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ハンゼの港から  作者: tanja
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ポタージュ・ア・ラ・ロワイヤルとビックウェーブ

いつもいいねをくださる方々、応援ありがとうございます。時間がかかってしまい申し訳ありません。

「セレーナ様お久しぶりです。」

「フランツ、あなたもとうとうメイヤー汽船を継いだのですってね。会長様と呼ぶべきかしら。」


そういって、月の女神ことセレーナ様は可愛らしく小首を傾げた。


「いいえ。これまで通り、フランツと。」


そういって、メイヤー氏は微笑んだ。

メイヤー氏の微笑みのキラキラ成分がいつもより多い気がする。

それを見て、私は天啓を得た。

もしや、これは、一人の美女を巡って、二人の美青年が愛と友情の間で苦悩する構図なのでは!

私は一人ニヤニヤしながら、思わずチラリとフローリンさんの表情を確認する。


そんな私に気づいたのか、フローリンさんは変な顔をした。もしや、下世話な思いが表情に滲み出ていただろうか。


そのフローリンさんの表情にはいささか気になるものがあるが、彼らの会話の邪魔をしても悪い。私は微笑むだけにとどめ、サーブされた目の前の食事に集中することにした。



ポタージュ・ア・ラ・ロワイヤル、まぁ日本語で言うならば王家風スープとでも言うだろうか、が本日の一皿目である。


スプーンを手に取る。するとスープの飲み方のマナーがわからないことが唐突に気になってきた。

自分以外の三名はまだスープに手をつける様子はなく、真似することもできない。でも、彼らを待っていたら、スープが冷めてしまうではないか。


そんなのはスープに対する冒涜である。



とりあえず、元の世界のマナーとして、スープの飲み方にはフランス式とイギリス式があるのは知ってはいる。


しかし、異世界式はどちらかなのか、それとも第三の選択肢なのかは今の私には想像もつかない。


ならば悩んでもしょうがない、と私は潔く諦めることにした。美味しいスープをいただくための苦渋の決断である。ちょっと考えて、まぁ、ポタージュというくらいだからとりあえずフランス式でいいかと、フランス式でも簡単な方法で、即ち、お皿の奥から手前にスープを掬い取り、口に含んだ。


その時だった。


ざばんっ!


大波が岩を打つ音が部屋に響いた。それと同時に私は衝撃に打ちのめされた。



こ、これは!


私は戦慄した。


口にはチキンブイヨンの旨味がガツンと広がる。しかし、インパクトがあるにも関わらず、上品な味わいの、黄金色のスープはまさに至高のお味である!


美味しい……!


この味わいを出すためにかなり手間暇かけられているに違いない。私はいてもたってもいられず、すかさずまたスープを口に運ぶ。


思わず、片手を頬に当て、心の底から叫びたい衝動に駆られた。




ああ、このスープに溺れたい……!


私は人知れず、感動に打ちひしがれた。

すると、和やかに歓談していたはずの一同が、一斉にギョッとした顔をこちらに向けたではないか。




「あっ、もしかして声に出てましたか……?」

「アンディ……」


とりあえずその場は、えへへと愛想笑いで誤魔化し、メイヤー氏の呆れたような視線も気にせずせっせとスープを口に運ぶ。



うん。このスープだったら、2リットルくらい飲める。


私は1人うんうんと頷いた。


そんな私に、フローリンさんがなぜか甘やかに微笑みかけた。なんだか蜂蜜を煮詰めたようなあまーい視線だ。


「気に入ってくれたようで良かった。」

「おいおい、フローリン、ここを予約したのは私だが。」

「アンディが気にいると思ってあらかじめここを指定したのは僕だよ。」


やれやれとメイヤー氏が肩をすくめた。

それに対し、なぜか、フローリンさんは尚もこちらに向けてニコニコしている。しかし、お相手がいるフローリンさんが妙に私に気を遣うのはよろしくない。月の女神様に申し訳ないではないか。



「フローリンさん、私のことはお気遣いなく。セレーナ様に集中してください。」


すると、今度はメイヤー氏とフローリンさん二人してギョッとした顔をしている。その表情の作り方はそっくりだ。

なんとなく微笑ましい思いで、二人を見返すと、月の女神の笑い声が上がった。


「あらあら、まぁまぁ。おかしいこと。それで、フランツ、今日はあなたから話があると聞いたのだけれど。言っておくけど、ウチの商会は硝石には興味はないわよ。」


「いえ、本日ご相談したいのはカフィの輸入の件でーーー」


そういうと、メイヤー氏がメイヤー汽船が始める輸送業について簡潔にセレーナ様に説明を始めた。しかし、セレーナ様の反応はイマイチよろしくないような気がするのは気のせいではないだろう。


