船乗りの命、船乗りの水、船乗りのおじや
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何かと衝撃を受けた保管庫を後にし、会議室、管理事務室とマーセルに案内してもらう。どちらも無人でがらんとしていた。管理事務室では裏帳簿的なものが見つからないかと少し探してみたが、代わりに年代物のウィスキーを見つけてしまって、マーセルと顔を見合わせた。
そうしているうちに、マーセルとは色々な話をした。体が細いからもっと若いのかと思っていたが、マーセルは19歳で既に成人済みだという。
「ろくに給料が払われないなら、なんで辞めようと思わなかったの。」
「俺たちはここでしか生きられないんだ。やめた後の人生なんてないさ。」
そう、マーセルは言う。そこにはなんの感情も浮かんでいない。ただ、それを当たり前のこととして受け入れているのがわかる横顔だった。
「ハンゼなら、船員は引っ張りだこなんじゃない?そこら中に斡旋所もあるし。」
私の質問にマーセルは呆れた様子でため息をつく。
「お前、この先何があっても斡旋所になんか行くなよ。斡旋所なんかにいったら、人生終了だ。……斡旋所と酒場はグルだからな。なぜかわかるか。お前もハンゼの男なら知っておいた方が良い。」
「どう言うこと?」
私は目を瞬かせた。
「いいか、よく覚えとけ。斡旋所は船員が足りなくなると、酒場に依頼をかける。若くて何も世間ってのを分かってない、お前みたいな奴が飲みに来ると、わざと強い酒を飲ませるのさ。そうしてそいつが泥酔している間に身ぐるみはいで、無理やり船に乗せたり、酒に依存させて借金漬けにした上で船乗りの仕事を斡旋する。そう言う真っ当じゃない道で船に乗った奴らの多くは、すぐに海で死ぬ。一回限りの使い捨てだ。それに運よく奇跡的に陸に帰ってこられても、また同じ酒場に行くしかなくなる。」
「えっなんで。」
「船で稼いだ給料は借金の返済に消えちまうからさ。無一文の奴が飲み食いのために、自分たちをはめた酒場に戻って、また借金を作る。そうしてなし崩し的に船員を続けざるを得なくなるんだ。」
「ひょっ、ひょえー」
なんだ、その恐ろしい永久機関は。
「此処みたいな真っ当な船乗りでいられる場所は珍しい。」
「なるほど。」
「もちろん、ハンゼには、昔ながらの真っ当な船乗りも多いんだぞ?だが、そういう船乗りたちはキャプテンを中心に結束が強い。なぜなら、高い航海技術を持った船乗りにとっても、航海はやっぱりいまだに命懸けだからだ。ここハンゼの船乗りたちが、どうやって乗る船を決めるかわかるか。」
「船のかっこよさ、とか……?」
「ぷっ。まぁ、それも大事だが、、、」
「大事なんかーい!」
私は思わずツッコミを入れる。マーセルはゲラゲラとひとしきり笑うと口を開いた。
「船乗りは、船につくんじゃない。『この人ならば自分の命を預けられる』と心底心酔したキャプテンについていく。だから、キャプテンというのは船乗りの命を背負っているんだ。船なんて、そうそう乗り換えられるもんじゃねぇ。だって、俺らの命はもうキャプテンに預けちまっているからな。」
「なるほど。キャプテンは船乗りたちに選ばれた人なんだね。」
「そーいうこと!」
マーセルは、誇らしそうにニカっと笑う。その笑みはとても力強いものだった。
キャプテンは船乗りの命を背負う。
私は、この言葉を心に刻み込んだ。
そうこうしているうちに、我々は食堂に戻ってきた。ドアを開けると、何やら面倒くさそうなことが起きている。
中で、ダンが盛大に泣いているのだ。メイヤーさんは戻ってきた私たちに、視線で救助要請を寄越しているが、どう考えても我々にできることはないだろう。
ここはメイヤー氏にどうにかしてもらおう。
私は食堂のドアをそっと閉じた。それと同時に、マーセルのお腹がぐぅとなる。
色々どうにかしないといけないことや、調査しなくてはならないことがあるのはもちろんだが、それよりもまずは、ここの船員たちには腹ごしらえが必要だろう。
食堂には立派なキッチンが併設されている。私は、お昼ご飯に何か拵えることにした。
「買い出しに行こうか。メイヤー様に経費で出してもらうから。」
マーセルと連れ立って、私は街へと繰り出した。
「お前、料理なんてできるのか。」
「もちろん。マーセルは?」
「俺も簡単なものなら作れるぞ。船では持ち回りで料理しているからな。」
「えっ船に料理番みたいな人いないの?」
「トム爺がいたんだが、去年から体調不良で船に乗れなくてな。」
まじか。
