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ハンゼの港から  作者: tanja
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ブルームーン号

みなさま、明けましておめでとうございます。新たにブックマークしてくださった方々、ポイントを入れてくださった方々、いつもいいねを下さる読者様方、本当にありがとうございます。お年玉を頂いた気分でとても嬉しいです!今年もどうぞよろしくお願いいたします。

我々はハンスに案内され、海岸線に居並ぶ建物のひとつの中にいた。


そして現在、メイヤー氏と私は絶句していた。


なぜなら、目の前には、ハンゼの港においても目にしたことがない巨大な船が鎮座しているからだ。


しかし、私は、ここにきてようやく合点がいった。

海岸線にずらりと並ぶ建物群がどれも一様に縦長の形をしていたのは、中で船が作られていたからだったのだ。

推測するに、建物の構造上、我々が今立っているのはおそらく船尾側である。

向こう側の壁は開閉できる構造になっているのだろう。船頭は海に向いており、直接海へと出られるようになっているに違いない。


まだ船尾にしかお目見えしてないにもかかわらず、既に呆気に取られて動けなくなっている我々を横目に、ハンスは再び声を張り上げた。


「こいつはブルームーン。キャプテンから、坊ちゃんへのプレゼントだ。」


ハンスに導かれ、我々は気もそぞろに右舷側へと移動する。


ブルームーン号のボディは潔い黒、船体をぐるりと囲うように銀ラインが一本引かれているのが印象的だ。

そして船側には、この船を象徴するブルーの満月が煌めいている。

この世界で未だ見たことのない、この透明感があるメタリックブルーは、おそらくこの船に使われた素材の色を活かして表現されたものであろう。



「天才の御業だ……」


私は思わず、そう零した。



「お前、中々、見る目があるね。」



突然、響いた美声に、思わず後ろを振り返る。

するといつの間に現れたのか、我々のすぐ後ろに、白衣を羽織った神経質そうな美貌の青年が立っているではないか。


私はその青年の顔をまじまじと見つめた。

透けるような銀髪に、不健康に見えるほどの白い肌、アクアマリンのような氷色の瞳をした青年は、どういうわけか、たいへん野暮ったい黒縁眼鏡をかけている。


「その眼鏡じゃない方がいいのに……」


彼のご尊顔にはフレームの細い銀縁メガネの方が似合う、絶対に。


私は大層惜しい気持ちになった。


「っ!余計なお世話だよっ!」

「あっ」


心の声が漏れていたらしい。黒眼鏡くんはご立腹の様子である。先ほどまで青白かった肌がかっと赤く染まった。


「こほんっ。あー、こいつは、このブルームーンの構想と設計を手がけた、クラウス・クロイツだ。先代がクラウスの研究に感銘を受けて、メイヤー造船で出資した。」


ハンスが頭をかきながら、黒眼鏡くんを紹介してくれた。


「さすがですね……素晴らしい先見の明です。」


私は思わず感嘆の声を漏らす。この素晴らしい船を見たら、メイヤー氏も中々のものだが、先代もまた、かなり柔軟な考えの持ち主であったことが伺える。


「そこのちんちくりんに僕の船の素晴らしさがわかるとは思えないけれどね。」

「ちんちくりん……!」


絶妙にダサ…、いや、古風な言い回しに、私は思わず吹き出しそうになった。美しすぎるシニカルな笑みもボディブローのように効いて、一層笑いを誘う。


しかし、ここで吹き出したら今度こそクロイツさんを怒らせてしまう。

私はどうにか、ニヤつく顔を抑え、平静を装うことにした。


「んんっ。クロイツ様、まぁそう言わず、色々教えてください。一目見てから、ずっと気になっていたんですが、この船は何でできているんですか。」


クロイツさんはださ眼鏡をクイっともちあげた。


「海銀製だよ。」


海銀……。

その答えに私はゴクリと喉を鳴らした。


