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ハンゼの港から  作者: tanja
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アルケミーと帝国

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アルケミーって錬金術ってことでしょ?


私は興奮で頬を染めた。やっと異世界っぽくなってきたではないか。魔法がないと聞いてがっかりしたものだが、まさか、錬金術が存在するとは盲点だった。


「そんなに騒ぐようなことではないだろう?でも、まぁ、帝国外だとアルケミストは珍しいか…。」


メイヤー氏は私の勢いに少し引いている様子だ。しかし、メイヤー氏にどう思われようともかまわない。


「アルケミーって、どんなことができるのですか。やっぱり、人体の錬成とかして、失敗しちゃったりして、肉体を持って行かれて、魂だけになっちゃったりとか、しちゃったりなんだりするんですか!?」

「いや、何の話をしているんだ…。そんなお伽話のようなことができるはずがないだろう。それにアルケミーは基本的に物質を扱う学問だ。」


なるほど。だが、それでも十分、ロマンがあるではないか。私は俄然、錬金術に興味を持った。


「帝国では、アルケミストの多くは公共事業に従事している。先の大戦以前には、帝国では水で媒介される疫病が定期的に流行って、それによって人口の約六割が減じることも珍しくなかった。そんな中、時の皇帝ルドルフ陛下は公衆衛生の向上を目指し、アルケミストの高い技術力に目をつけたんだ。長い歴史の中で、教会から迫害され、数を減らしていたアルケミストを帝国は積極的に誘致して庇護下に置いた。彼らの活躍によって、帝国では下水道と浄水施設がいち早く普及し、疫病の抑制に成功している。結果として、人口増加に伴い、国力も増大し、今の強い帝国になったんだ。だから、帝国においてアルケミストというのは尊重されていて、他の国よりも圧倒的に数が多い。」


錬金術って、賢者の石を作ったりする訳じゃないんだ…

話を聞く限り、想像よりもずっと堅実な気がする。



「下水道と浄水に、アルケミーがどのように役立つのでしょうか。謎めいています。」

「そんなに気になるなら、仕事のついでに、アルケミストに話を聞けば良い。どうせ近いうちに、今後の調整をしなければならないことになったからな。」

「と、言いますと?」

「ハンスが言っていただろう。倉庫にあるのは硝石として精製される前の鉱石だと。だとすると、うちで精製を担当するアルケミストを雇っているはずだ。」

「精製もアルケミーの領域なのですね。でも、メイヤー様は、その精製担当者の方をご存知なかったのですか。」

「…。」


メイヤー氏は気まずそうに目を逸らし、カフィを飲んでいる。


「…きっと、営業所には、わかるものもいるだろう。」

「営業所訪問が楽しみになってきました!」


期待に胸を膨らませ、足をパタパタさせつつ、口いっぱいにプラムケーキを頬張る。フローリンさんのせいで、全然食べられていなかったのだ。カフィはちょっと冷めてきてはいるが、まだ十分美味しくいただける。


「それにしても、フローリンさん、帰ってきませんね。」

「ああなったら最後、満足するまでこちらには帰ってこないだろうな。」


先ほどから、奥の小部屋から、幾度となくミルで豆を挽く音が聞こえてきている。

どうやら、豆を挽いては、色々と試しているようだ。


「なぜアルケミストは、教会に迫害されていたのですか。」

「教会は、異人狩りに熱心だからな。アルケミストだけではなく、他の血族もかなり数を減らしている。」



他の血族ってなんだ。とても気になる…。


またも出てきたパワーワードに興味をそそられる。しかし、それ以上に、異人狩りは聞き逃せない言葉だ。すごく不穏な響きである。


「えっ。もしかして、フローリンさんがさっき忠告していた『狩られないように』っていうのは異人狩りのことですか。」

「ああ。そうそう。そのことなんだが、ただでさえ君の容姿は目立つし記憶に残りやすいから、特に注意した方がいい。帝国では異人狩りが禁じられてはいるが、教会の目が全くないわけではないからな。」


私は頭を抱えた。明らかに、この容姿は問題ありだ。


「注意するって言っても、容姿は変えられませんし、一体どうすれば…」

「いや、異国人であることは問題ない。単純な容姿の問題ではなく、突出した技術や、知識、そして常識を持つ者は、教会に目をつけられやすい。そういった常人を逸脱した能力が、教会にとって都合が悪かったり、脅威になりうると判断されると、異人審問にかけられる。だから、私やフローリン、もしくは本当に信頼できる相手以外には、不用意な発言は避けた方が良いだろう。」


その言葉に私は恐怖で身震いした。


この世界でも、魔女狩りのようなことが行われているとは。

世界が違っても、社会の変遷は似かよるものらしい。


「肝に銘じます。だけど、私にそんな大層な能力はないので、大丈夫だとは思うのですが…」


メイヤー氏は、ひたと私の瞳を見つめた。あまりに真剣な眼差しに、否が応でも、何を言われるのかと身構えてしまう。


「今日顔を合わせたばかりのフローリンでさえ容易に気がつくほど、アンディ、君はとても特異な存在だ。しかも、年齢にそぐわない知識や経験を備えているように見えるにも関わらず、どういうわけか、一般常識のとても根本的なところが危ういような気がしてならない。君がどういう存在なのか、今は追求するつもりはないが、どうか、自分の特異性を正しく自覚して、十分に用心してほしい。世間の常識に完全に染まる必要はないが、それがどういうものであるのかには、君はもっと敏感であったほうが良い。」


私は今度こそ神妙に頷いた。


なぜなら、そう話すメイヤー氏の強い眼差しの中に、仄かな切実さが滲んでいることに、気が付かずにはいられなかったから。


そうして、やっと飲み干したカフィは、さっきよりずっと酸っぱく感じられた。


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