落ちこぼれの僕は、姉の婚約者に惚れました
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
pixivでも創作小説投稿をしております。
「どうして血の繋がった姉弟で、こんなにも違うのか」
それが家族の口癖だった。無論、僕の姉上ルミナ・パルムワーツは、幼少期より様々な才能に長けていた。貴族の作法に複数の語学をマスターした上に、国で最も難関とされる学園を主席で卒業した経歴を持つ。しかもその美貌とスタイルの良さから、社交界でも大人気だ。今や姉を婚約者にしたいと、様々な界隈から有望な男性たちが、ひっきりなしに我が家を訪れている。
「あぁ、すまない使用人君。お茶を持ってきてくれないかい?」
縁談を持ちかけてきたとある領家の男性が、僕にチラッと目をやる。あぁ、またか。僕はいつもの調子で返事をした。
「かしこまりました。・・・・・・使用人ではなく、ルミナ・パルムワーツの弟でありますが」
えぇ!と彼は目を丸くする。まぁ当然だよね、滑らかな桃色の髪を持つ姉上と違って、僕は赤みがかった短髪だから。見た目だけじゃ到底、血の繋がった姉弟には見えない。だからさっきのことは日常茶飯事。いつしか本当の使用人も、僕がお茶を淹れるのを気にとめなくなっていた。
僕、レオン・パルムワーツは、パルムワーツ男爵家の長男。幼い頃から両親や親族に、優秀な姉と散々比較されてきた。
「良いところは全部、ルミナが持って行ってしまったんだな」
冗談みたく大笑いするお爺様。端から「そうっぽいですね」と言われて、さらに笑ってくる。
「お前が出来ないんじゃ無いよ。ルミナがとても出来ているだけさ」
慰めのような言葉をかけるお婆様。ついでのように「いつかルミナのように頑張るんだよ」と言ってくると、逆に辛いです。
「どうして貴方は、ルミナと同じように出来ないのかしらね?」
「本当に、何でお前みたいな平凡が弟なんだろうな?」
隠す気も無い、両親の落胆の声。あぁそうですか、そうですか。それが日常的だったからか、僕はいつしか「もういいや」とスルーするのがお得意になっている。赤髪とそんなに風邪を引いた事がないことを除いて、目立った特徴はない。勉強も平均的な出来で、優れたところも無い。どれだけ頑張っても、姉の足元にも及ばない。だから次第に頑張るのを諦めた。
パルムワーツ家は既に、姉上を跡継ぎと決めている。まぁ年も20歳で適正だし、誰も異論を唱えなかった。早く良い家の婚約者を見つけて、婿入りさせることに必死だそう。むしろ他の親戚たちは、誰も僕が継ぐことを期待してないらしい。なんでも凡人の僕が継いでしまえば、パルムワーツ家がすぐに潰れてしまうのが目に見えてるとか。それを聞いた時、思わず苦笑いを浮かべた。濁して隠されることに比べたら、マシかもだけど。
僕に期待されているのは、とりあえず家の汚点にならないこと。でも目立った才能のない僕は、世間に出ても恥さらしにしかならないといわれ続けてきた。だから僕は、毎日黙々と雑用をこなすだけ。屋敷の掃除をして、来客対応をして、庭の手入れをする日々。使用人と変わらない扱い。
それ故に、姉上はよく僕を馬鹿にする。小言でコソッと「出来損ない」なんて言ってきたことは、数え切れない。でも姉上は世渡り上手だ、そんな一面は決して表には出さない。周囲の評価は、誰もが羨む淑女。ただ僕に対してだけは、容赦無く罵声を浴びせる本性を見せてくる。
僕が淹れたお茶を「アンタのお茶はマズいの」とか言って一口も飲まず(他に人がいれば「いただきましょう」なんて、態度を変えてくる)。
窓枠の埃を指でなぞれば「下手くそ」なんて罵倒して(僕以外の使用人には「もう少し丁寧にお願いしますね」なんて、猫被る)。
余りに酷い扱いだと1回言い返したら、家族から「出来ないお前が悪い」「年功序列を破るな」とか言われて。「冷たいところで頭を冷やせ」と、奥の倉庫に一晩中閉じ込められるなんてこともあった。それから、もう僕は反論をしなくなった。
他にも様々な嫌がらせをされたけど、いちいち過敏に反応すると面倒臭いから、流している。反論しようにも、家はほとんど姉上の味方だし。その証拠に、姉上が「年上で背が高い人が良い」とか「長男は嫌」など自分勝手に(表向きには家のことやら自分の不足やら、上手い理由を付けて)次々と縁談をナシにしてるってのに、皆何も文句を言わない。既にこの家は、姉上のモノのようだった。
だから僕は、自分の感情を押し殺している。この家に既に居場所は無い。そういえばこの間の夜、借金の肩代わりに僕を越境の地に飛ばすとか、父が酔いながら言ってたっけなぁ。
あぁ、僕はこうして一生を終えるのだろう。きっとこの先、僕の居場所なんてどこにもない。そんな諦めが、心のどこかにあった。
○
その日、また姉の婚約者候補である男性がやって来ることになった。今までの人と違い、使用人がいつも以上に念入りに準備をしている。
「レオン、今回の縁談は、隣国の次期宰相とも言われる名高い方よ。時間をかけてこちらにいらしてくださるのだから、下手な真似をして機嫌を損ねさせないようにね?貴方、ろくでもない平凡だから心配なの」
