなダークブラウンの一枚板で、よく磨かれて手触りが良い。

奥の棚には酒のボトルではなく、多くの密閉できるびんが並び、少量の豆がそれぞれ収められている。

カウンター奥の小部屋から、焦茶の髪にアンバーの瞳をした、優しげな風貌の男性がやってきた。シンプルな装いに、黒のソムリエエプロンが様になっている。



「フローリン、今日のカフィを頼む。」

メイヤー氏の声で、ハッと我にかえった。すっかりぼんやりしてしまったが、空腹のせいに違いない。

「フランツ、君が女の子と一緒に来るなんて珍しい。」

「えっ!」

「あれ、もしかして、女の子だと言うことを隠していたのかな。ごめんね。」

顔を曇らせて、フローリンさんは小首を傾げた。

あざとい仕草が妙にサマになっている。



「いえ。別に性別を積極的に隠しているわけではないので大丈夫です。」

「そして、勘違いしているようだが、アンディはうちの新しい従業員だ。今日は倉庫の視察の帰りでね。」

その言葉に、フローリンさんの顔色はパッと明るくなった。


「そう、それはよかった。それじゃあ、お腹空いているでしょ?アンディ、今日はプラムケーキがあるんだ。君みたいな可愛い女の子のために作ったんだよ。よかったらどうだい?」

「プラムケーキ!!お願いします!あと、私も今日のカフィを。」

「くすくす。かしこまりました。お嬢様。少々お待ちください。」


そういってウィンクを飛ばすと、フローリンさんは、奥の小部屋へと消えていった。




「フローリンはギムナジウムからの友人なんだ。ああ見えて、豆狂いでね。良いやつなんだが、豆に夢中になり過ぎて、女性にはすぐ振られる。その度に飲みに付き合わされるもんだから、そろそろ誰かと落ち着いてくれないかと思うんだが。」


そう言ってこちらにちらっと視線をよこす。

恥ずかしいことに、優しげで人が良さそうな男性に弱いことをすっかり見透かされている。メイヤー氏の物言いたげな視線には気づかないふりをすることにした。



「ここは、とても素敵なお店ですね。連れてきてくださってありがとうございます。カフィの香りで満ちていて、胸がいっぱいになります。お店で飲むカフィは久しぶりなのでとても楽しみです。」

「おや、嬉しいことを言ってくれるね。」


いつの間に、目の前にはカフィとケーキがサーブされており、フローリンさんはお盆を片手に、我々の座っているスツールの斜め後ろに立っていた。


あまりの一瞬の出来事に、私は目を瞬いた。


「今日のカフィは華やかな香りの豆を浅煎りでフルーティーに仕上げたんだ。酸味とコクのバランスには気を使っているけど、酸味が強めではあるから、人によって好き嫌いは分かれるかもしれない。だけど、プラムのケーキとはベストマッチだよ。ところで、アンディ、君は家で自分でカフィを入れるのかい。」


「おい、フローリン!とりあえず、カフィのことよりもまず、アンディにケーキを食べさせてやってくれ。ランチも食べさせずに仕事をさせてしまったもんだから、ご立腹なんだ。」

「メイヤー様、そ、そんなふうに言わなくても良いじゃないですか!」


羞恥で、かっと顔が赤くなったのを感じる。

しかし、私のそんな様子を気にすることもなく、ニコニコしながら、フローリンさんは、私の右隣に腰掛けた。


「話は食べながらで良いからね。」


なんだか、圧がすごい……。


だが、圧に屈している場合では無い。なんて言っても、私は今、猛烈にお腹が空いているのだ。


まずはカフィを一口、口に含み、こくりと飲みこむ。


「!」


口の中にカフィの香ばしい香りが広がる。確かに酸味を感じるが、気にならない程度だ。

続けて、プラムケーキにフォークを入れる。

プラムケーキは、帝国の伝統的なケーキだ。生地の中には葡萄酒色のプラムがぎっしりと並べられており、ずっしりと重たく、お腹に溜まる。上には、バターたっぷりのクッキーを崩したような、サクサクホロホロのクランブルがたっぷりかけられており、プラム部分との食感の対比が面白い。


「んー!美味しい!」


思わず、言葉が溢れた。普段は重たくて、敬遠しがちなプラムケーキだが、フローリンさんのケーキは甘過ぎず軽やかな味わいで、今日のカフィと合わせるとただただ最高だ。


「それで、普段、どんなカフィを飲んでいるんだい。」


「そんな大したものじゃありませんよ。お店のような設備が整っているわけではありませんし、ここのように風味を損なう前に消費できるように、少量ずつ焙煎して保存するなんてこともできませんしね。」


「もうすでに気になることがいくつもあるのだけど。」

「えっ。何かおかしなこと言いましたか。」



フローリンさんからの圧がまた、一層、増した。


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