私は白目をむいた。問題が次から次へと出てくる。メイヤー汽船は今どう考えても人材不足だ。帰ったらやるべきことが山積みである。
「で、何を作るんだ?」
「ラプカかな。飲み物は水で良いよね?」
ハンゼでは水が飲めるのだ。それだけは本当にありがたかった。それが、まさか錬金術のおかげだとは最近知ったばかりだったが。
「ラプカは良いとして、酒!酒が飲みてえ!しばらくピルス飲んでないんだよ。」
「昼からピルス?」
「ピルスは、フナノリのミズデス。ハイ。」
マーセルは耳を伏せている大型犬のようだ。チラチラっと期待するようにこちらを見てくる。なんとなく可愛く見えてくるではないか。
「はぁ。船乗りの水はハンザーでしょ。そんなに言うなら、ハンザーでいい?ハンザーならアルコール度数も低いし。」
「もちろん!」
私は思わず押し負けてしまった。ハンザーとは日本で言うところのビールのレモネード割りだ。昔、帝国でも、真水が飲めなかった時代には、アルコール飲料が水の代わりに常飲されていた。ビール−−ハンゼではピルスと呼ばれている−−を割り増すためにレモネードで割ったのがハンザーのはじまりらしい。
ハンザーはアルコール度数が低く、船乗りなんかはそれこそ水のようにガブガブ飲めてしまう。だから、ハンザーは別名船乗りの水という。
私は圧に屈してしまったが、マーセルは嬉しそうだ。なんなら、尻尾をブンブンと振っている様子が見えるようである。私は苦笑した。
「マーセルも作るの手伝ってよ。」
「任せとけ!」
我々は大量のジャガイモもどきと玉ねぎもどき、ピクルスの瓶にコンビーフそしてハンザーを買い込み、営業所へと戻った。ひょろひょろなのに、マーセルはなかなかの力持ちであった。大量のジャガイモもどきの入った袋をサンタクロースのように背負い、もう片方の手ではハンザーの入った小樽を大事そうに抱えている。
食堂を覗き込むと、まだ、メイヤー氏とダンとの話は決着がついていないらしい。二人の間には重苦しい空気が漂っている。
こりゃダメだ。
私はため息を吐いた。
「すいません。これからマーセルと昼食を作りますんで。」
そう言って、二人を会議室へと追い出す。
その時に、メイヤー氏に管理事務所で見つけたウィスキーの位置を耳打ちしておいた。
酒でも入れて、腹を割って話し合えば良いのだ。
二人のことはとりあえず置いておいて、私は料理に取り掛かった。腕をまくり、手を洗う。この季節の水はキリリと冷たい。ナイフはシンクの横の木箱に立てられて、ずらりと並んでいる。
「マーセル、カルトイモとツイーブの皮剥いておいて。」
「了解。」
しばらくマーセルのナイフ捌きを見てみたが、料理の嗜みがあると言うのはどうやら嘘ではないらしい。マーセルは次々と器用にジャガイモもどきのカルトイモの皮を剥いている。
私は、マーセルのことは放っておき、自分の作業に取り掛かることにした。
これから作るラプカは『船乗りのおじや』とも呼ばれるハンゼの郷土料理だ。カルトイモを茹でられるものが何かないかとシンク下の収納扉を開けてみる。
「これでいっか。」
とりあえず、バカでかい寸胴に水をはり、湯をわかす。
そしてマーセルが剥いたカルトイモを熱湯の中にどんどんぶち込んでいった。
カルトイモが茹でられている間に、ツイーブ−−こちらは、玉ねぎもどきだ−−をみじん切りにして、バターで炒める。
この世界の言語は自動翻訳されているのだから、カルトイモやツイーブも、ジャガイモとか玉ねぎと翻訳されても良いような気がするのだが、食べ物系はなぜか翻訳されないことが多い。
今回発見したのは、コンビーフやピクルスは、なぜか同じ名前だということだ。異世界翻訳特典がポンコツなのか、それとも何か理由があるのかはわからない。
「マーセル、カルトイモをマッシュして!」
「おう。任せとけ。」
マーセルはあっという間にカルトイモをマッシュしてくれた。マーセルがいるとなんだか料理が楽である。
マッシュされたイモに、炒めたツイーブとコンビーフを大量に混ぜ込み、塩胡椒で味を整えたら、さらにねっとりするまで混ぜる。もちろん、ここもマーセルの担当だ。
マーセルがねっちねっち、イモを練っている間に、私はピクルスをスライスした。
「「完成!」」
マーセルと私は思わずハイファイブした。なんだか、マーセルとはだいぶ仲良くなれた気がする。
食堂のテーブルにお皿を並べ、その上に豪快に出来立てほやほやのラプカを盛って行く。これだけ盛れば、とりあえずお腹に相当たまるだろう。その傍にはピクルスのスライスを添えた。
「じゃあマーセル、他の人も呼んできて!」
「了解!」
マーセルは嬉しそうに階上へと他の船員たちを呼びにいった。




