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ハンゼの港から  作者: tanja
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夜の礼装と蝶ネクタイ

前回の短い話にもいいねをくださった方、ありがとうございました!今回からまたしばらく本編になります。

「サイズが合うと良いのだが。」



そう言ってメイヤー氏が差し出したのは、彼がギムナジウム時代に来ていたという制服だった。


ベルソルトとは、あの後、なんだか互いに気恥ずかしくなってしまい、続きはまた後日ということにして、解散したのだ。



私は塔をそそくさと後にし、とりあえず本日の首尾を報告しようと、ナイターハウスに帰還した。すると冒頭の通り、メイヤー氏が制服を手に待ち構えていたというわけだ。


メイヤー氏の話では、どうやら、カフィー豆の輸入を手がけている商会の会長と、急に会食の予定が決まったらしい。あらかじめ、会食には私も同行するように言われていたので、会食に参加すること自体に否やはない。


しかし、ここで問題になったのは、会食場所として指定されたのが、ハンゼのレストランの中でも特に格式高い高級店であったことである。もちろん、チュニックとズボンに編み上げブーツという私の普段着では到底足を踏み入れられるるはずがない。

そんな場所に出入りできるような服など、私が用意できるはずがないとわかっていたのか、出来る雇用主であるメイヤー氏は、学生時代に来ていた制服を私の帰還前に用意してくれていた。抜かりなく、革靴と靴下もセットである。


とりあえず、作業机に、手渡された制服を広げて眺めてみる。その制服は、とても学生が着ていたものとは思えないほど、スタイリッシュだ。


このボウタイの手触りときたら、ツルツルのスベスベである。素材はきっとシルクだろう。そして、シャツ以外は、ジャケットもズボンもオールブラックだ。無駄な装飾は省かれ、形もシュッとしていてとてもシックである。

この制服だけ見ても、メイヤー氏の通っていたギムナジウムが相当、良いところの坊ちゃんたちが通う学校であろうことは一目同然だった。


平均的日本人である私に、このスタイリッシュな制服が似合うかは甚だ疑問である。美少年であったこと間違いなしのメイヤー氏やフローリンさんが、この制服を着ているところを是非拝んでみたかった。


ぱっと見た感じでは、サイズは大丈夫そうだが、こういうものは着てみないことにはわからない。



「着てみますね。ちょっとそっち向いていてください。」


メイヤー氏に声をかけ、チュニックを少したくし上げ、まずはズボンに手をかける。

そんな私に、メイヤー氏はすかさず抗議の声を上げた。


「アンディ!もう少し恥じらいを持ってくれ!」

「そっち向いててもらえれば、大丈夫ですよ。それに下にもう一枚着ていますから。」

「そういう問題じゃない。着替えなら、応接間を使ってくれ。」


そんな気にするようなことかな、と思いつつも、メイヤー氏の指示に素直に従い、私は応接間に移動した。

「よし。」


まずはズボンを履いてみよう。

自前のズボンを男前に脱ぎ捨て、制服のズボンに脚を通して、ボタンを閉める。


「げ。」


なんとなく最初に脚を通した時点で気づいてはいたが、悲しいことに、丈が少し余っている。それなのに、お尻やウエストは少しきつい。


「まぁ、若い時って、男性の方が脚細かったりするしね……」


自分の足の短さから目を逸らしつつ、気を取りなおしてシャツを羽織る。

シャツはやはり胸周りが少し苦しいが、パツパツでみっともない、というほどではないだろう。襟の先がちょっとだけ折れていて、なんだかオシャレだ。


私は、ほっと胸を撫で下ろした。


ボウタイの結び方はよくわからなかったので、少し考えて、とりあえずお父さんのネクタイと同じように結べば良いだろうと結んでみる。


その上から、ジャケットを羽織ってみると、今度は肩幅があっていないような気がする。

しかし、しっかりした生地なので、肩が落ちてだらしなく見えるというほどではないだろう。




……よくよく考えてみると、なんか、これ、結婚式とかで、新郎が来ているやつ、タキシードじゃなかろうか。


制服が、タキシードとか、すごいな異世界。


「おお。ズボンが少し長い以外は問題ないんじゃない。」


今まで来たことがないタイプの服に、私は少し嬉しくなった。

これで、私も良家のおぼっちゃまのように見えるだろうか。鏡で全身を見られないことが残念だ。

私は意気揚々と応接間をでた。


「はぁ……」

私の姿をみると、メイヤー氏は額に手を当ててため息をついた。


「何か問題がありましたか。」

「いや。これが終わったら、君には服装とマナーについて一通り学んでもらう必要がありそうだ……」

メイヤー氏はそういうと、おもむろに私のボウタイを解き、結び直してくれた。

完成形を見て私は思わず声を上げる。


「こ、これは!」


私は、目をパチパチさせた。驚くべきことに、結び直されたボウタイはあっという間に蝶ネクタイに大変身したのだ。


蝶ネクタイってボウタイが結ばれたものだったんだな。

初めて知った。



「よし。なかなか似合うじゃないか。だが、12歳の時のものでも、まだ少しサイズが大きいな。今後もこういう機会がないとも限らないし、経費で一式揃えるか。」

「えっ。そんな!勿体無いですし良いですよ。」

「そういう訳にはいかない。会長補佐が服装もなっていないようじゃ、メイヤー汽船の評判に関わる。」

「そ、そう言われるとそうかもしれないですね。」


鬼気迫るメイヤー氏の様子に、それもそうか、と、私は、素直に頷いた。


「ただ、少し問題がありまして。」


私は事情を説明しようと、メイヤー氏の方に足を少し振り上げた。


「あ。」


その拍子に、右足から革靴が勢いよくすっぽ抜け、美しい放物線を描いながら宙を舞う。



我々は目を大きく見開いた。



ゴトッ。



「この通り、靴がすこーし大きいみたいで、うまく歩けません。」


床に転がる革靴を見て、メイヤー氏が深くため息をついたのだった。


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