ようこそ!
いいねをくださった方々、また、すべての読者の方々、いつもありがとうございます。年内にもう一度更新できるかはわかりませんが、皆さん良いお年をお迎えくださいませ。
「そんな!どうして……」
「俺にとって、白の貴婦人のキャプテンはただ一人だけ。そこだけはどうしても譲れない。それに、もうそろそろ愛しの貴婦人を休ませてやりたい。だから、坊主の案そのままでは協力できない。」
「えっそれって……?」
「ついてきな。坊っちゃんたちに見せたいものがある。」
困惑する我々の返事を待たずに、ハンスは立ち上がり、会議室を出ていってしまった。
メイヤー氏と共に慌てて、ハンスの後を追う。
えっ、この人、足悪くして船を降りることになったんじゃなかったっけ……?
ハンスは歩くのがとても速い。あっという間に営業所を後にして、ズンズンとどこかに向かっている。
私の短い足では追いつくのがやっとだ。
前回倉庫であった時にも思っていたが、ハンスが足を痛めているとは言われなければわからないだろう。
必死にハンスを追いかけること、数十分。我々はすっかり港の最奥にいた。
「一体、いきなりどうしたんですか。」
私はすっかりヘトヘトになって、文句を言いながら、目の前に現れた丸屋根の建物を仰ぎ見た。
かなり重量感のある造りで、ハンゼでは大変珍しいことに、細かなタイルで飾られている。
それが遠目では混ざりあって、朝日に輝くハンゼの海の色に見えるのだ。
しかし、よくよく観察してみると、いわゆるモザイク装飾というものだろう、その海色は、様々な青色のタイルを精緻に組み合わせて作られたものであることがわかった。
タイルには、正統派の青もあれば、ほんのり紅をさしたような青や、まるで宝石のような緑がかった青、薄い青もあればどこまでも深い青もある。
複雑で多彩な青タイルの美しさに私は、ほう、とため息をついた。こんなに特徴的な建造物にもかかわらず、今までその存在に全く気が付かなかったのは不思議だ。
「ハンス、ここは一体……?」
メイヤー氏もどうやら困惑しているようだ。
そんな我々の様子を尻目に、ハンスは堂々と正面のアーチをくぐり、建物の中へ入っていく。
「メイヤー様、ハンスさん、さっさと行っちゃいましたけど……」
呆気に取られた様子のメイヤー氏に声をかける。
しばらくすると、我々がグズグズしているのに痺れを切らしたのか、ハンスが扉からヒョイっと顔を出した。
「早くついて来い。」
ハンスが手招きして、また建物の中へと消えるのを見て、我々は急いでそのあとを追った。
簡素な木製の扉は大きさの割にとても軽く、非力な私でも簡単に開けることができた。
「ん?」
中に入ると、そこにはまた木の壁があった。
……というよりむしろ、壁しかない。
続いて横幅と奥行きの比率がだいぶおかしいことに気がついた。
横幅に対して、奥行きがほとんどないせいで、ひどく圧迫感があるのだ。
そして目を引くのは、木の壁に大きく書かれている「止まれ!」という文字である。
また、壁の手前にはどうやら溝があるようだ。
「メイヤー様ここは一体……?」
私は頭の上にハテナを浮かべた。
「いや、おそらくだがここは……」
「おーい、乗るぞ!」
その声を合図に、ハンスが右端のレバーを引くと、がこんっという音ともに、目の前の木の壁が、下へゆっくりスライドし、床の隙間へと消えていくではないか。
「わぁ!」
そうして現れたのは広めのガレージのような空間だ。
ハンスはその中にヒョイっと足を踏み入れる。それを見て、我々もすぐに後に続いた。すると、先ほどの壁が再び目の前で競り上がった。
チンっ!
小気味良い音が鳴り、部屋全体がゆっくりと下に降りていくのを感じる。
これって……
「エレベータ?」
「おっ、坊主よくわかったな。」
エレベータってこの世界に、存在していたのか……
私は驚きを隠せなかった。
先ほどまで、壁だった場所にはもう何もない。
思わず、そこから下をのぞきこむ。
「深い……」
慌てて、首を引っ込める。どうやら、このエレベータはかなり下まで降りるようだ。
そんな私の後ろでは、メイヤー氏とハンスがなにやら問答をはじめた。
「ハンスそろそろどこに向かっているのか教えてくれないか。」
「坊っちゃんはもうお分かりでしょう?」
そう言って、ハンスはニヤニヤしている。
「子供の頃に、一度、先代に聞いたことがある。海の向こうに見える島には何があるのかと。」
「ご名答。さぁ、じゃあ、行きますよ。」
その言葉を合図にしたかのように、ガコンっと足に軽い衝撃を感じた。ようやくエレベータが降りきったようだ。
エレベータをおりて、当たりを見渡す。
ハンスが向かう先を見ると、今度は、長い長いトンネルがどこかへまっすぐと向かっているのが見えた。
きっと、このトンネルを抜けていくのだろう。
トンネルは白い石材で作られており、高さはおそらく5メートルほど、幅は自動車一台分ほどであろうか。
トンネルの内部は数メートルごとに、オレンジ色のライトで照らされ、とても明るい。
石造りの床は湿気でしっとりとしているので、革靴のメイヤー氏はツルツルと滑って歩きにくそうである。
トンネルの中は、ひんやりと冷たく、私はプルリと震えた。
「このトンネルってまさか……」
「ああ、これは海底トンネルだろう。」
メイヤー氏の答えに、やはりそうかと納得する。
「メイヤー様はこのことご存知で?」
「いや。まさか、このような通路があるとは思っても見なかったな。」
それ以降、我々は口を噤んだ。
この場所はこの世界の基準からすると、エレベータもそうだが、行く先を照らすライトひとつとっても進みすぎている。
世の中には知らない方が良いことというのはたくさんあるのだ。
そして、そういう知らない方が良いことというのは国家レベルの機密に近づけば近づくほど多くなる。
身の安全のためには、下手な口をきかない方が良いだろう。
黙々と歩くこと、さらに十分ほど、ようやくトンネルの端に辿り着き、再びガレージのようなエレベータで上へと向かう。
たどり着いた先は、どうやらメイヤー氏の予想通り、小さな島のようだった。
島の中でも少し高い場所に出たらしく、吹き付ける風が強い。
この島の様子が、通常の島と異なるのは、見渡す限りの海岸線に、細長い工場のようなものがいくつもいくつも並んでいる点だ。どの建物も、間口は狭い代わりに奥行きが広くなっており、海岸線に垂直になるように建てられている。
我々は眼下に広がる光景に驚きを隠せなかった。
そんな我々の様子に、悪戯を成功させたかのようにハンスが嬉しそうにニヤリと笑う。
そして、我々の目の前に立ち、建物群と海を背にハンスは大きく手を広げ、声を響かせた。
「ようこそ、メイヤー造船所へ!」




