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ハンゼの港から  作者: tanja
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カフィ色の瞳

新たにブックマークしてくださった方々、いつもいいねを下さる方々、いつもありがとうございます!

今日はフローリンが待ちに待った日だ。

あの特別な女の子がまた店にやってくるのだ。


フローリンは、あの女の子の持つカフィ色の瞳を忘れられない。


フローリンは、その芳しい瞳の奥にひそむものが気になってしょうがない。


彼女がやってきたのだろう。小鳥たちが一斉にチチチッと囀るのが聞こえる。


カランコロン


フローリンのお気に入りのドアベルが鳴り、扉が開く。


「こんにちは。フローリンさん。」

「よくきたね。アンディ。」


彼女は空気をいっぱいに胸にすいこんだ。


「良い香りですね。」

「ありがとう。さぁここに座って。」


フローリンは彼女にカウンターの一席をすすめた。


「今日はどんなカフィをいれようか。お供にはマロングラッセがあるんだけど、マロンは好きかい?」

「マロングラッセ!大好きです。それなら、苦味の強いカフィといただきたいですね。」


くすりっ。

やはり、彼女はカフィの楽しみ方をよくわかっている。

フローリンは喜びで笑みをこぼす。


「かしこまりました、お嬢さま。それでは深煎りのカフィをお出ししましょう。」

「それは素敵ですね。お願いします。」


フローリンは、深煎りの豆の中で焙煎後しばらく寝かせておいたものの瓶を手に取り、香りを確かめた。


ちょうど飲み頃だろう。


フローリンは一つ頷くと、豆をミルへと入れる。

フローリンは豆を丁寧に挽いた。


部屋の中にはフローリンが豆を挽く音だけが響く。

フローリンがこの過程を大事にしていることをわかっているのか、アンディはこの間、ただ静かにスツールに腰掛けている。


「奥で湯を沸かしくるね。」

「ええ、お待ちしています。」


アンディは答えた。


カウンターの奥に引っ込んだフローリンは手早く湯を沸かし、今日のために仕込んでおいたマロングラッセを、美しい緑の小皿の上へと盛り付けた。


ちょっと考えて、厚みの異なる三種類のろ紙と、美しいカフィカップを三つ、マロングラッセと湯の入ったポットを木製のワゴンに用意すると、カウンターへと戻った。


そこには目を閉じて、静かに座るアンディがいた。

彼女は、フローリンと同じように、この空間を気に入ってくれたのだろう。

フローリンもまた、この空間に充満する素晴らしい香りと、静けさを気に入っていた。


彼女を驚かせないように、フローリンはそっと声をかけた。


「アンディ、用意ができたよ。」

「わぁ、とても立派なマロンですね。それにしても、カップが三つありますが……」

「異なる厚みのろ紙を使うことで、味わいが変わることに気がついてね。君にも、飲み比べてもらおうと思って。」

「そうなんですね。楽しみです。」


その返事を聞いて、フローリンは笑みを深めた。

3つのホルダーにろ紙をセットし、粉を入れて、カフィを抽出する。


「やっぱりこの方法だと、ドリップに時間がかかりますね。本当は違う形の方が良いんですけど。」


ポロリと口からこぼれ落ちた彼女の言葉に、フローリンは眉をあげた。


「ちょっと紙とペンを持ってくるよ。どんな形のものが良いか描いてみてくれ。」


フローリンは手近な紙とペンを差し出した。


「ろ紙を設置するもののことをドリッパーと呼ぶんですが、確か、3種類ほどあったはずです。」


こんな感じで、と彼女は2つの台形と1つの台形をひっくり返したものを紙に描いた。


「そして、この底面の部分に穴が空いているんですけど、台形の場合は穴が1つのものと3つのものがあって、円錐のものは穴が1つだったはずです。それぞれ、カフィの抽出速度が異なるんです。あと、確かドリッパーの内側にはガス抜き用の溝がつけられていたはずですが、それがどんなものだったかまでは、すいません、覚えていません。」


フローリンは目を見張った。

フローリンにはアンディの言ったことの重要性がよくわかった。

カフィの抽出速度を変えられる、それは、カフィの味わいを無限に変える可能性を示しているのだ。


「アンディ、それでも十分だよ。抽出速度を変えられるなんて、夢のようだ。ありがとう。」




3種類のカフィがカップに落ち切った。


「それでは召し上がれ。」


フローリンはカフィとマロングラッセをそっとアンディに差し出した。



「いただきます。」



そういうと、アンディは、一番右に置かれたカップをそっと手に取り、ひとくち口に含み、こくりと飲み干す。


「おいしい。」


思わずこぼれ落ちたと言った風情の、ため息まじりの小さな声がフローリンの耳をくすぐる。


そうして、しばらくの間、たわいのない話をしながら、フローリンは、彼女がカフィとマロングラッセを堪能するのをみていた。


「私は一番このカフィが好きでした。」


そうやって、おずおずと彼女が指し示す一杯は、フローリンもまた、これが一番と思っていたものだ。


「それにしても、随分と味わいや香りが違うんですね。」


そうやって静かに、そして少し寂しそうに微笑む彼女をみて、なぜかフローリンは聞かずにはいられなかった。


「ねえアンディ、君の名前を教えて。」


フローリンは唐突に芽吹いた気持ちに、戸惑いを覚えた。

そんなフローリンに訪れた変化など知るはずもない彼女は、数度目を瞬かせた後、カフィの雫が落ちるささやかな音よりも小さな声で教えてくれた。


「みさき、です。」


名前を知っただけなのに。

なぜかフローリンは、胸がいっぱいになった。


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