「話はわかったけれど、それでうちの商会に何か利があるかしら。イタズラに輸入量を増やしても希少価値が下がるだけよ。」

「うちの船を使えば今までよりも早く輸送できます。何より、今までカフィの輸入に使っていた船を他に転用することも可能かと。」


「ねぇ、フランツ。これまでの誼で、あなたの新事業に投資してあげても良いわ。あなたの願いが新事業に投資してほしいということ、ならね。」


でも、うちと対等なパートナーになりたいというなら、足りないわ。そう言ってセレーナ様は微笑む。

その微笑みは月の光のように冷たく、温度のないものだ。

メイヤー氏は顔を強張らせた。


こりゃ風向きがわるいな。

私はスープを飲み終え、スプーンを置いた。

セレーナ様はやはり大商会の会長様なのである。なかなか手厳しいが、セレーナ様の言うことももっともだ。メイヤー汽船からの提案はセレーナ様にとって、それほど魅力的ではないし、セレーナ様の需要に合致していないのだ。


なるほどと私は首肯した。ここは私の出番だ。

私なら、ここで変なことを聞いてもセレーナ様との関係に致命的なダメージを与えることもない。


「発言させていただいても良いですか。」

私はおすおずと手をあげた。


そんな私にチラリと視線をよこし、セレーナ様はコロコロと笑う。先ほどの冷笑との温度差が激しい。どうやら、私に対しては普通に接してくださるようだ。セレーナ様は厳しいだけの方ではないのだろう。


「あら、あなた。スープはもう飲み終えたのね。」

「はい。美味しくいただきました。皆様もぜひスープを召し上がってください。とても美味しいですよ。私の話はスープを飲みながら聞いていただければ良いので。」


そう言って、みんなにスープを飲むように促し、全員がスープに手をつけたのを見届け、話を切りだす。


「個人的な疑問があるのですが質問させていただいても良いでしょうか。」

「あら、何かしら。」


そう言って小首を傾げるセレーナ様はひどく可憐だ。


「セレーナ様の商会の主力は服飾だと聞いています。それがなぜカフィの輸入も始められたのですか。カフィの前には食料品の扱いは一切なかったと聞いています。そんな中、新規で食料品を扱うために相当煩雑な手続きが必要だったのではないかと。」


私の言葉にセレーナさんは一瞬目を細め、先ほどまでの可憐な雰囲気は一転した。再びヒリヒリとした緊張感が場に広がる。


「服飾の世界では流行に敏感でなければやっていけないわ。」


この言葉は、セレーナ様の考えを端的に表しているのだろう。やはり、セレーナ様は大商人なのだ。私は尊敬の念を持って彼女と視線を合わせた。


「流行発信の場で呑まれる飲み物がカフィということですね。」

「ものわかりのいい子は嫌いじゃないわ。それで、あなた、カフィについて周辺諸国で起きたことについてはどのくらい知っていて?」

「いえ。こちらにきたのが最近でして。周辺諸国のことまでは調べきれていません。ただ、想像することはできます。」


グッと、無い目力を振り絞りセレーナ様を見つめる。ここで怖いからと目を逸らしてはいけない。そうしたら、大きな魚は二度と手元に戻ってこないに違いない。


そんな私にセレーナ様は少し眉を上げ、今までとは異なる妖艶な笑みを向けた。


「なら、あなたの考えを聞かせてちょうだい。」


キタ!!!


私はごくりと喉を鳴らした。なるべく平静を装い、質問に答える。


「女性に対して、カフィの禁止令が出たのではないでしょうか。理由としてはそうですね、子を成せなくなるとかなんとか言って。本当のところは、需要拡大による供給不足が原因か、外国に莫大な資金が流れることを危惧してか…その辺の事情まではわかりませんが。」


女性であるセレーナ様がカフィを扱っていることには大きな意味があるように思います、とも意見を添える。


この世界のことは知らないが、元の世界では女性の様々な権利は色んないちゃもんをつけられて、制限されてきた歴史がある。確かコーヒーに関してもそういうことがあったはずだ。この世界でも似たようなことが当然起きているだろう。


チラリとセレーナ様の顔色を伺う。

どうやら、私はセレーナ様の満足いく答えができたらしい。私を見るセレーナ様の瞳に面白いものを見る色が混じった。


「今回の取引に関して、何かあなたからの提案はあるかしら。」


私はチラリとメイヤー氏に視線を向ける。メイヤー氏は私の視線にしっかり頷き返してくれた。これは私の思うように話をして良いということだろう。


よしよし、雇用主もゴーサインを出しているのだし、このチャンス逃してなるものか。この大波に私は乗ってやるのだ!



「それでは、我々メイヤー汽船と、新しい時代を作りませんか!」


かちゃんっ!


そんな私の大それた提案に、動揺したメイヤー氏がスプーンを落とした音が部屋に響いた。


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