最後は余分じゃない?まぁ、話を聞こうとする手間が省けて良かったけど。でも確かに次期宰相ともなると、将来はとても有望な人なんだろうな。パルムワーツ男爵家は長い伝統は持っているけど、これから発展する材料は正直少ない。宰相とか国を動かす権力者と繋がれば、確かに家は安泰だろう。それは皆、必死になるわけだ。僕だってこの家がなくなるのは困るから、ね。それに、ここまで姉上が興奮するとなると、きっと年や背とかは要望を満たす人なんだろう。
準備は、相手の方が到着する直前まで続いた。僕はパルムワーツ家の者ではなく、使用人の1人としてお出迎えをしろと言われた。豪勢な馬車が着いて、使用人全員で下を向く。コツコツと足音だけ聞こえるけど、どんな人なんだろう。足下だけ見たけど、身なりも綺麗な男性なんだろうな。父が「ルミナ、ご挨拶を」と、姉上に挨拶を催促する。
「お初にお目にかかります、シザー様。ルミナ・パルムワーツです、ようこそおいでくださりました」
猫被った姉上の挨拶が聞こえてきた。相変わらずの仮面だよ、本性を知ってる身としては呆れるくらい。
「初めまして、シザー・ベルモントです」
一声聞いただけなのに、とても良い声だなと思った。それに優しそうな印象を受ける。それから少し2人の話が続いていく。いつもは長話なんか早く終わってほしいと思ってたけど、今回、僕は不思議と苦痛じゃなかった。相手の人の声を、気に入ったみたいだ。
「立ち話もなんですし、部屋に移動致しましょう」
そう言って移動し始めたところ、姉上が(おそらく故意に)僕にぶつかってきた。思わず「う・・・っ」と鈍い声を出し、膝をついてしまう。あぁもう、油断した。姉上の奴、よくこうして僕に心配そうに駆け寄ることで、自分の性格の良さを出したがるんだよな。自分で倒したことは隠すから、本当にアレだ。いっつもいっつも偽善者ぶって・・・。
「大丈夫ですか?」
でもその時、姉上よりも先に差し伸べてくれた手があった。この声は・・・相手の方?すっと顔を上げて・・・・・・息を、のんだ。
(うわぁ、かっこいい・・・)
そこに居たのは、見惚れてしまうほどに整った容姿の男性だった。透き通った青髪に、宝石のような青い瞳。まるで絵に描いたように美しいその人は、僕を見て優しく微笑む。あぁ、こんなに格好いい人がこの世にいるのか。その綺麗な笑顔に、僕の心は奪われた。姉の婚約者候補の方だというのに・・・。
「怪我は無さそうですね。良かった」
「は、はい・・・!」
僕は一瞬固まってしまったが、何とか返事をして立ち上がる。僕が感謝を述べる中、姉上は裏でイライラしてるみたいだ。これは、後で色々言われるヤツ・・・まぁ今回も流しで聞くか。少しよろけつつ、僕も姉上やシザー様の後を追っていく。
シザー・ベルモント様、隣国で最近活躍がめざましいベルモント公爵家の次男様だ。既にお兄様が公爵家を継ぐことが決まっていて、シザー様は現在、宰相補佐として活躍されている。横を歩くと分かるけど、背が高い。年は姉上の3つ上・・・ということは、僕より6つ上か。ワガママな姉上の願望を全て満たし、婚約者としては願ってもない人だ。次期宰相とか名高い功績以上に、その美貌や優しさに惚れ込む女性は多いらしい。確かにメイドの女性の中には、その姿を見てほんのり顔を赤らめている人が見受けられた。正直、僕もさっきので完全に惚れている。
それを気にくわなかったのか・・・応接間に着くなり、姉上は他のメイドは一切部屋に入らないよう指示してきた。姉上の「絶対にこの人を婿にする」という覇気は凄まじい。黒いオーラになって、目に見えてしまいそうだ。
「これから込み入ったお話がありますから。それに人数が多いと、シザー様も緊張なさってしまうわ。貴女達は、席を外して」
淑女の仮面を被ってるんだろうけど、ビキビキと血管が浮き出てるような音が聞こえる気がする。まぁどんな時も、主の命令は絶対だ。メイドたちは次々に部屋から出て行く。そして僕も出て行こうとすると、「あぁ」と姉上から声をかけられた。
「レオン、紅茶を人数分お願いね」
「えっ」
思ってもいない言葉に、僕は困惑した。さっきも言ったとおり、姉上が進んで僕にお茶を催促することは、ほとんどない。もしかして、見せつけるため?「自分はこんなに素晴らしい方と結婚できますよ」「貴方は劣ってるんですよ」っていう意味?まぁ何にせよ、善意ではないね。
「急ぎなさいね、シザー様は長旅で喉が渇いているでしょうし」
でも逆らうことは出来ない。それにシザー様もそうだと思うと、責務だと感じてきて。「分かりました」と返して、急いで準備を始めた。人数分の紅茶を持って、家族とシザー様のいる応接間に失礼する。今は何かの談話に夢中になっているようだ。
「まぁ、私の留学先の学校で」
「えぇ、学年は違いましたが、お話は伺っています。とても優秀で、常にテストでは上位にいた学生だと」
お話によると、姉上の留学先の学校に、シザー様も在学されてたらしい。元々外交に力を入れているベルモント家。異国のパルムワーツ男爵家が跡継ぎのため婿捜しをしていると聞き「ならばベルモント家の次男を」と、ベルモント公爵(つまりシザー様の父親)が勧めたという。僕は話の邪魔にならないように、シザー様の席に紅茶を置いた。
「長旅、お疲れ様です。こちらをどうぞ」
「あぁ、君か。ありがとう」
あ、さっきのこと、覚えてくださってる?シザー様にお礼を言われて、ドキッとした。でも間髪を入れず、姉上が口を挟む。