……なるほど。

そう、私は今、異世界にいるのだ。

ここにきて謎の金属が出てきてしまったが、まぁ、銀の一種ではあるのだろう。

そして、予想通り、金属製ではあるようだ。


やはり、先代はかなり目端の効く人物であったのだろう。だって、私の知る限り、この世界にはまだ木製の船しか存在しないはずなのだ。


私は気を取り直して、海銀について掘り下げてみることにした。


「海銀って、普通の銀とはどのように違うのですか。銀はすぐに黒ずんでくるイメージですが。」


「ちんちくりんの言う普通の銀というのが、どの銀を指すのかわかりかねるけど、海銀は塩水にも錆びず、非常に強度が高いが、粘り強く加工しやすいのが特徴の金属だ。」

「そうなんですね。すごいです。やはり、クロイツ様は天才ですね!」


私が素直に褒め称えると、クロイツさんは目を見開いた。

あまりにも大きく目を開けるものだから、宝石のような目がこぼれ落ちてしまいそうだ。そして、今度は耳先がほんのりピンクに染まっている。


クロイツさん、すぐ赤くなりすぎじゃないだろうか……。あまりに興奮しすぎて、倒れたりしないか少し心配である。



「本気で言っているの?君は、僕のことをバカにしないの?」

クロイツさんは俯いた。


「なぜ、私がクロイツ様をバカにしないといけないのです?」


そんな不遜な態度を今までとっていただろうか。私は、首を傾げた。


「だって、この船は海銀製だよ?多くの金属というのは、木より重いこと、いくらなんでも君だって知っているでしょ。」

「なんだ!そんなことですか。」


私は、ぽんっと手を打った。


「そ、そんなことって!木より重い海銀製の船なんて不可能だ、沈むに違いないと皆言う。そして、僕のことをバカにして……」


なるほど、クロイツさんは、わからずやたちに相当いじめられてきたらしい。

だからこそ、この、美形の割には自己肯定感が低めの卑屈系クロイツさんの仕上がりなわけか……。


なるほどね、と私は得心した。しかし、私は知っているのだ。鋼の塊が海に浮くことは愚か、空すら飛ぶことができることを。


「ブルームーン号は大丈夫です。ちゃんと浮きます。絶対です。」


私は満面の笑みで宣言し、言葉を続けた。


「本当にクロイツ様はまごうことなき天才です。船は木で作るものだという世界の常識にとらわれず、金属を使うことを思いつくなんて!金属を使えば、結果として、木よりも軽くて丈夫な船を作ることができますもんね。釘を使わなくて済む分、メンテナンスも少なくて済むはずですし。」

「だが、海銀が木よりも重いことは確かだろう?なんで、金属製の方が木製よりも軽くなるんだ?」


メイヤー氏の当然の疑問に、クロイツさんは同意を示しながらも、口を開いた。


「金属は薄く伸ばすことができます。しかも、木と比べて強度が格段に高い。だから、ある程度以上の大型船を造る場合には、薄く伸ばした金属を使った方が、木を使うよりも軽くできるんですよ。」

スラスラと答えるクロイツさんを見ながら、私は、うんうんと相槌を打つ。


メイヤー氏も納得したように、ふむっと深く頷いた。


「なるほど。アンディのいうように君はすごいな。こんな素晴らしい船を造ってくれてありがとう。」

「っ!こちらこそ、出資していただき、ありがとうございました。」


メイヤー氏の誰をも魅了する美しい微笑みに当てられたクロイツさんの顔はさらに真っ赤になっている。もうすぐ湯気でも出るんじゃなかろうか。


それにしても、と私は思う。

普通、人間というのは今まで信じてきたことに固執するものだ。元の世界で、天動説が中々受け入れられなかったように。

しかしメイヤー氏は、ちゃんと自分の常識外のことでも論理的に考えて受け入れることができるのだから、大物である。


やっぱり私の雇い主、すごいっ!


今度は、メイヤー氏の方に向き直り、私はうんうんと頷くのだった。



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