ティー・レースとインペリアルブルー
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「さて、船長と機関長が決まったところで、業務内容の説明に移る。諸君らも知っての通り、メイヤー汽船では、硝石の在庫あまりを起こしている。そこで、しばらくの間、硝石の輸入を停止することになった。その間、ブルームーン号の船員たちには、操船訓練をしてもらう。」
「「かしこまりました」」
ダンとアヒムは声を揃えた。その二人の頼もしい様子に、メイヤー氏は一つ頷き、先を続ける。
「新年に行われる皇帝観艦式でブルームーンをお披露目する予定だ。それまでに、船に慣れておいてくれ。その後、ヘンリク皇子主催で行われるティー・レースに出場する。そこで、世界最速船に送られるインペリアルブルー賞を目指してもらいたい。ここで、ブルームーン号の速さを世界中に知らしめる。」
メイヤー氏による指示に、船員たちの間にどよめきが起こった。
ティー・レースというのは、バラーダからハンゼへのお茶の輸送競争だ。
このティー・レースについては、かなりのバラーダおたくである、スープのお兄さんが詳しく教えてくれた。あのカレー風スープが気に入った私は、先日また、お兄さんの出店に顔を出したのだ。
曰く、ティー・レースには、インペリアルブルーという賞が設けられている。
もっとも早くハンゼに辿り着いた船には、インペリアルブルー賞すなわち世界最速の船という栄誉が与えられるのだ。
インペリアルブルー賞を受賞すると、皇族の色であるインペリアルブルーのリボンをマストに掲げることができる。
将来的に、硝石一本の商業形態から海運業へと手を広げていきたいメイヤー汽船にとって、風にたなびくインペリアルブルーのリボンは、未来の顧客に対してとても良いアピールになる。
どうにかメイヤー汽船を盛り立てたい我々にとって、新技術満載のブルームーン号を無料で宣伝できるティー・レースは、まさに、渡に船であった。
しかし、メイヤー氏の発言にアヒムは困惑を隠せないようだ。
「機関部を設立するということは、ブルームーン号は蒸気船なのではありませんか。蒸気船は外洋航海にむかない上に、遅すぎる。現在のインペリアルブルーリボンを掲げるティークリッパーは平均約20ノットほどだと言います。現行の蒸気船がせいぜい数ノットだということを考えると、速度では到底太刀打ちできません。」
「アヒムの指摘したとおり、ブルームーンは基本的には蒸気船だ。しかし、どういう船なのかは、実際に確かめた方が早いだろう。ここで言えるのは、速度に関して、心配はいらないということだけだ。」
「ということは、何らかの機密性の高い新技術が採用されているのか……」
アヒムは何やら考え込んでいる。
おそらく、蒸気船であるはずのブルームーンが、ティー・レースで勝てるというその“意味”について、すでに見抜いたのだろう。
メイヤー氏は感嘆の声をあげた。
「なるほど!ダンに船長として推されただけある。アヒム、君はかなり察しが良いようだ。ブルームーン号の実力を一目見れば確実に、ブルームーン号のような船が欲しくなる。ブルームーン号に満載された技術は帝国を越えて世界中から注目を集めるだろう。」
だからね、とメイヤー氏は言葉を続ける。
「ブルームーン号の船員には、皇帝観艦式が済むまでの期間、ブルームーン号に関する一切の情報について守秘義務を課す。もし、守秘義務に同意できない場合には、今この場で、乗組員を辞してもらいたい。その場合でも、配置換えの上で雇用を継続することは約束しよう。」
そんな気前の良いメイヤー氏の言葉にも、もちろん名乗り出る愚かな船乗りはここにはいない。
なぜなら、ここにいる船乗りたちは、ハンゼの誇る一流の船乗りであり、ここで船を降りるような真似をすれば、一生後悔するであろうことを肌で感じているからだ。
船員たちは皆、自分たちで選んだ新しい船長への、新しい船への、そして新しい時代の幕開けへの期待で目を輝かせている。
「どうやら、名乗り出るものはいないようだな。それでは、アンディの配る、守秘義務契約書にサインしてくれ。ダンに祝い金を渡しておくが、今夜は羽目を外しすぎないように。それでは、本日は解散!」
今夜のタダ酒を思い、船員たちは喜びの声をあげた。