「えぇ、シザー様に是非とも、特産である紅茶を召し上がっていただきたくて」
「そうとも、特に今年は良い出来でしてね」
あぁ・・・うん、そうだよね。僕はあくまで紅茶を淹れるための手段に過ぎない。そう思いながら、静かに部屋の隅に移動した。「どうです、美味しいでしょう」と自慢げな父の言葉。「えぇ、こんなに美味しいのは久しぶりだわ」と微笑む母と姉。
僕は完全に、彼らの家族ではないみたいだ。まぁここ数年はこんな感じだから、もう慣れたけど。シザー様は「とても美味しいです」と返す。
「紅茶は淹れる人によって、味が左右されると聞きますからね。きっと上手な方が作ったのでしょう」
チラッと僕を見てくれた。シザー様の言葉に、ちょっとだけ心が明るくなる。「ですがもっと上手な者が淹れれば、もっと美味しくなりますわ」とか言った姉上。じゃあ僕にさせないでよ、まったく・・・。
「それで、本題に入りましょうか。この度の縁談について」
ついに来たか、と皆の顔つきが変わる。姉上の表情には余裕があった。多分、断られることは無いと思っているんだろう。でも、シザー様の言葉は少し予想と違っていた。
「その件ですが・・・公爵である父から、お達しを受けましてね。“初対面での決定は、急いては事をし損じるもの。1ヶ月は共に過ごし、どのような判断が適切か見極めろ”と」
「・・・・・・はい?」
家族全員が目を丸くした。曰く、今までの貴族交流であった1日限りのお見合いは、初対面での判断であり合理性に欠けるとか。互いを知るためには、一定の日数は必要。そこで金銭は全てベルモント家が持つため、婿入りするパルムワーツ家でしばらくの間、シザー様を滞在させる。それを経て、今回の話に決断をしたいと。まぁ革新系であるベルモント家らしく、新しい方式にドンドン挑戦していく体勢だ。
「ルミナ嬢、貴女の気持ちはよく理解しています。しかし私たちとしては、あまり急ぎたくはないのです。早計の決断は歴史上、不幸な結末を多く引き起こしています。どうかご了承ください」
「そ、そんな・・・」
「申し訳ありません。ただ、決して悪いようにはならないと思います。お互いを良く知ってから決めても遅くはないかと」
姉上はなんとも言えない顔をしていた。早く既成事実を作りたかった姉上にとって、大きな痛手だろう。でもここで四の五の言ってしまうと、自分の株が下がると考えたらしい。何食わぬ顔で「そこまで言うなら、分かりました」と、了承した。
話が終わった後、シザー様は一旦ご帰宅された。夏頃、今度は1ヶ月ほど滞在するという約束を残して。婚約者候補が帰って本性を露わにした姉上は、その夜に僕を呼んだ。
「なんなのよ、あの革新系の可笑しな家!ようやくいい男が婿になると思ったのに、婚約のためにあんな手間かけさせるなんて、どうしてくれるの!!面倒事を増やすのは嫌なのよ。シザー様をさっさと婿にして、あんな馬鹿な家から解放させてやる!!」
ベッドの上で暴れる姉上。シーツが乱れまくっているが、僕は何も言わない。言っても無駄だし、僕も疲れているから。
「まぁ良いわ、破談になったわけじゃないもの。それにあの様子を見た限り、シザー様は私を心配してくれている・・・つまり、彼も私を気に入っているんだわ!」
へ、へぇ・・・そうかな?なんて口に出したら一気に不機嫌になるので、何も言わないでおく。
「1ヶ月経ったら、さっさとあの方を私の婿にするのよ!そのために・・・レオン、良い?」
ビシッと、人差し指を僕に突きつける。睨むような目付きは、本当にさっきまでの淑女に出せるのかってくらい。
「絶対にシザー様を私の婿にする。そのために、貴方にはしっかり動いて貰わないといけないの。同時に、無駄なことをしないで。彼の不満を作らないと同時に、私やこの家の利益になることをして頂戴。これはパルムワーツ家の存続にも掛かってるのよ。分かったわね」
「・・・はい」
僕は小さく返事をして、姉上の部屋を後にした。自分の部屋に着いて、ふぁぁ・・・と大きな欠伸が出る。姉上の奴、どれだけあの人を逃したくないのか・・・相変わらず面倒な性格。
だけどシザー様なら、そうなっちゃうのが分かる気がする。あんなに綺麗で優しそうな人、今まで見たことないんだもの。男の僕ですら、ドキドキするくらいだし。まさか姉の婚約者候補に惚れるとは・・・。
夏になれば、1ヶ月ずっと会える。そう思うと、何故か不思議と頑張れた。
○
そして約束通り、シザー様は我が家に1ヶ月の滞在へと訪れた。そしてどういうわけか・・・数少ない男の使用人の内、何故か僕がシザー様のお世話係に任されてしまったのだ。姉上が何かしら絡んでいるのは確実だろうけど、ちょっとラッキーかも。
「あ、改めまして・・・レオンと申します。1ヶ月の間ですが、よろしくお願い申し上げます」
そうそう、ちなみに僕がパルムワーツ家の者だと名乗るのは、姉上から口酸っぱく止められている。実の弟が使用人のようになっているなんて、恥だと思っているらしいからね。じゃあその扱いをやめれば良いんじゃ、なんて考えはとっくに無かった。それ以外に出来ることがないから。
「レオン君か、よろしく頼むよ」
「は、はいっ」
ニコニコと微笑む彼に、ちょっとだけドキッとした。やっぱり格好いいなぁ。そんな風に思っているのを悟られないようにしながら、僕はシザー様を案内する。
