マーセルのはじめての弟分
いつもいいねを下さる方々、執筆の励みになっています!ありがとうございます。本日は、少し短めで、次回から、主人公視点に戻ります。
マーセルは上機嫌だった。
それは、最近、給料が陸上でも支払われるようになったからでもあるし、彼が尊敬してやまないチョッサーがキャプテンになることになったからでもあるし、新しい船に乗るのが楽しみであるからでもあった。
しかし、それ以上に彼を上機嫌にさせたのは、彼にやっと弟分と言える存在ができたことである。
マーセルは長らく、メイヤー汽船の最年少として可愛がられてきた。
しかし、彼ももう19歳。とっくに成人をした一端の海の男なのだ。
いつまでも子供扱いされるのは、そろそろ卒業したい。
そこにやってきたのが、アンディだ。
アンディは、最近までずっとお腹を空かせていたマーセルよりも細っこいし、背も低い。
なんだか声も高くて、髪なんかサラサラでキラキラしていて、女みたいだ。
歳も、マーセルよりは下だろう。
彼は、メイヤー様の補佐として働いているのだから、マーセルよりもきっとずっと頭が良いはずだ。それに、料理だって、なかなかの腕前だった。
しかし、ハンゼの男なら当然知っているべき事柄を知らなかったりして、アンディはどことなくチグハグだ。
それは、ひょっとしたら、アンディが異国から来たからかも知れない。
マーセルは、商人でもないアンディがいつ、そして、なぜハンゼにやってきたのか知らない。そして、これからも知るつもりはサラサラない。
なぜなら、マーセルは、人生には時に唐突に、他人が面白おかしく悲劇と呼ぶようなことが起こりうることを、身をもって知っているから。
マーセルはキャプテンバールが行われたあの日、メイヤー様にアンディのことを直々に頼まれた。
「君がアンディに、船乗りについて教えてくれたらしいね。これからも先輩として、アンディに色々教えてやってくれ。特に危ないことに近づかないように。」
マーセルは頷いた。
だって、アンディはどこか危なっかしい。メイヤー様の心配もよくわかる。
だから、マーセルはそんなアンディのことを、自分の弟分として守ってやることにしたのだ。
先輩船乗りたちに、自分が今までしてもらってきたように。
今、マーセルは、アンディをナイターハウスに迎えに行くところだ。
錬金術師ベルソルトの元へ連れて行ってやるという約束をしたから。
実は、マーセルはベルソルトが苦手だ。
ベルソルトの、あの、何もかも見透かすような瞳で見つめられるとなんだか落ち着かない気分になる。
しかし、今日は、メイヤー様にも頼まれているし、何より弟分の前でかっこ悪い姿は見せられない。マーセルは、気合を入れた。
「そうだ!道すがら、あの路地のことも教えてやらなきゃ。」
職にあぶれた奴らが昼からたむろしている路地が、ベルソルトの元へ向かう途中にあることを思い出す。
その路地を通れば、近道にはなるが、アンディ一人では通らないように言い聞かせなければ。
一応、教会の前も避けた方がいいな。あいつ、なんか目につくから。
それに、ヨハネスにも面通ししておくほうが、やりやすいだろう。
ヨハネスはマーセルの親友で、なかなか頼りになるやつなのだ。困った時に頼れる人間は多い方が良い。
あれも教えておこう、あの人にも合わせないと、とマーセルの頭には壮大な計画が着々と出来上がっていく。
「いそがしくなるな。」
マーセルは、やはり上機嫌でナイターハウスへの道を急いだ。




