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ハンゼの港から  作者: tanja
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帰り道はつづく

なんとブックマークをしてくださった方々や、いいねをくださった方がいらっしゃるようです。大変嬉しく、また、執筆を続ける上で励みになります。ありがとうございました!

引き続きよろしくお願いいたします。

営業所に顔を出すのは、後日改めてということになった。

ナイターハウスへの道を二人連れ立って歩く。

思っていたよりも長く、倉庫に滞在していたようだ。

教会の鐘が4回鳴らされるのが聞こえる。

冬に向かうこの季節は一日経つごとに、どんどんと日が短くなっていく。

空はすでに、淡い桃色ととろりとした深紫のせめぎあう、得も言えわれぬ色をしていた。


メイヤー氏は、こちらを気遣って歩いてくれてはいるのだが、どうしても脚の長さの差から、少し気を抜くと置いていかれそうになる。

距離が離れるたびに、小走りで追いかける羽目になり、無意識のうちに眉間に皺がよる。少しでも歩行速度が緩まると良いなと思って、気になっていたことを話しかけてみることにした。


「メイヤー様は帝都にいらしたのですね。帝都はどのようなところなのでしょうか。」


「ちょうどこの空の色のように、帝都は仄暗く美しい。多くの国と文化を吸収して成立した帝国の帝都は、人の欲望と混沌とがうねりとなって、ギラギラとしたエネルギーで溢れている。ハンゼもまた、人と物とに溢れていて文化が入り乱れる土地ではあるが、帝都と比べるととても健全だ。俺には随分とハンゼは眩しく見える。」


休憩時間だったのだろうか。何か面白い話でもしていたのか、肩を叩きあって笑いながら、倉庫へと戻っていく屈強な男達とすれ違った。


「魔窟のようなところなのですね。まぁ、それもそうか。皇帝がいらっしゃるのですから、権力の中枢ですものね。あ、そうだ!何か美味しいものはありますか。」

「ははは。君の場合はまず食、なんだな。」

「もちろん名所とかも、気にはなりますよ。でも、今は少しお腹が空いているんです!」


昼前に出かけて、もうおやつの時間はとっくに過ぎているのだから、私は悪くないはずだ。今日はお昼ご飯を食べ損なってしまった。


「悪い悪い。気を悪くしないでくれよ。あとで、カフィハウスにでも寄って帰ろう。帝都は食文化も多様でね。帝国が多くの国を併合して成立した国であることは、君も知っているだろう?」

「確か、大陸の西側のかなりを併合したのですよね。」


「その通り。併合した国々の元王族の中で、今も統治者として土地を治めることを皇帝陛下から認められているもの達の妻子は、人質として帝都のある一画にとどめ置かれている。一般に、彼らの使用人は帝国民を雇用することになっており、祖国からの使用人は認められていないが、例外がある。それが料理人でね。せめて祖国の味を味わえるようにと言う陛下からの温情ということになっている。」

「なるほど、何かしらの思惑あってのことなんですね。」


「その通り。祖国の料理人達を呼び寄せることを許す代わりに、年に一回の収穫祭で陛下に一品献上する義務がある。そこで献上された料理のレシピは公開されて、徐々に帝都中に広がっていく。最近特に人気なのは、5年前に公開されたもので、トルテアという。複雑なスパイスで味付けされた薄切り肉やさっぱりしたサラダを、トウモロコシの粉を混ぜ込んだ、クレープのような薄いパンで包んだものだ。ソースやスパイス、挟む具によってかなりのバリエーションがある。」


「なるほど食べ比べするのが楽しそうですね。」

「ああ。いくつか行きつけの店がある。それに、帝都の路地は裏から表までかなり歩き回ったから、それ以外に、行きつけも知り合いも多い。」

「ご出身はハンゼなのですよね。すごく帝都にお詳しいのですね。」


「ああ。だが、母が死んでからはずっと帝都の全寮制のギムナジウムで過ごしていたからな。ハンゼで過ごしたよりも、帝都での暮らしの方がずっと長い。大学を修了しても帝都に残り、実家とは没交渉で、先代の失踪の連絡を受け取ったのは、結局三年も経ってからになってしまった。」


メイヤー氏は無表情で訥々と語る。



ああ、この人は、何かを深く後悔しているのだな。



私と一緒だ、そう、思った。


それならば、私は。


「メイヤー様、それでは、これからメイヤー汽船の再興に向けて、今までの分もたくさん頑張らないといけませんね!忙しくなりますよー。なんて言ったって問題は山積みですから。」


少し先を歩くメイヤー氏の背中を追いかけながら、一際明るく声をかける。ふっと立ち止まり、私の方を振りかえると、メイヤー氏は目をパチクリさせた。


「そうだな。頑張らなければいけないな。君の力を貸してくれ。」

「承知いたしました。人一倍尽力しますので、カフィハウスではケーキご馳走してくださいね!」



絶対に、メイヤー汽船を盛り立てて見せましょう。

私は人知れず、拳を握った。


せっかく、私には、ちょっとした異世界の知識があるのだから。


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