「まずはお部屋の方にご案内します。荷物はお持ちしますね」
「ありがとう、助かるよ。重くないかい?」
「いえ、大丈夫です。それではこちらへ」
そうして屋敷の中を歩き回る。すれ違うメイドたちは、皆がシザー様に見惚れていた。そりゃそうだよね、こんな素敵な男性だもの。美しい青色が似合う彼に対し、薄れかけの赤色の僕。
僕なんかが、シザー様の隣に立って良いのだろうか。そんな不安が、心の中で渦巻いていた。
「どうかしたかい?やっぱり、重かったかな」
「あっ、いえ!お部屋はこちらです!」
慌てて首を横に振る。いけない、今は仕事中なんだから・・・しっかりしないと。そうやって自分を戒めながら、シザー様をお部屋まで連れていく。とはいえ今回用意した部屋、空き部屋を慌てて整えたから、本当に必要最低限のモノしかない。もっと豪華にしなくちゃ家の立場が無いと、姉上がギャーギャー言ってたけど、家の財政上難しかったらしい。僕が直前まで掃除をしていたけど、喜んでもらえるかな。
「わぁ、綺麗な部屋だね。ここなら落ち着いて過ごせそうだ」
「そ、そうですか!」
シザー様の言葉を聞いて、ホッと安堵した。褒めてもらえてるみたいで、とっても嬉しい。そんな有頂天の気分を隠しつつ、僕は今後の過ごし方について説明を始めようとする・・・・・・と。
「お疲れ様ですわ、シザー様!お茶のご用意が出来ておりますので、どうぞこちらへ!!」
どどんっ!という効果音が似合う、姉上の登場だ。シザー様の腕を取り、グイグイ引っ張っていく。姉上は唖然と見ていた僕に目もくれず、そのままシザー様を連れて行こうとした。
「ありがとうございますルミナ嬢、ですが、荷物の整理が終わっておりませんので」
「そんなの、使用人にさせれば良いのですよ。ささっ、家族も待っておりますし」
シザー様はやんわり断ろうとしたけど、姉上はそれを許さない。結局強引に連れて行かれてしまった。相変わらず強引だなぁ。
あぁもう、仕方ない。僕は溜息を吐きながらも、とりあえず荷物を整理しておく。それを終えてお茶会の場へ行くと、そこには既に姉上とシザー様の姿があった。そしてその隣に、両親の姿も。最初に会ったときと、似たような状況だ。こうなると僕は・・・使用人のように、端っこにいるだけ。
シザー様、何だかお疲れ気味だ。姉上の言葉にも、どこか苦笑いを浮かべている。多分だけど、あの態度にかなりうろたえているんだろうな。さっきまでの笑顔は薄まって、ただ困った表情になっていた。でも姉上や家族は、全く気付いていない。良いのかなぁ、こんな調子で。
ようやく解放されたシザー様。お部屋に戻るまでの間で、共にいた僕に声をかけてくれた。
「ルミナ嬢、お元気な方だね。初対面の時は、ここまでお転婆だと思わなかったよ」
「その、口が多いのが玉にキズで。申し訳ありません、シザー様」
「いや、レオン君が謝ることじゃないよ。でも、何度も同じ話・・・自身の学歴を繰り返されたのは、流石に驚いたね」
アハハ、と苦笑いするシザー様。その様子は、ちょっと呆れているようだった。無理もないよね、あれだけの我の強さを見せられたら誰だってそうなる。僕なんかそれを通り越して、無関心だ。
「おそらく明日以降も、あn・・・ルミナ様は、色々と仕掛けてくると思いますよ」
「あぁ、だろうね」
今回の強引なお茶会は序の口だろう。この1ヶ月は、いつも以上に気が休まらないかもしれない。
「・・・・・・でも、君のおかげで、ここでの生活が楽しみになったよ」
「え?」
思わず振り返って、彼の顔を見る。シザー様は、とても優しい笑みを向けてくれていた。「気が合う人がいて良かった」なんて・・・そんな風に言って貰えるなんて、思ってもなかったから。僕は少し照れて俯いてしまう。
○
さて、次は何をしてくるのか。なんて思った翌日・・・・・・張り切って色々気張っていたのか、姉上は重めの夏風邪を引いてしまった。看病のためにと僕が部屋に入ると、ゲホゲホと咳をしながら大きなベッドで横になっている。調子はどうか聞くと、僕にアレコレ不満をぶつけてきた。
「ど、どうじて・・・シザー様がいらっじゃっでる、のにぃ・・・・・・。色々、準備・・・じでだのにぃ・・・」
「落ち着いてください、姉上。医師も、1週間ほど寝れば完治するとおっしゃってましたし。シザー様はまだ29日間も滞在するのですよ」
「バッカぁ・・・!!婚約がぁ決まる一大事だっでのに・・・1日も無駄に、出来にゃいわよぉ!!レヴォぉおン、アンタ・・・アタシの代わりに、がわりにぃいい・・・!!」
がなり声でぎゃあぎゃあ騒ぐ姉上曰く、シザー様がパルムワーツ家を気に入ってもらえるよう準備したモノを、自分の代わりにこなしてほしいとのこと。勿論、ルミナ・パルムワーツの良いところをてんこ盛りに伝えながら。準備したモノは何か聞けば、お出かけやらお茶会やら、男女が仲良くなるようなことばかり。
「姉上の代わりなら、他のメイドにさせた方が」
「ダメにぃ、決まってりゅでしょ!それで・・・メイドなんかに、惚れられたら・・・・・・!!」
まぁ確かに、それはある。一緒に過ごして良い人かを決めている以上、シザー様がメイドの方が好きになる可能性は否定できない。姉上はそれを危惧しているようだ。なら、男である僕にやらせれば問題ないと。オマケに家族からは「シザー様には既に話した」「やっと役に立つことが出来るわね」と、やる方向で話が進んでしまっている。本人の返事ナシに、勝手に進めないでよ。
