海の歌
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本日営業所に控えていた、15人ほどの船員たちが食堂にぞろぞろとやってくる。
営業所で寝起きしていない船員たちもいて、船を出すときはもう少し人数が増えるらしい。
先ほどまでは食堂はひんやりしていたのだが、今は大きな男ばかりがひしめき合って食堂の温度が何度か上がったように感じる。
この中では、やはりマーセルはもっともヒョロヒョロで顔立ちも幼い。
マーセルはいつまでも小僧扱いされるとぼやいていたが、この中ではしょうがないだろう。
「「ボナペティ!」」
全員が席につくと、互いに、帝国語で召し上がれ!と声を掛け合い、食事開始だ。
まずはハンザーで喉を潤す。甘くないレモネードで割られているものを買ったので、すっきりとしてとても飲みやすい。
個人的には甘いハンザーの方が好きなのだが、食事の時はこちらのドライなものも悪くない。
マーセルと一緒に作ったラプカは、まだほんのり温かいのが嬉しい。主材料がイモなので、ラプカは結構お腹に溜まる。今日は夜までお腹が空くことはないだろう。
みんな相当お腹が空いていたのか、皿に盛らずに残っていた分も合わせて、ラプカはあっという間になくなった。
「ずいぶん上品なラプカだったな。」
「ベッテの酢漬けを入れてないので。アンディがどうしても嫌だって言うから。」
そう言って、マーセルが合いの手を入れた。
「おい、アンディ、なんでも食える時に食わないと大きくなれないぞ!」
ガハハっ!
食堂に船乗りたちの笑い声が満ちる。
ベッテと言うのは、赤い根菜だ。通常のラプカには、その酢漬けを入れる。
だから、普通のラプカはベッテの色で赤いのだ。
ベッテを入れると見た目が挽肉にそっくりになるので、どうしても食欲が損なわれる。
そう言うわけで、今日のベッテ抜きのラプカはコロッケの中身のような色だった。上品だったというのは色のことを指していったのだろう。
「でも、美味しかったからいいじゃないですか!」
コンビーフの旨みが染み込んだマッシュポテトに、バターで炒めたしんなり玉ねぎがアクセントになって、素朴な味わいながら良いお味だったと自画自賛する。
そんな私に、機関士だというアヒムが同意してくれた。
「確かに美味かったなぁ。ベッテを抜くだけでこうなるものなのか。」
「いえいえいえ。アヒムさん、甘いですよ。なんと、今日のラプカはハナさんのところのコンビーフをたっぷり使っているのです!」
私は胸を張った。
ハナさんは肉屋の女将だとは一見わからない、とても素敵なご婦人だ。
スラリと背が高く、所作が優雅で、いつも唇を彩る真っ赤なルージュがとてもお似合いだ。
そんなハナさんの作るコンビーフは肉の旨みがしっかり残っていてジューシーで、控えめに言って絶品である。
客たちは、最初、ハナさんをお目当てに来たはずなのに、いつの間にか、そのコンビーフの虜になっていく。
お食事のお誘いに来たのに、見事にコンビーフを買わされて、首を捻りながら帰っていく客が後をたたない。
「そりゃあ美味いはずだなぁ。」
うんうんと船乗りたちが頷いている。見るからに豪快な彼らが、妙に神妙な様子が面白い。きっとハナさんにうまくあしらわれた者が、この中にも何人もいるのだろう。
おかしな雰囲気になってしまったので、話を変えるためにも、そういえば、と私は話を切り出した。
「どなたか錬金術師の方にあったことありますか。メイヤー汽船には専属の方がいらっしゃるって聞いたのですが。」
「ああ。ベルソルトだな。たまに倉庫から、カリーチェを運ぶのに駆り出される。」
今度連れて行ってやるよ、マーセルが軽く請け負ってくれた。
まさか、マーセルが知っていたとは。灯台下暗しとはこのことである。
こんな風に、とめどない話をしながらハンザーを飲んでいると、誰かがアコーディオンを取り出し、色々なシーシャンティー、船の上で歌われる労働歌のことを言うらしい、をみんなで歌い出した。
実際、船で歌うときは作業によって短くなったり長くなったりするので、即興的な要素が強いらしい。
連携が必要なときに歌うだけあって拍が取りやすく、彼らの歌声は力強くてとても魅力的だ。みんな楽しそうにしている。
「歌詞は、まぁ、結構適当だな。チョッサーなんかあんな見た目なのに、すごく艶があって、思わず聞き惚れちまうような歌声なんだ。恥ずかしがって、海の上でしか歌ってくれないが。」
マーセルが笑って教えてくれた。
こんなに賑やかに食事したのは本当に久しぶりのことだった。
しばらくして、メイヤー氏が食堂にやってきた。
「アンディ、そろそろ行くぞ。」
「承知いたしました、メイヤー様。それでは皆さん、良い1日を。」
我々は営業所を後にした。
ナイターハウスに戻ると、我々は応接間にて向き合って座った。
今日のことについて簡単に報告会をすることになったのだ。
ひんやりと冷え切った部屋に、パチパチと暖炉の火が爆ぜる。
私は、ブルリと身震いした。
先ほどまでは、あんなに賑やかにしていたので、部屋がいっそう寒く感じるのだ。
給料未払いなど、早急に対応が必要な件について、ひとつずつ丁寧に報告する。そして、各種手配の許可をとった。
メイヤー氏は深くため息をつき、片手で目を覆うと、背もたれにぐったりともたれかかった。
酷すぎて言葉も出ないのだろう。
……わかります。その気持ち。
正直、こんなことになっているとはメイヤー氏も予想していなかっただろう。
私はメイヤー氏のことを少し気の毒に思った。
お金持ちが会社を相続するのも楽じゃないのだなぁ、と思う。
気を取り直して、メイヤー氏とダンさんの話し合いについて聞いてみる。
「ダンさんとは何を話していたんですか。」
「それが、そっちも問題で……」
メイヤー氏が教えてくれたところによると、ダンさんは責任をとってメイヤー汽船を辞めると言っているのだそうだ。
メイヤー氏は必死に慰留したのだが、『船員を守れなかったから』と頑なに辞めるといって聞かないという。結局、今は許可できないと逃げてきたらしい。
「それは困りますね……」
それで、大の男が泣いていたというわけか、と得心する。きっとキャプテンがいたら、こんなことにはならなかっただろう。
今のメイヤー汽船は深刻な人手不足だ。ダンさんが辞めたら、ダンさんに続き辞める船員も続出することになることは想像にかたくない。そこまで考えて、私は、ぽんっと手を打った。
「それに関しては、私に良いアイディアがあります。まずは、ダンさんを罷免して……」
作戦をざっくりと説明する。少々の根回しは必要だが、それはどうにかなるだろう。
次の航海でも、ダンさんにシーシャンティーを歌ってもらおうでもらおうではないか。
我々は成功を確信して、二人頷き合った。




