第一回キャプテンバール開催
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ようやく、この日を迎えることができた。
本日我々は、ハンスを伴い、再び営業所へとやってきた。
現在は、食堂にて、三列に整列する船員たちの前に立っている。
その様子は、まるで小学校の朝礼のようだ。
通常なら、ここにいないはずの先輩、ハンスが同席していることもあり、ただならぬ雰囲気を感じているのだろう。船員たちは皆、何が起こるのかと不安気な面持ちで直立している。
そんな重苦しい雰囲気の中、メイヤー氏が口火を切った。
「まず、ダン・ミュラー、前へ。」
「はい。」
自分の処遇が告げられることを既に確信しているのだろう、覚悟を決めた様子で、ダンさんが一歩進み出る。
「本日付で、白い貴婦人におけるチーフオフィサーの任を解く。」
「かしこまりました。今までありがとうございました。」
ダンさんが深く深く頭を下げた。
ざわっ。
その様子に、場が一斉に湧き立つ。
「メイヤー様、そんなのあんまりです……!チョッサーが辞めさせられるなら俺も……!」
誰かがそう声をあげたのを皮切りに、俺も俺もと、船員たちが抗議の声を上げた。
その様子に、私はほっと安堵した。
やはり船員たちの反応は予想通りのものだ。
ある程度船員の騒ぎが大きくなったところで、メイヤー氏がハンスに視線を送る。それに対して、ハンスは頷きを返し、手に持っていた杖を大きく振りかぶった。
バンっ。
ハンスが杖で力一杯に床をうち鳴らす。
あまりの音に、場は一気に、しんっと静まりかえった。
……床に穴が開いていないだろうか。
私は思わず心配になった。
「騒ぐんじゃねぇっ!一から躾けられたいかっ!」
すごい形相で、ハンスは一人一人を睨め付けている。
そうして静かになったタイミングに合わせて、メイヤー氏は再びダンを見据え、口を開いた。
「ダン・ミュラー、次いで、同日付を持って、白い貴婦人からブルームーンでの勤務を命じる。また、白い貴婦人の船員全名のブルームーンへの異動を命じる。」
ざわっ。
船員たちの間には、再びざわめきが起きたが、ハンスが今度は小さくコツリと杖をならすと、先ほどの恐怖からか、即座に船員たちは口をつぐむ。
混乱した様子のダンも、やはり何かもの言いた気ではあるが、ハンスにそれを手で制されている。
ハンスに頭が上がらないダンは、そうされたら、何か言いたくても黙るしかないのだ。
私はゴクリと喉を鳴らした。いよいよだ。
「続いて、ブルームーンでは船内協議を発足し、キャプテンバールを行うことを決定した。ブルームーン号船内協議における裁定人として、ハンス・クンツを任命する。」
「謹んでお受けいたします。」
メイヤー氏の宣言に、ハンスが胸に手を当て、頭を下げた。
その様子に、比較的年嵩の船乗りたちはどよめき、若い世代の船乗りたちはきょとんとしている。上の世代の船乗りたちは、古い慣習であるというキャプテンバールというのがどういうものであるか知っているのだろう。
「あの、キャプテンバールと船内協議というのは一体……?」
マーセルが首を傾げながら、隣の船乗りに聞いている。
「詳しいことは、裁定人である俺から説明しよう。キャプテンバールというのは船長を船員による投票により決定する古いしきたりだ。」
ここまではいいな?と、ハンスが問うと、年上の船員達は重々しく、若い船員達はしきりに頷いた。
「船長確定後は、船長が船内協議会の議長を兼任する。船内協議は船内で問題が起きた場合に都度開催される、船員の意見をもとに問題の解決を図る制度だ。船長は船内協議会において、船員の意見の取りまとめ及び、最終的な方針を決定する。それに加え、裁定人のもと、月一回の定例会を開催する義務がある。不正を防ぐため、船内協議の内容は裁定人によって記録され、船主に報告される。加えて、裁定人は定期的に営業所の監査をおこなう。」
ハンスの説明に理解が追いつかなかったのか、船員達が口を開けてポカンとしている。私は急いで補足を入れた。
「つまり、何らかの形で不当な取り扱いを受けた時には、ハンスさんがメイヤー様に直接報告をあげてくれるってことです。これで、皆さんの給料や待遇が、メイヤー様の承認なしに勝手に変更されることは無くなります。」
給料が中抜きされることがなくなると理解した船員達は皆、目を輝かせた。これでとりあえず、先に進められるだろう。
「それでは、始めましょう。メイヤー様お願いします。」
そうして、メイヤー氏の艶やかな美声が朗々と響き渡った。
「第一回ブルームーン号キャプテンバールの開催をここに宣言する。」
ハンスがパンパンっと両手を打ち鳴らし、注目を集めた。
「白い貴婦人における階級順に、会議室へ移動し、俺にキャプテンに推薦する人物の名前を告げること。ダンは白い貴婦人におけるチーフオフィサーを罷免されているため、二等航海士であるヨナスから始める。」
ハンスがヨナスと共に、会議室へ移動する。キャプテンバールがとうとう幕を開けた。