まぁ、一言も「嫌だ」なんて言ってないけどさ。
その日は、シザー様と屋敷の中を共に巡ることになった。パルムワーツ家の歴史を軽く説明しつつ、様々な部屋を案内していく。国内では1番大きいと言われる書庫に案内すると、さすが宰相補佐ともあって、本格的な専門書を手に取っている。
「これは、この国の法制度が記されているのか。ふむ、ここ数世紀の記録が残っているとは・・・我が国にも参考になりそうなモノばかりだ。貴重な書物が多くて、憧れるな」
「もしシザー様のお気になさった書物がございましたら、幾つでもお持ちください」
「本当かい?それは嬉しいね」
実はここの本、姉上の学校卒業を機に、今は全く活用してないんだよね。いっそのこと、書庫丸々あげたいくらい。まぁ端くれの僕がそんなこと言う機会なんか無いけど。それにしてもシザー様、異国の文字も読めるんだ・・・。僕も一応義務教育は終えてるけど、外国語なんてさっぱり分からない。数カ国学んだ姉上と、耳にたこができるほど比べられてさ・・・。
「外国語が読めるなんて、羨ましいな」
あっ、マズい!思わず本音が出たことに、慌てて口を手で塞ぐ。でもシザー様は呆気にとられる様子もなく「そうかな。でも、ありがとう」と、嬉しそうにお礼を言ってくれる。慌てて取り繕おうと、何故か僕は身の上話をし始めていた。
「ぼ、僕・・・正直、あまり勉強できなくて。成績も中の下くらいで、うだつが上がらない奴だと、周囲から色々言われてて・・・。勉強が出来る方を、ずっと羨ましく思っているんです」
「勉強だと思うから、自分で出来ないと思ってるんじゃないかな。日常的な読書だって、立派な勉強だよ。あと、どうして勉強するのか考えるのも、出来ないという思いを振り払うことが出来るんじゃないかな」
それから色々勉強について話し合ったり、本の感想を言い合って過ごした。シザー様自らが、文字について教えてくれたりもした。姉上のアピールが出来てないけど、まぁいいや。
ある日は、近くの庭を散歩することになった。晴天を過ぎた炎天下だったけれど、季節の花々が綺麗に咲いている。僕はシザー様へ日傘を差して、隣を歩く。使用人として当たり前なのに、何度も「暑いのにありがとう」「体調は大丈夫かい?」と、僕を気にかける言葉をくれた。何だか、照れくさい気持ちになってしまう。
「それにしても、綺麗な花だね。こちらの国にしか咲かない花なのかな?」
「はい!この花は種を蒔いて数年はしないと、花を咲かせない品種なんです。水やりや気温の変化を少しでも間違えれば、上手く育たないことも多くて・・・。手塩にかけて育てたかいがありました」
「そうなのか!とても貴重な花なんだね」
あ、しまった。「姉上が育てたことにする」という命令、破っちゃったな。
そして別の日は、屋敷近くの湖まで行くことになった。何でも、ボートに乗って景色を楽しむコースらしい。いやいや、それこそ本人が行かなきゃ意味がないじゃん。でもボートの漕ぎ手さんと話を付けてしまったらしく、キャンセル代を出すのも嫌だから、行ってこいと。仕方なく準備をして、シザー様と共に小さな馬車で向かう。
僕はシザー様の隣か少し後ろにばかりいたから、こうやって向かい合う形は初めてだなぁ。風景を眺めるシザー様の横顔が、とても美しい。風になびく青髪、切れ長の目、高い鼻筋、綺麗な唇。どこをとっても絵になる人だ。少し下心を持って見てしまい、色々考えていると・・・目が合ってしまった。
「どうしたんだい、レオン君」
「い、いえ!そ、そろそろ、目的地です!」
耳まで赤くなるような感覚に襲われた。慌てて話を誤魔化して、外の景色を見る。そこには夏の日を浴びて青々と茂る、大きな木々に囲まれた森があった。しばらく歩いて見えてきた湖畔に、既にボートの準備はされていた。「おや?ルミナ・パルムワーツ様は」と漕ぎ手のおじいさんが不思議そうな顔をしていたので、姉上は病気だと説明しようとすると、スッとシザー様が前に出られる。
「私はシザー・ベルモント、隣国から参りました。ここの湖の景色が綺麗だと聞きましてね。ルミナ嬢の紹介の元、“私の”使用人と共に訪れたのです」
「えっ・・・!?」
突然の自己紹介に、一瞬頭がショートする。私の使用人、なんて・・・なんだか、本当に貴方の使用人になれたと思っちゃって。あぁいや、よくよく考えればそうか。ここにいる間、僕が専属のお世話係だし。シザー様も、当たり前のことを言っただけか・・・。気分の浮き沈みを繰り返す僕を置いてけぼりにして、話は進んでいく。
「それはそれは、ようこそおいでくださりました。ささ、どうぞ」
「ありがとうございます。レオン、手を」
「は、はいっ」
ボートに乗り込むため、シザー様は僕にそっと右手を差し出す。ま、まるで・・・エスコートされてるみたいだ。本来は逆の立場なのに。
そんな混乱を抑えつつ、しっかり手を掴みボートに乗り込む。おじいさんはゆっくりオールを動かして、ボートを進めていった。静かな湖面に波紋が広がり、風が心地よく吹き抜ける。最初は太陽が眩しいくらいだったけれど、成長しすぎた木々が上手く日よけになる場所にやって来たみたいだ。天気も良くて、青空が湖を美しい青で彩っている。わぁ、綺麗だなぁ・・・。今までずっと屋敷に閉じ込もっていたから、この景色を見るのは初めてだ。
