ムーンロード
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ーーーディ・インゼル
帝国語で半島を意味するその名の通り、ハンゼの海にせり出した土地に堂々と佇むそこは選ばれしものにのみにしか門戸を開かない。
ハンゼに賓客を迎え入れる際には迎賓館としても機能する、格式高いこの場所が本日の会食会場である。
まるで、宮殿のようだと思っていたら、実際、皇族のための離宮として建てられたそうである。古くなったので改修して迎賓館としての機能を持たせたのだとメイヤー氏が教えてくれた。
その際の莫大な改修費用の半分ほどはハンゼの商業組合によって出資され、メイヤー汽船を始め、いくつかの商会は出資額に応じて、国賓が利用しない期間の利用権を保有しているらしい。
そんな場所に、私はメイヤー氏と共にやってきた。その壮麗な建屋を目の前に、メイヤー氏が服を用意してくれていて本当によかったと心底思う。
我々が到着すると、メイヤー氏を一目見て、ドアマンが音もなく重厚なドアを開けた。
中に入ると、支配人と思われる人物が、にこやかにメイヤー氏を出迎える。なかなかダンディなロマンスグレーである。背景には美しい花器に秋バラがセンス良く活けられている。
「お久しぶりでございます、メイヤー様。本日ご予約いただいている導月の間へご案内いたします。」
その人物の案内のもと、メイヤー氏の後に続く。
天井は高く、等間隔に豪奢なシャンデリアが吊るされ、通路には高級そうな毛足の長いカーペットが引かれており、足音が響かないようになっている。私はホッと胸を撫で下ろした。
もしこれが、足音が響くような廊下であったならば、私はとんでもなく場違いな音を響かせることになっただろう。
結局、ブカブカだった靴は、出発前に詰め物をすることでどうにか間に合わせた。なんとか歩けてはいるが、これで足音を立てないように上品に歩くことは不可能だ。
案内された個室に入ると、目の前は一面ガラス張りになっていた。
そしてそこには、視界いっぱいの海が広がっている。
半島のような立地を活かしているのだろう、まるで、海の上にいるかのようだ。
「すごい…」
私は思わず感嘆の声を上げた。
大理石の天板のテーブルは窓に垂直に配置されており、用意されている座席どこからでも海が目に入るようになっている。
夜の海がよく見えるようにしているのだろう、室内の照明はテーブルに並べられたロウソクのみで部屋の中が明るくなりすぎないように工夫されている。
まだ、会食相手は来ていない。私はドアに最も近い、メイヤー氏の隣席についた。やはり私の脚の長さはハンゼ基準ではほんの少し短いらしい。悔しいことに、足が地面に届かなかった。
我々が着席するのを見届け、案内をしてくれたロマンスグレーは一礼してスマートに退室していく。
私は自分の脚の短さはとりあえず忘れることにして、窓の外に意識を移した。
本日は奇しくも満月。
銀色の月の光が、まるで道のように海をまっすぐ照らしている。時折、水面が揺れて月光の道がキラキラと輝く様は、女神でも舞い降りそうな美しさだ。
それに、波の音が、音楽の代わりに部屋を満たしているのも心地が良い。
月が綺麗ですね、とメイヤー氏に話しかけようとした、ちょうどその時、会食相手が到着したのか、ドアが開く音がした。
「ここは、ムーンロードがウリなんだ。気に入ったかい?」
そう告げたのは聞き覚えのある声であった。私はすかさず、ドアの方へ顔を向ける。
すると、入室してきたのはやはり、フローリンさんだった。そして、彼はとんでもない美女をエスコートしている。
私は目を見開いた。
フローリンさんにエスコートされ、席に着いた美女の髪は、まるで月の光を集めて撚り合せてできた糸のようで、美しく結い上げられている。それと同色のまつ毛が、彼女の蜂蜜色の大きな瞳を煌めかせているのが印象的だ。それは、まるで月の光が蜂蜜に降り注いでいるかのようである。
また、彼女の豊満な胸元は隠されてるにも関わらず、夜の海のようなたおやかなネイビーのドレスが体の曲線を緩やかに拾い、匂い立つ色気が隠しきれていない。
妖艶であるにもかかわらず、彼女は上品で儚げで……
私はごくりと喉を鳴らした。
なぜなら、彼女は圧倒的に私好みの美女だったからだ。
フローリンさんの隣に、月の女神が降臨なさった!
フローリンさんも隅に置けませんね!
そういう今日のフローリンさんはブラックの礼装でビシッと決まっている。タイは女神の瞳に合わせたのか、蜂蜜色で小洒落た雰囲気だ。
柔和な雰囲気が前面に出ており、気づきにくくはあるが、フローリンさんの顔面偏差値も相当高い。
お似合いな美男美女のカップルの登場に思わず、ニマニマしてしまう。
きっとこの美しい女神が、本日の会食相手なのだろう。
美しいのみならず、商会の会長でもあるなんて、まさに才色兼備といったところか。
私は、メイヤー氏の目の前の席に着いた月の女神をチラチラと盗み見つつ、目を輝かせた。




