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ハンゼの港から  作者: tanja
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名前はアンディ

異世界に転移してしまったらしい私には、どんな言語でも話せるし、読み書きができるという能力がいつの間にか備わっていた。

まぁ、よくある異世界ものの小説でいう最低装備ってやつだろう。

だが、これがあるのとないのとでは大違いだ。

例え、私が日本語で、自分の名前を書いているつもりでも、こちらの人間にはこちらの言葉に見えるらしいのだ。本当に助かる。


「アンドゥ?アンディではないのか。」

「ああ。こちらの方には言いにくいようですからね。呼びやすいように呼んでもらえたら良いやと思ってほっておいたら、いつの間にかアンディに落ち着いていたのです。」


そしてもっというなら、安藤は姓であって名前ではないのだけれど。


これは言及する必要はないだろうと思い口を閉じる。

まだ初期の、この世界に魔法があるかもしれないと夢見ていた私は、不用心に本名を明かす気にはなれなかったのだ。

そういう設定の小説に毒されすぎていたなと今になっては苦笑いするしかない。

メイヤー氏は何かに得心したように頷いた。


「男性名を偽名として名乗っていたわけではなかったのか。」

「えっ。私が女性だと気がついていらっしゃったのですか。」


私は心底驚いた。


この短い髪と、一般的な帝国人女性に比べたら凹凸の少ない体型からか、初めて会う人々は私のことを少年と間違える。

メイヤー氏は片眉を上げ、長い脚を組み替え言い放った。


「どこからどう見ても女性だろう。」


そういってまた、首を傾げて艶やかに笑う。その笑みに、思わず心臓が跳ねた。


「そ、そうですか。」

「まぁ、男ということにしておいた方が何かと便利ではあるからな。今の所は、私もアンディと呼ぼう。」


こうして、私はメイヤー氏の補佐として働くことになったのだ。




出勤は翌日からということになった。

とりあえず、掃除から始めないといけないと固く決心する。

あの埃っぽい部屋をそのままにしておいてはダメだ。

かなり鼻がムズムズして、くしゃみをした拍子に契約書に鼻水をぶちまけてしまうのではないかと気が気ではなかった。

異世界転移してもハウスダストアレルギーは治らなかったらしい。



それにしても、今日は色々なことがありすぎた。

こんなとき、自然と足はいつもの出店へと向かう。


「おじさん、いつものサンドお願い。」

「こればかりじゃ身体を壊すぞ。野菜も食え。」

「あはは。わかってるって。今日は色々あって、疲れているから、どうしてもおじさんのサンドが食べたいんだ。」


昨日も結局食べ損ねてしまったのだ。サンド欲を満たさねばなるまい。


「しょうがないやつだな。ちょっと待ってな。すぐに用意するから。」


気をよくしたおじさんは、たくさんのエビをわしっと一掴みにして、鉄板へと投げ入れた。


じゅうっ。


エビが鉄板の上で踊っている。

バターとこの店独自のスパイスの香りに食欲がそそられる。



だから、ここのサンドが好きなのだ。



他の屋台でも小エビのサンドは売っている。

しかし、通常、その場で調理することはない。

調理済みのエビが挟まれた状態で並べられているだけだ。

当然、えびは冷えきっていて、悲しい気持ちになる。

この店に通いつめ、おじさんと仲良くなった頃、私は思い切って頼み込んだのだ。


どうしても温かいサンドが食べたいのだと。


異国人にもよくしてくれる度量の大きい人だからということもあり、おじさんは対面調理のアイデアを面白がってすぐに取り入れてくれた。

その場で調理するというアイデアが受けて、この店は今やここら一帯で一番の人気店になっている。

この店を真似して、対面調理を始める店も増えてはきたが、それでもおじさんのサンドが一番だと思う。


「おまちどうさま。」


渡されるやいなや、サンドにかぶりつく。

はしたなくったって構いやしない。

今日こそはこのサンドを堪能するのだ!


「うーん、最高!」


口いっぱいにジュワッと広がるエビの旨味、爽やかなレモンの香りに酔いしれる。


「当たり前だ。俺のサンドは世界一だからな。」


おじさんは威勢よく、かかかっと笑った。

その笑顔を見て、ふと今日のことが頭をよぎる。

結局、おじさんに相談もできずに、税関窓口を退職することになってしまったのだ。


「そういえばおじさん。実は、室長の勧めで転職することになったんです。せっかく紹介してもらったのにごめんなさい。」

「そんなことは良いんだ。俺は、友人との世間話のついでにお前の話をしただけだからな。室長の勧めなら変なことにはなっていないと思うが、大丈夫か。」

「うん。多分、大丈夫。市民権の推薦人にもなってくださるようだから。」

「そいつは、良かった。だが、市民権の推薦をできるってことは、上級の方に雇われるのかい。」

「そうそう。なんか、成り行きでメイヤー汽船に雇われることになって、メイヤー様の補佐をすることになったんだ。」


がしゃんっ。


おじさんはヘラを鉄板の上に落とし、その場に固まっている。

顔色が、どことなく悪いようだ。


「メイヤー汽船…。」

「おじさん、大丈夫?」

「大丈夫だ。気にしないでくれ。」


そういって、いつも明るいおじさんが思い悩むように黙り込んでしまった。



まさかメイヤー汽船って日本でいう暴力団みたいな位置付けじゃないよね…?



私は思わず不安になったのであった。



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