「いやぁ、今日はいつも以上に穏やかな波だ。これなら、かの“良縁の樹木”が見られるかもですな」
「良縁の樹木?」
曰く、この湖をかなり奥へ行った先には、とある樹木が生える浮島があるという。とある神話には、この国を作り上げた神様が最愛のパートナーを見つけた場所として書かれているらしい。それにあやかって、樹木には強い縁結びのパワーがあるとか言われている。
そこまで行くには湖をボートで進む必要がある。そこは思ったよりも道幅が狭く、少しでも湖に波が立っていると行けない場所だそう。でも今日は穏やかだから、絶好のチャンスらしい。「せっかくならば見たいな」というシザー様のお言葉で、ボートはすぐさま樹木までの水路を行く。
ボートがゆっくりと進んでいき、やがて急に開けた場所に着いた。そこには大きな幹と枝、そして沢山の小さな白い花をつける樹が1本。
「おおっ、これは珍しい!こんなに暑いと、既に花は終わっていたと思ってましたが・・・まだ咲いていたとは。何回もここに案内しておりますが、夏にこの光景が見られるのは珍しいですぞ」
「そうなのですか!では・・・縁結びの力とやらも強そうですね。是非とも良縁に恵まれたいものだ」
微笑むシザー様は、きっと姉上のことを思い浮かべているのだろう。お転婆だけどしっかり教養と実績がある、パルムワーツ家の跡継ぎ娘。お相手としては丁度良い。それが普通。普通だけど・・・僕は違う。
僕は、貴方のことを思っているんです、シザー様。立場上ありえないですが、気味が悪いと思いますが、自分でもおかしいほどですが、僕は貴方に惚れています。貴方のお姿に、貴方の優しさに、貴方の温かさに。
でも僕は使用人で、貴方は次期宰相で姉上の婚約者候補で、男同士だ。家のことや将来のこと、常識的に考えても、結ばれるなんてあり得ない。
だから、せめて今だけは・・・・・・ボートの上だけでも、夢を見させてください。
●
その後、風邪から復活した姉上。今までの分を取り返すかのように、シザー様に猛アピールを開始した。予定を詰め込めるだけ詰め込み、毎日のようにお茶会へ誘っては自分の経歴を自慢する日々。両親もそれに肩を執拗に入れるので、パルムワーツ家の使用人にも「大丈夫かな」と思われる。同じ家族として、なんか恥ずかしい。まぁ今やタダの使用人である僕には関係ないや・・・。
そう思って油断していたある日の夜、シザー様の滞在も1週間をきった頃。姉上は唐突に、僕を人気のない倉庫に呼びつけた。
「姉上、どうかなさいまし・・・・・・」
刹那、バチン!と叩かれた僕の頬。その衝撃に耐えきれず、その場に倒れ込んでしまう。ジンジンと痛む左頬を押さえながら見上げると、姉上はただ睨んでいた。足りなかったのか、さらに叩かれ続ける。しばらくして腕が止むと、負の感情を全てぶつけるかのように叫ぶ。
「私、言ったわよね?無駄なことをするなと。私やこの家のためになることをしろと。なのに、お前は何をしているの?私の良い評判はちっとも広めない上に、任せた予定をただただ楽しみやがって・・・!」
「うっ・・・」
図星をつかれた感覚だ。姉上の婚約のためという名目だけど、僕がシザー様と共に過ごして、ただただ楽しんだことも事実。
「こんなことにすら、役に立てないのかしらね。もういい、ここで頭を冷やしなさい!夕飯も来ないで頂戴、シザー様には適当な理由を付けるから」
バタン!!と強引に閉められた扉。ガチャンと鍵をかけられた音もした。あの日みたいに閉じ込められたと、一瞬で理解する。
本当にあの人は強引だ、普段なら呆れだけでさっさと流すのに・・・今回ばかりは、酷く苦しかった。シザー様と姉上の婚約は、両家のさらなる発展のため。それを長く続けるためには、2人が上手くやっていけるかが大切。だから今回、シザー様は姉上と共に過ごしているというのに・・・。姉上の風邪もあったけれど、僕はそれを上手いこと利用してしまった。自分で惚れた相手と、あたかも恋人のように過ごして、楽しんでしまった。本来ならば、許されないことだ。
「馬鹿だなぁ。何であんな風に動いちゃったんだろう。今まで通り、言うことを聞いていれば良かったのにさ」
自嘲しながら呟いて、そのまま目を瞑る。どうせ今晩はここで夜を明かすんだ。もう休んで良いよね。
瞼の裏に流れるのは、シザー様と過ごしてきたこの数日のこと。たった数日、されど数日。それは、僕の人生において最も濃密で幸福だった時間。今まで「劣っている」と評価され続け、家からは「役立たず」と言われ続けた僕にとって、生まれて初めて誰かに必要とされた気がして。嬉しくて、楽しくて、幸せで。
だからこそ・・・思いを寄せてしまったことに、罪悪感を募らせた。
「ごめんなさい、シザー様・・・」
ポロリと零れた涙を拭こうと、赤く腫れた頬をさする。小さな声で謝りつつ、僕はゆっくりと意識を手放す。
ーーーレオン
あぁ、頭の中でも聞こえてくる。シザー様が僕を呼んでくださる声が。
ーーーレオン・・・
幻聴だと分かってるけど、記憶の中だと分かってるけど。こんなにも嬉しい声はない。
ーーーレオン、レオン!しっかりしろ!!
・・・・・・・・・・・・何だろう、少し違和感を感じる。これは・・・記憶の中の声の、はずじゃ・・・・・・?
「レオン、起きろ!大丈夫か!?」
突然の大音量に驚いて、思わず飛び起きる。すると目の前には、焦った様子のシザー様が。え?何でここにいるの?どうして僕の前に立っているの?
「・・・・・・シザー、様?どうして・・・」
「話は後だ。酷い腫れじゃないか・・・部屋に移動しよう」
何が起きているか分からぬまま、僕は何故か膝から抱きかかえられ、シザー様のお部屋に連れて行かれる。濡れタオルを作るため、彼の白い腕が、古びたバケツの冷たい水へと飛び込む様子が目に入ってきた。自分でやると何度言っても、頑なに大丈夫だと言い続けるシザー様。出来上がったタオルをしばらく当てていろと渡し、あんなところは寒かっただろうとタオルケットを僕にかける。
「一体何があったんだ、こんな時間に」
心配して決死の表情の彼に、僕は何も言えなかった。まさか貴方に恋心を抱いたせいで、姉上の計画を邪魔して、姉上によって閉じ込められたとは言えない。きっと呆れられる、嫌われてしまう。それが怖くて、口に出せなかった。
「・・・・・・すみません。ちょっと、転んじゃって」
「嘘を言うな、この頬の腫れ方は明らかに暴力を受けた跡だ。レオン、君は夕食の時にも見えなかったよな。ルミナ嬢は体調が優れなかったとおっしゃっていたが、君は部屋にすらおらず、この倉庫に・・・しかも、鍵をかけられていた。
何も無かったようには見えない。君は、何を抱えてしまっている?何が、君をここまで追い詰めているんだ?」
真剣な眼差しが、僕の心を揺さぶる。駄目だ、隠し通せない。様々な恐怖と不安が、また涙を誘っていく。
「大丈夫だ、レオン。私は君の味方だ。私なら、どんなことも受け止められる。君の心も、君の本当の声も、全て」
その言葉を聞いた瞬間、僕はもう我慢出来なかった。今までずっと家族の八つ当たり先として扱われてきた僕は、誰かの支えを欲しがっていたらしい。しばらくの間、彼の胸で泣きじゃくっていた。
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「シザー・ベルモント様。本日は我が家にお越しになって、1ヶ月経過致しました。それで、お返事の方は・・・」
おそるおそる、シザー・ベルモントに返事を尋ねるパルムワーツ男爵。
「パルムワーツ男爵、そして夫人にルミナ嬢。長きに渡りご協力していただき感謝します。この度、ベルモント家とも話し合い、両家の繋がりを築くことを決定致しました」
「まぁ!それは喜ばしいことですわ。隣国との繋がりを持てれば、両家はさらに安泰になりますわね」
前向きな返事だと分かり、ぱぁっと明るい顔になるパルムワーツ夫人。
「でしたらシザー様、不束者の私ですが・・・これからもどうぞ、よろしくお願い申し上げます。私の婿として、貴方を歓迎致しますわ」
婚約が成り立ったと、ペコリとカーテシーをするルミナ嬢。
「何をおっしゃっていますか?私は婿入りしませんよ」
そんな彼らに、シザー様は笑顔で言い放った。彼らの根深い願望を、端から折り曲げるように。
「えっ?」
「はい?」
「ど、どういうことですかな?この婚約では、シザー殿がこちらへ婿入りするという話だったはずでは」
混乱した様子の男爵に、変わらない笑顔でシザー様は話す。
「繋がりを築くとは言いましたが、婿入りするとは一言も申し上げてません。レオン、こちらに」
よ、呼ばれた。扉の向こうでずっと待機していた僕は、そっと応接間に足を踏み入れる。シザー様が用意してくださった、使用人の衣服を纏って。家族全員、えっ?という顔で僕を見てきた。
「我がベルモント家に、彼を・・・レオン・パルムワーツを、使用人として招き入れます」
「は?レオン・・・・・・?」
全員、目を丸くしている。無理もないよね、婚約の話が突然無くなったと思えば、僕がベルモント公爵家に使用人として行くことになったんだから。「ま、ま、ま・・・お待ちになって!?」と、最初に待ったをかけたのは、当然姉上。
「シザー様、これは私と貴方様の婚約についてのお話ですよ!?」
「最初に申し上げましたよ?“どのような判断が適切か見極めろ”と。それは婚約するか否かではなく、どのような判断が両家にとって最適か、それを見極めるためです。今回、私が婿入りするよりも、彼をベルモント家に連れて行った方が合理的と判断しただけです」
「い、いやいやいやいや・・・!でしたら、私との婚約は!?」
するとシザー様は、姉上を一気に睨み付けた。その様子の急変に、姉上は一瞬ビクッと震える。
「ルミナ嬢。私は今までの貴女を見て、異性として・・・いえ、“人としてあり得ない”という結論に至りました。使用人を扱うのはともかく、傲慢な自らを正当化した挙げ句、特定の人間を虐げるとは。いくら輝かしい功績を持っていても、そのような女性と結ばれたいと思えるほど、私はおめでたい頭ではありませんよ」
「な、な、なっ・・・何を言って・・・」
「私が何も知らないとお思いで?1週間前の倉庫で、彼に多くを教えてもらいましたよ。もっとも、貴女達の暴挙はずっと以前から続いていたそうですが」
その言葉に、家族全員が一斉に僕を見る。もう僕は、物のように利用なんかされない。僕を分かろうとしてくれる人がいる以上、僕はもう全てを押し殺すことをやめたんだ。約束を破ったなと怒る姉に怖がることなんてない、怒っている場合じゃないと青ざめる両親の顔にどこか可笑しさを覚える。
「し、しかし!ベルモント家にレオンを招くことに、シザー様には何も利点がございませんよ!?」
母が決死の表情で、シザー様を問い詰める。うん、それは思ってた。十人並みの力しか無い僕には、何の魅力も無いはずだ。それなのに何故、シザー様はこんなにも協力的になってくれたのか分からなかった。1ヶ月近くにいただけ、共に過ごしていただけなのに。
「いえ、利点はありますよ。丁度我がベルモント家は、事業の拡大で拠点を幾つか持ちましてね。拠点ごとの新しい使用人が欲しいのです」
「で、ですが!わざわざ彼を連れて行く理由など」
互いのためですが?と、冷たい視線で父を睨むシザー様。
「パルムワーツ男爵。貴方、借金返済のため彼を売り飛ばす計画でしょう?でしたら、我が家の使用人として下さっても問題ないのでは?ご要望の額はお支払いしますし、貴方にとっては好都合ではありませんか」
「そ、それは・・・」と、父は明らかに動揺している。やっぱり僕のことは売るつもりだったようだ。まぁ長いこと、家族ではなく使用人として扱われていたわけだし、もうショックとかは感じてない。だから、ここを出ることにも躊躇しない。これから僕は、僕のために生きていく。
「家族関係はともかく、1人の人間をここまでこけにするとは。パルムワーツ家も、落ちぶれたものですね」
呆れたように溜め息をつくシザー様。そのまま僕の背を優しく押して、応接間から連れ出してくれた。
「今回のことは社交界にも、隠すことなく公表させていただきます。世間からの正当な評価を受けるときですよ」
「お、お待ちを・・・お待ちください・・・・・・」
「では、私はこれにて。これからのご健闘をお祈りいたします」
先程と打って変わり、笑顔で手を振るシザー様がどこか可笑しくて、思わずクスッと笑ってしまう。唖然としたままの家族を置いて、僕は部屋の前に置いた荷物を持ち、シザー様が用意してくれた馬車に乗り込む。その馬車は隣国へ・・・ベルモント家へと、一直線に走り出した。
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それからというもの、僕は無事にベルモント家の使用人になった。ただ雑用をしていた実家とは違い、外国語や外交についての勉強も始めた。両立は大変だけれど、もっと僕に知識があれば、シザー様のお手伝いがもっと出来るはず。そう思うと、難しいことも何とか進めていけた。
ちなみにシザー様は宣言通り、今回のことを調査と裏付けをしっかりした後、世間に周知させた。ルミナ・パルムワーツを筆頭に隠していた醜態が公になり、パルムワーツ家の立場は一気に悪くなった。爵位を剥奪とまではいかなかったけれど、今までの華やかさは失われた。姉上も評判が悪くなったらしく、チヤホヤされることもなくなり、あまり社交界へ出なくなった。婿入りの話も危うい状態らしい。
まぁ、もう僕には関係の無い話だ。もはや家族として扱われてなかったし、向こうから捨てられたもんだし。今はシザー様が後ろ盾になってくれているし、本当に心強い。こっちに来て良かったと、今では思っている。僕のシザー様への思いは一生しまっておくにしても・・・彼の隣に、もう少し長くいられるだけで良い。
「レオン、私のパートナーになる考えはあるかな」
仕事中のシザー様から、何事も無いようにそう言われるまでは。思わず5秒ほど、シザー様のお部屋を掃除する体が止まる。
「・・・・・・え、え?」
「私は君が好きだ、あの屋敷で出会った頃から。我が国では男女間での婚約しか認められていないが、数年後は同性同士でも似た関係を持てる法律を作ると決めている」
「・・・・・・えぇ!?あの、ちょっと!?」
それから信じられないことがポンポン、彼の口から飛び出してくる。実はシザー様は、幼なじみの女性と同時に年上の男性家庭教師を好きになるなど、恋愛対象が男女決まっていなかった。その思いを抱えた彼は恋愛に奥手になり、勉強ばかりのめり込んだ。周囲の知り合いが次々と結婚する中、どんどん余り物になっていく彼に、ベルモント公爵家はパルムワーツ家への婿入りを提案したという。
当初は姉上と結婚することで、周囲に認められる形に収まろうとしていたシザー様。でもあの1ヶ月の間、僕と共に過ごす内に、「共にいたいパートナー」に僕を強く望むようになった。元々、誰かを守ることを幸せに感じるタイプだったとか。やっぱり主従関係が逆転するのは避けられないのかぁ。
シザー様はパルムワーツ家に滞在する前から、僕がパルムワーツ家の血を引いていると知っていた。実際の現場を見て、限界を決めつけ生きる道を制限させられた僕を救い出すと決心してくれた。そこで父の売り飛ばしの話を利用し、使用人として僕を買うことで、まずはあの家から僕を解放した。
そして今、本気で僕をパートナーとして望んでくれた。ここ数年の内には、そういった関係を認められる制度を作りたいという。
「返事は今すぐじゃなくて構わない。私と生涯を共にするかどうか、じっくり考えてくれ。君の答えがどちらであっても、尊重しよう」
そう言って笑うシザー様に、僕はどう反応すればいいのか分からず固まっていた。プロポーズなの、かな?しかも制度まで作ろうとしてて、僕には色々理解が追いつけない範囲まで広がっているみたいだ。
だけど、その判断を放棄するほど子供じゃない。僕はちゃんと、僕として伝えなければいけないんだ。
「は、はい・・・!」
だけど僕は、真っ赤な顔でそれしか答えることしか出来なかった。シザー様はそんな僕を見て、とても優しい笑みを浮かべる。掃除の途中だったと我に返り、慌てて作業を再開させた。
まだまだ前途多難な関係だけれど・・・それが続くのも良いかと思えるのは、きっと貴方に惚れたから。そういうことにしておこう。
fin.
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